【28】 荒魂と和魂 10
和葉が拝み屋さんから出てくる石田さんに遭遇する前にも、おかしな噂は流れていたらしい。
おかしな噂とは ── それは李依瑠ちゃんにかんすることだった。
同窓会の幹事であり動画を投稿した中野。車で事故を起こして意識不明となった。事故は自損事故。夜とはいえ、見通しのよい直線道路だった。対向車もない。それなのにガードレールに車は衝突して横転した。アスファルトには急ブレーキをかけた痕が残っていた。
道路に飛び出してきたタヌキやイタチ、鹿などの動物を避けようとしたのかもしれない。だが、中野の意識がもどらないかぎりは、本当のところは何が起こったのかはわからない。
『バチが当たったんじゃないかって噂になってる』
中野の事故の一報をくれた和葉は、たしかにそう言っていた。
罰。
罰とはなにか。誰が誰に当てるものなのか ──
和葉の地元ネットワークによると、石田さんだけではなかった。石田さんとボスが一緒に拝み屋さんへと入っていく姿や、柿本さんがお母さんと一緒に出てくる姿なども見かけられていた。
この三人が李依瑠ちゃんとわたしにしていたこと。それはみんなも知っている。
「それでね、お義母さんが柿本さんのお母さんにそれとなく聞いたんだって」
和葉の旦那さんと柿本さんのお兄さんは同級生だ。そのつながりが今でもあるのだろう。
柿本さんは去年に離婚していて、上ヶ丘の実家にもどっていた。もともと離婚のストレスなどで体調を崩していたようだ。それが中野の事故以来、柿本さんはさらに塞ぎ込むようになったらしい。動悸がひどく夜も眠れない、食欲もない。
心配した家族は甲原市内の精神科に連れていくと、鬱病と診断される。抗鬱薬や精神安定剤などの薬を処方してもらっても効いている様子はない。思いあまった母親は拝み屋さんの門を叩いた。
柿本さんの母親はだいぶ言葉を濁していたらしいが、どうやらそういうことのようだった。
石田さんもボスも、柿本さんから拝み屋さんを紹介された。
「……柿本さんも石田さんもまだ拝み屋さんに通ってるみたい。かなり体調は良くなってきてるって柿本さんのお母さんは言ってたって。石田さんの理由はよくわかんないんだけど……。だけど中野の事故に、この三人でしょ? だからね……やっぱりそういうことを言う人がいて、ちょっと噂になってたんだ。イヤな話でごめんね」
和葉のせいではないのに。申し訳なさそうに和葉は言う。
「ううん。教えてくれてありがとう」
「あ、それとね、ボスは拝み屋さんに断られたんだって。うちでは無理ですとか言われたらしいよ。だからボスは凛花に頼ったんだろうね」
そういう経緯があったのか……。
わたしは夜須さんの力を体験した。だから解っている。意地が悪いと我ながら思うが、ボスには親切にそれを教える気持ちはなかった。
かつて虐めていた相手から紹介された祓い屋。
果たしてそれは信用に足るのか?
それでもボスは夜須さんを信じるしかなかったのだろう。ほかに手はないのだから。
「旦那には上手く話してみるね。今日も誰か付き添ってると思うし。なんとか連れ出してもらうようにする」
和葉の旦那さんは市役所に勤めている。仕事を終えてから病院に向かう時間を教えてもらった。和葉も旦那さんと一緒にきてくれるという。
「うん。和葉……本当にありがとう」
信じてくれたことにも。力になってくれることにも。
「いいよ。凛花の頼みだもん」
「じゃあまたあとで。病院でね」と電話を切る。
運転席の夜須さんは、ハンドルに載せた腕に顎をもたせていた。さっきと変わらない姿勢のままで窓の外の雨を眺めている。
新名さんに断られたわたし。
拝み屋さんに断られたボス。
そんなわたしたちを拾って、手助けをしてくれる夜須さん。
夜須さんには、この世界はどんな風に視えているのだろう。ふと、そんなことを思った。
✾✾✾
約束の時間より少し前に病院に着く。
雨は止む気配もなかった。
中野の個室は三階にある。
エレベーターが三階で開くと、二人の男性がエレベーターを待っているところだった。
ひとりは見覚えがある。結婚式のときに会った和葉の旦那さんだ。もうひとりはどことなく中野に似ている。付き添っているという弟さんだろう。
ふたりは夜須さんを見ると明らかに会話を止めた。そのままついっと視線を流してエレベーターに乗り込む。
銀色の扉が閉まる寸前に、和葉の旦那さんはわたしに気がついたようだった。わたしは軽く会釈をする。そのままエレベーターは上昇していった。
「中野 蓮」と書かれているプレートがある扉を探してノックする。
「はい」と中から和葉の声がした。内側から扉が開く。
和葉が顔を出した。
「凛花! 待ってたよ」
「和葉、無理言ってごめんね。さっきエレベーターのところで旦那さんに会ったけど。……大丈夫だった?」
「うん。なんとか、ね。あんまり細かい話はしてないんだけど、旦那は旦那でなにか感じてたみたい」
それから夜須さんに目を留める。
「ああ……こちらが、例の?」
「夜須七星と申します」
夜須さんは和葉に名刺を渡すと、抜かりのない満面の営業スマイルを浮かべた。
「旦那には弟くんと食堂に夕飯を食べに行ってもらったから、だいたい四十分くらい? なるべく延ばしてもらうようにはするけど、それでもいいかな?」
夜須さんに確認をする。無言で肯いた。
「終わったら声をかけるね。わたしたちが出てくるまでは部屋には入らないようにして。誰かきたり、旦那さんたちがもどってきたら教えてくれる?」
「うん……わかった。頑張って。っていうのも……ヘンかもしれないけど」
和葉は不安そうな表情を見せた。
得体の知れないことへ協力したことに心配もあるのだろう。それに……わたしは和葉が心配だったが、和葉はわたしを心配してくれているのだ。そのことにも改めて思い至る。
「そんなことない……ありがとう」
本当はとても怖い。
やらなくてはいけないという責任。わたしにできるのだろうかという不安。
それでも和葉を安心させるように微笑む。
それから、個室の扉を閉めた。




