79話 宝物庫と小悪党
『飛来矢』のクエストは単純だ。『先祖代々の精霊鎧が巧妙な手口の詐欺に引っ掛かって盗まれたので助けて欲しい』と困っている灯花にお願いされる。ただ、それだけの単純な詐欺だ。
現実となると、どこらへんが巧妙かわからない。灯花は喜んで飛来矢を渡したが、あれに引っ掛かる人は普通いない。頭スポンジ娘である可能性があります。
今回はこのクエストがやりたくて、ランピーチが灯花を説得して『飛来矢』を詐欺師に渡したんだけど。
このクエストの発生方法が不明であるのは理由がある。『飛来矢奪還』クエストは時限クエストなのだ。時限クエストとは、ある一定の期間でしか発生しないクエストのことだが、その発生期間が極めてシビアであるため、攻略組も解析しきれなかった。どうやら他のクエストやメインストーリーの進行具合、ゲームスタートからどれくらい日にちが経過しているかと、様々な事由が複雑に絡まっているらしい。
このクエストを逃すと、さらなるクエストへと変化する。悪党たちの集まるクラン退治へと進んでいるのだが………。
(悪党たちのクランねぇ………あのストーリーも関わるなら問題、いや大問題だな)
敵の拠点たる廃ビルの廊下を歩きながら独りごちる。クランとの抗争クエストは両面があって━━。
「このやろう、死ねやぁっ!」
『鉄鋼体』
廊下からバタバタとチンピラたちが飛び出してくる。石器時代のチンピラのように、剣や槍を持って、激怒で顔を真っ赤にし、立ち止まると防御技を使う。まずは強化魔法らしい。
「石器チンピラ時代のチンピラ原人かよ」
呆れてため息をつきながらBDを向けて射殺する。アババと叫んでチンピラ原人はヘッドショットにてあっさりと死にました。
『なんつーか、ゲームっぽいよなぁ。ゲームでも、まず自身に強化魔法を使う敵がいたんだけど、高火力の前には案山子も同然、バタバタ倒れていくんだよ』
『あぁ〜………このチンピラ原人たちは研究ポイントが足りないんじゃないかな? きっと近世チンピラ時代に上がるには、もっとポイントが必要なんだろうさ』
『こいつらがそうなるには、まだまだ時間が必要そうだ』
廊下に転がるチンピラの死体たち。死屍累々の血の世界をライブラと軽口を叩きながら進む。
「う~んと、魔道学園でも、会敵時はまずはバフをかけることって、教わるんだけど、これを見たらその教育が間違ってる事がわかるよね。これはテストの点数の見直しをして、私の赤点を採点してもらわないと」
「そんな問題が出るのか。どんな科目なんだ?」
「古典。あと一点で赤点を免れたんだ」
「その科目の見直しは無理だと思うぞ」
鉄の意思を持っているのか、それとも異次元の思考を持っているのかわからないが、灯花もこれだけの死体を前に怯むことなく、それどころか散歩でもするのように歩いているので、魔道学園の生徒たちは皆同じような修羅の脳をしているのか不安なランピーチです。
繰り返し現れる雑魚たち。繰り返し強化魔法から戦闘に入るチンピラたち。高地に突撃してくる兵士たちをマシンガンで撃ち殺し続けるくらい楽勝だが、普通の人間なら罪悪感で銃の引き金を引くことに躊躇いを持つかもしれない。
「まぁ、罪悪感ゼロなんだけど」
いまいち非現実な敵を前に、まったく心は動かない。ゲーム脳のランピーチにとっては、ただのアイテムドロップする宝箱みたいなものだ。
「少しは学習能力を見せてくれてもいいんだけどなぁ」
そろそろ他のパターンを見せてくれてもいいんだけどと、空になったマガジンを捨てて、新しいマガジンに入れ替える。ようやくチンピラ原人たちが飛び出て来なくなり、静かになったのだ。
