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11 とりあえず、さようなら

 ヴィリアの葬儀が終わった後、ルディアたちはもちろんだが、クリプトルもまたウィンターク公爵家のタウンハウスに戻る。

 今後の動きについては上層部での話し合いは終わっているが、今回公にしただけあって、侯爵家以下の貴族たちがどのように動くのか、そしてオクシスの要望がどのようなものなのかを確認するためだ。


「ふん。予想通りだな」


 使用人——ウィンターク公爵家の執事(・・)の一人が持って来た報告と、オクシスのサイン入りの要望書(・・・)を見てアーストンは呆れたように笑った。

 ちなみにルディアは葬儀の疲れが出たのか、体調がすぐれないと言って部屋で休んでいるし、フィディスはその看病として付き添いここにはいない。

 クリプトルに要望書を渡してからアーストンは紅茶の入ったカップを手に取ると、ゆっくりと中身を一口飲んでから何か言う事はあるかと視線を投げる。


「見事に予想通りだけど、金額の指定もないとは……どこまでも愚かしい。アーストン、手切れ金はどうするつもりだい?」

「金の価値など知らないのだろう。まあ、今まで渡していた給与の五年分。それでいいさ」

平民の暮らし(・・・・・・)をするなら三十年は働かなくても済むだろうな」

「平民の暮らしをするのなら、な」


 だが、家の維持費や衣食住を今のままとするのなら、それこそ五年もかからずに、せいぜい3年ほどでお金は尽きてしまうだろ。

 今までは払っていなかった貴族税も全て自己負担しなければいけないのだから。


「この仕事というのはどうするつもりなんだ?」

「ロクデナシの実家に斡旋させればいいだろう」


 アーストンは簡単そうに言うが、公爵家を追い出された息子の面倒を見るのだろうかとクリプトンは疑問に思うが、これは自分の担当ではないと口を出す気はない。


「第一妃の動きはどうなんだ?」

「陛下の話だと、既にルディア嬢への婚約打診に動き始めているみたいだ。もっとも、その話が入ってき次第却下しているそうだが」

「そうか」


 呆れたように息を吐きだして返事をしたクリプトルに、アーストンは気持ちはわかる、と同情のような視線を向ける。

 アーストンも驚いたのだが、プーパ(第一妃)は本当にこの国の法律を理解していなかった。

 なんでもティルムがルディアに婚約を申し込もうとしているという話を聞き、嫌がらせと自分の息子を王位継承争いで有利に立たせるために公爵令嬢と婚約させようとしたらしい。

 今はレンティムから公爵家の人間を伴侶にした者に王位継承権はないと聞き、その考えはなくしたそうだが今度はフィディスに接触を図ろうとしているとも言われている。

 令嬢がだめなら子息。

 どちらにせよ後ろ盾になればそれでいいのだ。

 そう考えているうちは王位を継ぐなど遠い話だという事を理解していない。

 四大公爵家が国王や王太子の後ろ盾になる事は、絶対にない。

 そんなことをすれば選帝侯の意味がない。


「ティルム殿下も気の毒と言えば気の毒か」

「そうだな」


 二人は同時にため息を吐きだした。

 それはもちろん同情からだったのだが、それだけではない。

 ルディアが語った可能性(・・・)の中にティルムの名前は一切出てこなかった。

 恐らく、物語が語られる以前に退場(死亡)している可能性が高いという事なのだろう。

 病死や事故死かもしれないが、十中八九暗殺によるものだと考えている。

 もしかしたら、他のフェルル(第三王子)エティアナ(第一王女)もいなくなっているのかもしれない。

 そうでなければ、ほぼ同い年(・・・・・)の双子が登場しないのは不自然だからだ。


「王位継承権は王子たちの動向を見て、か。レンティムも頭が痛いだろう」

「だろうな。そもそも王太子であるテンペルトの正式な伴侶(・・・・・)ではない妃の子供たちだ。王位を継いだ後に子供が生まれればその子供が第一王位継承者だぞ。面倒だな」

