ダンジョン逃避行 ~愛されすぎて怖かったから逃げていたら、いつの間にかに英雄と持てはやされていた~
「もう、好きにしてくれ……」
燃え尽きた俺の左手薬指に、指輪が嵌められる。
めでたい日だと、周りの人間が騒ぎ立てる。大半は俺の知らん連中だ。
知らん男に知らん女。知らん紳士に、知らん王冠被った爺さん。
どこでこんな人脈広めたんだ。
「ねぇ、マー君。私、宣言通りにしたよ?」
そう言って、俺の唇に唇を重ねてくる、目の前の女。
こうなった諸悪の根源。俺の人生を狂わせた、最悪の魔女。
この世の誰よりも幸せそうに笑う、俺を嵌めた女。
――そして、俺の幼馴染。
語らねばならないだろう。こいつとの、全てを。
◇ ◇ ◇
ロク村と周辺からは呼ばれる辺鄙な農村。
そこで俺たちは生まれた。
村長の家の三男坊として生を受けた俺は、生まれつき体が大きかったという。
力も強く、骨も強靭で、強い体を持っていた。
十になるころには二つ年上の兄の背を越していたし、力勝負も負けなかった。
村で一番の有望株。狩りにもいち早く参加し、自然と大人たちに交じって暮らしていた。
同年代の連中は、俺の事を口だけでは讃えるか、避けるかだけだ。
……この女、オレリーヌ以外は。
「ねぇ、ちょっと勝負してみない?」
「……なんだと?」
最初に口を交わした時の衝撃は忘れない。開口一番、俺より二回りも小さな女が勝負を仕掛けてきたんだ。
赤毛の女。何度かこっちを見てきているのは知っていたが、声をかけてきたのはこれが初めてだ。
「どっちが先に同じだけの農地を耕せるか、どう?」
「本気か?」
「いいから。どう?」
負けるとは思わなかった。俺の体力は大人にも負けなかったし、筋力だってそうだ。
相手は小さな女一人。体力勝負でも、筋力勝負でも負ける気がしなかった。
だから、負けたときは村中が驚きで騒然としたものだ。
「負けた、だと? 俺が」
「ふふふ、どう? マクス――」
そう、俺は負けた。
何が敗因だったのかはわからない。
俺は生まれて初めて、劣等感を抱いた。
女相手に維持になって、何度も勝負を繰り返した。
そのたびに黒星が増えていく。一度たりとも白だったことはない。
そして、俺は密かに練習していた木剣を取り出し、勝負を挑んだ。
結果は……見ての通りだ。
俺は地面に大の字に倒れて空を見上げている。握っていたはずの木剣は弾かれ遠くに転がっている。毎日特訓を欠かさずに行っていた剣ですら、俺はこいつに勝てないのか。
完膚なきまでにプライドを叩き折られ、青々とした雲一つない空にも嘲笑われている気がした。
想定通りだった。どこか、心の中でこうなるだろうと思っていた俺がいた。
それが心の底から嫌だった。手を額に当てて、太陽光を遮る。
もう、何度同じ思いをしたのか覚えていない。
生まれてこの方、こいつに勝負で勝ったことなんて一度もなかった。
オレリーヌが倒れている俺の側までやってくる。
いつもそうだ。こいつは俺との勝負に勝つと、何かを言おうとして、途中でやめてどこかへ行ってしまう。敗者への情けのつもりなのだろうが、俺に取ってはこの上ない屈辱だった。
だが、今日は違った。
「マー君、好きです。結婚してください!」
「……わるい、何言ってるのかわからない」
いったいどこに、叩きのめした相手に告白する女がいるというのか。
「大好きです。愛してます。生涯を共に添い遂げてください!」
「言葉の意味がわからないんじゃない。文脈がわからないって言ってるんだ」
「病めるときも健やかなるときも側にて支えることを誓います!」
「それはもう添い遂げるときの言葉だろ。うん、俺の話聞く気ないだろお前」
ぶっとんだ奴ではあった。この女――オレリーヌは。
愛の告白というのは、少なくとも、もっと雰囲気のあるものだと俺は思っていた。
こんな、敗北と劣等感に満ち溢れた状態で聞かされるものではないはずだと――。
そしてその告白の日以来、オレリーヌの様子がおかしくなった。
気が付いたら家の中で家事をしているし、父さんや兄もそれを疑問に思っている様子がない。
