【26】 荒魂と和魂 8
緩いカーブの続く山道を、しばらくのぼった先の開けた土地に、その蕎麦屋は店をかまえている。先代 ── 今の店主の父親が上ヶ丘の山の水に惚れてしまい、県外から移ってきた店だった。わたしが生まれる前にはすでに地元では評判の店となっていた。最近ではグルメサイトにも名前が登場している。
そのせいもあってか、今日は平日だというのに駐車場には地元以外のナンバープレートをつけた車がちらほらと停められていた。
紺色の地に白抜きで店名の入っている暖簾をくぐる。すぐに窓際の二人席に案内をされた。
「オススメってある?」
お品書きを眺める夜須さんが訊く。
高校生まではたまに家族で食べにきていた。そのときには野草の天ぷらとざる蕎麦が定番だった。揚げられる天ぷらは季節ごとに変わる。夏はドクダミやツユクサ、オオバコ。秋はヤマユリの鱗茎、自然薯。冬はユキノシタ、ナズナなど。
さっくりとした衣からじわっと溢れだす自然の滋味。当時は大人の味だと思っていた。今ではその贅沢さがよくわかる。お勧めといえばこれ。
野草の天ぷらは、この季節ならではの蕗の薹とタラの芽。
「こういうのがいいよね。都内じゃ新鮮なものはなかなか食べられない」
そう言って美味しそうに口に運ぶ。十割蕎麦にも舌鼓をうつ。
大盛を頼んだざる蕎麦と季節の野草の天ぷらを、夜須さんはペロッと食べ終えた。
久しぶりの懐かしい味を堪能したいのは山々だったが、反対にわたしにはまるっきり食欲はなかった。蕎麦を少しずつすすってはいた。それでも蕎麦一枚を食べきれるとは思えなかった。
中野の意識がもどらない理由を『本当に訊きたい?』と、夜須さんに訊ね返された。それはもう、ノーコメントと応えたことが答えだ、とでも云うようなもの。決してよい話ではないはず。
手を付けていなかった天ぷらの皿を「よかったらどうぞ」と差し出す。
いいの? と、躊躇う表情を見せながらも、夜須さんの箸の先はすでに嬉々として、タラの芽の天ぷらに伸びていた。抹茶塩と天つゆを交互に使い分けながら口に運ぶ。
夜須さんはどちらかというと細身だ。それなのに食べっぷりはよい。こういう仕事は気力と一緒に体力も使うものなのかもしれない。
食後のデザートに頼んだあんみつを満足そうに食べ終えてから「美味しかった。ごちそうさま」と、温かい蕎麦茶の湯飲みをテーブルに置く。
「さて」
夜須さんから切り出した。
「同級生の意識がもどらないって件だけど」
「はい」
いよいよだ。
すっと背筋が伸びるのは緊張からなのか。
ボスの家からの帰り道では、その理由を話してはくれなかった。空腹のときに話せることではないとの理由だった。主に夜須さんが主体の理由だが。
「こっちはね、きみが関係している」
おもむろに開かれた口から発せられた言葉。
ある程度の覚悟はしていたものの、それは、わたしの思考を止めるのには十分な威力を放った。
✾✾✾
店の駐車場に車を停めたまま、和葉に電話をかける。すぐに「はぁい」と陽気な声の返答があった。
「お疲れ。もう上ヶ丘の案内って終わったの?」
「まだなんだけど……今、大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
和葉はそうは言ってくれたものの、なにから話をすればいいのだろう。
わたしが夜須さんを連れて帰省した本当の理由を話してしまってもいいのか。むしろ話すべきなのか。それを話すことで和葉を巻き込むことにはならないか。
頭のなかはまだ混乱している。まだ迷っている。
でも、これはわたしがやらなくてはいけないことだ。解っている。だから和葉に連絡をしたのだ。
それでもすぐには言葉が出てこなかった。
「なにかあった?」
不自然な沈黙に、戸惑いを察した和葉は心配を滲ませる。
夜須さんは黙って運転席から空を見上げていた。
ますます低くなった雲からは雨が落ちはじめていた。フロントガラスには落下の衝撃で潰れた水滴が張りついていく。お天気キャスターのお姉さんの予言はハズレた。帰りの時間まではもたなかったようだ。
「……あのね、和葉にお願いがあるの」
夜須さんは手伝いをしてくれるだけ。最初にはっきりとそう言われた。
……それだけでも十分だ。
フロントガラスに落ちる雨粒は、だんだんと数を増してくる。
「中野のことなんだけどね ── 」
どこかの遠くからは、低く唸るような春雷が幽かに聞こえてきた。
更新日がずれてしまいました<(__;)>
年内は最後の更新となります。
年明けは1月10日からを予定しております。
長くなりました『荒魂と和魂』ですが、あと少し(のハズです)。
もう少しお付き合いくださると嬉しく思います。
今年は『誰そがれかくし』を読んでくださってありがとうございます。また来年もよろしくお願いいたします。
皆さまもよいお年をお迎えくださいね(๓´͈꒳`͈๓).
感想もとてもありがたく拝見しております。感謝です。
返信が滞っていて大変申し訳ありません<(__;)>




