205話 封印されし少女と小悪党
ランピーチはスキップをしながら月面基地を練り歩いていた。その姿は他者から見れば、小悪党が盗みに入れて、しめしめうまくいったとほくそ笑むような警察のお世話になりそうな感じだった。
「撃てっ、これ以上敵を」
「無駄だ。もはや君たちじゃかすり傷すら俺には与えられんよ。降伏か逃亡をお勧めするが、どちらも選べなさそうだな」
道々で敵が激しく銃撃や魔法を撃ってくるが、もうこの体には通じない。防御力が敵の攻撃力を遥かに上回っているのだ。
いかに強力な徹甲弾であろうと、全てを焼き尽くす焔であろうとも、ランピーチの体を毛の一本すら傷つけることは不可能。そのことを敵もよくわかっているのだろうが、それでも迎撃してくるということは、なにか悪魔の力で行動を縛られているのだろう。
「プーさん、この人たちはもはや手遅れです、彼らはハーケーンの正社員。その身体は半悪魔と違い、本物の悪魔となっています」
ミラが刀を振るい、敵を切り裂きながら忠告してくる。敵は全て異形の悪魔たちであり、彼らは悪魔融合した姿ではないらしい。たしかにミラが切ったあとは融合が解けて人間に戻ることはなく、ただの死体となっている。
「そうか。それもまた仕方なしだな。彼らはハーケーンが世界を支配することに命をベットしたんだ。負け金は支払わなければならない」
小さじ程度の哀れみを感じながら、拳を軽く前に突き出す。力などまったく感じられない一撃に見えたが、空気が圧されて、圧縮された空気は凶器となり、鉄塊のように重く硬くなり通路を駆け抜け、壁や天井を巻き込んで全てをすり潰していった。悪魔兵たちは断末魔をあげることすらもできずに、肉片となり原形を保つことなどできずに滅びるのであった。
「さてさて、では最奥のお宝を頂くとしますかね」
『そのセリフだけ切り取ると、正義の味方の基地に忍び込んだ悪党っぽいよ、ソルジャー』
「俺の役どころにピッタリじゃないか」
思念にてからかうライブラへと、にやりと小悪党スマイルを見せて立ち止まる。通路の行き止まり、封印されし『ルナティックライブラリ』への道にして、恐らくはミラの本体が封印されている部屋。
『テレポートポータルルーム』
決戦への道が目の前にあるのだった。
◇
『テレポートポータルルーム』は、軍基地のものだけあって厳重そうだ。分厚い魔法金属製の扉が閉まっており、いくつもの魔法陣が扉を封印するための楔の様に強力な魔力を放っている。高さは50メートルはあるだろう大きさの部屋だ。
「気をつけてください、プーさん。この先には私の本体が封印されているはずです。かつての私はこれ以上戦火が広がらないようにと、単身でこの基地に侵入し、ハーケーンの会長を逮捕しにいきました。ですが、作戦は失敗。私は封印されてしまい、世界は崩壊しました」
沈痛な思いを露わにして、ミラが巨大な扉を見つめる。どのような思いがその心に渦巻いているかは他人である俺にはわからない。1200年の時を経て復活したミラの本体は何を思うのだろうか。ふと、センチメンタルなことを考えて苦笑してしまう。俺には似合わない感情だな。
かぶりを振って気を取り直すと、深く息を吐いて落ち着きを取り戻す。どちらにしても、その想いはミラが持つものであり、俺には関係ない。辛かったら、そばにいてバームクーヘンでも奢ってやろう。
「プーさん、この先にいるであろう私の本体は既に正気を無くしている可能性があります、ですが、私が融合し元に戻るためにも殺してはいけません。無傷で制圧してください。ちなみに今のプーさんでも戦闘は厳しいでしょう」
その真剣な顔つきは、おふざけはないと語っていた。身が引き締まり、身体が緊張で強張る。そこまで真剣なミラは初めて見たかもしれないからだ。
「………大丈夫だ。俺には秘策がある。ミラの本体を傷一つつけずに制圧してやるさ」
『ソルジャー、わざと胸に触ったり、揉みしだいたりしたら許さないから。私は今日からラッキースケベ撲滅委員会の委員長になってんだからね?』
「………大丈夫だ。ミラの胸はライブラとは違うからな。触っても、あいたぁっ!」
なぜかローキックを繰り出すミラ。しなる鞭の様に蹴ってきてかなり痛い。少しは容赦という言葉を覚えてもいいと思うよ?
