【4】 動画チャンネル 1
お正月は三が日を実家で過ごしたあとに、東京へともどった。
久しぶりに和葉に会えたことは嬉しかった。
同窓会に参加したのは和葉の強引な誘いを断りきれなかったから。主な理由はそうだったが、久しぶりに守影先生や同級生たちの顔を見られたことは、複雑な思いはあるもののやはり懐かしくもあった。
それに姪っ子はやっぱり可愛い。
さっちゃんは人見知りはしないらしく、去年に初めて会ったときにもわたしの顔を見てニコニコと笑ってくれた。小さくてまるい手を好奇心いっぱいに伸ばしてくる。乳児の体温は高く、抱くとなんともいえないやわらかさと温かさがある。腕の中の丸いフォルムは生命の重みだった。ふっくらとした頬を指でつついてみる。指先に吸い付いてくるようなしっとりとしたなめらかさが羨ましい。
叔母の贔屓目だとしても、控えめに言っても、さっちゃんはめちゃくちゃ可愛い。
「姉ちゃんはしばらく結婚の予定はないんだろ? さつきのことは自分の子どもだと思って可愛がってよ。そんでたっぷりと小遣いをあげて貢いでよ」なんて、樹は小憎らしいことを言っていた。
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会社を出たあとに、駅に併設されているデパートの地下食料品売場に寄った。閉店間際のこの時間なら割り引きされた惣菜やお弁当を購入できる。
疲れた身体をタイミングよく空いた電車のシートに沈める。それと同時にスマートフォンが震えた。和葉からのLINEだった。開くと動画のURLと「見たら連絡して!」の文字。
急いでいるのだろうか? なんだろう。
和葉からのこんな連絡は珍しい。
念のためミュートになっていることを確認してからURLをタップする。画面に現れたのは動画のサムネイルの中野だった。中野と仲間の数人がムンクの『叫び』よろしく頬に手を充てて、驚愕の表情を浮かべているものだ。その上に血が滴るような赤い文字が踊っていた。『二十年目の追跡! あの事件の真相に迫る! 同窓会で映ったものとは?! 衝撃の映像があります!』。
……なにこれ?
一旦動画を止めて、ワイヤレスイヤホンを接続する。
嫌な予感しかない。
「こんにちは! 今回の『会長のなんでも情報局』は事件の裏側特集です! みんなは二十年前に世間を騒がせた『加曽蔵神隠し事件』のことを覚えてるかな? え? 知らない? うーん、そうだね。まだ産まれてない仲間もいるよね。忘れてる仲間もいるだろうし。それじゃあ簡単に事件の概要を説明をするよ! この事件は二十年が経った今でも未解決になっているんだ。いわゆる迷宮入りっていわれる事件だね。実はね、会長はこの事件とちょっとした因縁があるんだよ」
深刻な表情を作ってはいるが、なぜだか陽気な中野の声がイヤホンから耳に流れる。
「どういう事件だったかというとね、二十年前の十月に上ヶ丘市内の加曽蔵神社の境内で遊んでいたふたりの女の子のうち、ひとりが消えたんだよね。行方不明になっちゃったんだ。この神社はちょっとした高台にあるんだけど、周囲を笹林で囲まれていて、裏庭というか、社の後ろは土地をならした遊び場になっている。そこには鉄棒とブランコがあったんだ。ちなみに今もあるよ。当時も子どもたちが遊びに行くこともないわけじゃないけど、近くの小学校の校庭のほうが広いし遊具は揃っている。だからわざわざ神社まで遊びに行く子どもは多くはなかった。社務所も境内にあるんだけど、神主さんが常にいるわけではないんだ。小さな古い神社だしね。人目がないから、防犯の観点からも地域の親たちは、神社に遊びに行くよりは校庭で遊ぶことを勧めていた。そんな神社で当時小学五年生だったふたりの少女は遊んでいたんだ。夕方の防災無線の音楽が流れる時刻になると、ふたりは神社の石階段を降りてさよならをした。ふたりの家は逆方向だったんだね。そして……そのふたりの少女のうち、ひとりが忽然と姿を消してしまった……」
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたようだった。
あの日の真っ赤な夕焼けや防災無線のメロディ、李依瑠ちゃんの笑顔、神社の石階段、朱い鳥居……鮮明な映像は頭のなかに次々と目まぐるしく浮かんでは消えていく。風の音。秋の初めの空気の匂い。バイバイと手を振った夕焼けに染まった帰り道。
心臓がばくばくと強い鼓動を刻みはじめた。
震える手でスマートフォンの画面を消した。
とてもじゃないが冷静に見ることができなかった。額や首筋に冷たい汗が浮いてくる。息を吸っているはずなのになぜだか息苦しいと感じた。ハンカチで汗を拭おうとするが、そのハンカチをうまく掴むことができなくて電車の床に落としてしまった。指先は冷たく、小刻みに震えている。
「あの、あなた大丈夫?」
落としたハンカチを拾うでもなく、細かく震える両手をただ見ていたわたしに、隣に座っていた年配のご婦人がハンカチを拾って声をかけてくれた。
「すみません……。ありがとう……ございます」
その親切に、震える声で途切れ途切れに答える。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。
ここには……わたしを責める目も、好奇を剥き出しにした視線もない。
ゆっくりと息を吐き出すことに集中して顔を上げる。
つり革に掴まった人々の間から、車内の明かりで鏡になった窓が目に入った。
ほんの一瞬だった。
……李依瑠ちゃん?
窓にはあの頃と変わらない李依瑠ちゃんが映っていた。
目は合わなかった。李依瑠ちゃんの顔の半分から上は、暗い影に覆われていたから。
彼女の口角は上がっていた。
ニッコリと笑っているようにも見えた。