15.魔王さま、移民を受け入れる
ダンジョンの運営方針を決定した後は、それに対してどう動くかを考えねばならない。
他のダンジョンに対しては、現状後回しにしても良い——これはワイズからもそう勧められているので、頭の片隅に残しておくに留める。動き始めに無駄なことを多くしてしまうと、何れ手が足りなくなるのだ。
次に、ダンジョン周囲——つまり外部の探索。これには隠密行動と高い知識を与えた双子の兄妹を抜擢し、身の安全を第一として行動するように告げ、報告を待っている状態だ。
月人異種オリジン・タイプ:ヘンゼルと月人異種オリジン・タイプ:グレーテル——それが彼らの種族。
白銀の髪と金色の瞳を持ち、幼い姿の彼らは、離れていても双子間での意思疎通が可能だ。
そして、どれだけダンジョンから遠く離れ、仮に何かの要因で迷ったとしても、必ずこのダンジョンへ帰ることが出来る能力も持っている。
兄の名はハンス、妹の名はグレーテ。小さな体に合わせて幼い話し方をするが、決して子供ではない——ちぐはぐな存在と言える。
(ハンスとグレーテの能力を実際に確かめる良い機会と思おう。周囲の探索についてはこれで良いとして、次は街とするダンジョン階層か)
これについては既に作成を開始している。魔王領の中でも特に豊かだった土地を再現した階層は、第十一層——現在ある中で玉座の間を除き最下層に設置していた。
ここに呼ぶのは、何か悪事を働いたわけでもないのに迫害されている人々にするつもりなので、出来るだけ外界との接触を断つことを優先している。
犯罪を犯した者を匿うつもりはない。ワイズからただ少数種族だからという理由で、他種族から迫害を受けている者たちがいるということは聞いている。ならば、その者らの中で罪なき者を迎え入れるのが良いだろう。
(外部エネルギーの調達が目的といえども、国……、ではなく、街として作るのだから、民の幸福は追求せねばならない。それが王の務めだからな)
既に街の形は用意している——何度も見下ろして来た、魔族の国の王都を模したものだ。それは哀愁でもあり、機能面からして優れていたからでもある。
勿論、全てが全て同じではない。これから先、難民——いや、移民を受け入れていけば、彼らの色へと染まって行くはずだ。
その移民探しは始と、灰色の翼を持つ美しい女が担っている。
有翼異種・タイプ:ナイチンゲール——名を、サヨ。しっとりとした美貌もさることながら、彼女の声は誰の心をも震わせる酷く美しいものだ。生み出されてから毎夜、彼女はアズの傍で寝ずの番をすることを望み、そして子守唄を歌っていた。
今は始と共に移民となってくれる者を探すためにワイズから齎された情報を頼りに、ダンジョンのある場所から北東方面へと向かっている。勿論、徒歩ではなく空を飛んで。
共に移動している始は本体ではなく、アズが作った人形だ。それに意識を飛ばすと、まるで本物の人間のように動くことが出来る。
その人形の体は子供のものではなく、前世で見た青年の、更に歳を経た姿——凡そ二十代だろうか。子供の姿では説得がないので、始の希望を取り入れながら素体の制作をした。
「各々送り出して三週間か」
始は実際に現地へ向かっているわけではなく、意識を人形に憑依させているだけなので、それを解けばアズへの報告も毎夜行うことが出来る。
既に難民たちと接触し、信頼関係を築き、難民の中から移民となってくれる者たちを連れてダンジョンへ向かって来ているという。
行きとは異なり徒歩での移動なので、その分到着までには時間がかかる——が、それは力技でどうとでもなる。
まずアズが始の人形がいる場所とこのダンジョンの入口に点を置く。
それを線で繋ぐように門を作れば、そこを潜り一瞬で移動することが可能だ。これを生身で、しかも一人で行うには多くの魔力を必要とするが、アズにとっては大した量ではない。
【告。ダンジョン前に全ての移民が移動完了致しました。これより第十一層直通門を開きます】
「ああ、頼んだ」
事前に始とサヨが移民を連れて来ら、ダンジョンの入口と第十一層を直通で移動出来るようにしてくれと、そうワイズへ指示を出していた。
そのくらいのことならばワイズもまた可能だと筆記していたので、アズはギリギリ服に着られている感が出ない程度に豪奢な服を纏い、ワイズとシュネーを連れて第十一層へと転移する。
そこには既に人形に憑依した始とサヨがおり、その後ろには十数名ほどの移民の姿があった。
アズが姿を現したのと同時に、始とサヨが跪く。移民たちの顔には驚きが浮かんでいたが、事前にこのダンジョンの主は子供の姿をしていると伝えてくれていたのだろう、慌てて彼らも膝を着いた。
「ハジメ、サヨ。ご苦労だった。そして我がダンジョンへようこそ、この地の最初の民よ」
子供特有の、声変わり前の高い声でアズが言う。しかし声には魔力を纏わせ軽い威圧を乗せているので、それを感じ取っているのだろう、ざわめきも起こらない——ただ、皆頭を垂れている。
「私はこのダンジョンを統べる者、名をアズ。そこな勇者——ハジメには魔王さまと、サヨには王と呼ばれているが、そなたらも好きに呼ぶが良い。さて、この地に足を踏み入れたということは、二人から聞いた条件を守れるということ……、相違はないな? 貴様らの代表となる者がいるのならば、直答を許そう」
「……っ、は、はい、王よ。我ら一同、ハジメ殿とサヨ殿よりお聞きした条件、必ず守ります。ですからどうか、我らに安住の地をお与えください……!」
問いかけに返答をしたのは、最も歳が上に見える、白髪の男だった。まだ老人とは言えないものの、若者でもない彼の言葉には確りとした意志が宿っていることを確認し、鷹揚に頷く。
この地へ移住する条件として出したのは、そう多いものではない。まずは戸籍作成への協力、納税、法律を守ること、就労可能年齢以下の者に働かせないこと、そして教育を受けさせること——後にこの地へやって来る者たちへ、迫害や差別をしないこと。
他にも細々あるが、それは法律としてゆっくり叩き込んで行けば良い。
特に最後のことは、始たちから何度も言って聞かせて貰っている。この地に集まる者同士で面倒ごとを起こされては堪らない。
「良かろう。皆、これまで苦難の道を歩んで来たと、ハジメたちから聞いている。……ここに迫害も差別もない、皆が一個人として幸福を求めることが出来る場所だ。まずは街を巡り、各々好きな家に住むと良い。当面の間、食事と住居に関しては無償とする。まずは生活を安定させるように」
常に迫害され続けて来た彼らには、僅かな路銀しか残っていないはずだ。そんな中で税の取り立てをするつもりはないし、食事もきちんと摂らせてまずは健康な体を手に入れさせねばならない。
感涙する者さえいる中で、移民代表の男は深く頭を下げる——その先にある地面の色が、点々と濃くなっているのは見ないことにした。




