209話 ルナティックライブラリと小悪党
内部隔壁が開いていくが、その途中でアリスが振り向く。
「なんとかさん、なんとかさん。私と握手しましょう」
人の名前をまったく覚える気はないらしい。
「俺の名はランピーチ。ランピーチ・コーザだ」
「通称プーさんですよね」
だが、クスクスと笑いながらミラが口を挟むと、そのあだ名になにかあるのか眉を寄せる。
「プーさん………ソロソロ働かないと世間の目が厳しくなるのでは? 良い仕事を紹介しましょうか? ちょっとトカゲから卵を回収するだけの簡単な仕事なんですけど」
「無職じゃねーよ。ちゃんと働いてますぅ、で、握手すれば良いのか?」
人に哀れみの目を向けてくるアリスの手を掴み握手をすると、アリスは瞳を輝かし、とても嬉しそうに笑顔となる。一瞬アリスの身体が発光し、なにか力を得たのが見て取れる。
『ラーニング』
「おぉ、これで貴方の『小悪党システム』と『次元拳』をラーニングできました。お陰で不滅の敵を滅ぼすことが可能となりましたし、秘奥義『銀河銃皇無塵』を覚えましたよ。ありがとうございます、なんとかさん。これで邪神だろうが、悪魔王だろうが滅することが可能となりました。ばんざーい。やっぱり新技を覚えるのは嬉しいですね。『銀河図書館』のクエストはいつも美味しいものばかりでハズレがないですね」
「『ランピーチシステム』な『ランピーチシステム』」
ぴょんぴょんと、飛び跳ねて喜ぶ姿は可愛らしいが、ミラと能力が似て非なるもののようだ。まぁ、これでアリスも悪魔を滅ぼせるようになったようでなによりだ。
「隔壁が開きましたよ、プーさん」
『おぉ〜。壮観だね。なにこれ?』
ミラとライブラの言う通り、壮観な光景が広がっていた。一つの街がすっぽりと入る広さだ。高層ビルにも似た巨大な棚がずらりと積み重なっており、緑色のなにかが繁茂しているのが見える。
「これはガドクリーフードの原材料となるクロレラですね。ここはまだまともに動いている生産ファクトリーのようです」
ミラがふわりと浮いて、生産ファクトリーの中を進む。俺も後ろに続きながら、周囲を見て顔をしかめてしまう。あのまずい食料の原材料かよ。
クロレラを無数に浮くドローンたちがノズルを伸ばして回収していき、どこかに運んでいく。ガドクリーフードに変えるファクトリーがまた別にあるのだろう。
「ということは、ここが地下街区ということだな」
「地下街区って、なんですか? なにか面白そうなので少し探索してきて良いでしょうか?」
「駄目です。ここはクロレラしかないから。隠しアイテムとかないからな」
地下街区という言葉を知らない浦島アリスが目をキラッキラッと輝かすが、探索は禁止だ。宝箱とかないからね? あっても探索させるつもりはない。
「『図書館』は人類の保護もルールにありますからね。ガドクリーフードを供給して最低限人類が餓死しないようにしているのでしょう」
「まだまともに動いている………ね」
俺の意味ありげな言葉を聞いて、ちらりと顔を向けてくるミラが話を続ける。アリスはスキップスキップと呟いて、うとうとして眠そうなので放置しておこ。ストーリーは読まないタイプの娘なんだな。
俺たちの飛行スピードなら、街一つ入る大きさの生産ファクトリーでも、奥に到達するのは数分だ。すぐに次のエリアへと続く扉まで到達する。
隔壁がまた開き始めて、その次も生産ファクトリーだった。どこも同じ作りで、惑星全体をフォローしているだけはありそうだ。
敵が出現することもなく、俺たちはいくつもの生産ファクトリーを通り過ぎ、最後にエレベーターに乗る。
「これだけ巨大な施設が地下街区の全てだったのか? 誰も住んでないのか?」
エレベーターが動き始めて下降する。壁はガラス壁で外の様子がわかるが、生産ファクトリーから、床を通り過ぎなにかの機械を作っている工場、灯りがない暗い住宅地と光景が移り変わる。
「この地下街区は本来なら人類の選ばれた者たちが避難する予定でしたけど、推測のとおりここは放棄されて人類はコロニーに避難しましたからね。地上街区と交渉していたのは、高度に作られた人工精霊でした」
「人類がまだ平和な世界を享受していると誤魔化してたんだな」
ミラが僅かに寂しそうな顔で移り変わる光景を見ている。そうなのだ。地下街区は元から誰も住んでいなかった。地上街区には平和な世界が存在していると偽りの情報を与えて、ガドクリーフードを供給していたのだ。
もはや文明の墓場としか思えない場所。それが地下街区であった。
そして………。
「見えてきました。あれこそが私たちの破壊するべきラスボス。『ルナティックライブラリ』と悪魔王です」
ついっと指差す先。ガラス壁の先に映る光景には黄金のキューブが浮いていた。一辺が1キロメートルを超える巨大な立方体が空に浮いていた。そして、その黄金のキューブの半分は灰色になっており、ピンク色の肉塊がへばりついてカビのように侵食して脈動している。
「そしてあれこそが『地球図書館』と言われるこの世界を変えてしまった元凶であり、狂いし機械でもあります」
ミラがゆっくりと紡ぐそのセリフは推測通りだった。
そう、俺たちの敵である『ルナティックライブラリ』は『狂いし地球図書館』でもあったのだ。
人の手により介入された超コンピューターが暴走して、世界を破滅に追いやったというわけ。『地球図書館』の正常な部分は未だに抵抗をしているようだが、時間の問題で停止するだろう。
俺たちが探していたラスボスは最初のスタート地点にいたわけ。
ありがちな展開だよな。
チンと軽やかな音がして、エレベーターの扉が開き始めるのを見ながら、俺は肩を竦めるのであった。
◇
地面は元は綺麗な床であったのだろうが、肉塊が広がっており、足を踏み出すごとにウジョルウジョルと踏まれないように避けていくのが気持ち悪い。
『うぇぇぇ、こういう光景って、私駄目なんだよね。気持ち悪ーい』
「たしかにありがちな光景だけど、現実となると気持ち悪いよなぁ。見ろよ、あれ」
キューブの機械にへばりついている肉塊には大きな瘤がある。瘤というか脳味噌だ。脳味噌が触手のように脳を伸ばして、キューブを離すまいと掴んでいた。旧神のタコかな?