「さて、そろそろチンピラたちも尽きてきたか? もう騒がしく走ってくる音もしないし」
「え~と、30人くらい倒したみたい。これで詐欺集団はおしまい? 私なにもしてないよ、おじさん!? ちょっとは私も活躍したかったんだけど!」
「それはどうでもいいんだけど、後はボス部屋で待ち構えてるんだろ。こういう拠点攻撃だとまずは出てくる雑魚を皆殺しにすると探索が楽になるんだよ。ほら、ゾンビが徘徊する洋館もまずはゾンビを皆殺しにするだろ?」
「なにそれ、面白そう! どこの洋館? 今度私を連れてって!」
「たとえ、ウィルス汚染されていても躊躇いなく訪問しそうだよね、君って」
面白そうなことには目を輝かす灯花に呆れながらも歩き━━。
「だめだぁ、アベージ様のところまで退却だぁっ、倉庫で体勢を立て直せって命令だ!」
「あ、まだ残ってたのか。逃げることはできるのな」
少し先からバタバタと走る音がして肩を竦める。やはり現実準拠だと、恐怖心がスパイスになるらしい。
「倉庫のお宝を回収して武装していけって、命令も来てるから、倉庫によってくぞ!」
「おぉっ! あそこには魔道具も仕舞ってあるからな!」
チンピラ原人の頭はスカスカだということもわかった。
「あぁ~っ! 今の聞いたおじさん? もしかして、『飛来矢』も仕舞ってあるかも!」
「いかにもゲームっぽいセリフを吐いて逃げる敵だよなぁ。ゲームならヒントになるが、これって罠じゃね?」
ゲームあるある。あの鍵はどこそこに隠したとか、あの捕虜は何階に捕まえてあるとか、主人公を助けるようにお喋りをするチンピラたち。あの逃げるチンピラたちも同じかもしれないが、一応怪しんでおく。
「一応対処しておくか。ミミ、今どこだ?」
通信を送ると、ピロリンと声が返ってくる。
『……ふわぁ、眠いよぉ。ここって寒いから帰りたいの。親分の頭を枕に寝たいよぉ』
とても眠そうな声だ。『飛来矢』を尾行させていたミミは、そのまま待機してもらっているのである。
「そこはどこだ? 倉庫にいる?」
『ん~と、なんかアイテムとかがたくさんあるみたいうさ? たぶん倉庫なの』
「よし、それじゃ『遠征指示』だ。倉庫の扉を守り、誰も入れないようにしろ」
『えー、眠いのぉ。ミミは隅っこで寝てるんじゃ駄目うさ?』
とっても眠そうでやる気のないうさぎである。本当に人工精霊なのだろうか。ただのウサギではなかろうか。
「だめだ。ちゃんと『遠征指示』を使った命令なんだから、しっかりと行動してくれ」
『遠征指示』は、兵士たちに敵を倒したり、地形を確認してもらったり、品物を探索するしたりと、個別指示を出せる拠点コマンドだ。
この指示を出したら、しっかりと行動をとるはずなのに、ミミはまったく言う事を聞かない。
「ほら、俺たちが行くまで、防衛しておいてくれ」
『………仕方ないうさぎ。それじゃ、代わりに防衛しておくうさぎ』
「おぉ、ちゃんと頼むぞ」
『お任せください。安心、格安で確実の今日は宝物庫の宝物を全て回収するプリティー人工精霊ミーに任せてくださいうさぎ』
「ん? いや、俺たちが倉庫で回収するから防衛するだけで大丈夫━━」
『宝といったら私、私といったら宝。宝物庫の宝は全て回収しておくので安心してくださいうさぎ。切れた銅線から、古ぼけた雑誌まで全て回収しますうさぎ』
なんだか声が変な気がするのは気の所為だろうか? 可愛らしい少女の声に聞こえるのは気の所為かな?
