175話 かんわ ミラのほんとうのいちにち
「『超越』スキルが発動していないようなんだ」
朝食を食べた後に、コーヒーを飲んで寛いでいると、プーさんが不思議そうな顔で尋ねてくる。敷いている座布団がバタバタと暴れるオカルトめいた中で、私はふむんと顎に手を当てる。
リビングルームには私とプーさん、そして暴れる座布団しかいません。チヒロさんはお仕事に。幼女二人は遊びに、この地区に作られた仮設学園に少女たちがいったので、暇な人は私たちしかいません。いえ、私は暇ではないんですけどね。
プーさんは手をワキワキとさせて、ステータスが変だと首を傾げていますが、私にとっては当たり前の話です。
「それは当然かと。『超越』は人の限界を超えて、神を超え、悪魔を超えて、小悪党が使うスキルです。最後は逮捕されて、牢獄の中で牢名主をして畳の上に座ってエンドですね」
「小悪党エンドは炎上しそうだな。で、簡単にいうと?」
「プーさん一人では『超越』には耐えられません。『神霊融合』を使用しなければ、細かなステータス上昇はともかく、これ以降のステータスの大幅アップは無理です」
「むむ、ステータス表記がバグってるってことにならないか? 俺のステータス表記では10倍表記なんだけど?」
「まぁ、そこはそのままで良いかと。もはや、人間には辿り着けないレベルのステータスなんですから2倍も10倍も変わりませんよ。それよりもおやつの時間はまだでしょうか」
「ミラさんや、朝食を食べたばかりでしょ」
空っぽになったコーヒーカップを見て、悲しげに俯く美少女を見ても、ボケ老人扱いする気の利かない小悪党さんは私の言葉に納得して、ウンウンと頷く。
「そっかぁ。ゲームだと違ったのになぁ。それを言ったら『神霊融合』なんか無かったけど」
「そ、れ、は、私とソルジャーは運命を超えた出会いということさーっ!」
座布団がグググと私を持ち上げていく。おぉ、驚きです。ステータス3で私を持ち上げるとは、奇跡を使えるようになりましたかね?
「ふんぬー! といやーっ!」
女の子の可愛らしい気合の声が響き、私はコロリンと転がされた。座布団がずりずりと這い出てきて、私を睨む。
「なんでさっきから私を座布団扱いするのさ!? ひどくない? 私の朝食はぁ〜」
座布団はなんと人工精霊ライブラでした。驚きですね。なぜかプンスコ怒ってます。
「本当に理由を言っても良いですか? 昨日のことを思い出せますか?」
軽く息を吐いてジト目でライブラを睨むと、うん? と小首を傾げて頰に指をつけて考え込む。
「昨日は………古代の漫画を読んでたよ。公園前の警官って、未来予知ができるようにアイデアをぽんぽんと出してたね。あれって、漫画じゃなくて、特許を目指せばお金持ちになれたのに、もったいないと思ったよ」
「素敵な感想ありがとうございます。エレメンタルストリームの流れを確認し、悪魔の拠点を探しましょうと私は言いませんでしたっけ?」
わかったと元気よく答えて、目を離した時には既に漫画本を積んで寝っ転がり、笑って読んでた人工精霊がいたんです。
「あ、あぁ〜、ほら、情報を精査してたらね、古書店データを見つけたの。そうしたら、気になる漫画があってさ。全部読んでから仕事をしようとしてたんだよ? 本当だよ?」
「何冊あるか言ってみてください。私の目を見ながら答えてくれると、私も微笑み返すことができるんですけど」
『宇宙図書館』の知識蔵にアクセスできるのは私とライブラだけなのだ。
「私、コウメたちと鬼ごっこする約束思い出したや! 朝食の一食や二食、抜いても気にしないさ!」
目を逸らして、すてててと走り去るライブラを見て、疲れたように息を吐く。
「なんというか、ライブラだなぁ。あいつ日に日にサボりが多くなっているぞ」
「ライブラですね。彼女はメモリーのない1から創造された人工精霊なのに、どの人工精霊よりも人間らしいですね。しかも駄目人間です。小悪党さんの影響を受けすぎています」
「えー、俺のせいかぁ? 元からああじゃなかったか?」
ソファに寝っ転がり、隅に置かれていた漫画本を手にすると読み始める小悪党さん。皆さんが働いている中で、実に優雅に過ごしてます。
「俺は仕事をしてるぞ? ほら、皆の朝食作ったし」
「働かないニートの言い訳みたいなセリフですね。たまにお風呂掃除とか洗濯をして、俺は仕事をしてるしとか、痛い言い訳をするんです」
「俺は金を稼いでいるから良いの。それに真の金持ちはコーヒーを飲んでる間も大金を稼いでいるんだぜ?」
ライブラと違い、プーさんは全く罪悪感を抱くことなく、けろりとした顔で答えてくる。気まずさというものはなさそうです。
「それよりもミラは誰かのメモリを元にしてるのか? もしかして元人間?」
「もう少し深刻な表情で真面目な会話を求めてください。今日の夕食は何を食べたいか聞いているんじゃないんですから。夕食はぶりしゃぶにしてください」
「また、渋いメニューを頼むなぁ。まぁ、いいけどさ」
なんだかんだいって、私にも甘いのでプーさんには見どころがあります。それにしても元人間ですか………。
「実は私はメモリではないんです。肉体はまだ生きてます」
