【11】 依頼
「なになに? どういったかたなの? 凛花とはどういったお知り合いなの?」
夜須さんと一緒に帰省をすることを電話で伝えると、母は興味津々に訊ねてきた。
理由が理由だけに、誰にもなにも言わずに帰省することも考えた。だけど夜須さんは目立つ。目立ちすぎる。田舎でのあの風貌もそうだが、なんというかその場所に立っているだけで衆目を集める雰囲気があった。
そんな夜須さんと市内を二人で移動すれば嫌でも人目につく。地元は以外と狭いものだ。誰に見られているかはわからない。
母たちに人を介して話が回ったときには、さらに説明に手こずりそうだと思った。それにボス絡みの帰省だとわかったときには、また要らない心配をさせてしまう。
「知り合いの知り合いなんだけどね。民俗学の研究をしている人なの。それでね、そっちはわりと古い土地柄でしょう? 興味があるんだって。だから案内を頼まれたの」
ぼやかしにぼやかしてはあるが、かろうじて当たらずとも遠からず……だろうか。いや、そうでもないか。
夜須さんによると時期はなるべく早いほうがよいとのことだった。
来週にまとめての有給休暇を申請した。ちょうど繁忙期と繁忙期の間の時期だったので、溜まっていた有給休暇の消化にもすんなりと承諾がおりた。
「あらそうなの?」
母としては別の答えを期待していたようだ。なんだかあまり納得のいかないような返答だった。それでも、本当の理由を知るよりはいいはずだ。
その日は樹の仕事が休みだとかで、駅まで車を出して迎えに来てくれることになった。
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「僕はこんな感じだから。あんまり気を回さないでね」
新名さんに紹介された喫茶店で夜須社長はそう言った。
「社長……」
呆れたような咎めるような視線を送ってから、新名さんは「すみません」とわたしに目で謝っていた。それにこちらも「いえいえ」と苦笑いで返す。
なるほど、なかなかに個性的な人だ。
夜須社長に改めて「で、どうしてほしいの?」と、そう問われる。「李依瑠ちゃんの濡れ衣を晴らして、望ちゃん親子の不安も取り除いてほしいんです」と答えた。
「ふぅん」
夜須社長は腕を組んでしばらく何かを考えている様子だった。ここに来てくれたということは、取りあえずは引き受けてくれるのだろうか。
「千歳からも聞いたと思うけど。『カミ』にかかわる問題そのものを解決することは出来ないよ。出来るのはそれぞれが納得する、その手伝いをすることだけ。それでもいい?」
「はい。よろしくお願いします」
その意味を本当に理解しているのかと訊かれたら、おそらく理解はしていない。それでもそう答えた。
「ああ、僕のことは夜須でいいから。社長とかいらない」
「お待たせいたしました」との店員さんの声に、夜須さんの目の前に頼んでいたチョコレートパフェが置かれる。夜須さんは待ってましたとばかりに、チョコレートソースのかかった天辺の生クリームをさっそくスプーンで深く掬った。
「それではどうぞよろしくお願いします」
連絡先を交換して喫茶店を出る。新名さんと矢井田さんにも会釈をして歩き出すと、「待って」と後ろから呼び止められた。振り返ると夜須さんが追いかけてくる。
「忘れてた。ちょっと後ろ向いて」
くるっと肩を回される。夜須さんはなにかを小さくつぶやくとバンとわたしの背中を叩いた。その衝撃と驚きで「うえっ!?」と間抜けな声をあげてしまう。そしてまたしてもくるっと肩を回される。向かい合うと夜須さんは「これで大丈夫」と言った。
「……なにがですか?」
追いかけてきてまでいきなり背中を叩かれて、なにが大丈夫なのだろうか。
「これで怖い夢は見ないよ」
「え……」
「負の感情は陰を惹きつける。まあ、あとは一倉さんの体質かな。とりあえずお呪いのようなもの」
毎晩に見ていた悪夢をその夜からは見なくなった。うなされて午前三時に起きてしまうこともない。
プラシーボ効果のような暗示なのかもしれないと思った。お呪いは精神安定剤のような働きをしたのかもしれない。
だけど……夢のことだけは新名さんたちにもなにも話してはいなかった。
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東京駅から新幹線、私鉄と乗り継ぎ地元の駅を降りる。帰省するだけでちょっとした小旅行のようだ。
隣の下林市と反対の甲原市の間に挟まれている上ヶ丘市。その下林市と甲原市のメインの駅は大きめの商業施設と隣接している。
周囲を古い住宅に囲まれた上ヶ丘市の駅は、時代から忘れ去られ、置いていかれてしまったようになにもない。そのせいもあって寂れた雰囲気の改札を出る。
改札を出たすぐ横にはローカルなコンビニエンスストアが一軒ある。その隣には「お食事処」とだけ書かれた、塗料の剥がれかけた看板の定食屋。向かいには古びた建物に個人で経営しているドラッグストアがあり、それぞれに営業しているだけだ。
目の前のロータリーの背後には連なる山並みが広がる。後方の山には降った雪が残っているらしく、山頂付近はまだ白い。そこはかとなく風に春の匂いの混じる三月の初旬とはいっても、空気はまだ冷たかった。
「やっと着いたかぁ」
腕を大きく伸ばした夜須さん。髪の色とサングラスはそのままだが、今日は黒に近い紺色のシングルのスリーピーススーツに薄い青色のシャツと裾の髪と同じ色の青いネクタイ。その上に灰色のチェスターコートを羽織っていた。
やはり目立つ。スーツを着ているぶん、胡散臭さが半端ない。
「お疲れさまでした。遠いでしょう」
「まあ、僕の実家も同じようなもんだからね」
閑散としたロータリーには、タクシーが一台だけ待ち合い場所に止まっている。運転手さんと目があった。どう見ても土地のものではない夜須さんを観察しているようだった。
樹の車を探す。ちょうどロータリーに車が一台入ってきた。客待ちのタクシーを追い越して、目の前で止まる。
ウィンドウが下がると、樹が顔を出した。
「姉ちゃんお帰り。ちょっと待たせちゃった?」
★次回の更新は9月6日の18時30分を予定しております。
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