173話 閑話 ミラの1日プリン編
ミラは『宇宙図書館』が誇るサポートキャラだ。その思考速度は光を超えて、あらゆる事象を読み取り、数億の未来を予測し、適切な行動を淡々と機械のように行うことができる。
だからと言って、感情が存在しない機械人形かというと違う。人間と同様の感情を持ち、細やかな気配りができ、相手の心に寄り添うことのできる優しい人間だ。
だが、妥協を許さない厳しいところもある。仕事については安心確実に行う。ハンターとしての信頼を崩さないために、ミラは日々の仕事に対して自分自身にも厳しいし、相手に対しても厳しい。
━━━そう、今のように。
「この豚バラ煮込みは出来損ないです。食べられないですね」
箸につまんだ豚の角煮の欠片を相手に見せて、コトリと皿に置く。その顔はきりりと厳しくて凛々しい。
だって、待ち望んでいた豚の角煮なのだ。ちゃんと作ってもらわないと困りますと、プンプン怒るミラちゃんなのだ。
「それって、なんか豚の皮をつけて作る豚肉料理を作るということか? なんだっけ、トンポーローだっけ?」
小悪党さんが首を傾げてなにかを思い出そうとするが、記憶にないのかネタに食いついてこなかった。
「そこはツッコミをすぐに行うところですが、小悪党さんに期待してはいけませんでしたね。小悪党さん、もうお昼ごはんは食べましたよ?」
「人を呆け老人扱いするんじゃない。どうしてお前はいつもいつもそうやって流れるようにディスることができるわけ? それに、食べられないと言いながら、鍋を空にしてるじゃねーか。これ、皆にもお裾分けする予定だったんだぞ?」
カレー用の大鍋には甘辛いタレだけが残り、入っていた豚の角煮はどこにもない。五キロ作ったはずなんだけどと、ジト目で見てくるので、ミラも視線を外さずに睨み合う。
「残しましたよ。ほら、1ミリ程度のお肉がお皿に残っていますよね? お米は一粒も残してはいけないと、ご両親に躾けられませんでしたか? 豚肉だって、一欠片も残してはいけないんです。私は一欠片残したので、一口も食べていないことになると思いますよね」
完璧な理論武装。もはや小悪党さんはすいませんと謝るしかないですねと、ムフフと口元を緩ませて確定された勝利を思い浮かべる。
でも、なぜか頬をつままれて、むにーんと伸ばされてしまった。
「おぉ、ミラのほっぺたって柔らかいのな。こんなにも伸びるとは思わなかった」
「やめてくらはい。乙女のほっぺたを触るのは有料てふよ。とりあえず、豚肉の角煮かひつようれふ」
モゴモゴと答えて、もちもちの餅みたいだと感心するプーさんに、少し可笑しくなって微笑んでしまう。昔と全く変わらないパターンだ。
━━━ここはどこかというと、ランピーチマンションの食堂である。もはやスラム街だった面影はどこにもなく、多くの人々が幸せそうに料理を食べながら談笑している。痩せこけていた者たちは、健康そうな肌となり、贅肉がついちゃってと、笑うものもいた。
そんな食堂で約束通りに豚肉の角煮をプーさんに作ってもらったところである。残念ながら失敗作だったので作り直しを要望しています。
「トンポーローよりも豚肉の角煮の方が甘辛くて、脂身もプルンとしてたっぷりついているから美味いと思うけど、本当にトンポーローで良いのか?」
なんだかんだ言って追加を作ってくれるようなので、フムンと考える。幾億の未来を予測し、自分にとって最も良い運命を手にするのだ。
高速思考にて約3秒、自身にとって良い運命を選択し、くわっとぱっちりおめめを見開く。
「両方、りょーほーお願いします! 食べ比べるためにも、白米もたくさん炊いてくださいね!」
どちらを選ぶかという罠には引っかからない。数え切れない数の戦闘を繰り広げてきたミラは、自身の答えに満足し、フムンと胸を反らして、反らしすぎて、慌ててプーさんに抱きとめられるのでした。
「やれやれ、少し待ってろ。両方作ればいいんだろ」
美少女を抱きとめたのに、案山子でも持ったかのように気にせずに、プーさんは厨房に戻っていく。ここで、なにも思わないふりをして、耳は赤いとなれば可愛げがあるが、全く耳の色は変わっていないし、頭の上で器用に乗っているミミがフワァとあくびをして、むにゃむにゃと寝ているだけだった。
ライブラの時は、デヘヘと鼻の下を伸ばして、胸にさりげなくタッチをするので、やはりおっぱい星人だと、『宇宙図書館』に記憶しておく。ランピーチ・コーザはおっぱい星人。
「あと、2時間待ってろ。両方とも時間がかかるだけだしな」
すぐに戻ってきたが、なにか持ってます。あれは蒸し器でしょう。
「コウメ、メイ〜、オヤツの時間だぞ〜」
蒸し器を置くと、プーさんが声を出す。そうすると、壁際に置いてあった段ボール箱がガタゴトと揺れて、パカンと開くと幼女二人が飛び出してきた。かくれんぼをしていたようです。見つけてほしいと言わんばかりに、段ボール箱からはキャッキャッと可愛らしい笑い声が聞こえて来てましたけど。
「わーい! コウメのオヤツでしゅか? オヤツでしゅか? きょーはなんのオヤツてしゅか〜」
「甘い甘いのでしゅでしゅ? 中身はなんなのです?」
幼女たちが蒸し器に近づいて、興味津々でちっこい指でつつく。蒸し器が珍しいのだろう、少しあったかいと、きゃあきゃあと無邪気な笑顔だ。
「これは蒸しプリンだ。本当は冷蔵庫で冷やさないといけないんだが、できたても美味しいもんだぞ」
得意げな顔でプーさんが蒸し器の蓋を取る。モワッと大量の湯気が出てきて、湯気の中に茶碗蒸しの椀が入っているのが見えた。
そこら辺に売っている変哲もない茶碗蒸しの椀に入っているのは黄色い物体。蒸しすぎたのか、少しすが入っている。いかにも手作り感満載の、ちょっとおやつに凝ってみましたと、材料費の方がお店で買うよりもお金がかかるパターンである。
「本当は、冷蔵庫で冷やして完成だろ? でも、一度あったかいままで食べてみたくて作ってみたんだよ」
「おぉ〜、ソルジャーの気持ちわかるわかる。たしかにあったかいと美味しくないのか疑問があるよね」
ライブラがぴょこんと覗き見て、プーさんの言葉に頷く。たしかに私もそれは思いました。お刺身なら新鮮なものが。揚げ物なら揚げたてが。それなのに、プリンだけは冷やさないといけない。余計な工程が混ざっているのではなかろうか?
