178話 ウァプラ侵入と小悪党
━━━5日後。
ウァプラ討伐のために、ランピーチはウァプラの中核へと続く大扉の前にいた。その隣にはずらりと完全武装のうさぎたちがおり、小野寺家もバッカスを先頭に精鋭が揃っていた。
この精鋭はうさぎたちを含めれば、地上街区を制圧できるだけの戦力があるといえよう。そして、その戦力を投入しなければならないレベルのダンジョンを前に、兵士たちは緊張を隠せずに厳しい顔だ。
うさぎたちは座っており、お互いに毛づくろいをしているので、その緊張感もかなり薄まっていたが。
「今回のウァプラ討伐は我ら小野寺家とランピーチ殿との共同作戦となる。くれぐれも迂闊な行動を取らずに、最大限の注意を払うように。無駄に命を散らすでないぞ。お前らの家族も恋人も誰も喜ばんからな! そして、この作戦がうまく行けば、貴様らは想像もつかんほどの報酬が手に入るだろう!」
「おぉ〜! バッカス様、バンザイ」
「小野寺家に栄光あれ!」
「ボーナス数ヶ月分とかしょぼい報酬ではないと宣言してください!」
バッカスが代表として宣言し、ゴツい籠手に覆われた手を掲げると、兵士たちが同じように手を掲げて歓声をあげる。想像もつかんほどとは大袈裟だとは思うが、空気を読んで叫んでいた。そして、最後の発言者にスッと目をそらすバッカス。兵士たちはそれを見て、やっぱりその程度かと内心でがっかりするのであった。
「それではランピーチ殿もなにかあるかね? 今日はやけに重装備だが」
バッカスは胡乱げな視線となる兵士たちをスルーして、ランピーチへと声を掛ける。
ランピーチは初めて見る精霊鎧を着込んでいた。まるで鉄の塊の様に全身を分厚い装甲で覆う全身鎧で、目すらもバイザーで守られており、その中身を窺うことはできない。
正直動くことも難しそうな装備で、それだけこの中は危険なのだろうとバッカスは気を引き締める。
ランピーチはコクリと頷くと、ガションガションと重たそうな足音をたてて、前に出ると口を開く。
「この戦いはとっても厳しい。なので、この作戦が終わった暁には有給一ヶ月、人参畑の人参取り放題、親分にいつでもブラッシングして貰えるフリー券をうさぎたちに与えると誓おう!」
「きゅーきゅー! やる気出てきたうさ!」
「親分ばんざーい。うさは頑張るよ!」
「ブラッシング楽しみうさ!」
「オーちゃん、かっこいい!」
その宣言を聞いて、やる気なく毛づくろいをしていたうさぎたちが耳をピンと伸ばして、きゅーきゅーとちっこいおててを掲げて、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。ランピーチも合わせてぴょんぴょんと飛び跳ねて、ガンガンと床を凹ませていた。
「………どうやらうさぎたちの心を掴めたようだな、ランピーチ殿」
どことなく釈然としない違和感を感じるバッカスだが、戦闘前で緊張しているのだろうとかぶりを振って、ランピーチに声をかける。
「うむ、それでは出発する。全員、うさについてくるように。俺についてくるように」
重たそうな重装鎧で、えっちらおっちらとランピーチが歩き出し、バッカスたちも大扉を潜り抜ける。先は暗く、大扉はまるで怪物が開いた大口のように兵士たちを呑み込むのであった。
◇
死せしウァプラは無限に再生する鉱山だ。鉱石が無尽蔵に採掘できて、死骸の中のため魔物も発生しない夢のような場所である。
しかし、その夢のような場所は今や悪夢の洞窟へと姿を変えていた。硬いはずの岩盤は脈打つ肉塊となっており、赤黒い肉塊を踏むと、ぐしょりと肉を踏む嫌な感触が返ってくる。空気もどことなく腐ったような匂いがして、光源が届かない闇にはなにかがコソコソと走っていく。
人間の精神を病ませるために作られたような光景に、兵士たちは口を噤み落ち着きなく懐中電灯で周囲を照らしながら歩いていた。
「気が滅入る場所だの。このような侵食、いや、復活が外の区域に拡がれば大騒ぎになるぞ」
この中央区域以外には大勢の人々が住んでいるし、小野寺家の中核技術がある研究所や、工場なども備えているのだ。それがウァプラの復活によりなくなったら、小野寺家は崩壊する。その未来を予想して、バッカスは顔を顰めて、手に持つ砂塵の斧を強く握り締め己を鼓舞する。
ランピーチから貰った斧は今まで見たことのないほどの魔力を内包しており、この斧があればどのような敵をも倒せると、バッカスに信頼感を与えていた。
「この侵食率。だいぶウァプラの復活が進んでいるに違いない。早々に防げねばならぬ。某が必ず防ぐ!」
「某? なんかお主口調が変わっとらんか?」
「某って、かっこいいと思うの。拙者の方が良いかなぁ? ………それはともかくとして、お出ましだ」
なにかランピーチが変じゃないかと疑問に思うバッカスが怪訝な顔を向けるが、ランピーチは前方を指差し、その方向を見てバッカスは気を取り直す。
「うぁぁぁ」
「うぅぐくぅぅ」
「アァぁぁ」
ランピーチが指差した先には調査のために侵入し、行方不明となっていた兵士たちの変わり果てた姿があった。ボロボロの精霊鎧を着込み、肉は抉れて白い骨が覗く。顔の半分が齧られている者や、内臓が存在しない者など、明らかに死んでいる者たちだ。
