172話 七夕祭が終わり小悪党は嗤う
ボティスの作り上げた世界にヒビが入っていく。そうして、ガラスが砕けるようにパラパラと空間が剥がれ落ちていき、元の世界へと戻っていく。
「どうやら悪魔を倒せば元の世界に戻れるようだが………なんだったんだろうな?」
ふぅと、息を吐いて神霊融合を解きながら、ランピーチは首を傾げて、ボティスの能力なのかと疑問に顔をしかめる。高位悪魔特有の能力だったら、極めて厄介と言えるだろうからだ。
「うん、それは私も疑問に思うよ。だからミラに聞いておくね」
「うん、自分で調べるつもりはないのかな、ライブラさんや?」
「『宇宙図書館』の知識蔵は膨大なんだよ! そんな面倒くさいことを私がするわけないじゃん。やだなぁ、ソルジャーは。これが美味しいスイーツのお店を調べるとかだったら頑張るんだけどさ」
ランピーチとの合体を解いたライブラがトンと地面に着地して、ニコリと笑う。その曇りのない笑顔は輝くほどで、殴っても良いだろうかと、ランピーチの心を優しく癒す。たぶん癒されているので、額に青筋が立っているのは気の所為だろう。
やれやれと、ライブラのサポートは諦めることにして、元の世界に戻ると━━惨状が待っていた。
既に戦闘は終わり、激戦だったろう跡だけが残っている。壊れたシャンデリアが床に落ち、短冊を飾るための竹はほとんど燃え落ちている。長テーブルは砕けて真っ二つとなっており、椅子が残骸となって床に転がっていた。そこかしこに魔物の死体が転がり、傷ついた人々が苦しそうな表情で蹲り、救護班が負傷者を癒そうと忙しなく働いていた。
そして跪き、悲しみに憂いて黙祷をする黒髪の美少女。戦友でも死んだのだろうか、その涙に暮れる姿は哀れであり、声を掛けられない空気をまとっている。
「━━━助けられなくてすいませんでした、ガリさん」
ガリと言う名前の人がいたのだろうか。
「紅生姜さん、らっきょうさん………。どうしても優先して助けないといけない方がいたんです。カレーやお寿司はお陰で無事でした」
どうやら、食べ物であった模様。しかも、付け合わせだ。いや、この場合はなんていうんだろうな。なんでもいいか。うさぎたちが疲れた顔でタッパー持ってるしな。
「あー、全員無事だったか?」
テーブル脇で悲嘆に暮れるミラはスルーして、チヒロたちに声を掛けるとこちらに気づく。パァッとチヒロたちは笑顔となり、ランピーチに駆け寄る。
「ラン! 良かった、無事だったんですね。心配しました!」
「パパしゃん、おばけたいじしまちたか?」
「怖い怖いは倒したんでしゅか? ボティスに似ているおばけしゃんでしたでしゅけど」
手を広げて3人を抱きしめて、優しく笑う。
「あぁ、結構危ないテロリストだったが倒しておいた。名前は大皿お菊とか名乗ってたな。まぁ、偽名なんだろうけどさ」
ボティス? そんな名前は知りません。ボティスだったら、俺の子が知ってることになるしな。きっとボティスを名乗るミスリードミスリード。
「服が汚れて、血の跡も………ラン、傷は大丈夫なんですか?」
「返り血だから大丈夫だ」
本心から心配しているチヒロの頭を撫でて微笑む。心配されるってのは、結構嬉しいもんだな。なんとなくくすぐったさを感じていると、ピコンとログが表示された。
『七夕祭にてテロリストを倒せ! をクリアしました。経験値30000取得』
『ボティスを倒し、操られていた人々を救え! をクリアしました。経験値50000取得』
『ボス戦:ボティスを倒した。経験値10000取得』
おぉ、とんでもない多さの経験値だ。これでまだ使っていない経験値を足すと10万超え。色々と使えるな。
内心小躍りするランピーチだ。
「パパしゃんがおばけをたおちた〜、コウメのパパしゃんなんでしゅよ〜」
「お父様がおばけを倒した〜、あたちのお父様なんでしゅよ〜」
その代わりに幼女二人がちっこいおててをぶんぶん、おしりをフリフリさせて踊ってくれるので、ランピーチの小躍りはいらないだろう。
「で、テロリストたちは………氷の中にいるな」
バフォメットたち、いや、元の人間の姿に戻って、氷の中に半身が埋まっている奴らを見てジト目となる。
「あぁ、そこの少女の魔法だ。見たこともない強力な氷魔法で氷漬けにするどころか、変貌した身体も元に戻してしまったわい。さすがは地下街区の人間といったところか」
アイギスを抱きかかえているバッカスが感心の声をあげる。バッカスはきっちりと俺の周囲も調べた模様。なるほど、ミラは俺の視界越しにボティスの氷魔法をコピーしたのか。相変わらずチートな少女だこと。
良いなぁ、チート能力と羨む小悪党である。ボタン一つでパワーアップする自身の姿はまるで目に入っていない。だが、小悪党は他人の物は欲しがる性質なので仕方ないのだ。
「でも、魔物の姿からどうやって戻したんだ?」
「体内にある薬物は凍りつかせて排除しました。あれは短時間だけしか効かない薬物だったようですね。あのままだと、副作用で体が崩壊していたと推測しますので、良かったと思いますよ?」