「どうやら敵は少しは意識があるようですよ、プーさん」
床や壁にへばりつく肉塊が蠢き膨れ上がると肉芽のように育っていき、人型へと姿を変えていく。いや、人型というより、悪魔だ。
『ヘルデーモン:レベル11』
厄介なことに、こいつらもレベル10を超えている。ヘルデーモンたちは数え切れないほどに生えてきて、その姿を現してくる。
「迎撃用の悪魔たちか。それにしては敵のレベルが雑魚レベルじゃないんだけど?」
「そのとおりよ、愚かなる侵入者よ!」
と、後ろから怒りのこもった声がするので振り向くと、見たことがない妖艶なる美女が立っていた。後ろには何人かの悪魔を連れて来ている。誰この人?
俺の不可解な視線に気づいたのだろう。胸をそらして上から目線で俺を睥睨してくる。焦っていたのか、額からは汗を流しているけど、走ってきたのだろう。
「私の名前はシトリー。このハーケーンの副社長にして、悪魔たちを統括している者よ。パイモンが倒されたから急いでやってきたら、まさかランピーチたちが侵入しているとはね。でも、ここまでよ。お父様が貴方たちを殺してくれるわ!」
「副社長さんだったのか。お疲れさん、どうしてここにきたかわからないが、死にに来たというなら殺すまでだ」
ハーケーンの悪魔は駆逐しないといけないと思ってたんだが、これはラッキーだ。
「はっ、力の差があるとでもいうようね。もちろんそんなことはわかっているわ。でも、ここにはお父様がいる。このような緊急事態用のコードがあるのよ。それを発動させてもらうわ。その間オセたちは時間稼ぎをしてらっしゃい」
「うむ。承知した。では悪魔の力を十全に使えるようになった俺の力を試させてもらおう」
剣を片手に豹頭の悪魔が前に出てくる。その後ろにも高位の悪魔たち。目を細めていかにも強さを求める武人との威圧感を見せつつ前に出てくるオセだけど………。
『ねーねー、完全に出番のタイミングズレてるよね、この人』
『あぁ………。子供時代のライバルが金髪となった野菜人の前に出てきたようなもんだよな………』
気まずい。今の俺なら一撃で倒せちゃう。まぁ、眠ったままの悪魔王を簡単に倒せると思えば別に——。
良いかと諦めとともに拳を繰り出そうとすると、地面が鳴動し地面の肉塊から細い触手が伸びて、シトリーたちに絡み始める。
「なによ、これ? 離しなさい、このっ!」
「これはいったい?」
なぜか俺たちに絡みつくことはなく、狙いは悪魔たちだけで、剥がそうとしても次々と生み出される触手を前に防ぎきれずに肉塊に埋もれていく。
「オオォォォォ。サワガシイ、サワガシイ、騒がしい。どどどうやら、どうやら、やはり想定外のことが起きたようだな」
キューブに張り付いている脳味噌に目玉が内から飛び出てきてぎょろりと睨んできて、口がねちゃりと開く。その視線は魂を削るような怖気を与える不気味な力を持っていた。
「わ、我こそはハーケーンの会長。天才にして悪魔の統括者ソロモンなり」
「会長、この触手を離してください。私たちは、私は貴方の息子の妻ですよ! 緊急覚醒コードも言ってないのに、なぜ目覚めているのですか!?」
なんとか触手の中から、必死に声を張り上げるシトリーにソロモンは冷笑で返す。
「愚か者め。貴様らを信用などするわけがあるまい。ここまで敵が来た時の私の栄養として偽りの情報を与えていただけだ。緊急コードを伝えておけば、必ずこの地を訪れるはずだからな」
「そんなっ! お父様、お父様ァァァ」
肉塊が縮まっていき、ゴキュンゴキュンと呑み込む音がして、ソロモンの内包する力が大きくなっていく。
「我の指示通りに侵入者など防ぎきれれば死ぬこともなく、栄耀栄華を永遠に享受できたものを。社命を遂行できなかったお前らはクビだ」
蔑みの言葉をあげて、ソロモンの目玉がこちらを見る。どうやら最終決戦の時が来たようだ。
「いつかこの日が来ると、未来予測にはないことなれど、心が感じていた。やはり最後は自身で決着をつけねばならぬと」
ソロモンが力を吹き出して、地面がその力により激しく震動を始める。
「ふっ、どうやら最後の戦いのようだな」
俺は拳を構えて、にやりと笑う。
「さぁ、異世界の狩人、バウンティハンター魔風アリスよ! 決着をつけようぞ!」
「いいでしょう。この戦いにてこのクエストを終わらせます。大黒字確定ですね」
アリスが光りに包まれると、青く流線型の戦乙女の装束へと変わり、バサリと白い翼を広げて、神々しい光を纏わせる騎士槍を構える。
…………あれぇ? 俺は? ちょっと恥ずかしいんだけど? 主人公の横にいるモブだね?
小悪党はやっぱりモブで主人公にはなれなかったらしいと、恥ずかしいランピーチだった。




