18 未来に向けて考える事
張り詰めた空気ではあったが、ルキストは最終的に気にした様子もなく食事を終えて食堂を出て行った。
残されたフィディスの方こそ気まずげに、いつになくゆっくりと食事を口に運んだが、提供されたものを残さず食べ切ったのは普段からの心がけの賜物なのかもしれない。
「あの、おにい様」
「ルディ、私は自分の行動を間違っているとは思っていない」
「……ええ、わたくしはよわいですから」
実際、フィディスがルディアを守り続けなければいけなかったのは事実だ。
先回りして守り続けていたからこそ、ルディアが無事でいることが出来たといってもいい。
「ただ今後、ルディが変わるのだとすれば、私も変わる必要があるのだろうね」
「それは……」
不変のものはない。それはルディアも理解している。
何と言えばいいのか考えていると、ここまで静観していたアーストンが「はあ」とため息を吐いた。
「どんなに変わろうと、本質を見失う事がなければそれでいいだろう」
「お爺様」
「僕から言えることは一つ。ルディを守り傷つけたくないのなら、お前も強くなるしかないよ、フィス」
それは物理的にも精神的にも、と言ってアーストンは優しく微笑む。
フィディスはその言葉に頷くと隣に座るルディアの頭にそっと手を置く。
「私はどこまでもルディのために強くなってみせるよ。限界があると言われたら、それだって超えて見せる」
「まあ」
真剣なフィディスの表情にルディアは思わず驚きの声を出してしまう。
今までもフィディスはずっと真剣にルディアを守っていたが、何かが違う、何かが変わった。そんな印象を受けたのだ。
(大神官長様がお兄様に影響を与えたという事でして?)
確かに先ほどのやり取りは見ている側の胃が痛くなりそうだったと思い出す。
だが、どちらも中心に置いていたのはルディアである。
(お兄様はわかりますわ。シスコンですもの。でも、大神官長様はどうしてここまでしてくださるのでしょう? ブルアムも……わたくしの知らない前世が関係していまして?)
魔女、という部分が重要なのだろうとは思いついても説明されなければわからない。
ルディアは魔法についても知って間もなく、聖典の内容だって触り部分しか習っていないのだ。
前世で魔女という単語は知っているが、この世界での意味は前世のものとは違うらしい。
(神の求婚……。浮島を作った存在。大神官長やブルアムがわたくしを通して求める存在)
ブルアムが言う一つ前、それはルディアが思い出した前世の事。
けれどもブルアムたちがルディアを構うのはそれ以前の前世に関連している。
(わたくしの知らないわたくし。今を見ると言ってくれた二人の言葉に嘘はないように感じましたが、それでも……わたくしの中に誰かを見ている)
それは絶対だとルディアは確信しており、そのことを考えるとジクジクと胸の奥が痛む気がしてしまう。
「ルディ?」
動きを止めていたルディアを心配そうに見るフィディスに気づき、ルディアは何でもないと首を緩く横に振る。
「おにい様は、わたくしを見てくださいますのよね?」
「当然だろう。ルディはルディなのだから」
前世を思い出したことで変わったとしても、ルディアは自分の守るべき光なのだとフィディスは頷く。
そのことに安堵し、ルディアは頭に乗せられたフィディスの手に自分の手を重ねてほほ笑む。
その様子を見てアーストンは人知れず安堵の息を吐く。
ルディアが前世を思い出し、そして昨日ルキストが魔女とルディアを呼んでから何かを考えているのはわかっていた。
それが前世を思い出した人物にありがちな今世と前世の記憶が混ざる事による困惑であることも。
今と違う記憶が混ざる事で同じでいることは出来ない。
うまく融合するか、乗っ取られるか、乗っ取るか、それとも狂って堕ちるか……それは人それぞれだ。
誰かが誘導しても、結局は本人がどうにかするしかない。
本来ならもっと時間をかけてもよかったが、ルディアの場合は状況がそれを許さなかった。
ヴィリアを死に追いやった原因、今後に起きる事、そして……。
(ルディアが覚えていない過去を知る大神官長、か)
厄介だとアーストンは表情に出さずに苛立ってしまう。
一つの前世を思い出すだけでも本人にとっては負荷が大きい。
それなのにそれ以外の前世に関係している人物、しかもその当時の事を体験している人物など、負荷などというレベルではない。
今の自分を通して過去の自分を見られる。
それは、今を否定されていると感じてもおかしくはない。
前世では享年三十三歳と成人した女性だと言われているが、ルディアは五歳の子供。
アーストンから見れば、よく前世の記憶に飲み込まれないものだと感心してしまうほどだった。
それほどにルディアが語っていた前世の境遇は、今では考えられないものだった。
せめてもの救いが前世の兄が味方だったこと。家族から離れた後に友人に恵まれたこと。
それでも、最期は嫉妬に狂った実の妹に殺された。
挙句の果てにこの世界に似た情報を持ち、未来の可能性を知っている。
