200話 真実と小悪党
イポスが消滅し、創られた世界が消滅し、元の世界へと戻ってきた。まるで、ステンドグラスが砕け散るように草原はひび割れて星空は消えていく。ランピーチたちの身体は一瞬揺らいだかと思うと、次の瞬間には建設途中のビルの中にいるのだった。
『ボス戦:イポスを倒しました。経験値12000取得』
「あれ? クエスト経験値は入らずか。氷と雷の精霊王を解放したのにケチくさくない? ドカンと経験値が入ると思ってたんだけどなぁ」
ちょっと、いや、かなりがっかりだ。これだけの強さでボス戦の経験値だけかぁ。
「それは後から清算するのに簡単だからです、プーさん」
ビルの影から狙っていたのか、コツンコツンと足音をたててフィクサーっぽく姿を現すミラさん。ふふふと微笑むその姿は得意げで幼気な感じもする。それにしても意味深なセリフを口にするなぁ、俺はそういうの嫌いなんだけど。
「後からの清算って、どんなんだよ。俺に正直に言ってくれ。もったいぶられても困るんだよ」
目を細めて、探るように睨むと肩をすくめて、ミラは手を壁際に向ける。そこにはミミとメイたちが座っており、なぜか逆立ちしているクリシュナがいた。なんで逆立ちしてるんだ、あいつ?
「逆立ちしても敵わないと謝罪の意味を込めてるんだ! なぁ、ランピーチさん、許してくれよ」
クリシュナのアホな謝罪方法がわかりました。
「お前………そんなに煽りたいのかと言いたいが、まぁ、許すよ。どうせ操られてたんだろうし」
「そっか、それなら助かるよ。それじゃ、僕はこれで、うん、待ってます」
もう一回睨むと、逆立ちを止めて正座になるクリシュナです。で、ミラはなにを教えてくれるのかな?
「残りの精霊王の解放です。これで、全ての精霊王が解放でき、この世界のエレメンタルストリームは正常に戻るでしょう。とりあえずお疲れでしょうから、コロニーに一旦戻りましょう。彼女たちの処遇も考えないといけませんからね」
「了解だ」
言葉少なに頷いて、俺たちはコロニーに戻り、ようやく一息つけるのだった。
◇
「で、一つ一つ片付けたいんだけど、どこから手を付ける?」
作戦室のソファに座って脚を組むと対面に座るミラを見る。結構色々なことを解決しないといけないと思うんだよな。
「深く考えなくとも大丈夫ですよ。残りの精霊王の解放の件、メイと三人娘の処遇、悪魔軍との決戦の用意、全てが繋がっています」
ミラが俺を見て、いや、脚をほどいて膝の上に乗っかるメイを見て言う。メイはかなり怖かったのか、親猫にしがみついて離れない子猫のようにべったりだ。ミミは戦闘があったことなど忘れたように俺の頭の上に登るとスヤスヤと寝始めていた。
「繋がっているってどういう意味だ?」
壁際に正座をしておとなしい三人娘とクリシュナ。残りの精霊王への道を誰かが知っているというわけか?
「いえ、光の精霊王ならばそこにいるではないですか?」
「どこに?」
「プーさんの膝の上に」
あっけらかんと告げるミラだが………なんだって?