「では、プーさん。秘策を期待して扉の封印を解除します。さぁ、行きますよ!」
ミラが扉に手を当てると、魔法陣が明滅してパリンと砕けて消えていく。扉から封印がなくなり、ごぅんごぅんと重々しい音をたてて、開いていくと、部屋内の真っ赤に光る魔法陣が目に入ってきた。あれが、ミラの本体がいる場所に向かうことのできる魔法陣だ。
もはや躊躇うことはない。魔法陣にランピーチとミラが踏み込むと、テレポートが発動して転移する。
——そして、驚愕した。目を剥いて、目の前にある光景が信じられない。
「これは………こんなところに封印されていたのか?」
太陽もないのに、血で塗られたような真っ赤な空は今にも血が雨となって降りそうな不吉な天候だ。それだけでも気が滅入るが、そのような天気も地上の光景には敵わない。
元は草原だったのか、荒れ地であったのかわからない。地平線まで、大地は悪魔たちの死骸が延々と広がっていた。悪魔たちの血が沼地のように溜まっており、死骸が広がる中でも山となった頂上に一人の少女が立っていた。
戦乙女が身に着けるような美しき意匠の彫られた流線型の鎧を着込んでおり、片手に騎士槍を持ち、もう片方には円盾をつけている。天使の翼を生やして、神々しさを見せていた。本来であれば見惚れてしまうだろう美少女だ。
しかし今はまるで地獄を描いた絵画のような光景に、少女の姿はひどく不吉で死神のような存在感を感じさせていた。なぜならば全身は血に染まっており、騎士槍からはポタリポタリと血が滴り落ち、天使の翼も血により汚染されていた。
『ひえー! 私、合体していて良かったぁ。そうじゃなかったら、プルプル震えて動けなかったよ。なにこれ、地獄?』
脳天気な声が頭に響くが、たしかにそのとおりだ。俺も予想よりも遥かに酷い光景に身体が震えている。
「本体はここで戦い続けていたのか? 延々と? 1200年間も?」
思い出すのは、以前に俺も食らった無限に悪魔が生まれる世界。俺は脱出できたが、脱出手段のない少女は戦い続けていたのか。
ミラが真剣な表情となった理由がわかった。これでは少女の精神が壊れていてもおかしくない。いや、既に壊れているのだろう可能性の方が高い。少なくとも俺なら壊れている自信はある。
「これを無傷で制圧しなくちゃいけないのか? 恐ろしい力を感じるんだけど?」
内包しているその力も、今の俺に匹敵しているレベルだ。いや、俺よりも強いのかも。
「そうです。彼女を制圧し隙ができた時に私が融合するしか解決策はありません」
「ゲームでよくある展開だなぁ。8割のヒットポイントを削ってくださいとか、ゲームでは仲間にするのに必要な条件があるよな。でも、なんで? 満タンでも融合できないの?」
「正気ではない私は精神防壁も強固です。私が融合しようとしても拒否されると思われます。だからこそ、行動不能まで叩かなくてはなりません」
俺の右隣にミラが立ち、眉をしかめて深刻そうな声音で言う。面倒くさくて危険な手段だ。ゲームではこういった場合、失敗してロードをしまくったりするが、ここは現実。ロードはない。
それなのに、手加減をして戦わないといけない? 冗談だろ?
——だが、俺には秘策がある!
「正気を取り戻せば、戦う必要はないんだろ? ならば大丈夫だ。用意しておいた秘策を見よっ!」
こちらに気づいた少女がギギと錆びたロボットの様に俺達へと顔を向けてくるので、亜空間ポーチから秘策を取り出すと、神器のように掲げる。
「見よ! これぞ、時間停止しておいた作りたてのスフレだ! 本物のスフレはなんちゃってスフレと違い、できてからすぐに食べないと、膨張した空気が抜けてぺちゃんこになってしまう。時間停止を解けば、そんなスフレが食べれるんだ。もちろん、メープルシロップ、生クリーム、チョコレートソース、オレンジソース、トッピングにアイスも各種用意してある代物だ。この箱にはそんな貴重なスフレが12個入っている」
ドドーンと取り出したるスフレの入った箱だ。
「その舌触りは一口食べればシュワッと消えていき、甘みが口の中に広がり、パンとは違う不思議な味わいを与えてくれるだろう。どうだ? 正気に戻ったら食べられるぞ?」
ミラの本体を見て、うはははと笑う得意げな小悪党。その名はランピーチだ。ミラの本体ならば、この秘策に敵うわけがない!
——が、ミラの本体、面倒くさいのでホミラとあだ名を付けて、どや顔でホミラを見ると、ゆっくりとした足取りで殺気を漂わせて歩いてきた。
「あれぇ? 餌を前にした子犬のように尻尾を振って駆け寄ってくると思ったんだけどなぁ? 少し様子が違うよ?」
様子が変だよ?
「そんな方法で正気に戻るわけありませんよ。それで秘策はおしまいなんですか?」
「あ、はい。秘策終わりです……できたてのスフレって本当に美味しいんだけどな………」
追求してくるミラさんに耐えきれずに目を逸らす。うまくいくと思ってたんだよ。
「では当初の作戦通りに戦ってください。そのスフレは私が保護しておきますので渡してください、まったくもぅ、仕方のない人ですね」
俺の左手を引っ張って、非難のジト目をしてくるミラさん。ええぇ、そうなの? ここはスフレを出して、そんな方法で解決するんですかとライブラあたりにツッコまれる感じじゃないの?
俺の左に仁王立ちに立って腕組をして呆れた顔のミラへと気まずげにスフレの箱を渡す。この秘策、真面目に失敗すると、かなり恥ずかしいことがわかりました。
「ててーん、私はスフレの箱を手に入れた。わかってました! 頑張っていれば、このような隠しアイテムが手に入るって、それじゃ、戦闘頑張ってください」
ランランとスキップをして、離れていくミラたちを見て、嘆息すると身構える。
「それじゃ、決戦の前の準備運動といきますかね」
「アァアアァァ」
白目を剥いて虚ろなる亡者のように叫ぶホミラ。俺の戦意を感じたのか、あと数メートルといったところで、騎士槍を向けてくる。騎士槍の先端に小さな光玉が生まれたと思った瞬間に、光は膨れ上がって、巨人すらも呑み込むほどの大きさの光線が放たれる。
突風が巻き起こり、白光が空間を切り裂く。触れたもの全てを消滅させて、俺へと迫るその威力に息を呑み、右にステップをして回避すると、光線は悪魔たちの死骸を削り、大爆発を起こすのであった。
そして、俺の肩が少し焦げている。回避しきれなかったのだ。
「まずい威力だな、こりゃ」
ため息を吐いて、ホミラの力を見て気を引き締めるのであった。




