22話 やっぱり夢から醒めない小悪党
闇の中にいる。ランピーチは波間に揺られるように、揺蕩う身体で、ぼんやりとした心で自身を見ていた。
俺は洗面を終えて、朝食兼昼食をとろうとしていた。前の世界の俺だ。スマホをポチって、土曜日だから飯も少し凝るかと、フレンチトーストの作り方を調べるところから始めている。
ランピーチにはわかる。あの凝りようだと、スーパーに足りないものを買いに行き、そこで夕飯の材料を買うことにシフトして、昼食を抜かして料理を作ることに時間を使うだろうと。
(適当な飯にしとけよ。そうしないとせっかくの土曜日が料理を作るだけで終わっちまうぜ)
苦笑しながら声をかける。体験談だ、きっと夕飯になって我に返って後悔するはず。
起きよう。夢から醒める時だ。死にそうになったことなど、悪夢として片付けられる。つまらない夢を見たと、すぐにランピーチとなったことを忘れてしまうに違いない。
止めてやろうと手を伸ばし━━━。
ゆっくりと目を覚ました。
見慣れない煤けたコンクリートの天井。寝心地の悪い軋むパイプベッドに、シミの残るぼろい布切れのような掛け布団。部屋は寒く、ストーブもエアコンもない。
ブルッと身体を震わせると、ランピーチは悲しげにため息を吐く。
「夢……夢からいつ醒めるんだ……」
ズキリと肩が酷く痛み顔を歪めて泣きそうになる………。
終わらない悪夢、モンスターと踊る危険なるデスゲーム。運営はおらず、ただ何処からか現れる死亡フラグ。
普通のおっさんだった男には耐えられないものばかりだ。ゲームだと雑魚だった鼠男に殺されるところだった。最強のスキル構成で、しかもレベル3のドライが仲間であったのにだ。
手は震え、心は軋む。正気を保つのが難しいくらい━━━。
『あ、起きた。大丈夫、ソルジャー?』
ヒョコンと眼の前に銀髪ツインテールの可愛らしい少女が顔を覗き込んできた。巫女服姿でそんじょそこらのアイドルなど相手にならない美少女だ。
「ライブラか、おはよう」
『おはよう、心配したんだよ、ソルジャー。まさかあんなかすり傷で倒れちゃうか弱い脆弱な精神に。大丈夫? 壊れてない?』
「身体の心配じゃねーのかよ。大丈夫、まだ正気は保っている。あぁ、まだな。で、お前はなにしてんの?」
『心の底からソルジャーを心配してたんだよ、わからないかなぁ、もぉ〜』
ズゾゾと麺をすするライブラだった。ハフハフと咀嚼して、湯気のたつ温かそうなカップラーメンを実に美味しそうに顔を綻ばせて食べていた。
「心配してねーじゃーねーか。ったく。周りに姿を見せるなって言ったろ? どうやってお湯を手に入れたんだ?」
あまりにも幸せそうに食べる姿に、先程の昏い想いは消え去り、いつものランピーチに戻るとジト目で睨む。ライブラは色々とあれなので、秘密にしておきたかったのに、まったく言うことを聞かないサポートキャラである。
睨んでもどこ吹く風と受け流し、ニヒヒと笑って胸を張るライブラ。
「大丈夫、こっそりとお湯を持ってきてくれるようにこの子にお願いしたから。ちゃんと魔法瓶にお湯を入れてきてくれたんだよ。とってもいい子だよ」
ライブラの指差す先には幼女がいた。蜘蛛型人工精霊に乗って遊ぶ胆力のある幼女だ。
コンクリート床に座って、カップラーメンを食べている。ランピーチの視線に気づくと、エヘヘとはにかむ笑みを返して、箸を棒を握るようにムンズと掴んで、麺を掬い上げて美味しそうに食べている。
「おいちーね、このらーめん」
「あぁ、そりゃ良かった。ほら、コンクリート床は寒いだろ。ベッドの上に座って食べろよ。ほら、布団もかけておけ」
笑顔で食べる幼女を抱き上げるとベッドの上に座らせる。冬なのに薄布の洋服、その体は痩せこけて軽くて、ランピーチは悲しげに掛け布団を巻いてやる。
「ぬくぬくであったかい! らーめんたべましゅ?」
「俺は腹いっぱいだから大丈夫だ。ほら全部食べろ」