そして、オリジナル以上にコピーした能力を使いこなす少女である。平然として当然のことのようにのたまう姿には尊敬しかないぜ。
「薬物を使い、あのような化け物へと変わっていたのか………。薬物を使ってまで人々を傷つけようなど、万死に値する。とてもではないが、許せんな。よし、ここは小野寺家が預かった! この者たちを牢屋に放り込み、必ず裏を吐かせるのだ!」
正義に燃えて、悪を討つために立ち上がるバッカス。その瞳はメラメラと燃えており、悪人は許さぬと鼻息荒い。だが、バッカスの影が新技術が手に入るチャンスと、ウケケと舌を出して悪魔のように嗤っているのは幻視なのだろうか。
「お、お待ちになってくださらない? なにが起こったのか、東光に聞きました。ここ、ここは、鎧塚家が率先して対応します。この者たちを連れて、ゲホッゲホッ」
気絶していたアイギスは目を覚ましてすぐに東光に状況を聞いたのだろう。立ち上がり、正義の炎を瞳に宿し指示を出そうとして、よろけてしまう。
「アイギス! もう目を覚ましたのか。心配したぞ。かなりの怪我を負っているのではないか。ここは療養に専念し、儂らに調査は任せよ」
心から心配するような顔を作り、バッカスがアイギスに声を掛けるが、アイギスも咳き込むのを強き意思で抑えると、恐ろしげな笑顔となる。
「心配してくれてありがとう、バッカス。こんなにも早く起きやがってと、あなたの目が語っているような気もするけど、思い込みよね。それよりもこれだけ鎧塚家がコケにされたのですから、当然私たちが主導するわ」
「今にも倒れそうではないか。無理をするな、ゆっくりと眠れ。できれば数ヶ月単位で休養をとるんだ」
「本音がでたわね、このクソドワーフ! こんなにも強力な技術を他に与えるわけにはいかないわ!」
「あぁ、面倒くさいやつめ。もう少し大人しく寝ておれば良かったのに。これだけの技術を解析できるのは小野寺家だけだ。鎧塚家は引っ込んでろ!」
「そうはいかないわ。この者たちを運びなさい!」
「そうは行くか! お前たち、こいつらを連れていけ!」
二人が火花を散らし睨み合う。それぞれの家門が武器を構えて一触即発の空気へと変わっていき━━━。
「待ち給え、ここは槍田家もこの場にいるのだから、調査に参加する資格はある!」
「楯野家もだ。最先端技術ならうちの真奈が辣腕を振るえるぞ」
「面倒くせえ! ここは力尽くで運べ。お前ら!」
「東光、先鋒となってあの者たちを確保しなさい!」
「待ち給え! なし崩しに2家で主導を取るつもりだな。そうはさせるか、お前たち!」
正義感溢れる善人ばかりのために、会場は再び戦火に包まれることとなった。爆発音と剣戟が響き、爆煙が巻き起こる。悲鳴が響き地獄絵図へと再び戻っていった。
「ええと━━━ラン。どうしましょうか? 私たちもあの中に参戦しますか?」
これが地上街区を支配する武装家門の立派な人たちかとドン引きしつつ、チヒロが引き攣った笑みでランピーチを見てくる。
「だってさ。どうするミラ?」
俺はもう疲れたんだけど?
「あの人たちは操られていただけの裕福な家庭の自称インテリたちです。捕縛する意味は全くありません」
ミラには彼らの正体など既にわかっていたようで、小石よりも興味を持たずに、宝物のようにタッパーをギュッと抱きしめる。その姿だけ切り取ると、可愛らしいんだけどなぁ。背景が爆発やら吹き飛ぶ人間やらで最悪である。
「それじゃ、俺の存在感は見せれたことだし帰りますか。ドライ、うさぎたちも遅れずについてくるように」
「むふん。切り分ける前のローストビーフ持ってきた」
「はじめまして、私はミラと言います。素敵なアクセサリーですね。私にも少し見せてください」
胸を張ってドライが一抱えもある肉の塊を持ち上げると、一目惚れしたような可愛らしい表情で、おずおずとミラが近づき、肉の塊をガッシと掴む。
「帰ったらドライが切り分ける。楽しみ。だから離す」
「わかりました、すぐに帰りますよ、プーさん。私は分厚いハムを食いちぎるアニメのシーンを実際にやってみたかったんです! むしりって、口で食いちぎるんです」
「あぁ、そういうシーン知ってるよ。あれってとてもうまそうに見えるよな。なら、さっさと帰るか」
早くもローストビーフに噛みつきそうなミラが背中を押して急げ急げと急かしてくるので、本当に食べ物に弱いんだなぁと苦笑してしまう。
「パパしゃん、だっこして! コウメをだっこしながらかえりゅの」
「あたちも! あたちも抱っこして! 抱っこして帰るのでしゅ!」
「ミミは親分の頭の上で寝るからおやすみぃ」
「はいはい。抱っこだな。ほら、乗りなさい」
両腕に幼女を抱えて、頭にうさぎを乗せて、ランピーチはブレーメンの音楽隊のように、少し間抜けな姿で会場を立ち去るのであった。
「まぁ、なかなか面白い祭りだったな」
「たぶんソルジャーなら、そう言うと思ってた」
背中をペチペチと叩きながら、ライブラが笑うので、正解だと笑い返すと、しっかりとライブラは肩に笹を担いでいた。どうやら、短冊で願い事もできそうだ。
もちろん、俺は世界が平和でありますようにって願うよ。