「もしかしてメイが光の精霊王なのか!?」
さすがに驚く俺に、ライブラが持ってきたオレンジジュースを飲みながら頷くミラ。
「そのとおりです。彼女は幼女の魂と光の精霊王、そして3体の時を司る悪魔が融合した存在なんです。人間ではありません、人工精霊なんです」
まったく躊躇うこともなく、ミラは世間話でもする様に話す。
「——そして、闇の精霊王はプーさん、貴方の魂に融合しています。『精霊ポーション』を飲んだ日に貴方の記憶は上書きされて、『地球図書館』が用意した素体を利用して『宇宙図書館』が予測演算した未来へと進むことを決定づけられました。唯一こちらが掌握していた闇の精霊王を、あなたがステータスリセットした時にその体に融合させたのです。ステータスリセットとは即ち人工精霊を創ることでした」
ピンときた。ステータスリセットはやり直しを行える唯一の選択肢だったが、人間の意志を無視して改造はできない規則に縛られた『宇宙図書館』が用意した罠だったのだ。
なるほど、悪辣だなぁ。
その声は無慈悲にも聞こえ、どこか世界の外側から聞こえてくるようだった——。
◇
「悪魔戦争当時、私たちはこれ以上の被害は出せないと考えました。不滅たる悪魔と人工精霊のいつ終わるとも知れぬ戦争はこのままいけば、地球が崩壊し、資源をなくした人類は滅亡するだろうと予測されました」
「まぁ、そうだろうなぁ。悪魔側は世界創造? をできるけど、こっちはできないしな」
淡々と語り始めるミラに、ふむと頷く。
「そこで人類側がとった方策は一つ。悪魔側に負けたと見せかけて、地球の強制封印を行い、長い年月をかけて、不滅の悪魔を倒し、精霊力を正しい流れに戻せる存在を創ることとしたのです」
オレンジジュースで口を湿らせて、真剣極まる表情でミラは語り、ライブラは眠そうに俺の方に寄りかかっていた。眠そうというか寝ていた。もはやサポートキャラの役割を諦めた模様。
「それが俺だってのか? 他の世界からの転生者が? 俺って選ばれたのか?」
「えぇっ! 僕もだろ? 照れるなぁ、あ、サインいるか?」
選ばれし勇者とか、かなり照れるね。そうか、異世界転移勇者かぁ。ランピーチとクリシュナはデヘヘと気持ち悪い笑みを浮かべるが、ミラはバッサリと切ってくる。
「いえ、違います。それは偽りの記憶なんです。超演算能力で予測された未来を記憶に入れられ、それを元に作り出された偽りの人格。ゲームだと思い込み、恐怖することなく戦える存在を作り出すための措置でした。ゲームだと思っていた内容は高度な予測演算により発生するだろう未来の内容だったのです」
なぜかその言葉は深く心に入り込み不吉な匂いをさせてくる。嫌な予感。考えてはいけない内容。
「………待て待て、とすると俺はポーションにより作り出された………人工精霊が肉体を奪い取ったのか? 記憶を上書きして?」
転生者ではない? え、俺も人工精霊だったのか?
「そのとおりです。人の肉体と魂を利用した人工精霊、それがランピーチ・コーザという存在なんです」
ミラの言葉はどこか遠くから聞こえるようで、それていて真実だと俺は悟る。
——そうか、俺も人工精霊だったのか。
「ま、待てよ! 僕は他の世界からの転生者なんだ! だって………僕が人工精霊? だって血も流れているし、この通り感情だってあるんだ!」
クリシュナが顔を真っ青にして立ち上がり、必死の形相となる。気持ちはわかる。自身が人工精霊だとは思いたくないだろう。これはあれだ、自身が人間だと思っていたら、実は高性能のアンドロイドだった、みたいな話だ。
「安心してください。『地球図書館』は『ルナティックライブラリ』にこの作戦がバレることを考えて、囮の精霊戦士を用意することとしました。クリシュナさんは記憶を上書かれた普通の人間です」
「そ、そうか。あっと記憶を上書きされたのは、なんというか、怒ってもいいのかなぁと思うが………」
安堵したクリシュナが気まずそうに俺を見てくる。そうだな、クリシュナは人間、そして俺は?
