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9 そういうのはちょっと……

 レンティムによる衝撃的な発言をはじめ、頭の中で情報を整理するために時間が必要と判断され、ルディアたちは黄昏会議が行われている部屋を退出することになった。

 もっとも、あとは大人が事務処理をすることがほどんどだという事も、部屋を出された理由の一つかもしれない。


 部屋を出た後、ティルムによって案内されたのは王族専用の庭の一つ。


「わぁっ」


 ルディアの知識の中では何度か訪れた事があるが、前世の知識を思い出してから訪れたのは初めてであり、思わず感嘆の声を上げてしまった。


(写真に……ううん、スケッチして刺繍の参考にしたいですわ)


 周辺を見渡しながらそんなことを考えていると、フィディスに手を引かれて噴水の近くにある東屋に到着した。

 事前に通達が行われていたのだろう。

 子供であるルディアたちが苦労せず座れるように足置きや柔らかなクッションが用意されている。

 フィディスはルディアをしっかりとエスコートし、しっかりと着席したのを確認してから自分もそのすぐ隣に座った。

 その様子を羨ましく見つつも、ティルムは一人分の余裕をもってフィディスとは逆側に座り、気配を消して待機しているメイドに視線を向ける。


「焼き菓子やケーキはいくつか食べていたようだし、まずはのどを潤そうか」


 ルディアが気に入ったお茶を用意したと言われて提供されたのは、花の香りのする薄バラ色のお茶であった。

 それをさらに蜂蜜で甘くし好みの味付けにしたものに気を良くしないわけもなく、ルディアは一口飲んだだけで思わず表情がほころんでしまう。


「おいしいですわ」

「味の好みは変わってないようで何よりだ。ああ、でも好物や趣味嗜好に変化があるなら遠慮なく言ってくれ。僕に手配できる範囲のものならなんでも用意するから」

「ありがとうございます」


 にっこりと微笑みを向けられて言われたが、ルディアは特に気にしていない。

 これに関しては前世の記憶を取り戻す前からの日常のため、前世を思い出しても耐性が残っているからであろう。

 もしくは無意識で受け流しているのかもしれない。


「難しい処理はお爺様たちがするようだし、子供の僕たちはのんびり……するしかないな」


 ティルムは肩をすくめながら蜂蜜を入れていないお茶を一口飲んで言うと、フィディスが頷く。

 部屋を退出したため、この場で内容を特定できるようなことを口に出すことは出来ない。

 それでも互いに通じる短い言葉で会話をすることは可能だ。


「ルディの知識はすべて聞いたと言われて私たちは追い出されてしまったから、のんびりする以外に出来る事がないからな」


 フィディスの言うようにルディアの乏しい小説知識は全て伝えている。

 今後何かを思い出すかもしれないが、その時は改めて内容を話すことになっているため、本当に出来ることがないのだ。


 三人とも同じことを考えているのか、同時に深くため息を吐きだしてもう一口お茶を飲む。


「わたくし、けっきょくどうなってしまうのでしょうか?」

「私と一生仲良く暮らすでいいんじゃないか」

「いや、僕と婚姻するということでいいじゃないか」


 ルディアの言葉にすぐに自分の希望を口にしたフィディスとティルム。

 口にした直後に互いに鋭く視線を交わしたが、いつものことなのですぐに何事もなかったように視線を戻す。


「ティルムでんかとこんいんしても、おにい様のおそばにいる方法があると思いますの」

「「どんな?」」

「えっと、ティルムでんかが、おにい様のほさかんとして、こよーされればいいのですわ」


 補佐官ではなくとも家令でもいいかもしれない。そんな風にルディアは考えたのだが、二人は微妙な表情を一瞬だけ浮かべて顔を見合わせた。


「うん、悪くない提案だけど」

「僕たち本人は良くても他の奴らがうるさそうだな」


 言いにくそうに口にされ、公爵家の当主でも元王子を雇用するのは難しいのかとルディアは少しがっかりしてしまう。

 その気配を感じ取った二人は慌ててフォローの言葉を重ねたが、結局のところ外聞的に元王子を公爵家で雇用することは難しいことに変わりはない。


 黙ってしまったルディアの機嫌を取ろうと、フィディスたちは話題を変えることを選択した。


「そういえば、お爺様にそろそろ覚えなさいって本をもらったのだけど」

「「本?」」


 首を傾げるルディアとティルムに対し、フィディスは何とも言えない微妙な表情を浮かべた後、「これなんだけどね」と言って手を上げて控えていた従者から分厚い本を受け取る。