かなり強くなったプーさんには教えて良いだろう。少し真面目に答えると、きょとんとした顔にプーさんはなる。予想外だったようです。
「それは━━━肉体は時間停止カプセルとやらに眠ってるとかなのか?」
「いえ━━━古代精霊戦争時最強を誇っていた私は戦闘中に巧妙な罠により封じられました。封じられる寸前に意識だけを分離して、『宇宙図書館』に人工精霊のアバターを用意してもらったんです。なので、半分人工精霊、半分人間ですね」
「巧妙な罠?」
「はい、ここでは言えませんが、巧妙な罠でした。でも、あれから長い時間が経過してますので、本体が封印から解けても、以前の自分ではないでしょう。夢の世界の自分と分離した実体みたいな感じですね」
あれは思い返すに巧妙な罠だった。いつでも抜け出せると油断していたのがいけなかったのだ。
遠い目をして悲しむ私に、さすがのプーさんも気まずさげに頰をポリポリとかく。
「あー、すまなかった。封印は解除できるのか?」
「そこはもう少し後で、時が来たら説明しましょう。今は私は封印されし肉体があるとだけ覚えてもらえれば結構です」
薄っすらと微笑む儚げな私です。まさに薄幸の少女。なぜか、プーさんの目には疑いがありますが巧妙な罠だったんです。
「まぁ、それはそれとして仕事をするとしましょう。昼食はピザでお願いします」
コロニーに帰るのも面倒くさいので、ピピッと宙に指を踊らせる。半透明のボードが現れて、このエリアの全体マップが映し出された。ランピーチシティだけではなく、地上街区も含まれたマップです。3Dマップで見れるので、外から見れる場所ならば全て丸裸だ。
これからが私の仕事の時間だ。
エリアだけではなく、切り分けられた地球もその隣に映し出される。金色の潮流が小さなブロックに分断された地球を流れていき、幻想的な光景であった。
私の仕事の一つ。エレメンタルストリームの管理です。今まではめちゃくちゃだったのですが、プーさんのお陰でだいぶ改善されています。
「これを見てください。二つの精霊王を解放したために、風と土属性の魔物発生が激減しています」
各エリアにて、発生している魔物をグラフで表示しながら説明をする。プーさんは2種類の魔物の発生率が急角度で落ち込んでいるのを見てか、なるほどねぇと感心する。
「平和になってきたということか?」
「そうですね、元からいる魔物も多数いますが、地道に駆除していけば、土と風属性の魔物はほとんど見なくなるでしょう」
「ふむ、となると残りの5匹もさっさと解放しろってことなんだろ? 小野寺家のウァプラ問題が片付いたら、炎のエレメントを解放するために動くよ」
現実ではストーリーを追っていくだけで、他のクエストが挟まって面倒くさいよなとプーさんはげんなりするが現実はこんなもんなのです。うまくいくことなど百あって一、二個だけ。ですが今回はうまくいく未来なのかもしれません。
「それなんですが、これを見てください」
ピピッとボードを操作すると、チョコフォンデュの滝が映し出された。………ざぁざぁとチョコレートが流れていて、とても美味しそう。
「美味しそうです。この間は食べそこねたので、今度作ってください。チョコレートフォンデュだけは持ち帰ることが不可能だったんです。私の辞書に不可能という語句が刻まれた初めてのことでした」
「選ぶ画面を間違えたと言うと思ってたんだけど!?」
「真面目な説明の中でもオヤツのおねだりは忘れない。それこそが真のハンターと言えます」
今までになく真剣に答えたのに、プーさんはぎゃーぎゃーと禿鷲のように怒るので困ります。
気にせずに、続けてピピと操作すると、ウァプラの様子が映し出される。以前と同じく巨大な岩山に見える魔物です。
「この悪魔は質量と硬さで勝負する分体とも言うべきキメラ外装と、コアたる悪魔本体によって形成されています。最近の観測にて、急速に精霊エネルギーが集まっているのは知ってると思いますが、予想よりも遥かに早いです」
「予想では一ヶ月と言ってたな。どれくらい短縮されてるんだ?」
プーさんも深刻な話と理解したのか真面目な顔となるので、トントンとボードを叩いて言う。
「だいたい1週間後といったところでしょう。原因はこれ」
エレメンタルストリームでも炎属性が集まってきている。しかも尋常ではない膨大な量だ。
「炎属性?」
「はい。どうやら炎の精霊王がウァプラの中に封印されているようなんです。私たちはウァプラ退治に目を向けていたために気づけませんでした。どうやら謀られたようです」
「フムン………考えたな。まさか魔物の中に炎の精霊王が封印された基地があるとは思わないもんな。でも、まだ間に合うんだろ?」
「当然です。まだまだ時間はありますからね。準備をして五日後に遠足に行くことにしましょう」
黒髪をかき上げて、私が微笑むと、狡猾な笑みにてプーさんが笑い返す。
「良いだろう。ちなみにバナナはおやつには入りません」
「私のオチをとるとは本当に小悪党なんですね!」
ともあれ、ウァプラ退治に出かけるとしましょう。きっと大黒字確定です。ふふふ。
アースウィズダンジョンがコミカライズします。詳しくは活動報告を見て頂けると嬉しいです。