「俺は人工精霊というわけかよ」
「そのとおりです。もっとも優秀な超能力を持つ人間を素体にする必要がありました。そしてその対象に選ばれたのが、朱光新という小悪党だったんです」
「なるほどねぇ。道理で俺はひどく簡単にレベルアップしていったわけだ。俺からしても、人間とは思えない早さで強くなっていったからな」
人外レベルからはさらにそうだ。短期間で異常に強くなり、並み居る高位悪魔たちを倒せる人間がいるわけない。俺とライブラは二人で一つ。ノルンと同じような存在だったんだな………。だから神霊融合をしても獣の欠片が身体に現れなかったわけだ。
「計画は成功しました。新たなる人工精霊は規格外の力を持ち悪魔たちへの切り札となりました。遂には精霊王も解放ができ、チェックメイトとなったんです。1200年の間に、気が遠くなるほどの予測演算を行い、億を超える未来予測の中から、適した未来を選び取る作戦は成功です」
「そうか……話はわかった。で、メイはどうすれば人間になれるんだ?」
パンと手をうち、ミラへと問いかけると、珍しく焦った顔になる。なにか変なことをいったかな?
「えっと、自身が人工精霊だとわかったんですよ? ここはアイデンティティがぁとか、俺は人間だぁぁぁぁっとか、混乱しないんですか?」
「え? 酒も旨く飲めるし、飯も美味しい。ぐっすり眠ると気持ち良いし、エロゲフンゲフンだってできるんだ。なにより血も流れるし痛みもある。こんなの人間と変わらないだろ。なにかショックを受けるところあるのか?」
簡単に強くもなれるし、お得じゃね? 人間とはなにか? 脳があれば人間なのか? 回路チップに人間の記憶が書き込まれているロボットはどうなる? どこからどこまでが人間か境目なんて誰もわからないし、今の俺はそんな禅問答には興味はない。
小悪党は日々を平和に暮らしていければ良いのだ。だから寝ているふりをしているライブラよ、まったく気にしていないから緊張するな。
「……そうですね、プーさんはそういう性格でした。メイは光の精霊王を核としていますが、肉体と魂は人間のものです。理を砕くプーさんの次元拳にてそのつながりを断てば、メイは人間へと変わります。これからは成長もしていくことでしょう。三人娘は元々悪魔なので、人間には変えられませんが」
「それは簡単なことだな。三人娘もそれで良いか?」
「もちろんっす!」
「問題はない」
「メイ様が人間になることは望外の喜びです」
3人娘は喜びの笑顔で頷き、メイはコテンと首を傾げて、話がよくわかっていないようだった。
「んと、どーゆーことでしゅか?」
「俺の正式な子どもになるってことだ」
「なりましゅ! あたちはお父様の子ども〜」
花咲くように満面の笑顔で喜ぶメイ。その笑顔に優しく頭を撫でてやる。
「それじゃ、早速光の精霊王を解放するとするか」
掌にエネルギーを集めて、次元拳を使おうとすると、ミラの思念が飛んてくる。
『良いのですか? 光の精霊王の力を使えば、闇の精霊王の力を分離できます。プーさんは人間になれるチャンスですよ?』
『その代わりに、メイは人間になれない。そうなんだろ?』
『そのとおりです。そして、これがラストチャンスです。光の精霊王を解放すれば貴方はその力も取り込んで、最強の精霊王となるでしょう。以降、同じように光の精霊王を作っても、その力は貴方を下回っているので、貴方を人間に戻すことはできません』
本当に俺のことを心配しているのだろう。その気持ちはありがたいが、選択肢は一つだ。
『子どもを助けるのは、いつだって大人の役目なんだぜ? 知らなかったか?』
『——そうですね、貴方はそういう優しい人です』
ふわりと優しい笑みとなるミラ。そして寝たふりしながら俺の胴体をきつく抱きしめるライブラ。
そんなに気にするな。俺は楽しく生きていけるからな。それに『宇宙図書館』には……おっと、よけいな思考はしないでおこう。
そうして、俺はそっとメイの頭に手を乗せて、メイの魂から光の精霊王を解放するのであった。
◇
『全ての精霊王の解放に成功しました! 経験値100000を取得しました』




