181話 謀略の悪魔と小悪党
オセの上から目線に、ふむと私は感心します。このミラの能力を短時間で見抜かれるとは正直予想してませんでした。
「さすがは達人。私の剣筋からトレース能力を見抜くとは、なかなかの目をしてますね。………私の本体とも会った事があるのですか?」
ツッと目を細めて真剣な声となる。本体と出会った敵は要注意。なぜならば生き残っているからです。
「うむ、あの暴虐の魔王とも強欲の魔神とも言われた破壊の女神は戦場でその戦いぶりを観させてもらったことがある。当時は私はまだ悪魔の肉体を手に入れておらず、装備も派遣兵の安いものだったゆえに見逃されたのだ」
「なるほど、本体と出会って生き残る悪魔は強敵なのですが、そのような事情ならわかります」
「ふふ、当時の私はあの強さに憧れた。彼女が持つ強い光に心を鷲掴みとされ、強さを、誰にも負けぬ強さが欲しいと願ったものだ。その後は悪魔に選ばれる程に強くなった」
当時のことを思い出しながらオセは語るが、すぐに私へと視線を戻します。その目には蔑みと哀れみが混ざってますね。
「彼女を模した人工精霊なのだろうが、トレース能力如きでは遠く及ばぬ。疾く、その偽りの英雄を倒してやろう」
「トレース能力を馬鹿にしてもらっては困ります。この剣筋は既に貴方と同等なのですから」
二刀を持って、オセが初めて攻撃に移ります。翼を広げるように、両手を水平に上げると、猛禽が獲物を狙う瞬間のように、間合いをたった一歩で詰めてくる。
私も対抗してミリオンブレードを構えると迎え撃つ。
「しっ」
「ふっ」
お互いの呼気が小さく吐き出されて、その身体がかき消えると、刀だけが二人の狭間に現れる。先端が突き出されて、ヂヂイと虫が鳴くような細かい金属音と小さい火花が線香花火のように散っていく。
他者から見たら驚異の光景であったといえよう。息を合わせて、タイミングを計っても難しいはずなのに、細く点のような刀の先端がぶつかり合い、お互いの攻撃を相殺していたからだ。しかも一撃ではなく、無数の残像を残して同様の光景があった。
ミラとオセがいるはずの場所につむじ風が巻き起こり、高速で姿を見せずに攻撃をしていた二人の跡だけが残る。
永遠とも言える刀のダンスは、されど一撃が弾かれたことにより、その天秤が偏る。
━━━ミラの方へと。
「私のトレース能力はオリジナルを上回ることができるんです」
たった一撃を弾いただけだが、その一撃だけでミラには十分だった。ほんの少し、人外の達人でなければ気付けない僅かな体勢の揺れ。だが、ミラには見えていた。
「ていていてい」
僅かな隙、時間にするとコンマの世界でミラはオセへと猛攻をかける。迫る刃はオセの身体を引き裂き、戦闘は終了ですねと、ミラは予想していたが━━━。
「自身に上回られるとは、なかなか新鮮な体験だ」
『木の葉舞い散り、刃閃く』
オセの刀に魔力が集中すると、閃光を放ちミラの突きはオセの眼前に生まれた光る木の葉に妨げれられてしまうのだった。
だが、私はまったく動揺しません。
「私の攻撃を防ぐために魔法を使いましたね。致命的なミスと告げましょう」
『木の葉舞い散り、刃閃く。吹き荒れる嵐のように』
オリジナルの『力ある言葉』に、さらなる一節を加えて解き放つ。光る木の葉がミラの前に現れると、暴風が吹いてオセへと襲いかかる。
ミラの予想だとオセはこの攻撃に耐えられない。細かい肉片となり地面に落ちると思っていたが━━━。
「オリジナルを上回る、か。たしかに無敵の能力に見える。だが━━━」
余裕を見せる言葉が吐かれて、嵐に立ち向かうように突風がオセから巻き起こると、刃の葉は全てガラスのように砕け散り、暴風はそよ風のように押さえられて霧散した。
そして、後には二刀を下げているオセの姿があった。
「むむっ、これは!? 防げるはずがないのに、防げた?」
トレースしたオセの剣では完璧でした。完全に倒すことはできなくても、大ダメージを与えられるだろうと予測していたはずなのに、かすり傷一つ与えることができないのは予想外です。
「そなたの力は確かに脅威だ。しかし、たった一つ弱点がある。それは━━━」
動揺してしまう私へとオセが摺り足で詰めてくる。想定を超える敵の動きを見逃すまいと、トレースを開始して私は斬りかかる。
だが、先程はオセの刀を弾けた一撃が今度は先端が触れるとするりと滑らかな動きで流されてしまった。そうして、身体が泳いだ私の肩に鋭い痛みが奔る。
「くっ!? 腕が上がっている?」
切られたと思った瞬間にバックステップをして下がるが肩からは鮮血が流れていく。すぐに出血を押さえて、傷を治してしまうが、一撃を受けたのが問題です。僅かに敵の動きが変わっていることを示しているのだ。ステータスも上がっているようです。
「そのとおりだ。某の身体は未だにオセの力が完全に馴染んでおらぬ。今、この時間でも肉体は強化され、それに伴い某の剣の腕も上がっていく」
「く………。なるほど、常に初見の攻撃となるわけですか。たしかにトレース能力の天敵ですね………」
そういえば悪魔たちは未だに完全体ではないと『宇宙図書館』は解析していました。寝ることにより、体に馴染ませていると。起きてても同じことができるとは予想外です。
「ご忠告ありがとうございます。刀での戦闘は不利だと言うことは理解しました。ですが私のトレース能力は目の前の敵の能力を模倣するわけではないのです」
