26話 毒蛇と小悪党
ランピーチマンションが可愛らしくも凶悪なウサギたちにより阿鼻叫喚の地獄と化している中で、敵の中で唯一人難を逃れている者がいた。
ツヨシに雇われたジャコツである。彼は影の中で移動しながら、冷や汗をかいていた。
「逃げろぉ、勝てっこねぇ」
「銃が、銃が効かねぇ」
「バケモンだぁ」
慌てて廃墟の中を背を向けて逃げようとする者、見た目が弱そうなので、殺せないかと木の銃を向ける者。様々な対応をツヨシの部下はしているが、その結果はというと等しく銃弾の嵐を受ける、である。
ウサギたちは容赦という言葉を知らず、破壊力のありすぎる銃弾にて、人々を文字通りバラバラにし、ビルの壁や床も大穴を開けて破壊していた。どちらが防衛しているかわからないほどだ。
もはや原型を留めていない死体と、廊下に広がる血溜まりの中で、ウサギたちが顔を出すと、鼻を鳴らす。
「雑魚でウサ。これ、ウサたちが戦う必要ある?」
「司令官一人じゃ守りきれないから仕方ないウサよ。数は力よウサ」
しかもウサギたちは顔を見合わせて、軽口を叩きながら歩いていた。可愛らしくも凶悪な人工精霊だ。
これは人工精霊にはありえないことだと、ジャコツは理解していた。
影の中に潜むジャコツに気づかずに、ウサギたちは敵を殲滅したことを確認して去っていく。その様子を見て、ホッと安堵しながらも、今見た光景は危険なものだと考えていた。
(物理的にも危険極まる人工精霊ですが、軽口を叩くという行為自体が問題です。人工精霊は機械と同じ。主人の命令を元に黙々と働くだけ。高性能な人工精霊は少しは応用が利くようですが、あのように自我あるように振る舞うことはない)
ウサギたちが演技をしろと命じられたなら話はわかる。まるで自我があるように振る舞い、それだけ高性能な人工精霊だと客にアピールするのだ。それがたとえ命じられた行動だったとしても、自我があると客が思えば大金で買う。
よくある詐欺である。
だが、今は誰もいないし演技をする必要はない。即ち、あれは自然発生した会話だったのだ。そのような人工精霊など地上街区の制式採用されている軍用人工精霊といえども聞いたことも見たこともなかった。
傭兵として、殺し屋として働くジャコツは仕事上、大体の人工精霊の性能を把握している。把握していなければ、強力な人工精霊に殺されてしまうからだ。
しかし、ウサギたちのことは一切耳にしたことがない。それが意味することとは……。
(地下街区の物なのでしょう。デモンストレーションか、性能の検証試験か……発電機やらが新品となった時に悟るべきでした。犯罪組織程度ではそのような支援は無理。地上街区の連中でも無理。地下街区なのは決定です)
せいぜい、ランピーチのバックボーンは地上街区のしょぼい犯罪組織レベルだと考えていたが、最高レベルのバックボーンだ。
(あのウサギ型人工精霊は幾らです? 一億? 二億? いえ、そんな金額ではなく、十億エレ以上? そんなバックボーンのいる相手と戦うのに、ケチな金額で請け負うとは……私もヤキが回りましたね)
後悔したが、既に時は遅し。ジャコツは泥沼に自分から入ってしまったのだ。しかも、底なし沼であり、自分を死に誘う沼である。
(仕方ありません、詫びを入れることができるか……それとも、ランピーチを殺して、一旦人工精霊の行動を抑えてから逃げ出すか……)
人工精霊は使役者に従う。恐らくはランピーチが使役者として登録されているだろうから、殺すにしても和睦をするにしても、本人に会う必要があった。
ジャコツは自分の魔力を魔法に変えて、誰にも気づかれないようにそっと念じる。
『影蛇探知』
廊下の影で息を殺して隠れていたジャコツはウサギたちが消えたと確認して、その影から何匹もの影の蛇を放つ。他者が見ると光源の具合いでたまたま影が揺れて蛇に見えるのだろうと勘違いするだろう小ささだ。
全方向に放つと、ジャコツは視界を影の蛇と共有する。マンションの部屋から部屋、大広間、階段を登り、全体を探していく。
段々と各所から聞こえてくる銃声が小さくなり、悲鳴をあげる者たちの声も少なくなってきて、じわじわと焦りが生まれてくる。
が、ようやく対象を一匹の影蛇が見つける。