まるで、既に俺とあの女が添い遂げることが確定しているかのような雰囲気に耐え切れなかったのだ。
それに、俺が村のどこにいようとオレリーヌの影がちらつく。幻覚を見ているのかと思ったが、明らかにそうだ。視界の端に映り続けている。
森の中だろうが、自室の中だろうが、あいつの視線を感じる。
便所でクソしている間ですらそうだ。気がおかしくなってしまいそうだった。
俺は逃げるようにして村を出た。
腕っぷしなら自信があった俺は、しばらくは町々を行きかう商団の護衛をして生活費を稼いでいた。
村が賊に襲われたときなんかは、よく最前線で追い払うのに活躍してた。今更、そこら辺のごろつき程度に負けはしない。
なるべく村から離れ、知らない人々の元で暮らそう。そう決意して、町を転々とした。
道中でダンジョンなる危険な場所があることも知り、そこから溢れ出る怪物、魔物を殺す部隊にも参加したことがある。
この時点では、あくまでもダンジョンから出てきた魔物を打ち倒すだけだった。
ダンジョンに潜ろうなんて、考えたことはなかった。
一緒に潜らないかという誘いなら受けた。何でも、雇われ兵よりもよほど稼ぎがいいんだと。
その分危険も多いらしいが、俺からすればどうでもいい範疇だ。
この時の俺は護衛として名が売れ始めた頃合いで、調子に乗っていた。賊を何度も倒し、引き渡していた。もう無名なんかじゃあない。それもあって、真面目に検討した。
だが、誘いは断った。ダンジョンに潜れば何日も同じ場所に留まることになる。それは不思議と恐ろしかった。
ダンジョンが危険な存在だってのは何度も説明された。ダンジョンマスターを倒すまでの我慢だとも。それでも、一つの場所に留まり続けることに忌避感があった俺は断った。
村から離れて一年が過ぎたころ。いつものように商隊の護衛依頼を受けて、酒場で仲間と飲んでいる時だ。
いきなり、隣の席に一人の女が座ってきた。
ただそれだけの事のはずなのに、ぞわりと背筋が凍り付く感覚に襲われる。
酒の酔いも興奮も一瞬で消し去られた。
「ん?」
「なんだ嬢ちゃん。酌してくれんのか?」
「構いませんよ。普段この人が世話になってますから」
そう言って、俺の筋肉質な片腕に気安くもたれかかってくる女。
ちらりと視線をそちらへ動かす。角度的に顔は見えないが、赤毛の髪の毛が視界端に映る。
まさかな。まさか。どれだけ村から離れたと思っているんだ。そんなはずがない。
ジョッキを握る手が震える。畏れているのか、この俺が?
今、傭兵の中でも飛ぶ鳥落とす勢いの俺が?
数多くの賊を打ち払った俺が!?
「ね、マー君」
「うおおおおおおおおおおおお!」
俺は全力でその場から逃げ出した。あの声、あの呼び方、間違いない。あいつだ。あの女だ。
金を払ってないだとか、明日の仕事だとか、もはやそんな些事は頭から消え去っていた。
混乱していたと言えばそうだ。混乱していた。
あの村の出来事が走馬灯のように蘇る。
「どうして逃げるの?」
「ひぃ!」
町から出ようとしたところで、門の前に立ちふさがっている人物が一人いた――オレリーヌだ。俺がこの女を見間違えるはずがない。未だに夢に出てくるのだ。
多少成長していて、体つきも遥かに女性らしくなっているが、この笑い方、この髪色、この声、間違いない。オレリーヌだ。
「な、な、なんでお前が……」
「どうしてって? 傷つくなぁ。マー君が怪我しないように、いっつもサポートしてあげてたでしょ?」
「な、なんだって!?」
「うふふ。危ない時も、楽しそうな時も、ずっと一緒にいたじゃない」
恐怖した。俺は知らん。こいつが側にいたなんて知らなかった。
いつからだ? いつからこいつは――。
「二つ前の山賊戦の時、足場が悪くて転びそうだったよね」
「なっ!」
「五つ前も。危なかったなぁ、もう少しでがけ崩れに巻き込まれるところだった」
どちらも覚えがある。嘘じゃない。こいつは、本当にあの場にいたんだ。
