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【12】 帰省



 夜須さんを紹介したあとに、(いつき)はふたり分のキャリーケースを青い軽ワゴン車のトランクに積んでくれた。


 わたしは助手席に、夜須さんは後部座席へと座る。


「それで、第一ホテルに行っちゃっていいの?」


 運転席のシートベルトを締めると、樹がそう訊いた。

 

 夜須さんは市内の「第一ホテル」に宿泊予約をとってある。小学校の同窓会が開かれたあのホテルだ。上ヶ丘駅からは車で十分ほどの距離。以前は駅から送迎のマイクロバスが走っていたが、宿泊客の減少で廃止になったと聞いていた。


 わたしは実家に泊まる。

 ボスには明日にも家を訪ねると伝えていた。


「ええと、市立図書館までお願い」


「図書館? なんでまた?」


「夜須さんの調べものがあるからよ」


「あぁ……そういえば」


 樹は思い出したように頷いた。バックミラー越しに夜須さんに視線を向ける。


「こんな田舎に学者さんが調べにくるようなナニかってあるんですか?」


「学者?」


 怪訝そうに夜須さんが尋ね返す。


 しまった……。

 夜須さんのことを母には「民俗学の研究をしている人」と話してあった。母の頭の中では、それは「学者」と変換されて樹に伝えられたようだ。


「あ、ほら、この辺りは古い土地だから、平家の落武者伝説とかあるじゃない? そういうのを調べに、ね。樹は知らなかった?」

 

 とっさに夜須さんに同意を求める。サングラスを人差し指で下にずらしたバックミラー越しの視線。それはなにかを含みながらも「了解」と読めた。夜須さんは風変わりな人だが察しはよい。だけど、本当のことを伝えていないことで、気を悪くさせてしまったかもしれない。


「え?! そんなん初めて聞いたけど?」


 樹は心底驚いたようだった。

 それはそうだろう。ここは確かに古い土地だが、わたしだってそんな伝説は聞いたことはない。


「正確には『平家の落人(おちうど)』伝説だね。逃げ延びたと伝えられている人たちはなにも武士だけじゃないし、平家だけでもない。公卿(くぎょう)や平家の配下や使えていた家の使用人や女子(おんなこ)どももいたはずだし」


 サングラスをはずしながら夜須さんは淀みなく答えた。


「じゃあ、もしかしたら俺らもその子孫かもしれないってことですか?」

 

「……まあ、落人伝説は北から南まで日本全国各地にあるから。そうじゃないとは云えないよね」

 

「なんかすごいっすね! 勉強は嫌いだったから日本史とか全然なんですけど、ちょっと興味が湧いちゃったなぁ」


 樹のテンションが謎に上がっている。ああ……ごめん、弟よ。


「……伝説ってね『平家の落人伝説』や『羽衣伝説』みたいに有名じゃなくても、実は案外と身近にあったりするんだよね。たとえば……地名の由来とかね」


「地名? へえ。じゃあ上ヶ丘にもあるかもしれないですよね」


「『丘』の字が使われている地名は小高い土地を意味することが多い。ただし、市町村合併とかで土地の名称が変わってしまった場合や、新興住宅地にイメージだけでつけられた場合を除いてだけどね」


「そうなんですね。確かにこの辺は山間の土地だからなぁ」


 樹は感心しきりだった。

 



  

「じゃあ用事が済んだら連絡してよ。迎えにくるから」


 公民館の駐車場で夜須さんと車から降りる。樹はウィンドウを下げるとわたしを手招きした。


「お休みなのにありがとね」  


「いいよ。ところでさ……」


「なに?」

 

 樹は声をひそめる。

 

「あのさ、本当のところ、夜須さんと姉ちゃんってどうなの?」


「なにそれ? どうせお母さんから訊いてこいっていわれたんでしょ?」


「いやぁ……まあ。だけど俺も気になるしさ」


 母は仕事が休みの樹を迎えに寄越してくれた。たまたま休みだということだったが、それも怪しく思える。


「ご心配ありがとう。だけど本当にただの知り合いよ」


「そうなの?」

   

「そうです」


「なんだぁ。見た目はなんかヤバそうな感じの人かと思ったけど、なかなか面白そうな人なのになぁ」


 樹は夜須さんのことが気に入ったようだった。あのあとも夜須さんは、地名にまつわる話しやら伝説と伝承の違いとやらを説明してくれた。すっかりと(ほだ)されたらしい。


「お母さんにもヘンな気は回さないでって言っておいてよね」


「はいはい。じゃあ。またあとでね。……夜須さーん! またのちほど!」


 公民館の後方は緩やかな崖になっている。杉の隙間から覗く崖下には上流の山を水源とする細い川が流れている。それを駐車場の柵から身を乗り出して眺めていた夜須さんは、振り返って樹に片手を挙げた。



 上ヶ丘市立図書館は公民館と併設されている。

 ここは戦争でも空襲を逃れた土地だった。周囲には戦前に建てられたと思われる住宅もある。それと同じに、公民館もかなり古い建物だ。天井も低い。


 たまに帰省をしても、和葉と会わなければ実家でのんびりとするだけ。出掛けるとしても母の買い出しに付き合うくらい。図書館に来たのも高校以来だ。こうやって久しぶりに訪れると、改めて建造されてからの年月を感じた。









 

★次回の更新は9月13日に予定しております。


 サブタイつけるの本当に苦手……。


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― 新着の感想 ―
 移動する車内での会話は気も緩く、凛花の都合に合わせる必要も無ければ流す事も出来た筈だが、夜須の口から語られる地名や歴史の話は不動産関係なら知れる話でもあり、惰性で話すには調度良い内容だったのでしょう…
夜須さん、民俗学などにも詳しいのですね。古いものに関わることも多いから、でしょうか。 そして凛花さん、樹さんの扱いが軽い(笑)。パパなのに。凛花さんにとってはいつまでも「弟」なのですね。 身近な伝説…
夜須さんのシゴデキ感(*´ω`*) 今回もまだ平和な回だった…。
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