「そうだな。クリプトルの子供も何かあれば一応王位継承権が生まれるのか」


 アーストンの言葉にクリプトルは頷く。

 だが、息子は次期当主として教育を施しているので、今更王家に取られるのは好ましくない。

 それにアーストンが死亡した後はウィンターク公爵家の当主代理を務めることになっているため、そのタイミングでウィンノエル公爵家の当主引退を考えているのだ。

 兼任との話もあったが、中途半端にするのはよくないとこの選択肢を取る事になった。


 そろそろ引退を考えているルペンスやレンティムは、今回の件が片付けば引退すると黄昏会議で話している。

 アーストンは一応まだ(死ぬまで)引退の予定はない。

 かつてわがままを通した際に、そう他の当主やレンティムに誓ったのだ。

 最期まで生きて、公爵家の当主として国に仕えると。


 オクシスと話し合い(・・・・)をした執事とは別の執事が契約書を作成したので、それを確認した後にアーストンはクリプトルの前で堂々と紋章印を取り出して押す。


「少しは隠そうとしようか? ワタシが悪用したらどうする」

「しないだろう。それにいずれお前も使う事になる魔術具じゃないか」

「それはそうだけど」


 クリプトルは呆れたようにため息を吐きながら額に手を当てて頭を横に振る。

 紋章印は登録した魔力(・・・・・・)で扱うことのできる魔術具だ。

 当主もしくは、他の紋章印の使用者3人と玉璽の使用者の中から2人以上の立ち合いで魔力登録が行われる。

 魔法と違い、魔術具は勝手に対象の魔力を吸い上げて使用する。

 紋章印であれば使用者の魔力を、それが無理であれば生命力を使用して行使される。


「まあいいか。ワタシは魔力が少ない方だからな。これ以上魔力を削るような真似は出来ればしたくない」

「先が見えないというのは恐ろしいだろうな」

(死期)が見えているのは恐ろしくないのか?」


 クリプトルが何気なく、答えが分かり切っているとでも言いたげに聞けば、アーストンは肩をすくめるだけで何も言わない。

 そう、わかっているのだ。

 アーストンには後悔はない。未来への恐れもない。不安もない。悲しみもない。

 ただ、今は心配があるだけだ。


「ルディア嬢は神聖国にやらないのか? もしくは神官を呼び寄せるとか」

「あの方法を今とるとして、誰が捧げる(・・・・・)んだ? フィスは喜んで捧げるだろうが、どれほどの代償かわからない以上、他の根回しが出来ていない今は無理だ。ティネブルム殿下もだな」


