13.魔王さま、勇者を改造する
最適な種族へと自己改造を終えたアズは、押し寄せて来る疲労感を横に置きつつ、現在の肉体について理解を深めるべく、まずはウインドウに表示される自分についての評価へと目を通す。
総評Ⅹ——文句なしの最高評価だ。ただ、それがこの世界でどこまで通用するのかは分からない。総評はあくまでもイダムを基準としたもの、そこから大きくかけ離れていれば、つまり一定の水準以上はⅩとして表示されるはずのだから。
体の中を巡る魔力について、前世との差はない……、いや、増えているとさえ感じる。魔術の発動へ何らかの不具合がないかに関しては、この玉座の間ではなく、他の階層にて試すべきだろう。下手にここを壊しては、その時何が起きるかも不明だ。
血よりも尚鮮やかな赤い瞳と色素の薄い髪、そして青白い肌の色——それらは、偽人種・人間であった頃から変化はない。だが、些細な変化が一つ、ウインドウを通して分かる。
「魔王さまの目の中、何か渦巻いてない? んー……、どっかでこういうの見た気がするんだよね」
アズの身に与えられた、些細な変化——赤い瞳の中で渦巻く何か。視界には特に影響がないが、不気味と言えば確かにそうだ。
【答。それは遥かな未来に在る、そしてこれより生まれる輝き——一つの世界を有する瞳】
「世界を有する……?」
【答。瞳に在るのは、ダンジョンの輝き。ダンジョンとは、一つの世界。故に、その瞳の中に渦巻くものこそ、この世界の未来】
突如としてそのようなことを書き出したワイズに、アズと始は顔を見合せて首を傾げる——何のことか、張本人であるはずのアズにさえ分からない。
ただ、知らぬままでいられるものではないだろう、ワイズが素直に答えてくれるのならばそれで良いが、裏づけとなる資料も探さねばならなくなった。
怠惰に過ごしたいのに、やるべきことが増えて行く……、そう溜息を吐いていると、ズボンに覆われている太腿が叩かれる。
「魔王さま、悩むのは良いけど、次は俺の番だよ」
何が言いたいのか、そんなことはすぐに分かった——始もまた、偽人種・人間からの脱却を図りたいということだろう。
それを了承することについてのメリットとデメリットは当然存在する……、肉体が最適化されることで始の力が増すのだ。また心の臓を貫かれないとは限らない。
そして、あの不快であった苦痛をこの子供に味合わせるのは、どうにも可哀想でならない、という気持ちもあった。あんな思い、せずに済むのならばその方が良いのだから。
だが、始の瞳を見ていれば簡単に引かないだろうこともまた分かった。彼にとってもアズという強大な力に対抗出来るための手段は欲しいだろう。
「——ハジメ。ソーンによる一時の眠りを受け入れるのならば、願いを叶えよう」
「良いよ」
ソーン・ローズ。地球の童話、いばら姫より生まれた臣下が一人。その力の一欠片には、対象を眠りへと誘うというものがある。それを考える素振りもなく受け入れた始に思わず訝しげな顔をしてしまうと、彼は笑って、
「魔王さま、俺のこと傷つけようとか思ってなさそうだし」
と言うのだ。確かに、そんなつもりはない。あの体を体を作り変えられる感覚を味合わせないために、せめてもの——言うなれば麻酔のようなものとして眠りへ誘ってやろうというだけ。
だが、元々は魔族の王と勇者。個人としての確執はなけれども、殺し合った仲ではある。なのに、一片の迷いもなくそんなアズの配下からの眠りを受け入れるというのだから、胆力があるというか、考えなしというか。
「ソーン、話は聞いていたな。ハジメへ一時の眠りを——良き夢を与えてやれ」
「かしこまりました、我が王」
跪いたまま微笑むのは、たっぷりの長い金髪が柔らかなウェーブを描く、茨に覆われたドレスを纏う美しい女性——ソーン。
露出は激しいが決して下品ではない服を纏う彼女は、両手を皿のように胸の前へ添えて、その上に小さな糸車を呼び出した。そうしてそれをアズの方へと浮遊魔術で差し出して来る。
艶やかな白い木と、美しい黒い糸で作られている糸車が始の目の前で止まる。眠りの深さと長さは術者により決定される——まだ信頼関係を築けていないうちから、それを受け入れられるかが問題だろう。
だが、始はそんなことは知るかとばかりに、その紡錘の先端に人差し指を触れさせ、軽く刺す。
すると、途端に彼の体は力を失ってアズの膝へと倒れ込み、玉座に身を横たわらせたまま、すう、すう、と寝息を立てた。
「呪いの糸車、発動致しました。対象の意識は、王が呼びかけるまで、夢の中を漂うでしょう」
「よくやった。……では、やるか」
子供二人も並べば流石に狭さを感じる玉座に座ったまま、鷹揚に頷く。アズからの言葉にソーンは心の底から幸せだとばかりにその甘い顔を蕩けさせるので、他の臣下からは羨ましそうな視線を受けている。
コマンドウインドウから〝生命改造〟を選択、次に〝尾張野始〟を選択——開始してしまえば、アズの魔力を使って、始の肉体が改造される……、つまり、始の体にアズの魔力が混ざることになりかねない。
それを流石に理解していなかったわけではなかろうと、短く息を吐いてからその幼い体の改造を開始するため、指先で〝推奨改造〟へ触れた。
途端に始の体を薄らと白い光が包む——が、それ以上の変化は外見からは感じられない。始本人も今は夢の中で意識がない状態なのて、特に苦痛の声が聞こえることもないのは良かったと思える。
三十分ほどで光が収まったので、ソーンに指示を出して眠りを解除させると、瞼を震わせてからゆっくりと持ち上げる始の姿を見つめた。特に不調はなさそうなので、一先ず成功と言えるだろう。
アズと同じく造られた命であった始。その元々の種族は偽人種・人間——だが、今はそれも異なる。
ウインドウに表示された始の新しい種族。それは、アズと近く、けれども決定的に異なるものであった。
——迷宮異邦種オリジン・タイプ:ZA。それが、始の新たなる種族。
迷宮については、アズと同じだ。だが、それに続く異邦種……、これは異世界からの来訪者を意味するのだろうか、そう思うも、それならばアズとて当てはまるはずだ。
二人の決定的な違いを挙げるとすれば、まずは魔族と人族——人間であったこと。そして、異なる世界への転移及び転生が一度のアズと、二度の始。
もしや、この二度の異世界を渡るということから、異邦という種を与えられたのだろうか。何にせよ、不調の有無を確認しなければならない。