「………ここで死亡しゾンビとなったのか? しかし━━━ゾンビというものは自然発生などせん。そうでなくてはこの世界は既に不死者が蔓延していただろうからな」
スラム街などには死体がゴロゴロ転がっている。しかしゾンビになったとの噂は聞いたことはない。それは死体が魔力に満ちても、なにも変わらないということなのだ。それはダンジョン内であっても。
それなのに、ゾンビが発生しているということは即ち━━━。
「ネクロマンサーがいると。死者を操る冒涜なる魔物がいるということかね?」
うめき声を上げてよろよろと歩くゾンビたちの背後から、揺らめくような朧のような不快な声が聞こえてきた。ゾンビたちのうめき声の合唱よりも小さな声ではあるのに、滑り込むように人々の耳に入ってくる声に、ゾッと背筋が凍るような感覚を受けて、皆が警戒して身構える。
「リッチか! 厄介な魔物が守っておったのか」
バッカスが厳しい目を向けて歯軋りする。リッチとは、死者を蘇らせて無限の戦力とすることができる災害レベルの魔物だ。バッカスもその魔物は知ってはいるが見たことはない。大昔に討伐されたとの記録があるだけで、その力は地上街区の戦力の3割を削られたと聞いている。
禍々しい魔力で練り上げたローブを羽織り、骨を集めて作り上げた杖を持ち、フードを被った顔は肉片一つ無い頭蓋骨であった。一歩、また一歩と歩くたびに、地面の足跡は腐っており、腐臭が漂う。
死者の王リッチ。伝説の魔物の王がそこにいた。
「ラビットミニカノン発射うさー!」
そして光の粒子に覆われて吹き飛んだ。大爆発が起こり、リッチがけし飛ぶどころか、ゾンビすらも消滅した。
「いやっふー。見たうさ? 親分から特注で貰ったカノン砲うさ。これでテテはいつでも大砲撃てるうさよ」
土管のような大砲を持ったうさぎが喜び飛び跳ねていたりした。うさうさと尻尾を振って、スンスンと鼻を鳴らして、大喜びだ。
「えぇ~、儂らの悲痛な想いは………元は部下であった哀れなる死者たちと新武器を振るい戦う悲愴な姿は?」
バッカスが肩を落として胡乱げな視線をうさぎに向ける。
「ヒャッハー、装填するうさ。まだまだ予備弾はたくさんあるうさよ。えっと、ここを開けるんだったっけ? ボタンを同時に? 装填面倒くさいうさ……。この外れちゃったネジはなにうさ?」
おすわりして土管砲を分解し始めるうさぎ。二発目はなさそうだとも内心で兵士たちは思う。
「ま、まぁ、地下街区の戦闘力を見られただけでも━━━」
「くくくく、予想通りだ。最初の一体は切り札的攻撃であっさりと倒されるだろうとな」
「我らが一体だと誰が言ったかね?」
「いきなり倒される。我らの主はそんな展開も予想していた」
だが、再び同じ声が聞こえてきて、バッカスたちは目を剥く。眼前には倒したはずのリッチが奥から歩いてきていた。しかも一体ではない。中隊相当の数だ。
「リッチの軍団とはな………。少しこのダンジョンを甘く見ていたか」
これからが真の戦闘となるだろうと、バッカスたちは再度気を引き締める。テテと名乗るうさぎは、あれぇと首を傾げて、ビヨンと跳ねたバネを手に持っていた。頼りにならないことは間違いない。
「さぁ、貴様らの死体を新たなる我ら死の王が眷属としてやる」
「死の王がたくさんおるのか? おかしくないのか」
「黙れ。王たちが連合を組むこともある。となると王が大勢いてもおかしくないだろうがっ! 理論武装は完璧なのだっ!」
どことなく情けないリッチたちに、多少気を抜きつつ、バッカスは斧を振り上げる。
「なら、これで滅びよっ!」
『砂塵烈』
バッカスの振るう斧から、魔力の込められた砂塵が発生すると、リッチへと襲いかかる。既に試したことがあり、その砂塵はあらゆるものを削りとることを知っている。硬度を上げる魔法付与された戦車すらも氷が溶けるように消滅していったのだ。
「舐めるなよ、ドワーフ如きがっ! 我の魔法を見よっ!」
『地獄炎』
地獄の竈から炎を呼び出し、リッチが砂塵を迎撃する。砂塵と地獄炎がぶつかり合い、魔力の対消滅が巻き起こり、爆風が突風となり、周囲へと吹き荒れる。
「バッカス様に続け〜!」
「やってやる。いくらリッチだって!」
「我ら人間の力を思い知れ!」
兵士たちもすぐに魔法を放ち、剣を抜くと斬りかかる。
「うっさー! うさたちも参戦うさよ!」
「かかれー、かかれー!」
「撃ちまくるうさ!」
むふーと興奮したうさぎたちも銃口を向けて引き金を引く。
炎や氷の飛礫が飛び交い、光線が壁を抉り、銃弾が敵を貫く。
一瞬で激しい戦場へと変貌し、爆発音が響き、膨大なエネルギーにより、地面が震動する。
「くかかか。貴様らの戦力を削れと言われたが倒しても構わないだろう。ここで死ねぇっ! げひっ」
高笑いするリッチの頭が銃弾で砕かれて、サラサラと身体が砂となる。しかし、新たなるリッチが後ろから現れて補充され、いつ終わるのかわからない激戦となるのであった。
「誰か組み立てて〜。おやぶーん、直して〜」
どこかのうさぎがバネを手にして、クスンクスンと泣いてもいた。