共有された視界には、元は住人たちが集会を開く場所であったのか、かなりの広さの部屋にランピーチはいた。
もはや勝利を確信しているのだろう。余裕の表情で唯一広間においてある椅子に座りながら、大物を気取りたいのか、余裕の態度でニヤニヤと笑みを浮かべて脚を組んでふんぞり返っていた。
(借り物の力でも、大物ぶるのは小物というところです。ですが、その小物の部分が助かります。付け入る隙がそこらじゅうにありそうですし)
ランピーチの様子を見て安堵と蔑みの表情を浮かべて、ジャコツは目的地へとそっと向かうのだった。
◇
コンクリート打ちっぱなしのガランとした広間に、寂しく椅子を一脚だけ置いて、ランピーチはのんびりとしていた。
マップの輝点がほとんど消えて、ランピーチは余裕の笑みを浮かべて、わざわざ持ってきた椅子に座ってふんぞり返っていた。
『ラストの敵が近づいてきているな』
『だね。ここで倒せば終わりかな。歯ごたえなかったねぇ』
『まだ戦闘始まってもいないから。止めてくれる? 常に俺を言葉だけで追い込むの』
『この戦闘が終わったら、酒を一杯奢ってやるぜソルジャー』
むふふと小悪魔スマイルを向けて、ダブルで旗を立てようとするライブラである。そんなに俺が嫌いなのと、問い質したいが、そうだよと真顔で答えられると、メンタルが崩壊するランピーチは聞けなかったりする。
可愛らしい娘に嫌いだと言われるのは嫌なのだ、それなら無関心の方がいいよねと、常に消極的な受け身で生きてきたランピーチは、輝点が部屋に入ってきたことを確認し、気を取り直す。
部屋へと向き直ると、扉の下から影が入ってくるのが見えた。
『おぉ、あーゆーのを見ると、ファンタジーな魔法の世界だと再認識しちゃうよな。炎とか氷を生み出すよりも、影の中に入っているというのが、物理法則を無視して、見てて面白い』
『あの、ソルジャー? 一番凄い時を停止する能力の持ち主がそーゆーこというのかな?』
『だって刹那はコマ飛ばしみたいで認識できないからな。リアリティは影の方が上』
『あー、わかるような気がする。たしかに他者から見てもよくわからない能力に見えるもん。しかも手品と同じで幻術とかでも同じようなことできそう。あくまでも同じようなことだけどさ』
時間を操作する男が何言ってるのかとジト目となるライブラだが、ランピーチの反論に少し納得する。やはり見た目のインパクトは重要である。
『まぁ、良いや。それじゃ歓迎の言葉をかけますか』
(ここはゲームの世界。ここはゲームの世界)
すぅぅぅと大きく深呼吸をすると、ランピーチは覚悟を決めた。現実から文字通り逃避したとも言う。
「見えてるぜ、ジャコツさん。あんた、珍しい移動方法を使うんだな」
演技にして演技ではない。本当に自身がランピーチであると、ゲームキャラを自身と同一させて、ランピーチは仄暗い笑みを浮かべた、
「……これはどうもランピーチさん。私が隠れていたのはとっくにバレていましたか」
影から、中肉中背の男が出て来る。スーツを着ていても、その筋の人ではないかと思うほどに荒事になれていそうなゾクリとする冷たい顔立ちだ。今はメタルグリーンの部分鎧を装備して、コスプレのおっさんにも見えるが、違うことをランピーチは知っている。
「あぁ、簡単にわかった。さっさと逃げれば良いものを。お前なら三割程度の確率で逃げられただろうよ」
これはランピーチの本心だ。影移動ならワンチャン逃げるチャンスはあったと思う。この拠点では中位レベルまでの隠蔽スキルは無効化されるため隠れての移動は意味をなさないが、逃亡する際に役に立ったはずだった。
「そうは行きません。地下街区の方々に逆らったとあれば、私はこれからの人生お先真っ暗なのですよ。なので、謝罪をと思い勇気を振り絞って訪れたというわけです。全てはツヨシの嘘に乗せられた私が悪かったのです」
ジャコツはニコリと作り笑いを浮かべて、頭を下げる。その言葉に不思議に思うが、顔には出さずに、ランピーチは薄ら笑いに留める。
『地下街区って、なにさ?』
『知らね。なんだろう、意味がわからない』
宙に浮くライブラが不思議そうにコテリと首を傾げるが、ランピーチだってわからない。なぜに天上人の名前が出てくるんだろ?
