【18】 カミの名 4
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【18】 カミの名 4
の2話です。よろしくお願いいたします。
「と、まあ……こんなところかな」
夜須さんは語り終えると、カフェ・オレをひと口、美味しそうに飲んだ。
「『加曽蔵神社』の成り立ちは、どこかの社に地蔵菩薩の石仏を寄進したっていう記録からの推測がほとんどだけどね。なにしろほかに資料がないから調べようがない。……上ヶ丘では加曽蔵神社以外の神社や寺院は縁起や宗派がはっきりとしてるから、そこに寄進したのなら神社仏閣名を書いてないとおかしいんだ。つまり、推測とはいってもそんなに遠くはないと思う」
ただただ聴いていた。
なんだか胡散臭い雰囲気もあるうえに、人の口を「へ」の字に曲げさせることを得意とする夜須さんだが。思うところは多々あれど……やはりその道専門の祓い屋なのだろう。資料はなくとも、今までに積み重ねてきた経験はある。
語られたことはわたしには情報量が多過ぎた。頭の整理もなかなか追いついてはいかないが……。
「……『加曽蔵神社』の神様は『産土神』さま……ということでしょうか?」
あの「オカエリ」は……土地に帰ってきたわたしへのものだった。夜須さんの言っていた『大歓迎』は、皮肉でもなくジョークでもなく、それについてのただの感想らしい。
「『カミ』の名前はわからない。だけど性質としての原型はおそらくね。今は……変容してる可能性が高い。神様は信仰されないと力も衰えて消えてしまう。それに祀る方法次第では性質も変化していくものなんだ。この国の『カミ』はね、下手をすると祟るんだよ」
……祟る。そういえば菅原道真も怨霊として恐れられた。だからこそ祀られたことを思い出す。
夜須さんはじっとわたしを見た。それからさらに続けた。
「昔は祭事も執り行われていたと思うよ。ただ、上ヶ丘に全国区の神社や寺院が建ってからは、だんだんと廃れていったんだろうね。江戸時代には寺請制度もあったし。『加曽蔵神社』は地方も地方、さらに限定された地域の土地神だった。時代と知名度の高い有名どころには抗えなかったっていうことかな」
『神様は信仰されないと消えてしまう』
その言葉は寂しく胸に残る。
かつては願い事を秘めた人々は、切実な想いと希望を胸に石階段をのぼり、熱心にお参りをしていたことだろう。時代の流れのなかで人の心は離れてしまい、石階段は苔を蒸した。寂れてしまった場所はもの哀しい。
現代の孤独死を思い浮かべてしまう。独りで死を迎えること自体は孤独だとは思わない。だが、誰からも顧みられずに、忘れ去られて死んでいくこと。それこそが本当の孤独だという気がした。
「今も……「蔵元」家が『加曽蔵神社』を売ったのなら、その団体が神社を運営しているはずですよね?」
少なくとも法人格を購入した団体は『加曽蔵神社』の祭神を信心していると、そう思った。だが、夜須さんの声は醒めていた。
「宗教法人ってさ、営利目的じゃない収入の法人税は非課税になるんだよね。寄付金も集められるし、境内の土地や宗教施設に固定資産税もかからない。今の加曽蔵神社の様子だと、節税対策とかそのほかの目的で買われたみたいだよね」
そういった話は聞いたことがある。
加曽蔵神社はないない尽くしの神社だ。おみくじもお札も御朱印もない。営利目的には当たらない初穂料や玉串料、お賽銭などは集まるとも思えない。そもそも宗教としての活動を行っているのかも疑問すぎる。
では、なんのためにその法人格を購入したのかと云えば、夜須さんの言う通りで……。
節税対策とは、ものは言いようだ。
「いつの時代も裏の世界はある。カミ様を畏れない人間だって怖いよね」
夜須さんは肩をすくめてみせた。口角をわずかに上げると、皮肉な笑みを浮かべる。
「あと、ついでにもうひとつ。こっちは一部が推測。愉快な話じゃないと思うけど聞く?」
「はい」と頷く。
まったく想像もしなかった「一倉」の家と加曽蔵神社とのかかわり、自覚はないが「巫」の体質まで発覚してしまった。今となってはすでに、船に片足を突っ込むどころか、自分の意思とは関係なく特等席に乗り込んでしまったようなものだ。楽しい話ではないらしいがそんなのは今さら。聴かないままでいるほうが、かえってモヤモヤとしてしまうだろう。
「寛喜の飢饉。このときには、国を出た流民が流れ込んだ京の都や鎌倉の状況もひどいものだった。餓死者の死臭は町中に漂っていて、屋敷にいても臭ったらしい。上ヶ丘でも同じだったんだろうね。ここは山に近い。そのまま骸を放っておいたら山の獣が里にまで下りてきてしまう。疫病の心配もある。そこで骸は一ヶ所に集められて燃やされた。と、ここまでが『上ヶ丘郡風土記』にある記録。僕はその場所が『加曽蔵』地区じゃないかと思ってる」
加曽蔵神社のある周辺は加曽蔵地区になる。その一帯を焼き場としたのか。
「鎌倉時代には火葬した骨はそのまま土中に埋めていた。加曽蔵神社が建てられたのは、その慰霊のためでもあるんじゃないかな」
✾✾✾
「明日はお迎えにうかがいます。よろしくお願いします」
フロントでタクシーを呼んでもらった。待っている間に、夜須さんに明日の予定を伝える。
今日は疲れた。……長い一日だった。
明日は一緒に、望ちゃんに会いにボスの家に行く。
「ああ、そうそう! あのね」
夜須さんは思い出したように言った。
「今回は矢井田くんにもいろいろと協力してもらったんだよね。矢井田くんに会うときに、また頼むって伝えておいてくれるかな」
矢井田さんには、すべてが終わって東京に帰ってから、報告も兼ねてお礼をしようと思ってはいたが……。
「また頼む」って夜須さんが言っていましたよ、などと伝えたら。矢井田さんはまた、口をあの「へ」の字にするのだろうか。そんなことを想像したら、ちょっと可笑しくなってしまった。
「会うことはないと思いますけど、電話で伝えておきますね」
「会わないの?」
なぜだか夜須さんは意外そうだ。
「ええ。お礼の電話はしようとは思っていましたけど……?」
「きみたち付き合ってるんじゃないの?」
……なんでそうなるの?
「いえいえ。付き合ってませんよ」
とんだ勘違いに驚いてしまう。慌てて否定をすると、夜須さんは怪訝そうに首をかしげた。
「そうなの? いや、矢井田くんがうちの仕事の仲介をしてくるなんて初めてだからさ。僕はてっきり」
……そうなんだ。
誰にでも声をかけているわけではないらしい。最初に矢井田さんを疑ったことを、今さらながらに申し訳なく思った。




