6話 夢から覚めない小悪党
少しずつ意識が覚醒し、うつらうつらと寝ぼけ眼でランピーチは少し寒さを感じて温もりを探す。寒いのだ。そろそろ夏にもなりそうなのに、肌寒い。まるで冬のようだと、手探りで布団を探す。
むにゅりと柔らかい感触が感じられて、布団を見つけたと思い、抱きしめて顔を貼り付けるとプリンのような柔らかさと温もりを感じて相好を崩す。
布団の温かさと柔らかさはなによりも尊い。そして自分の布団は金をかけただけあって、人に自慢できるほどに寝心地が良いのだ。
「ランったら、……ん……」
だがなにか呻くような喜ぶような艶かしく色っぽい少女の声が聞こえて、布団を抱きしめる手をピタリと止める。
寝ているときにこのような声を聞く。類稀なるアニメと小説の知識を持つ天才ランピーチは、だいたい想像がついた。
目を開けて予想外のことに驚き、慌てふためきベッドから降りようとして、体勢を崩してドヒャーと叫び頭から床に落ちて痛い目に遭う。
と小悪党ランピーチならそうなってもおかしくないパターンだが、ランピーチは驚きはしたが、目を開くこともせずに起きようともしなかった。
それどころか気持ち悪そうに顔を顰めて、吐きそうだと脂汗をかく。
今触っている感触が嫌なのではない。その状況がとてつもなく嫌なのだ。信じられない、信じたくないと思いながらゆっくりと目を開くと、頬を桜色に染めて悶えて照れる可愛らしい布団の姿があった。
まじかよと落胆して、疲れたようにため息を吐き、泣きそうになる。
薄々気づいてはいた。だが、希望を持って、救い上げてくれる蜘蛛の糸を求めて就寝したのだ。
だからチヒロが同じベッドに当然のように入り込んでも、別に気にしなかった。雪降ってて寒かったし、布団は質が悪く暖房なかったしと、ランピーチは肩を震わせてため息を吐く。
昨日から何度ため息を吐いたかわからない。最近は将来もこんな暮らしだろうと、金に困らない優雅な独身貴族で、老後が心配で小金を貯金し始める。そんな予想をしていたので、不幸だとはちっとも思わずため息を吐くこともなかったのだ。
目を開き、最高品質の布団をなでて諦めて起床する。スプリングの劣化したベッドはギシィと軋む音を立てて、その音がなんとなくエロスを感じて気恥ずかしい。
布団から出るとかなり寒い。板を打ち付けてある窓へと視線を向けると、板の隙間から純白に染まった廃墟が垣間見える。
雪かと思いつつも、ランピーチは覚悟を決める時だと頬をそっと撫でる。本当はバンと叩いて、手形がつくほどの強さにするべきだろうが、痛いのでやめた。実にランピーチらしい。
というか、ツヨシとの喧嘩で頬が痣だらけになり、膨れている。まるでボクシングの試合を終えたインファイターのようだ。
「おはよう、なぁ、お前って何歳だっけ?」
まずやらないといけないこと。それは布団の製造日である。警察が怖い小悪党はなによりも保身に走ったのだった。
結果は布団から、チヒロに呼び名はメタモルフォーゼしたのである。たぶん、恐らくは、昨今なら大丈夫だとランピーチは胸を撫で下ろしたのであった。
それとランピーチの年齢が20歳くらいかもしれないとわかったが、極めてどうでも良い情報だろう。
そして、年に似合わず恋愛の過程を楽しむランピーチは、夕べはお楽しみでしたねとはならなかった。
◇
「………全員逃げた……だと」
「はい、ラン……妙に静かだと思っていたのですが、部屋には誰もいませんでした。その……物資もお金も銃もないです」
頬が腫れて、口元も切れていてチクチクするし、身体全体も痛い。不機嫌一直線のランピーチにチヒロが報告したのは信じられない内容だった。いや、信じたくはないと言ったほうが良いだろうか。
肩を震わせてランピーチは怒りを示すが、細い痩せた身体つきと雰囲気で小悪党に見えるため、いまいち迫力がない。
だが昨日の殴り合いを見ているチヒロはそれでも怖くて小さくなって小声で報告を続ける。
「たぶん昨日ランをあれだけ罵ったから報復を恐れたんだわ。まさか一人もいなくなるなんて思わなかったけど」
チヒロだってこんな報告をしたくはない。だがガランとした部屋には誰もおらず、隠し通すのは無理だ。よほど昨日のことが恐ろしかったのだろう。たしかにあの時のランは不気味な迫力があり怖かった。逃げるのも無理はないと、心の片隅で同意する。
「くそっ、そんなに俺を恐れるか……恐れるか………」
そこでランピーチはフト嫌なことを気づいてしまう。スラム街の人間が後ろ盾を捨てるほどに恐怖した理由。
『小悪党:格下相手に常にレベル%分のステータスダウン、スキル成功率ダウンを与える。また人との好感度はマイナスから始まる』
(これだ! スラム街の部下たちが敵対したから影響を受けたんだ。現実に身体能力が10%も下がれば、身体は貧血のように重くなり、理由は俺に睨まれたからだと予想すれば、とてつもない恐怖になるだろうよ)
恐らくは部下たちはレベル0。ツヨシでさえ、レベル1の体術で圧倒できたのだから、他の雑魚は0で恐らくは間違いない。