「うん!」
美味しそうに再びらーめんを頬張る幼女を見て、ランピーチはますます顔を暗くする。
『どうしたの、ソルジャー? ほのぼのシーンでしょ?』
脳天気なライブラは、幼女とランピーチのほのぼの触れ合いシーンだと、考えていた。事実、ゲームならほのぼの触れ合いシーンとなるだろう。現実だと警察を呼ばれておっさんは捕まるだろう。
だが、ランピーチとしてはこの状況は看過できない。ライブラはこの世界準拠の常識から考えているが、ランピーチは元は平和な日本の常識を持っているのだ。
「あのな、見ろよこの子。こんなに痩せこけているし、何歳だよ、この子。4歳、5歳? 死ぬだろっ! このままだとネゴシエトになるぞ。らーめんを美味しそうに食べる痩せこけた幼女とか俺は耐えられねーんだよ!」
『ネグレクトだよ、ソルジャー。ネゴシエートで死神に殺さないでくださいと交渉しても良いかもだけどさ』
「それ、そのネグレクト」
幼女はラーメンを美味しそうに頬張って、ボロ布の掛け布団を温かいと嬉しそうにしている。幼い子供のそんな姿はほのぼのではなく、心を痛める光景なのだ。
駄目なんだ、このような光景は善良寄りの普通の男であるランピーチは耐えきれない。テレビでニュースに流れる飢える人々や暴力を受ける子供たち。そんな映像は見たくはないし、関わり合いになりたくない。関わり合いになると助けたくなるからだ。
『はぁ〜、ソルジャーは良識があるんだね。父性があるのかな? パパみたいだねぇ』
カップラーメンを傾けて、残りのスープを飲み干しなからライブラは少し意外な顔になる。薄々感づいてはいたが、かなりの善人だ。なぜ、こんなスラム街に流れて来たのかわからない。
不思議に思い、なぜ『宇宙図書館』にアクセスできたかもわからない。その秘密にライブラリは興味深い瞳でランピーチを見るのであった。
興味深い人間だとライブラが微笑む中で、パパという言葉に、幼女がピクリと反応してモゾモゾと近づいてくる。
「パパ! パパしゃんなの?」
『うんうん、パパだね。この優しさはパパさ!』
ろくなことを言わないサポートキャラである。
「パパしゃん! あたちはコウメでしゅ。あたちにもパパしゃんはいたんだ!」
「パパ……」
キラキラとコウメは目を輝かせて、嬉しそうに近づいてくるので、言葉に詰まるランピーチである。拒否すると泣きそうに、いやたぶん泣くだろうとランピーチは返答できない。
「パパしゃん! あたちのパパしゃん! コウメだよ! あたちはコウメです! 来てくれるの待ってたの!」
コウメはパパは皆にいるんだよと、前におにいしゃんに聞いたことがあった。それ以来、あたちのパパしゃんはいつ自分を迎えに来てくれるかと待っていたのだ。
おいし~ごはんをくれて、温かいお布団をかけてくれる優しいおじちゃんがパパだと知って、やっぱりパパはいたんだと喜んでいた。
ペチペチと小さな手で叩いてくるコウメ。本当に嬉しそうだ。面白そうな展開になったとニマニマと笑っているライブラを殴りたい。俺はまだ独身で妻もいないんだけど。
だが期待を込めてみてくる瞳を向けてくるコウメに抵抗することはできずに屈するランピーチ。
「あー、はい。パパだよ、パパです」
「やった! パパしゃん! お膝に抱っこ、抱っこして!」
「はいはい」
「あたまナデナデして! あたまナデナデして!」
「ほいほい」
夢だったのと、ランピーチの膝の上に乗っかりポンポンと跳ねてはしゃぐコウメ。その嬉しそうな笑顔に、ランピーチも肩の力が抜けて笑みが溢れ、コウメの頭を優しく撫でる。
『おめでとう、ソルジャー。『超越者』同士、親子としてぴったりだね!』
━━━だが、ライブラの面白がる言葉に撫でる手がピタリと止まる。
「はぁ? コウメが『超越者』?」
『うん、この子はこんな力だよ、ソルジャー』
『コウメ:レベル1:『超越者』』