 含んだ返しにクリプトルはまたもやため息を吐きだし、この一ヶ月で幸せがどれだけ逃げ出したのだろうと思わず嘆きたくなる。


「ともあれ、無事にロクデナシを家から追い出してからの話だ」

「そうだな」


 アーストンの言葉に頷いて、クリプトルはカップの中にあるすっかり冷めてしまった琥珀色の紅茶を飲みほした。


「冷めているだろうに」

「いっそ冷たいものが飲みたい」

「そうか」


 クリプトルがそう言えば、すぐにコップに入ったレモン水が用意され、丁寧に氷まで入っている。


「次はミントも浮かべてくれ」


 クリプトルが自分の好みを伝えれば、執事は黙って頭を下げた。




 ◆ ◆ ◆




 一週間後、オクシスはウィンターク公爵家の執事(・・)を前に、以前も使用した喫茶店の個室で契約書を眺めた後にサインをした。

 これも魔術具のようで、サイン後にほんのりと発光したかと思うとその光がオクシスの胸に吸い込まれていった。

 けげんな表情を浮かべた後、オクシスが説明を求めれば、魔術によるものでこの光はアーストンにも流れており、契約を破れば心臓に痛みが走るというものだと説明される。


「ちっ。余計なことを」


 オクシスは呟くといつの間にか3枚(・・)になっている契約書の1枚を手にする。


「これでおさらば。じゃないな、ごきげんよう。とでも伝えてくれ」


 そう言って個室から追い出すように手を払ったオクシスを見て、残りの2枚を手にして執事は席を立つと深々と頭を下げた後、足音を立てずに出ていく。

 執事がいた場所にはしっかりと小切手が置かれており、手に取って金額を確認すれば今の仕事の10年分の金額だった。


(へえ、まあこのぐらいで許してやるか)


 平民なら十分すぎる金額でもオクシスにとってはそうでもない。ましてやウィンターク公爵家にとってはお小遣い程度のものだ。

 当初は5年分としていたが、念のためその倍にしている。

 それでも、オクシスが今の生活(・・・・)を続ければ数年で消えてしまうだろう。

 実家である伯爵家からは今までと変わらない仕事を任されることになっているが、今までと違い実家に戻って仕事をしなければいけないのが面倒だった。


(フィニスとリズリアと過ごす時間が減るのは嫌だが、生活のためか)


 そう考えて、オクシスはじっと小切手を見る。


(いや、少しぐらいさぼってもいいんじゃないか? 金はあるんだしな)


 十年分ある。

 つまりそれだけ遊んで暮らせるという事だ。

 にやりと笑ってオクシスはベルを鳴らし店員を呼んで軽食と帰宅の際に前回も包ませた菓子の詰め合わせを注文した。

 先ほど、今日のここの支払いはウィンターク公爵家が負担すると言われたので遠慮はしない。


(いっそこの金を元手に他国に行って爵位を買うのもいいな)


 この国でも爵位は買えるが、一代貴族とはいえ功績もなく、公爵家に目を付けられたオクシスが爵位を買うのは不可能に近い。

 買おうとしたところで国王であるレンティムが承認しないのだが、オクシスはその事実を理解していないので、ただ難しいだろうとしか考えていない。

 ただ、難しいとは理解しているのでこの国ではなく他国という選択肢が浮かんだのだ。


 そう考えた瞬間、個室の扉がノックされ、もう軽食が用意されたのかと入室を許可すれば、そこには店員ではなく見ず知らずの男女立っていて、会釈をしてから入室してくる。


「どちら様ですか?」


 身分はわからないが平民ではなさそうだと判断し、もうすぐ公爵家の人間ではなくなる事を考え丁寧な態度をとるオクシスに、人好きのする笑みを浮かべた二人は名乗りを上げ、自分たちの後ろについている人物の名前も挙げた。


「なんとっ」


 その名前を聞き、オクシスは驚きとともに慌てたように席に座るように促し、ベルを鳴らして二人分の飲み物を追加で注文しようとしたが、すぐに出ていくからと止められた。


「こちらは?」


 目の前に差し出された封筒。そこにはサインも蝋印もない。もちろん承認印もない。

 中身を出して確認するように言われたのでその通りにすれば、やはりサインは見当たらないが、今後の生活について支援する(・・・・)と記載があり。目の前にいる二人は連絡役に使うようにと書かれていた。


「これは、かの御方が?」


 聞けば二人は頷く。

 それを受け、オクシスはこらえきれない笑みを隠すために口元を手で覆って下を向いた。


(あんなくそったれな公爵家と縁を切ったからか? 俺にも運が向いて来たじゃないか!)


 にやにやと緩む口元がましになるまで、うつむいて震えるオクシスは気づいていない。

 人好きのする笑みを浮かべた二人の目には、冷たい光が浮かんでいた。

私なら生活費や諸々をまとめて計算した費用×3でもらいそう。

さて、登場した男女は何が目的なんでしょうねぇ♪

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[一言] 黒幕<使い捨てのコマ、ゲットだぜ! こうですかね?
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