これは『宇宙図書館』でも解決できない永遠の謎ですねと、むむむと真剣に考え込んでしまう。ハーケーンを倒し、この世界のエレメントストリームを正常に戻すよりも難解な難題だ。
「プリンしゃんはひやさないとだめなんでしゅかか?」
「おいしそー。お父様、食べても良い?」
「そうだな。たくさん作ったし、一つくらいは食べていいだろ。美味しくなかったら、残りは冷蔵庫で冷やせば良いしな」
「なるほど、たしかにそのとおりです。どうやら20個あるようなので、一人4個ずつですね」
「いやいや、全部食べようとするなよ。お裾分けもするから、1人2個ずつってところだ」
なにやら幻聴が聞こえてきたけど、自動的に耳がシャットアウトして、ひょいと1個手に取る。出来立てなので御椀が少し熱い。残りは私がしっかりと管理運営するので、預かっておこうと思います。
少し蒸しすぎなのか、スプーンで掬うと固い感触だった。プーさんの料理スキルを上げないといけないと思います。でも、こういう拙い作りもまた味があって良いですよね。
「いたらきまーす。やわらかい!」
「お父様の手作りプリン楽しみでしゅ。あ~ん」
「むふふ、どんな味かなぁ」
コウメたちがプリンを口に入れて、もきゅもきゅと咀嚼して暫し━━━。
「あれぇ? ぜんぜんあまくないよ、パパしゃん?」
「ほんとでしゅ。でも、やわらかくて、面白いでしゅ」
幼女二人は不思議そうにコテリと小首を傾げる。とってもあま~いプリンを想像していたのだろう、自分もそうだ。ほのかな甘みは感じるが、期待していたプリンの甘さではない。正直、少しがっかりだ。
「プーさんの舌に合わせたんですね? 甘いのが大嫌いな自分に合わせたら、甘みがなくなるのは当たり前じゃないですか。残りのプーさんの分は私が食べておきますから安心してください」
ふわっとしてプルンとして、卵の味と砂糖の味、つるりと食べられるのがプリンなのだ。
「さりげなく、人のプリンを奪おうとするんじゃない。でもおかしいな? レシピとおりに作ったんだぞ? ダイエットをしている人が見たらドン引きするくらいに砂糖を入れたんだけどなぁ?」
スプーンを咥えながら、プーさんも不思議そうだ。実際に自分で作っているから、他の人よりもおかしいと思っているのだろう。これはもはや人類の滅亡よりも深刻な問題だ! うさぎたちを集合させて研究させねばなるまい。
「あー、わかったよ。これ、あったかいから甘味がわかりにくくなってるんだよ。ほら、塩っぱさとか辛味もアツアツならあんまり感じないけど、冷えると塩っぱいでしょ? それと同じだよ」
プリンを食べながら、ライブラがあっさりと答えを口にした。
「大変です、プーさん。ライブラが何者かと入れ替わってます。こんなに頭が良い訳ありません! 私でもわからないから、わかるまでプリンを食べようと謀っていたのに!」
ここは捕縛しておきましょう。大丈夫、残ったライブラのプリンは私が保護します。
「あー、なるほどな。そっかだからプリンは冷やさないと美味しくできないのか。一つ賢くなったな。残りはミミが食べるか?」
ライブラの革命的な新発見に納得すると、飽きたのか食べるのをやめるプーさん。
「食べるうさです。あ~ん」
もちろん食べるので、雛のようにお口を開けてスタンバイです。
「俺はミミに言ったの! なんで、ミラが食べようとするんだよ!」
「私の名前は今日はミミと名乗ることにしました。ミラもミミも同じような名前だから、いいじゃありませんか」
「ミミも食べるよぅ。お口に運んで〜」
「ミラも食べるよぅ。お口に運んで〜」
面倒くさがりやのミミが、ちっこいお口を開けるので、私もピィピィと口をパクパクさせる。
「そこまで食い意地が張ってると感心するよな、全く仕方ない」
なんだかんだいって、私にもプリンをくれるプーさん。こんな日もあって良いでしょうと、むふんと微笑むミラだった。