本当に気が付かなかった。どうやって俺の眼を掻い潜って参加してたんだ? 変装か? まさかそのままいたなんてありえない。俺はメンバー全員の顔を覚えていたはずだ。
「仲良く火を囲んだ時も、美味しそうに私の差し入れを食べてくれた時も――」
「待て待て待て。差し入れって、まさかあの商団の子がくれたのは……」
ウインクで回答が返ってくる。
嘘だろ、おい……。
俺は踵を返し、一目散に逃走を選ぶ。
仕事の放棄? 信頼の低下? そんなものもう知ったことじゃない。
こいつから逃げないと。こいつから離れないと。俺の頭の中にあったのはそれだけだ。
「逃がさないよ、だって愛してるからね――」
段々と遠のいていく声が、俺の恐怖を加速させる。
町を出て、寝る暇も惜しんで走り続けた。
朝になるまで走り続けた。日差しが睡眠不足の体を叩きつけるまで走り続けた。
もう本当に人の影も何も見えなくなって、ようやく俺は足を止められた。
何なんだあいつは。どうすればいい。
本能的な恐怖。俺は、明確な狩られる者だった。
「どうする、どうすればあいつから逃れられる」
これまで通りの生活は駄目だ。また補足される。
なら、あいつが来れないようなところに行くしかない。
それはどこだ? 他国か? いや、地続きの時点で安心できない。
海を越えるか? 船に乗るのは駄目だ。逃げ場がどこにもない。
「……ダンジョンの奥地なら、危険な場所ならどうだ」
ダンジョンの中は異界に近いと聞く。もしかしたら、そこならばあいつから逃げ切れるかもしれない。
そうと決まれば、話は早い。さっそく活動を開始するぞ。
俺はこれまで稼いだ金で手早く支度を済ませ、近場にあったダンジョンの中に潜った。
ダンジョンの中で生活するために、様々な品を買った。
食料は現地調達だ。モンスターが食えるかどうかは知らんが、あいつから逃れるためならば何だってしてやる。
とにかく恐ろしかった。この恐怖から逃れるためならなんだってできる気がした。
最初に選んだダンジョンは、そこまで等級が高くないらしく、大したモンスターも出てこない。
それでも、腕が立たない連中からすれば厳しいらしく、時折傷だらけになっている奴らを助けてやることがあった。
一か月ほどここで生活しただろうか。ついぞ、あの女は姿を現さなかった!
人と会うこともめったにないが、身だしなみには気を付けるだけの余裕ができた。
ダンジョンの中で、モンスターと間違われて襲われたらたまったもんじゃないからな。
「これなら、この調子なら、平穏な生活がっ!」
「でも、そろそろ寂しくなったりしない?」
「馬鹿野郎、オレリーヌに追われる恐怖に比べたら……」
思考が停止する。まさかな?
俺がここにいることは誰も知らない。助けた連中にも名前を教えたりはしていない。
つまり、オレリーヌが俺の居場所を特定する方法はない。
ここにあいつがいるはずがない。そう、いてはならないんだ。
「ふふ、どうかした? 固まっちゃって、かーわいい」
俺はぎこちなく首を横に回す。
そこには、この世で最も見たくない顔があった。
「オ、オ、オ、オレリーヌぅ!」
「マー君、そんなに大声出してどうかした?」
俺はまたしても一目散に逃げだした。見つかった以上、もうここにはいられない。
「……ふーん。またここに逃げ込まれても嫌だし、ダンジョンマスターだっけ。倒すとダンジョンは消えてくれるんだよね」
後ろでオレリーヌが不穏なことを言っていたが、無視して走った。
この場所に未練なんてない。元からあいつから逃げるためだけの場所だ。
ダンジョンから出ると、俺の姿を見た周りの連中が騒ぎ出す。
「英雄さんだ!」
「ダンジョンの外に出てきたんですか!」
なんだなんだ。急に囲んでどうした。
さてはオレリーヌの手下か、俺を逃がさないために妨害しているのか!
「通せ! 俺は行かなければならんのだ!」
「ど、どこへ行かれるんですか! せめて歓待を……」
「いらん! 一刻も早く――」
どこへ行くのかだって? ……どこへだ?
ダンジョンの中は駄目だった。なら、どうすればいい?