 ルディアは内心で「なぜこの場にその本を持ち込んでいますの?」などと思ったが、口にはしなかった。

 思ったことを思わず口に出す癖もあるルディアだが、前世では逆に思う事を内に秘めるタイプであったので、融合した結果いい塩梅に調整されたのかもしれない。


「ああ、家系図だよ」


 言いながら適当なページをめくって見せてくれるが、そこにはウィンターク公爵家の人間ではない人物名が記載されている。


「ウィンルースの五代前の当主?」


 ティルムが不安げに呟くとフィディスが「正解」と頷いた。

 そのやり取りにルディアはますます首を傾げることになってしまい、ティルムも意味が分からないとフィディスを見る。

 2人の視線を受けてフィディスはページを数枚めくりそこに罹れている人物の説明を簡単にした。


「…………つまり、先ほどの人物の父親がウィンターク公爵家の次男で、当時のウィンルース女公爵に婿入りしたと。それで生まれたのが先ほどの五代前の当主殿……うわ、面倒だな」

「こんなのばっかりだぞ」

「面倒だな」


 苦いものを口にしたように眉をしかめたティルムに対し、フィディスは自嘲気味に笑う。

「ちなみに、6代前のウィンルール女公爵の妹はウィンホルムの当主に嫁いで子供を産んで、その子供が——」とフィディスが話し始めたので、ルディアはそっと視線をそらしてお茶を飲むことに集中した。

 そんなルディアを一瞬羨ましそうにみたティルムだったが、幼い心にこれ以上負担をかけるべきではないと判断し、フィディスの気が済むまで拝聴する意気込みに切り替えた。


 切り替えたのだが、フィディスも長々と話す気はなかったようで、すぐに本を閉じると従者に本を渡した。


「まあ、王家と公爵家各家の血縁関係が複雑なのは承知していたけど、もうなんか……その家の純血はいないんだって実感させられたな」


 疲れたように言うフィディスに「元は全部王族だしな」とフォローになっているのか微妙なことをティルムが言う。

 その言葉に王家乗っ取りも考える人がいそうとルディアは思ったが口には出さなかった。


 出さなかったはずだった。


「いや、口に出しちゃってるよ」

「言っていたな」

「——うふ?」


 苦笑とも可哀そうなものを見る笑みとも、可愛い生き物を見る笑みとも言えない、変顔を向けられて「かわいいでしょ」と強要された時の反応のように何といえばいいのか困った表情で言われてしまい、ルディアは誤魔化すように笑みを浮かべて首を傾げた。


「むしろ、そのために公爵家ってあるんじゃないのか?」

「ディヌス王国の浮島を保護するために存在しているんだよ」

「でもフィス。遡れば公爵家出身の国王だっていたじゃないか」

「いたけどね」

「いましたの!?」


 それは初耳、とルディアが驚いて見せれば、「事情があったらしい」とティルムが視線をそらした。

 フィディスを見れば笑顔で頭を撫でられ、これは言う気がないとルディアは察して小さき溜息を吐きだしてしまう。


「ちっ違うんだよ、ルディ。王家なら(・・・・)正確な記録(・・・・・)があるかもしれないけど、私は正確な記録を知らないんだ。適当な推測でルディに余計な知識を与えたくないんだ」


 ため息に反応したのか、すぐさまフィディスがフォローを入れたので、ルディアはそれ以上は追及しなかった。


(まあ、子供が病弱で代理の国王にとかありますわよね)


 追及はしなかったが、勝手な推測は立てている。

 もちろんフィディスはそんなことはお見通しだが、またため息を吐かれても困るので何も言わない。

 慰めるのに出遅れたティルムはせっせとルディアが好きなお菓子を小皿にとりわけ、そっと前において機嫌を取る。

 おかれた綺麗なルビーのような色のプルンと揺れるゼリーを一刺し掬い、ルディアの口元にもっていけば、フィディスは口元をひきつらせたが、ルディアは迷いなく小さな口を下品にならない程度に開けてかぶりついた。