「なぁ、とりあえずうさぎと語尾につけたら誤魔化せると思ってない?」
『細かいことを気にするから、いつまでも小悪党なんです。おおらかに寛容的になるには、防衛に頑張るうさぎに頑張ってと応援の言葉をかけるのが流れではないでしょうか?』
「あ、あぁ、頑張って?」
少女のセリフに気圧されちゃうランピーチである。小悪党の小心者スキル発動だ。
『既に廊下には流化エネルギー地雷を敷設。ビームワイヤートラップを仕掛けて、私の物を盗まれないようにポケットにお宝は仕舞い終わり、構築は終わってますうさぎ』
ドカンドカンと、階上から爆発音が響き、ビルがグラグラと揺れる。
「なんじゃこりゃー!」
「身体が溶けるっ、助けてくれ」
「あいつの身体がバラバラになっちまったぁ!」
そして、チンピラ原人たちの悲鳴も聞こえてきた。
『ここはもう大丈夫と言えます。後は『飛来矢』だけしか残っていない倉庫を私が頑張って守り抜きますので、プレイヤーはボス部屋に向かってくださいラビット』
「少しだけひねったのね。倉庫の品物については後で話し合うとして、それじゃ俺たちはボス部屋に向かうか」
話し合ってもミミは何も持っていなそうだけどと嘆息しながらも、気を取り直して駆け出す。
「倉庫からの援軍はないようだから、後は階段を登るだけだぞ、灯花」
「倉庫の方から聞こえてくる音も気になるけどわかったよ、おじさん!」
『ソルジャー、後で賠償金を請求するのは私に任せて!』
諦め半分、面白半分で、ランピーチは最上階へと灯花とライブラを連れて向かうのであった。
◇
最上階までは敵はおらず、ランピーチたちは大扉の前で立ち止まる。
「どうやらボス部屋みたいだな。大勢チンピラ原人が待ち構えてるし」
「敵は誰もいなかったねー。ボス戦は激闘必至だよね?」
「ここの敵は……たしかに激闘になるかもな」
ゲームのボスを思い出して、顔を顰めてしまう。たしかにここのボスは厄介だった。
『気配感知』に引っかかる敵は結構多い。20人くらいはいるだろう。そろそろ真面目に戦うときだ。扉を開けると、剣や槍を構えているチンピラ原人たち。そして奥に立つボス。詐欺師のアベージだ。紫色のローブを羽織り、フードを被っている。
「この場所をよく見つけやがったな? だが、このアベージ様の前に姿を見せたのが運の尽きだ」
アベージは憤怒で般若の顔になり睨んでくる。まさか、精霊鎧を着た部下のほとんどが殺されるとは思ってもみなかったのだ。
「スニークミッションで、『飛来矢』を盗むだけというルートもあるんだけど、そうするとドロップするアイテムが手に入らないだろ?」
右に2歩、少しななめに身体を向けて、ニヒルにランピーチは笑う。
「ここらへんかな」
「あん、なにがここらへんなんだ?」
「この角度ならオーケーという意味だ」
『刹那』
『ピアッサー』
『扇撃ち』
訝しげな顔のアベージへと冷ややかに告げて、時を止める。シンと静まったモノクロの世界にて、ランピーチはBDを構えて、引き金を引く。
アベージを含む全ての敵は扇撃ちの範囲に入っていた。彼らへと貫通力のある弾丸がさらなる防御減衰のスキルを纏わせて放たれる。
因果を捻じ曲げて、過程は省かれて、結果だけが残る。
ターンと軽い一発の銃声が響き、無数の銃弾は正確無比にチンピラたちの頭を貫き破壊した。
「な!? なにが起こったんだ?」
いきなり倒れた部下を見て、驚愕して目を剥くアベージ。それはそうだろう。これだけの数がいれば銃をつかわれても近接戦闘に入れると思っていたのだから。
「やっぱり『ミサイルプロテクション』をかけてやがったか。部下にもかけてやれよ、可哀想だろ。全員死んじゃったぞ」
つまらなそうにしながらも、舌打ちをするランピーチ。なぜならば、アベージの身体を風がまとわりついて、銃弾を弾いたからだ。
「あーっ! あの人エルフだよ、おじさん! え、もしかして悠海の家門の人?」
被っていたフードがはずれて、アベージの顔が現れると、灯花がびっくりしたと叫ぶ。それはそうだ。アベージの耳は笹のように長く尖っている。
「エルフ! この世界だと、先祖が遺伝子操作して生まれた存在だよな?」
「うん、悠海家が有名だったけど、あの家門の人達は自然を愛すぎて森の中に消えちゃったんだよね。時折、街に精霊石とか売りにくるけど、街中で活動している人は初めて見たよ! この間は『変装』してたんだ!」
エルフだとは知ってたけど、説明とか好きそうなので、灯花に話をふると嬉しそうに説明をしてくれる。
「はっ、そのとおりだ。俺は没落した悠海家の者だ。下等生物め、優れた魔力を持つエルフの力を見せてやろう!」
アベージは手の指の間に宝石を取り出して、得意げにせせら笑う。
「精霊使いの力を見たことがあるか? ないだろう? 見せてやろう精霊の力を!」
「おじさん気を付けて! エルフは魔宝石から精霊を召喚して戦うの!」
「あぁ、どうやら苦戦しそうだな!」
『ボス戦:精霊使いアベージを倒せ!』
この戦闘は厄介なことになるだろうと、額に汗をかいて、ランピーチは灯花と共にボス戦に突入するのだった。