いや、今回潜ったダンジョンはモンスターが弱かった。だからあいつが入ってこれたんだ。
もっと強いモンスターのいるダンジョンならば、今度こそ。
「おい、このダンジョンよりももっと強いモンスターがいるダンジョンを知っているか」
「え? それは、北の方には近隣住民が手を焼いているダンジョンがあるという話を聞きましたが……」
「わかった。じゃあな」
「ちょっと、英雄さん、英雄さーん!」
俺は後ろから縋る様な声を上げる連中を無視して、再び走った。
オレリーヌが追ってくる前に行かなければ。ダンジョンに入られるところも見られてはならない。だから、とにかく急ぐ必要がある。
そうやって、俺は次のダンジョンにやってきた。このダンジョンは非常に危険らしく、入る際に周りから止められたが強硬して侵入した。
止められるだけあって、出てくるモンスターはかなり強い。角の生えた巨大な狼のようなモンスターがよく出てくるが、俺でさえこいつらには手間取らされる。
確かに、これは普通の奴ならどうしようもないだろう。これだけ難度の高いダンジョンならば、今度こそ何とかなるはずだ。
「うんうん、心機一転頑張ろう」
「ああ。オレリーヌに脅かされない生活を……」
思考が停止する。まさかな?
「うふふ。マー君ったら、また固まっちゃって。可愛い可愛い」
「オ、オ、オ、オレリーヌぅ!」
「マー君、そんなに大声出してどうかした?」
こんなダンジョンにも現れるだと! おかしいだろ、俺でもかなり手こずる連中だぞ!
いや、それにしても早かった。なんでだ、なんでだよ、おかしいだろ! 全部が全部!
「ふざけるな、ふざけるなよぉおおおおおおおお」
俺はまたしても逃げた。
追われてないか気になって一瞬だけ背後を見たが、オレリーヌはこちらに手を振って見送っているだけだ。
その後も、俺は次々に難度が高いと言われているダンジョンへ潜り続けた。中には死にそうになったこともあるが、オレリーヌの恐怖に比べたら打ち勝てるレべルだった。
なんでそんなに恐れるのかと言われたら俺にもわからない。ただ、ただ恐ろしかった。
死の恐怖よりも恐ろしい存在に追われているという実感が俺の背中を押し続けていた。
しかし、オレリーヌはその全てのダンジョンに姿を現した。
火山のようなダンジョンにも、湖の底に沈んだダンジョンにも、山の頂上に隠されていたダンジョンにも、だ。
そのたびに俺は逃げだして、逃げて逃げて逃げ続けた。
何年経ったかもわからない。とにかく逃げた。逃げて、逃げて……とうとう、逃げる先がなくなった。
「なに! ダンジョンがもうない!?」
「英雄様のおかげです! 危険なダンジョンを消し去り続けてくださって……」
「ふざけるな!」
怒りに任せて机に拳を叩きつける。それだけで木製の机は表面が砕け、破片が飛び散る。
俺は立ち寄った町にて、町長を相手に話をしていた。
話をしている内容は、ダンジョンを求めてだ。
より難度の高いダンジョン。より辺鄙な場所にあるダンジョン、より危険なダンジョンを俺は探し続けていた。それが、もうないというではないか。
そんなはずはない。もしそうならば、俺はどうやってあの女から逃げればいい!
「あの女から逃げるためにダンジョンが必要なんだよ! 俺には!」
「しかし、英雄様……」
「俺は英雄でもなんでもない! とにかく、俺はダンジョンに潜らねばならないんだ!」
町長は俺の啖呵に押されつつも、少しだけ考える素振りをみせた。
「……わかりました。外ならぬ、危険なダンジョンを消し去り続けた英雄様の願いです」
「なに?」
「我々が貴方を匿いましょう」
それは、俺の思考にはなかった発言だった。
その日から、俺はこの町の一つの建物の中で隠れ住むことになった。
外には出ない、顔も見せない。食事は運ばれてくるから部屋からすら出なくてもいい。
窮屈さはあるが、命の危険はない。何より、部屋の守りは万全で、どこからも入ってくる隙は無いのが気に入った。
「ここなら、流石にあいつも……」
そう口にして、速攻で周りを見回した。
これまでのパターンでは、こういう事を言うとあいつがいつの間にかに隣にいることが多かった。
しかし、今回はそうじゃない。どれだけ見回しても、どれだけ探しても、この部屋にいるのは俺一人だけだ。
感動で涙が出てきた。俺はついに、ついにあいつの恐怖から解放されたのだ……っ!