映し出されたステータスに戸惑ってしまう。なぜならばレベル1の『宇宙人』のサポートは相手のレベルしかわからないからだ。ランピーチの表情を見て、あぁとライブラも説明を補足する。
『『超越者』だけはわかるのさ。だって基本的に今の人間と体組織の構成が違うからね。だからこそ、こんな過酷な環境で生き抜いてこられたんでしょ? まぁ、現代では『超越者』なんていないはずだから、ここにいるのは奇跡みたいなものだけどさ』
「あぁ〜、なるほどな。そうか自動治癒があったから、生き抜いてきたのか。納得だよ」
『超越者』は主に健康面で使える固有スキルだ。魔力が超力に変わったりレベルの限界突破もあるが、そんな物はプレイヤー以外は使うことはなく不可能。運が良かったんだなぁと、ランピーチはコウメの頭を撫でて、コウメは子猫のように嬉しがり、頭を押し付けてもっと撫でてとせがんでくる。
「でも自動治癒はあっても、やはり健康面は不安だ。環境良くしないとなぁ。せめて冬でも温かい部屋にしないと━━あれ? そういや、チヒロやドライはどこだ?」
今更ながらに気づくが、どこにもいない。チヒロもドライも俺のことを心配してくれるんじゃないのかなぁと期待しつつ、冷静な部分でもチヒロならランピーチの好感度を上げるためにも側にいるはずだと予想していた。
『ん〜? 私知らないよ? なにか話してたような気がするなぁ。なんだったかな。まったく興味もてなかったから聞き流しちゃった』
テヘと、舌を出して可愛らしく小首を傾げるライブラは役に立たないサポートキャラである。
「………いるはずの人間がいないと途端に不安になるな。こういうときは好感度の稼ぎ時。風邪になった時に見舞いに来てくれた異性にどれだけの人間が好きになったと思う?」
『あっ、それじゃお見舞いをする私は好感度上がりまくり! 惚れたら火傷じゃすまないよ、ダーリン』
「怪我人の前でラーメンを食うやつは反対に好感度が下がるんだよ。というかダーリンとかもはや死語だろ」
ウッフンと言って、胸をアピールするえろっちいポーズを取るライブラ。アホな発言と駄目な性格でなかったら、たしかに惚れていたなとジト目となるランピーチ。
『ソルジャーは私に厳しすぎると思うよっ!』
プンスコ怒るライブラを放置しながらも考える。
嫌な予感がする。不吉な予感。地下室の探索のときのような、悪意のイベントが発生するような━━。
顔を険しくさせて、胸騒ぎでランピーチはコウメを降ろすと、部屋の外に向かおうとする。誰かに二人の居場所を教えてもらおうと考えて、扉が盛大に開かれた。
「ピーチお兄ちゃん! チヒロが人質になった! すぐに敵がここに来る!」
息せき切って入ってきたのは探そうとしていたドライだった。冬であるのに、その頬は赤く、息は荒いし、額に汗をびっしょりとかいている。ここまで懸命に走ってきたのが、その様子から一目でわかる。
「なんだって、ドライ? もう一度言ってみろ」
ランピーチは声を低くし、ドライを睨むように見つめる。ドライはランピーチの目つきに少しだけ怖がるがすぐに説明をしてくれた。
その説明を聞き、徐々にランピーチの顔は厳しくなる。
「ツヨシ……チヒロはそう言ってたのか?」
「うん、間違いない。ツヨシって言ってた」
「そうか……続け様にイベントが起こるんだな……」
仄暗い声音でランピーチは呟くように言う。そこには起きるまでに燻ぶっていた昏い心が重なっていた。
「兵力ゼロで拠点経営は始めたばかり。態勢を整えていない条件下の拠点防衛戦か」
多勢に無勢、しかもチヒロが人質になり、ツヨシには用心棒もいる模様。圧倒的に不利だ。負けることを前提としているかのようなイベントである。
「死亡フラグ……良いじゃねぇか。絶対に俺は殺されない。ランピーチ・コーザの底力を見せてやる」
再びの死亡フラグ付きのクエストに、俯いたランピーチの口元は壮絶に昏い笑みで歪むのであった。