「どうでしょうか。五百、いえ一千万エレを謝罪の証としてお支払いいたします。それと、ツヨシたちを皆殺しにもしましょう」
「駄目だ」
だが、ランピーチは考えることもせずに拒否を口にした。
その予想外の返答に眉を顰めるが、自身では破格の条件を出しているとジャコツは考えており、ランピーチの言葉が駆け引きなのではと考える。
「では二千万。ランピーチさんに一千万エレを。そしてあなたの後ろの方に一千万エレ。どうでしょうか? それに私はお役に立てると思いますよ。このスラム街ではそれなりに顔が利きますし、精霊鎧を持ってもいますので」
胸に手を当てて、さらに譲歩する。二千万エレはジャコツの全財産に近い。しかし、これで地下街区の人間との伝手ができれば二千万エレなど小銭となる。成り上がりのチャンスだとも考えて期待していた。
ランピーチなどよりも自身は遥かに役に立つ。その証明もすぐにできるはずだし、ランピーチの立場を奪うこともできるだろうと。
━━━が。
「駄目だ」
やはり迷うこともなく、ランピーチは拒否してきた。さすがにその態度にジャコツは訝し気になる。スラム街の小悪党なら一千万など見たこともない大金だからだ。断るにしても迷う素振りを見せていいはずだ。
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「だめだと言われている。殺せと命じられたんだ」
『そーそー、ボスは倒さなきゃね! 経験値ってやつさ』
ランピーチの肩の上に巫女服を着た銀髪ツインテールの美少女が突如として現れて、小悪魔のように笑う。
「精霊……いえ、その装いは人工精霊ですか。話すことのできる人工精霊……なるほど、貴方の後ろの方はお怒りなのですね」
合点がいったとジャコツは一人で納得し苦々しい顔となる。ランピーチのような小悪党は信用できない。なのでいつでも監視できる人工精霊を取り憑かせている。裏切りは許すことなく、襲撃者は殺せと命じられたのだろうと、ジャコツは納得した。だからこそ躊躇いなく拒否したのだ。
「そうだな。あのお方はお前を許さない。だから逃げときゃよかったんだ」
あのお方って、誰だろう。『宇宙図書館』のことかなと思いながらも、ランピーチは話に乗った。意味がわからなくても、知ったかぶりは得意なのだ。
それに、殺せとの命令は出ているのだ。
『ボス戦:ジャコツを倒せ!』
嫌なホログラムがランピーチの目には入っていた。ゲームでもボス戦の前に、このような注意がされたのである。
だからここに来た以上、もはや倒すしかない。ボス戦の経験値も地味に美味しいのだ。
━━そして、こいつは明らかに仲間にしたら寝首をかいてくるタイプ。ランピーチは小心者で、怖がりなのだ。
主人公なら、仲間にして友情を深めて、裏切らない仲間に友人にする可能性もあるかもしれない。しかし殺し屋を仕事として、不利だからとあっさりと依頼人を裏切り、逃げるどころか、尻尾を振って来る奴を仲間にする度量はない。
「見せしめ……というわけですか。ならば貴方を殺して時間稼ぎをさせていただきます!」
「そのとおりだよ、まずは先制だな」
『早撃ち』
交渉は決裂し、お互いに戦闘に入る。ランピーチは魔法のように素早く銃を構えると、冷笑を浮かべて引き金を引くのだった。




