【2】 和葉
「凛花は同窓会に行く?」
「行かないよ」
「えーっ。行こうよ」
スマートフォンの向こうからは和葉の陽気な声に混じって、幼い子どもたちの声も聞こえてくる。
和葉とは小学校の六年生のときに仲良くなった。
和葉は李依瑠ちゃんが消息不明になったあとに引っ越してきた。転校生の彼女と相方がいなくなったわたし。すでに仲良しグループが完成されている六年生。そのクラスで一緒になり、必然的に二人でいるようになった。かといっても無理やりに一緒にいたわけではない。和葉は李依瑠ちゃんとは正反対な雰囲気を持つ、活発な少女だった。和葉とも気が合ったのだ。
数年ぶりに帰省したわたしと弟家族も合わせての一家団欒のあと。和葉と電話で話しをしていた。元のまま残してくれている自室のベッドに横になり、同窓会の葉書を眺めながら。
さっちゃんのことも念願の抱っこをさせてもらった。やわらかくて温かい小さな身体はたしかな重さがあり、腕のなかにすっぽりと収まる。もぞもぞと動かす手足は力強い。なんだか甘いような陽だまりのようないい匂いもする。
友人たちが甥っ子や姪っ子を可愛がる気持ちがよくわかった。見ているだけで微笑ましくて愛おしい。幸せの塊のようなのだ。それに、無責任に可愛がるだけでいい。
「仲良くしたい人とはこうやって連絡しあってるんだから。別に行かなくてもいいじゃない」
「うーん……。せっかく同窓会という名目で、子どもをバアバに預けることができるのにぃ」
残念そうな和葉の声。それはゆうちゃんを見ていてわかる。子どもはかわいい。だけど、一日中ずっと一緒にいるのは大変そうだ。
和葉は八年前に結婚をしている。今では三児の母親となっていた。下の子どもはまだ二才になっていないはず。
この土地で高校を卒業し、就職も結婚もした。市内の旦那さんの実家の隣に家を建てて暮らしている。
東京の大学に進学してからも、和葉とは頻繁にSNSで連絡を取り合っていた。
それにしても……。
なぜ今ごろになって同窓会なんて。
「そんなの決まってるじゃん。みんな、退屈なんだよ」
和葉は当たり前のことのように言った。
「退屈?」
「そうだよ。凛花は東京に行っちゃったからわからないかもしれないけど。うちらは地元の高校を卒業して、就職も地元。地元で結婚して地元に住んでる。地元に縛られてこの歳でしょ。まだ独身の子もいるけど、ほとんどが結婚していて子どももいる。なんていうか……先が見えたというか、見えないというか……。自由だった子どものころが懐かしいみたいな」
五年生の三学期も終わりに転校してきたとはいえ、さすがにメディアが大々的に取り上げていたせいで、李依瑠ちゃんの神隠し事件は和葉も知っている。「退屈」という言葉は一番の平和だということを、皆は実感しているはずだと思っていた。
和葉はリアルタイムではなかったことと、当事者ではないせいで、その独特の空気を感じてはいないのかもしれない。
「でもさ、自分で地元を選んだんでしょう」
彼らは好きでここに残ったはずだ。
わたしは閉塞的な田舎が嫌だった。大学は東京に出た。そのままもどらずに、東京で就職をして働いている。日々の生活に追われて疲れてはいるものの、この地元で暮らすことを考えればなんの苦にもならない。そう思うのは……李依瑠ちゃんの事件のときに、濃厚な好奇の目と疑惑の視線に、さんざん曝され続けたせいなのだろうか。
「うーん……。それはそうだけど。みんながみんな凛花みたいに決断できるわけじゃないしね」
家庭の事情だったり学力だったり、本人の性格だったり、金銭的な理由だったりで地元に残らざるをえない場合もある。それはわかる。
「そうだね……あとね」
わたしはもうひとつの気にかかっていることを口にした。
「ボス鈴木たちもくるかもしれない」
それを言うと、和葉の声が曇った。
「ああ……ボスね。っていうか言い方」
鈴木恵。李依瑠ちゃんとわたしをいじめていた一派のリーダー。
彼女らは学年が上がっても、中学に入っても厄介な存在だった。
「うぅん……地元とはいえ、わたしも滅多に会わない子もいるからさ。鈴木さんたちはこないかもしれないし、イヤなやつに遠慮して楽しめないのは損だしね。やっぱり、みんながどうなってるのか興味があるんだよね」
後ろで騒ぐ子どもたちの声が大きくなる。
和葉は「じゃあまた。考えておいてね」と電話を切った。
ベッドの上でため息をついた。
久しぶりに和葉の顔は見たい。
李依瑠ちゃんの笑顔と一緒に、当時の同級生たちの顔ぶれも浮かんでくる。
葉書を眺めながら、また、ごろりとベッドに寝転がった。
✾✾✾
「凛花! おまたせ!」
「わたしもさっき来たところ」
年が明けての一月二日。
小学校の同窓会会場のホテル前で和葉と待ち合わせをしていた。
結局は和葉の「同窓会に行こうよ」との半ば強引な誘いを断り切れずに、暮れから再び帰省している。
子どもたちとの写真は送ってくれるものの、和葉と直接に会うのは数年振りだった。
幼い子どものいる和葉はなかなか家から出られない。遠いからという理由をつけて、わたしもなかなか帰省しない。十月に帰省したときには、都合が合わずに会えなかった。
SNSで繋がっているとはいえ、やはり顔を合わせると気持ちは一気に学生時代に還る気がする。
心持ち顔と体型がふっくらとしたような和葉。本人はそれを気にしていたが、三児の母としての日々を忙しくも充実して過ごしているのだろう。幸せそうなオーラで輝いてみえた。
『大丈夫?』
小学校の同窓会に出席することにしたと伝えると、母はそう言って心配していた。
実際問題として、今さらなにが起こるということはないと思う。すべては気持ちの問題だということは解っていた。
あの事件は知っていても、あの空気感を和葉は知らない。当事者でなければ和葉のような反応は普通のものなのだとも思う。だが、同級生たちは当事者なのだ。
それでも……もう誰もが、区切りをつけたいと気持ちの片隅で思っているのかもしれない。
あれから二十年。
同窓会が開かれる。
受付で和葉と一緒に名前を書く。
芳名録には見知った名前が並んでいた。名字が変わっていることで結婚したことを知る。地元の友だちで今でも付き合っているのは和葉くらいだと、改めて思う。
二十分前には会場に入った。すでにかなりの人数が集まっていた。
田舎の小学校とはいえ、クラス単位の人数は四十人だった。学年は四クラスまで。山側の工業地帯に大型の工場がいくつも建ったことで、地域の人口が増えていた世代だった。
中学校はわたしたちの小学校を含めた、近隣の三つの小学校が集まる。さらに生徒の人数は増えて、各学年で十クラスもあるマンモス学校となった。
今では過疎化が進んで全盛期よりも子どもの人数はかなり減っているそうだ。そのときの子どもたちは、ここ上ヶ丘市よりも、商業施設や娯楽施設が誘致されている隣の下林市に家庭を持ち、生活の基盤を築いている者も多い。
聞くところによると、現在の中学校のクラスは三クラスづつ。
過疎化や少子化問題だけではなく、工場の規模が縮小されてしまったせいもあるらしい。工場の労働者自体が減ったのだ。
「もう結構集まってるね」
「そうだね。半分以上は出席するのかも」
和葉に相づちを打ちながら、会場の中に鈴木一派の姿を探した。見つけたら極力は近寄らないつもりでいる。幸いにも今はまだ、姿を見ることはなかった。