過去の前例を見れば飲み込まれて人格が大きく変わってしまったり狂ってしまったりするのが普通だ。
だからこそ、四大公爵家の当主もレンティムも黄昏会議の開催を急いだ。
ルディアがまともであるうちに情報を引き出すために。
アーストンは食後のお茶を飲み終わりフィディスとともに食堂を出ていくルディアを笑顔で見送り、呼び寄せた執事長にフィディスの家庭教師の選抜を急ぐように伝える。
ルキストの様子では、ルディアの体調はアーストンの想像以上に悪い。
このままのんびりしていれば、フィディアのように手遅れになるのだろう。
幸いなのは、そうなるまえに大神官長であるルキストが目をかけてくれ、処置をしてくれることになったこと。
そのために神聖国に行く必要があるが、それは当初の予定通りだ。
(最悪、フィディスの生命力を使うかと思ったが、それはなさそうだ)
ただ、とアーストンは考える。
先ほどのやり取りを見ればフィディスがルディア以外の女性を選ぶとはやはり思えない。
例え婚姻と子作りが義務でルディアを尊重する女性がいたとしても、フィディスの本能が認めなさそうだとアーストンは判断した。
(まあ、四大公爵家では別に珍しい事でもないか)
各家の初代からの直系など当の昔に途絶えている。
いや、四大公爵家に散らばって存在していると言うべきなのかもしれない。
濃くなりすぎない程度に、それでいて薄まらないように適度に混ぜ合わせてきた血統。
なにがあってもいいように、それこそ四大公爵家が一気に潰えてしまわない限りどうにでもなるようにと、長い歴史の中で脈々と続けられてきた義務。
(親族会議を早めに開いた方がいいな)
フィディスに伴侶をあてがうにしろ、養子をとるにしろ、四大公爵家で話し合わなければならない。
そして、ルディアのことも。
(魔女、とはな)
ルキストが口にした魔女という単語。
それは説明されるまでもなく正確に存在意義を理解している。
彼女たちが数百年前に一斉に姿を消したことも、その時から浮島を支える血統の人間はそれ以前にもまして血統を重視しなくてはいけなくなったのだから、いやでも知らなくてはいけない。
このことは近いうちにフィディスにも話す予定ではあった。
だが、その予定は繰り上げる必要があるのだろう。
神聖国に行く前に話さなければいけない。浮島の真実を。
(あー、面倒くさい)
自分にこのことを話した先代も同じ気持ちだったのだろうかとアーストンは考える。
フィディアと婚姻するために家を継ぐ可能性は低いと宣言していた、むしろ継ぐことはないだろうから他の兄弟に適当に任せたいとまで言っていた。
それでもアーストンが当主になったのは、フィディアを守るためで、忘れ形見のヴィリアを守るため。
フィディスもルディアを守るためというのなら、婚姻をして子供を残すと考えていた。
けれども、状況は変わってしまった。
(大神官長がルディアを庇護するのであれば、フィディスの枷はなくなる、か)
もとよりそんなものを付ける気はなかったが、面倒になったことにかわりはない。
(大神官長の件で動くのがフィディスだけならいいが)
スエンスに任せている外交面でうまくやってもらうしかないとアーストンはため息を吐き出した。
「旦那様?」
「なんでもない。あとで他の公爵家に手紙を書くから大至急で届けてくれ」
「かしこまりました」
仕えて長い執事長はアーストンの言葉でそれが親族会議に関わるものだと察する。
「若君はご参加なさいますか?」
「そうだな、あいつも参加してもいい年齢だし、分別も付くだろう。それに、自分の事だ」
アーストンはそう言うと手紙を書くために席を立って書斎に向かう。
後ろをついて歩く執事長は、フィディスのルディアへの偏愛は知っているが、そのことで今後のウィンターク公爵家の血統を揺るがすことになりそうとは思っておらず、若干ではあるが頭痛がしてしまう。
なぜならシスコンであることを除けば、フィディスはウィンターク公爵家の跡取りとして申し分なく、ヴィリア亡き今、誰もがフィディスこそが次期ウィンターク公爵だと思っているのだ。
(使用人たちが荒れなければいいが)
とはいえ、フィディスとルディアが幸せで笑っている事が出来ればそれでいいとも考えてしまい、ウィンターク公爵家に生涯を捧げた身として何を優先すべきか若干考えてしまい、戸惑いを抱いてしまうのも仕方がない事だろう。
四大公爵家の上級使用人はすべて身元のしっかりした能力を認められた貴族、もしくは当主や直系に見いだされた能力主義者。
簡単に仕える主人が変わる事をよしとするものではない。
荒れなければいいと考えている執事長でさえ、実際にフィディスかルディア以外の者が突然跡継ぎに指名されたら複雑な心境になるのは予想できてしまう。
それが本人たちのため、家のためだとわかっていても割り切れないものはある。
(実際に当主氏名が変更されてしまえば、何人残るのやら)
特にルディア周りにいる使用人は残らないだろうと執事長は内心でため息を吐きだしてしまった。