平和な暮らし。何よりも望んでいた、心の平穏。何と素晴らしいことか。
半年が過ぎても、この暮らしが脅かされることはなかった。オレリーヌのオの字も、影も形もない。本当に盤石な暮らしだ。
だから、俺はするべき警戒を忘れてしまっていたんだ。
ある日、いつもと違うことが来た。部屋の扉が叩かれた。食事かと思ったら、続いて声も投げかけられた。
「英雄さま、少々よろしいでしょうか」
「その声、町長か」
「扉を開けてくださいませんでしょうか」
町長はこの暮らしを提供してくれた恩人だ。開かないわけがない
扉を開けると、そこには記憶の中よりも機嫌がよさそうな町長の姿があった。
「実は英雄様にお願いがございまして……」
「ああ、この暮らしを提供してもらったんだ、願いの一つや二つぐらい聞いてやるさ」
「本当ですか!」
「ああ! 本当だ!」
俺はこの上なく機嫌がよかった。心の底から望んでいたものが手に入っていたんだからな。
だから、ちょっとした頼みを聞くぐらいどうってことはない。心に余裕があったからな。
「では、少々来ていただきたいところがあるのです」
「ほう、どこだ?」
「では、こちらへ。後、こちらの服装にも着替えて頂けませんか?」
渡されたのは、白い服。さて、何だろうなこれは。しっかりとした生地だ。かなり高級そうだが。
なるほど、お偉いさんと顔合わせでもするのか。
俺の稼ぎでなく、町の金でここに住んでいたわけだから。その理由を明かす必要があったんだろう。なら仕方がない。
俺は黙って着替えて、町長の後について行く。
町の中は不思議と静まり帰っていた。
目的の建物は教会で、中の一室に俺は通された。何でも、この部屋で待機して、呼んだら出てきて欲しいということだ。
なんだ、その程度か。どうということはない。
そうして、時間が経ち、町長に呼ばれ、俺は部屋から出る。
「英雄様ーっ!」
「こっち見てください英雄様ーっ!」
教会の堂内には押し寄せるような人がいた。俺が入ってきたときにはどこにもいなかったのに、だ。
なんだこれは。思っていたのと違うぞ。
「では、英雄様、こちらへどうぞ」
案内され、堂内の最奥。神父様が待つ前まで案内された。
なんだ、これから何が起こるんだ?
周りの人々は熱狂に溢れ、涙を流している人もいる。
何が起きているんだこれは。
「不思議?」
「あ、ああ。――っ!」
「久しぶり、マー君」
オレリーヌがいつの間にかに俺の側に立っていた。
咄嗟に逃げようにも、この人の中を突っ切るのはまずい。
まさか、嵌められたのか?
「なんでマー君が英雄様って呼ばれてるかわかる?」
「……しら、ん」
「数々の危険なダンジョン、残しておくにも危ないダンジョンを、全部消し去ったからだよ。マー君のおかげでね」
俺はそんなことをした覚えは――。
勢いよくオレリーヌの方へ顔を向ける。こいつ、まさか。
俺と視線があったからか、頬を赤く染めて笑顔になる。
間違いない。こいつ、俺が逃げ込んだダンジョンを再利用できないようにダンジョンマスターを討伐したんだ。嘘だろ、規格外だとは思っていたが、そんなことまでやって見せたのか。一人で――。
俺が苦戦したダンジョンも。俺が死にかけたダンジョンも。たどり着くのに苦戦したダンジョンも。全て。
こいつにとっては、ダンジョンマスターすら倒してしまえる程度のものでしかなかった?
思わず笑いが込み上げてくる。俺はこんな奴から逃げようと思っていたのか? 本当に、逃げ切れると思っていたのか?
「では、これより英雄マクス様と、そのパートナーオレリーヌ様の結婚式を始めます」
粛々と神父が結婚式の始まりを告げる。
相反して、周りの人々の熱狂と寄せてくる拍手の嵐が俺らに浴びせられる。
ああ、そうか。何もかもが無駄だったんだな。
俺が努力したのは、俺の頑張りは、俺の人生は。
オレリーヌ、こいつには敵わなかったんだ。
俺の心が折れた瞬間だった。
そうして、俺の口から言葉が零れ落ちる。
「もう、好きにしてくれ……」
周りの拍手で、誰の耳にも俺の呟きは届かなかった。