「——冷たい?」


 口に含んで思わずそう言うと、フィディスもティルムも「それがどうかしたのか?」というような視線をルディアに向ける。

 その視線を気にせず、——気づかずにルディアは東屋の中をきょろきょろと見た後、外の光が差し込む場所を見る。


「……日かげだからすずしいでは、つじつまがあわないぐらいに、すずしいですわ?」

「魔術具だよ、ルディ」

「まじゅつ、ぐ?」


 一瞬首を傾げ、ルディアとしての知識で「ああ、魔術具」と納得してから、前世の感覚が戻り「まじゅつぐぅ!?」と思わず驚きの声を上げてしまった。


「ルディ?」

「あ。いえ、その……ぜんせではまじゅつぐはなかったので、おどろいてしまいましたの」


 ルディアが言うと、二人は「そういう世界の知識か」と納得したようだ。


「なんだっけ、仙術とか法術っていうのがあるんだっけ?」

「いや、科学だろう?」

「それだと時空間エネルギー理論とかだったかな?」

「あ、それは知らないな。今度教えてくれ」

「わかった。僕がそっちにお邪魔していいかな?」

「ルディ目当てか」

「当たり前だ」


 ティルムとフィディスが交互に言うので、ルディアは内心で「科学以外わからない」と眉間にしわを作りそうになったが、なんとかこらえて……なかった。


「ルディア姫君、すまない。貴女の世界の話なのだから、貴女に聞くべきだね」

「そうだな。ルディの世界ではどんな力を使っていたんだ?」

「…………科学ですわ」


 内心で中途半端でごめんあそばせ。と思ったのはルディアだけの内緒だ。


「わたくしは、まじゅつぐのほうが、きょーみがありますわ」

「そうなのか? まあ、前世が異世界だっていう人はそう言う傾向が多いんだって聞くか」


 フィディスが納得したように頷いた後、ルディアにもわかるように簡単な魔術具の説明が行われた。


「魔法は奇跡であり、魔術は学問である」


 歌うようなフィディスの言葉。

 これに関してはルディアの知識にもあるので頷く。


 例を挙げるのであれば、浮島を空に滞在させているのは、奇跡たる魔法。

 空調を調節したり四季を生み出したりしているのは、学問たる魔術。

 魔道具はいつしか人の血に溶け込み、魔術具が残った。


「神聖国には魔法を使える人がいる。大神官がその実例だね」

「話では地上に住む魔族も使えるそうだが、会ったことがないのでわからないな。魔法で地上の瘴気を防ぐすべを身につけなければ、間を持たず死んでしまうそうだ」

「まじゅつでは、防げませんの?」


 ティルムの言葉にルディアが問えば、「魔法は奇跡。瘴気は神の怒り。奇跡をもって抵抗するしかないんだ」と返されてしまう。


「魔法は、だれにでも使えるのではありませんのね」

「そうだね。まず、魔力を開放するスキルを持つ者。そして魔力を操作する才能を持つ者。正しく力を使えるように師について学び、腐ることなく才能を維持した者。この条件がそろってやっと魔法を使えるんだよ」

「見込みがあるものは、神聖国で修業が出来る。神官までなる事が出来れば、各国からの待遇も変わってくるな」


 ルディアの質問に、フィディスとティルムが答えた。


「わたくしは、使えますでしょうか?」

「どう、かな?」


 曖昧にほほ笑むフィディスに瞬きをして見つめ返すと、そっと視線をそらされる。


「ルディア姫君は、魔法の前にその……えっと、体調が、ね?」

「うっ」


 虚弱体質の自覚があるだけに、ルディアは言葉を詰まらせてしまう。

 無理をすればすぐ熱を出して寝込む。

 今ですら、フィディスが全力でルディアの体調に異変がないか見張っている状態だ。


「ともあれ、ルディア姫君が驚いたこのゼリーの冷たさや、この東屋の涼しさ。庭全体の春めいた気温は魔術具によって調整されているんだ。ほら、このお皿が魔術具だよ」


 言われて指し示された皿に触れれば、ひんやりと冷たい。


「わぁ」


 感嘆の声を上げるルディアを、フィディスとティルムが微笑ましく見守るが、ここにアーストンがいればツッコミを入れただろう。

 家で出されているデザートや食事のお皿も魔術具で温度が保たれているのだ、と。


 そこからしばらく、ルディアの中にある知識以上の魔法と魔術の事を簡潔にではあるが教えてもらっていると、黄昏会議が終わったのかアーストンがやってくるのが見えた。


「お爺様。会議は終わりましたか?」

「ああ、あとは実行に移るだけだ。それに時間がかかるのが難点だけどな」


 肩をすくめたアーストンにティルムが着席を促し、お茶を用意させたがアーストンは口にしない。

 どうしたのかと3人が見つめれば、「会議で水分はもう吐くほど飲んだ」と言われてしまい、会議とは? と3人が思ってしまったのは仕方がないだろう。


 そこから帰宅する流れになり、ティルムがルディアの前で片膝をつき、その指先を掬うように取ると口づける真似だけをする挨拶をした。


「うわぁ」


 思わず前世の感覚で「キザい」と声を漏らしてしまい、ティルムが顔を引きつらせ、フィディスがこらえきれずに笑い声をあげたのは、平和な証なのかもしれない。

ティルムはルディアの恋人になるのでしょうか?

まだ候補の一人でしか……(しかも可能性は低め)

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