ボティスからトレースした氷の言葉を口にして、魔法で対抗しようとして、ハタと手を止める。
あ………ここで魔法を使うとウァプラにエネルギーを吸収されちゃいます。使うわけにはいかないんでした。
「魔法を使おうとして思い出したようだな! ここではそなたの魔法は使えぬことを!」
「むぅ、プーさんがウァプラを倒すまでは刀での戦闘にするしかないということですか」
口元に薄笑いを浮かべて、オセが剣撃を繰り出してくる。その鋭い斬撃は、私がトレースをしていっても、常に鋭さも速さも上がっており、完全にトレースはできない。
常にトレースをしていくことで、剣術は僅かな差でいるが、徐々に切り傷が増えていく。予想外のことに私はゴーヤを食べた時のように苦々しく口元を引き締める、
(まずいです………このままでは負けてしまいます。この肉体は人工精霊の中でも特注品。破壊されたら修復には途轍もない時間がかかってしまいます)
刀を交差させ、立ち位置を入れ替え、ミラとオセの激しい戦闘が続く。ウァプラの肉塊でできた壁や地面が切り裂かれていき、お互いの残像が後に残っていく。
「小手先の技でここまで耐えるとは、その強き意思は天晴と褒めてやろう。だが、それもここまでだ!」
オセの刀に急激に魔力が収束していく。必殺技にてミラを倒そうとしているのだ。しかも隠していたのか、身体能力も跳ね上がっていく。
この差を防ぐことは無理だと悟る。このままでは倒されてしまうだろう。
(く、仕方ありません。やりたくなかったのですが、倒されるわけにはいきません)
ミラが苦渋の決断をすることを決意したと同時に、オセは後ろに下がると二刀を鞘に納めて、居合の構えをとる。
「終わりだ、偽物よ! 某の必殺技を受けよ!」
『異なる道が交差する時、死の道へと変わる』
オセが脚を一歩踏み込む。ただしそれだけであったのに、音もなく地面が割れて、ウァプラの肉塊が消滅して、渓谷のように深い溝が生まれる。分断されたウァプラの肉塊から霧のように鮮血が吹き出して、辺りを濡らす中で、オセは既に二刀を抜刀していた。
オセの単純にして強力な刀技。単に相手を斬るだけに特化した必殺技である。
「これにて仕舞いだと思っていたのだが………お主も切り札を持っていたか」
残心を解いて、オセはミラの死を確認することなく苦笑する。
「そのとおりです、オセ。私の備えていたリソースを解放させるとは、褒めてあげます」
鮮血の霧が舞う中で、消滅したはずのミラの声が聞こえると、空から降り立つように地面にトンとミラが足をつけて現れた。
黒髪をかき上げて不機嫌な表情で、苛立ちを見せていた。オセが必殺技を使う時、仕方なく、涙ながらに、歯を食いしばり、他のスキルに割り振っていたリソースを解放させて、身体能力に回したのだ。
その身体能力は先程とは比べ物にならない。スーパー小悪党レッドに変身した小悪党さんに近い身体能力だ。
その上昇した身体能力をオセもミラが放つオーラにて感じ取れるはずなのに、なぜか余裕を崩してはいない。
「それは重畳、某の役目は果たせたということだ」
「む? それはどういう意味か教えてもらっても良いでしょうか?」
嫌な予感がよぎり、私は問いかけようとして、舌打ちすると、くるりと身体を回転させて、後方へと構えを取る。
「貴女は『宇宙図書館』の管理人でしょう? その貴女の権限を解除することが目的でしたの。正直上手くいくかは賭けでしたが、どうやら上手くいったようですわね」
暗闇の中から、お洒落をした女の子の人形が空を浮遊しながら姿を見せて、ケタケタと腹話術人形のように口を動かして笑う。管理人ということがばれていることに舌打ちしつつ話を聞く。
「思念にて、色々とやり取りをしていてな。ハーケーンの勝利に必要とのことで試してみたのだ」
「くっ、侍にあるまじき卑怯さですね。見損ないましたよオセ」
「侍は常に謀略を巡らせておるのよ。まぁ、演技をしたのは確かだが」
悔しいが当たっている。私はリソースを確保するためにリソースの7割を占める最重要のスキルを解除してしまった。戻すには時間がかかる。このダンジョンに何個の罠を仕掛けていたのでしょうか
「では、某は迎えも来たようだし、去らせてもらおう。次は某も完全にオセの力を取り込んだ状態で戦いたいものだ。できれば偽物ではなく、本物のそなたとな」
「あははは、貴女が悔しがる未来が見えたけどそのとおりになったわ。これなら『宇宙図書館』の動きを止めることができそうだ。それじゃあね」
人形がオセに近づくと、魔法陣が生み出されて、空間転移をして消えていくのだった。
悔しげに地団駄を踏みながら私は泣きそうになる。敵の思惑通りにスキルを解除してしまったのだ。これからの私の行動に大きく制限がかかるのは間違いない。
(むぅ、7割のリソースを使っていた『プーさんがお菓子を出したらその場に転移』するスキルが使えなくなってしまいました。これは致命的です。絶対に許しませんよ、オセと人形さん!)
憎々しく空を見ながら、ミラは再度ハーケーンを滅ぼすことを強く誓うのだった。
ちなみに『宇宙図書館』の管理リソースは1%も使っていなかった。
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