10.魔王さま、腹心を創造する
不快感に耐えて、気持ちを切り替えコマンドウインドウに指を触れさせる。そろそろ迷うのは止めて、必要な能力を与えた、腹心となる存在を作り出さねばならない。
造形を整え、世界記録へのアクセス権——これは一部付与しか出来なかった——も与えて、最後に服も着せる。服装についてはお任せという何とも有難い選択肢があったので、迷わずそれを選んだ。
最終確認を確りとしてから、〝創造〟に触れる。
すると、保有する魔力が一気に持っていかれる感覚を味わうこととなった。
更にはイダムの時と同じく空間に黒い裂け目が現れ、しかしその比ではないほどの黒く粘着質な液体が水溜まりを作り——やがてそれはゆっくりと人の形へと蠢きながら変わって行く。
頭の上まで素体が完成したのだろう、次に髪の毛のようなもの、翼のようなもの、服のようなもの——それらが形作られて行き、それからゆっくりと蠢きが静まった。
黒い液体だったそれは、これもまた黒の光を放った後、その姿を一変させる。
(——確かに、私が作り上げた姿だ)
黒い髪、白い肌、赤い瞳と真っ赤な唇。男にも女にも見える顔ばせと、凹凸のない体——は、服に隠れている。
背中から二対四枚の鳥のような黒い羽と、一対のトンボを思わせる透明な翅が生えていた。足は虫の甲殻を思わせる、光沢のある黒い異形。
彼——便宜上こう呼称する——はゆっくりと瞼を開き、その場へ跪いた。それはアズに対する忠誠を示す行為。
主の、王の言葉を待つその姿に、かつての家臣たちの姿がどうしても重なって見えてしまう。彼らもまた、こうして忠誠を誓ってくれていた。
「——名前はどうするか」
ふと息を吐いてから、そう零す。どうにも名づけのセンスというものがないと自覚しているので、そうなると——己の膝の上で好きに寛ぐ子供へと視線を向ける。
始はそれを感じ取ったのか顔を上げて来るので、そのまま名づけについて相談をすると、「なら俺が考えよっか」と彼から立候補をしてくれた。
「そうだなー……、ねえ、ワイズ。こっちの童話一覧とかない?」
【答。童話の一覧を、個体名:尾張野始へ提示します】
ワイズの返答と共に表示された童話一覧を始と並んで覗き込むと、やはりそこには知らない題名ばかりが並んでいる——それは始にとっても同じだったようで、物珍しそうに画面を動かしている。
やがて最後の項目まで辿り着くと、それで何かを納得したのだろう、アズの方へ目を向けて、彼は微笑んだ。
「シュネー・ヴァイスって、どう?」
「どこから来たんだ、それは」
「俺の生まれた世界にさ、白雪姫っていう童話があったんだ。その主人公のお姫さまが、黒髪に白い肌、血のように赤い頬を持つ美しい存在って書かれていてさ」
「……確かに、髪は黒く肌は白いか」
姫につけられた名だというのが少々引っかかりはしたが、少なくともアズが考えるものよりはよっぽど良い名だろう——流石に腹心へポチという名をつけるわけにもいくまい。
(しかし、童話を基にして……というのは、良い考えかもしれない。ハジメの世界のものであれば、より知る者も少ない——というか、いないだろう)
アズの世界のものは、彼らという転生者がいるのだから、他にそういった者がいないとは限らない。
ならば、まだ始の世界の童話の方が良い気がする——などというのは建前。知らない物語を知ること、それを好んでいるだけだ。
そうと決まれば、始が覚えている限りの物語をかた語って貰う——いや、まずはワイズに問いかけるのが先だろう。もしかしたら、世界記録にその情報があるかもしれない。
「ワイズ。ハジメの世界の童話について、記録はあるか?」
【答。個体名:尾張野始の存在から記録へのアクセスを依頼——承認されました。惑星名:地球に存在する童話の一覧を提示します】
内心で喜びを噛み締めつつ——今はそれを優先するべきではないと、シュネー・ヴァイスと名づけた彼へと向き直る。
「おまえの名はシュネー・ヴァイス——私の腹心として創造した。ここまでは理解したか?」
「——はい、我が王。わたくしの全ては、あなたさまに捧げるためにあります」
「ならば良い。さて、次は——少し、待て」
「かしこまりました、王よ」
嬉しそうに微笑むシュネーをそのままに、手元のコマンドウインドウを新たに呼び出して、〝創造一覧〟から〝シュネー・ヴァイス〟を選択する。
イダムを基準——Ⅹ段階のうちⅢとして、数字が大きくなるほど能力値が高くなる——として、シュネーの能力値を確認すると、確かに魔力を注ぎ込んだだけはある、というほど高い値が表示されていた。
「シュネー・ヴァイス……、総評Ⅸか」
「たっか。初手から飛ばしまくってるね。それで、能力の振り分けはどうしたの?」
「本人に聞くのが良いだろう——シュネー」
「はい」
美しい顔ばせを綻ばせたまま、シュネーがアズの呼びかけに反応する。跪いたまま、二対の羽は閉じ、一対の翅は下へ先を向けた状態で、彼は言葉を紡ぐ。
「王の采配を頂き、わたくしは内政に対しての知識を多く有する個体となりました。戦闘能力につきましても、皆無というわけではありません。戦闘特化の個体には劣りますが、有事の際、王を守るための力は備えております」
それは確かに、アズが望んだ通りの個体としての在り方だ。生命を創造するという嫌悪感は、いつの間にか消え失せて——今はただ、達成感だけを得ている。
それが良いことか、悪いことかはまだ判断が出来ない。しかし、この世界で生きて行くのならば、ダンジョンマスターとして在るのならば。きっと、良いことなのだろう。
「このまま、各階層に配置するための個体も作って行く。ハジメも良い案があれば、幾らでも出してくれ」
「うん。そういうの、得意だから任せて」
アズがダンジョンマスターという職——で良いのかは分からない——に対して、前向きになったのを感じ取ったのか、それとも生物創造がただ楽しいだけか、始は表情のないまま頷く。
それから二人は、時折ワイズの補佐を受けながら、階層の管理個体とそれ以外のモノを創造して行く——ダンジョンが、完成して行く。
まだ名もなきダンジョンが動き出すまで、後少し。




