【3】 同窓会
会場のホールには和洋中の料理がバイキング形式に並べられていた。ドリンクコーナーも用意されていて、ソフトドリンクから酒類まで提供されている。
しばらくすると正面の壇上のマイクの前に誰かが立った。マイクのスイッチが入ると、ガサゴソというくぐもった音がスピーカーから流れてきた。皆が壇上へと注目をする。
「あー、あー、えー……本日はお日柄もよく、めでたい正月です! 皆さん、お忙しい中を加曽蔵小学校の第七十五期生同窓会によくご出席くださいました! 私が本日の幹事を務めさせていただきます中野蓮です! 今日は旧交を温め合い、懐かしい顔ぶれとおおいに語り合いましょう!」
集まった面々に向かって声を張り上げる中野。拍手とピィピィという指笛と「調子乗んなよ!」「カッコいいね! 蓮ちゃん!」などのからかいのヤジが飛ぶ。中野はそれらに手を上げて、満面の笑みで応えた。話すたびに入れられる合いの手に冗談交じりに返しながらも、彼の挨拶は政治家の演説かと思うほど長く続く。
「中野は変わってないね」
和葉にこそっと耳打ちをする。
児童会長や生徒会長に立候補するなど積極的に行動していた中野。
髪の生え際は多少なりとも後退して少し怪しくなってはいたが、お調子者の明るくやんちゃな雰囲気は昔そのままだ。今は髪全体を金色に染めている。
彼はわたしと同じ地元脱出組だったはず。
大学を卒業したあとも、地元にはもどらずに東京で就職をしたと以前に和葉から聞いていたような気がする。だけどあの髪色では、企業に勤めるサラリーマン……というわけではなさそうだ。脱サラして自営業でも始めたのだろうか。それとも、もしかして本当に市議選にでも立候補するつもりなのか。
「中野って今はなにをしてるの?」
和葉の旦那さんはわたしたちの二つ上の先輩だった。旦那さんと中野は部活の先輩後輩という間柄で仲がよく、そのつながりで和葉なら中野の近況を知っているはず。
「なんかね、三年くらい前にこっちへもどってきたんだよね。今は実家を手伝いながらYouTuberになったんだって」
「YouTuber?」
「そうなの。『会長のなんでも情報局』とかいうチャンネルを創ったらしいよ。会長っていうのは中野のことだって。児童会長だったからなのかもね。うちの旦那にもチャンネル登録お願いしますってLINEがきてた」
「へぇ……」
なんともいろいろな人生があるものだと感心する。
なかなかマイクから離れない中野の周りを、お揃いの黒いジャージを着たふたりの青年がスマホやカメラを手にして回る。動画を撮っているようだ。
ふたりのジャージの上着には、よく見ると同じ白いロゴマークが入っている。見覚えのないふたりだった。どうみてもわたしたちよりも若い。開設したという動画チャンネルのスタッフなのかもしれない。
「これも動画サイトに上げる気なんじゃない? そもそも動画企画のための同窓会だったのかもね。なにをする気かは知らないけど、顔は撮さないでほしいね。まあでも、そのおかげで久しぶりに凛花に会えたわけだけど」
当時のわたしたちの学年担当の先生は五人。ひとりは学年主任の先生だ。そのうちの担任を持った三人の先生が出席していた。学年主任の先生は県外に引っ越していて、今日は欠席するとのことだった。
五年生のときに、李依瑠ちゃんとわたしの担任だった先生──守景先生は遅れてあとから来るらしい。
しばらくはテーブルに並べられた料理を取ってきて摘まみつつ、軽いアルコールを飲んだ。ビンゴ大会などもあり、懐かしい顔ぶれに声をかけられたり、かけたりした。女子も男子も、体型や髪型が変わっていても化粧をしていても、やはり面影があった。
「凛花ちゃんは東京にいるだけあってアカ抜けてるよね」
「うんうん。きれいになった」
地元にはいない者へのお世辞を「そんなことないよ。だけどありがとうね」と受け取りつつ、彼女らの子どもの写真を見せてもらって「かわいいね」と褒める。実際に可愛いのだが、じゃあ自分が生むのかと考えたときには、まだその気はない。
誰も李依瑠ちゃんのことには触れなかった。
中には遠巻きにわたしたちを眺めている者もいる。どうしたって李依瑠ちゃんの事件を思い出すのだろう。
中学生の頃もそうだった。あからさまに避けられはしないものの近付いては来ない。こちらが距離を縮めようとしても、ある一定の距離を保たれる。最初はそんな態度を取られることに戸惑った。悲しく思いもしたが、だんだんと慣れていった。そういった子たちには、わたしからも近付かないようにした。
会も中盤に差し掛かろうとするころに、守景先生が到着したと中野がマイクで告げた。
守景先生は当時でも五十歳は過ぎていたと思う。みんなのお母さん的な先生だった。もうすでに七十歳は過ぎているはずだが、ショートカットにした白髪はふっくらとした毛量を保ち、同じように丸い輪郭に品よく似合っていた。背筋もピンと伸びている。優しそうな雰囲気は当時と変わらない。
中野は守景先生を紹介すると、前方に用意されている先生たちのテーブル席に案内した。当時、守景先生に担任をしてもらった生徒たちが次々と挨拶をしてスマートフォンをかざして一緒に並んで写真を撮る。
だいぶ人が捌けてから、わたしも和葉と一緒に挨拶に行った。
「お久しぶりです。お元気そうでなによりです。一倉凛花です。わたしのこと、憶えていますか?」
「まあ、本当に久しぶりね……一倉さん。ええ、ええ、憶えていますとも……懐かしいわ」
守景先生は目尻をハンカチで拭った。
「本当に立派になって……。今はなにをなさっているの?」
「東京で働いてます」
「まあ、そうなの。東京で……。そうね。一倉さんも……お元気そうで本当によかったわ」
守景先生は再び目元を拭う。
「ごめんなさいね。歳をとると涙もろくなってしまって……」
「いえ、わたしもお会いできてよかったです。とても懐かしいです。先生に会えて嬉しいです」
涙の理由。守景先生は直接は口に出さなかったが、李依瑠ちゃんのこともあるのだろう。守景先生は実の母親から放棄された李依瑠ちゃんをずっと見守っていたのだから。ときには家に訪問をして様子を見ていたのかもしれない。李依瑠ちゃんのことはわたしだけでなく、守景先生にも影響を与えているはずだった。
小型カメラを持った黒いジャージのふたりがわたしたちの周りをうろうろとしていた。あまり気に留めていなかったのだが、その理由を三週間ほど経ってから知ることになる。
気がかりだった鈴木一派を会場で見かけはしたが、こちらには近付いてこなかった。わたしからも声はかけなかった。