ステータスを確認すると、あれだけ殴られて、顔も腫れているし体の節々も痛いのに、HPは9だった。1しかあの殴り合いではダメージを受けていないことになる。
恐らくはたった1のレベル差で、とてつもなく力が開いているのだ。たしかにゲームでもスキルなしの攻撃は武器を使ってもダメージは一桁台で使い物にならなかった。いわんやレベル0の素手ではダメージなど出なかったのだろう。
その差を小悪党のスキル効果を受けてしまった部下たちは喰らってしまい、逃げることに決めたわけだ。
ランピーチの推測は正しく、部下たちは殺されると考えて心底恐怖して、この雪積もる中でも逃げ出してしまったのだ。
(チヒロを責める訳にはいかない。これは俺の責任だ……。あ、でもチヒロ一人くらいなら養えるし、この拠点は捨てればよいか。どうせ部下もいないんだし、なんとか四畳半のアパートでも……そこはかとなく背徳感があるがここは無視して)
美少女との二人生活も良いかもと考えるランピーチだが、嬉しさよりも犯罪かもと恐れるあまりに、唸りながらその未来を想像していたため、チヒロは不機嫌だと勘違いして、話を続ける。
「ねぇ、ラン。大人は皆いなくなったけど、子供たちはまだ残っています。これでなんとかならないでしょうか?」
「はぁ? 子供たち?」
「えぇ、昨日子供たちの代表をチームに入れたと思いますが、その子供達が残っているんです。ほら入ってきなさい!」
チヒロが鋭い声を上げると、ぞろぞろと30人くらいの子供たちが入ってきた。歳は最高で15歳程度、小さいのは5歳くらい。男女入り混じり、同数くらいだろうか。
まじかよと思わず罵りそうになり、おどおどしながらも、こちらへと助けを求めるように顔を向けてくる子供たちを見て口を噤む。
「なんだっけ、こいつらは今までどうしてたんだっけ?」
「孤児院が経営難で閉められて捨てられた子供たちって、昨日伝えたと思うのですが……」
この冬の寒さの中で捨てられたのかよと、思わず叫びそうになり、拳を強く握りしめると、その経営難の孤児院の長を殺してやりたいと顔を顰める。どう考えたって、死ぬとわかっているだろう。だから昨日ランピーチ相手にあれだけ少年が粘っていたのかと納得してしまう。
本来の小悪党のランピーチなら甚振って捨てていた。恐らくは最初のストーリーを変えてしまったと漠然と不安に思いながらも、ランピーチはここで捨てるとは、やっぱりチームにはいらないとはどうしても言えなかった。
「あ、あのボス、俺達頑張るからここに住まわせてくれよ! なんでもするからさ!」
追い出されるかもと肌で感じたのか、少年が必死な様子で叫んでくる。少年にとって、ここを追い出されたら後が無いのだ。皆、凍死して終わりだろう。
(頑張ってもこの拠点を維持できるとは思えない……百人近くいたんだぞ。それが今やゼロだ。拠点防衛戦で絶対に負ける……いや、待てよ?)
絶望的だと思うが、外の様子を見て考え直す。今は冬で雪が積もっている。となると他のチームは寒い中で何も無い拠点を奪おうとしてくるだろうか?
冬のスラム街のゲームの設定を必死になって思い出す。『パウダーオブエレメント』は建国システムもあったくらいに、オープンワールドは年単位の時間経過と四季が存在したのだ。その中でも冬は厄介だった。
「たしかスラム街だと、ランダムでモンスターが現れるんだよな……。だからNPCは魔物を恐れて外出しないので、拠点戦は発生しなかったはず。となると………いけるか?」
顎に手を添えて、悪人顔のランピーチがブツブツと呟く姿は不穏であり、チヒロは自分が捨てられるのかもと恐れていた。昨日の殴り合いを見るに、ランピーチは一人なら容易に生きていけそうだ。一緒に寝ても手を出したことがないのは、情が湧いては捨てにくくなるからなのではと、そしてチヒロ一人では絶対に生き残れないと、理解して内心で震えていた。
少年たちにとっては、せっかくチームに入れてもらえて助かったと安堵していたのに、まさかランピーチの部下が全員逃げ出す展開になるとは落胆していたが、それでもこの拠点にしがみつくしかないと決意している。
もしかしたら、少しは子供たちにランピーチは優しいのではないだろうか。恐らくは手加減してくれてチームに入れてくれたのだから、顔に似合わず子供好きなのだろう、いや、そうであってくれと祈っていた。
三者がまったく違う考えを巡らせていたが、ランピーチが勢いよく立ち上がることで、思考は止まる。
「よし、計画は立てた! チヒロ、俺の武器はあるよな? 飯はどれくらいある?」
「えっと、もちろんランの武器は部屋に置いてあります。食べ物は最低の食糧なら少し……」
「武器も食糧も全部もってこい!」
最低のとの頭文字がついたことに、味が予想できてランピーチは嫌そうな顔になるが気を取り直すと、周りへと負け犬が吠えるようなあまり威圧感のない悪い笑みを浮かべる。
「それじゃ、部下に配って食べておけ。俺は少しばかり金を稼いでくるからな」
「どこに? 外は雪なんですが……」
「俺は探索者だからな。久しぶりに狩りを楽しもうと思う」
突然の指示に戸惑うチヒロや少年たちに対して、不敵な笑みを浮かべるランピーチであった。