17話 小悪党は宇宙人となる
鼠男の牙は容赦なくランピーチに突き刺さった。杭のような太さと鋭さを持つ牙は鼠男の閉じようとする顎の力でランピーチに食い込んでいく。
鎖骨部分へと。
停止した時間が動き出した時、ランピーチは棒立ちしている状態から、腰を屈めて銃を撃った構えへと変更された。そのお陰で頭を狙った鼠男の一撃は狙いがずれて鎖骨への攻撃へと変わったのだ。
「ぐわぁっ〜、こ、この鼠野郎、離せ、こいつ! その太い牙はヴァンパイアでも倒す時まで取っておきやがれ」
命が助かったとはいえ、ランピーチは激痛で苦悶の表情となり、うめき声を上げてしまう。命は助かったが、それでも、かなりの痛さだ。小悪党心溢れるランピーチには耐えられない。
「チゥ」
餌にありつけて嬉しそうな鼠男の声が耳に入り、鎖骨に食い込み切れ味の悪いノミでゴリゴリと削れていく感触が身体に響く。血が流れていき、鼠男が口を蠢かせて、嬉しそうにごくごくと飲む。
「チキショー、チキショー、チキショー! こ、攻撃をしたら━━━」
突撃銃の銃口を食いついている鼠男の頭に押し付けると、苦痛で顔を歪めながらも引き金を引く。餌に夢中になり食いついている鼠男は躱すこともなく、タタンと銃声が響き、銃弾により額に穴が開くと、力なく息絶える。
「一回離れて間合いをとりやがれってんだ! なんだって、食いついたまま離れねーんだよ! お前はスッポンか!」
一回攻撃したら、わざわざ間合いを取って次の攻撃の機会を探すのがゲーム時の鼠男の挙動であったのにと、現実は餌に食いついたら離れないことに、苛立ちを覚える。自分で叫んでおいて、めちゃめちゃだなとは思うが、ゲーム仕様を信じていたのだ。
しかも死んでも離れなく、食いついたまま息絶えており、片手で押し抜けようとしても、激痛が牙が食い込まれた箇所から響くだけで抜けなかった。ぶらんとぶら下がって、死体の重さが肩にかかり、牙の食い込みが激しく体を痛めつける。
『ソルジャー、まだまだ敵はいるみたいだよ。体勢を早く立て直さないと、鼠たちの餌箱になっちゃうと思う!』
「わーってる、わかってるよ、鼠が1、2匹のわけないもんな。大ネズミが出現した時点で予測して然るべきだったが、く、く、い、いてぇ………」
銀髪ツインテールを揺らしながら、ワタワタと焦るライブラが指差す暗闇のフロアは、懐中電灯に照らされて、ぼんやりとコンクリート製の太い柱が見えるが、その柱の陰にサッと動くなにかがいた。
鼠男だ。しかも、一体どころではない。数10匹はいるだろう。暗闇に懐中電灯の光を返す爛々とした赤い目がいくつも輝き、ランピーチの心を死の恐怖に縛る。
(駄目だ……駄目だ駄目だ駄目だ。これじゃ……これじゃ……)
「チゥチゥ」
「チゥチゥ」
「チゥチゥ」
鼠男たちの鳴き声が合唱するように聞こえてくる。こちらが弱っていることを理解しているのだ。どこから敵が来るのかわからない。自分の視界内だけでは気配察知を使っても充分に活用できない。ランピーチは体を震わせて、歯を強く食いしばり……。
『宇宙図書館っ、不具合だぞ。自分視点と俯瞰視点を切り替えられるのが、特徴だろうがっ!』
ゲームの不具合だと憤慨し怒り叫ぶことにした。『パウダーオブエレメント』では、自分視点と自分をも視界に入れることのできる俯瞰視点があったのだ。なので、神の視点で戦闘を行うことができた。多人数との戦闘で、俯瞰視点がどれだけ戦闘の有利になると思うのだ。
『パウダーオブエレメント』はTPSRPGなのだ。絶対に不具合だと八つ当たり気味に、死の恐怖で混乱している頭で叫んだ。
愚かな小悪党のめちゃくちゃな叫び。普通ならそうなったのだろう。不意打ちのショックから立ち直ろうとするドライもまだ戦闘に加われなく、多数の鼠男に襲われて、慌てふためき死ぬ。
そのはずだった━━。
『二等兵の申請を許可します』
然し、ランピーチはプレイヤーだった。
そして宇宙人であった。
人類宇宙連合の兵士であったのだ。
彼は、ランピーチ・コーザは『宇宙図書館』の人類強化支援システムを受ける1260年ぶりの人間だった。
『宇宙図書館』はランピーチの申請を了承し、簡単な表示で返答する。
『なっ、これは!?』
視界がブレた。
目を見開き、驚愕で息を呑み、ランピーチは突然自分を視界に入れた全体の俯瞰視点が脳内に浮かび、声を上げる。
自分の視点以外に、空からの自分を視界に入れた俯瞰視点が脳内にあるのだ。それは懐中電灯を照らすランピーチと、混乱で巫女服をバタバタさせて踊るライブラ、そしてようやく立ち上がろうとしているドライ。さらに懐中電灯の照らす範囲の地下フロアの全てが見えた。
今ならわかる。『隠蔽』にて隠れていても、微かに空気が揺れて、注意をしてみれば隠れている事がわかる鼠男の姿が察知できる。
「見える、敵が見えるぞ、ライブラ! どこに隠れているのかなんとなくわかる。どの敵が近づいてきているのかが一目でわかる!」
自分視点では不可能な俯瞰視点を手に入れて、自分の主観視点と合わさったものとなったが、混乱することなく、するりと頭に入り込んで、いきなり使いこなせるようになったランピーチは狂喜し、痛みを堪えて突撃銃を構える。
「ピーチお兄ちゃん、すぐに助ける!」
「攻撃魔法は駄目だ! 数だけはいるから、魔力が足りねーよ。『雪粉』を使えドライ!」
立ち直り、魔力を高めて魔法を使おうとしているドライに、その魔法が攻撃魔法だとなんとなく理解して、止めるように指示を出す。
「むぅ、この程度の敵なら倒し尽くせる、楽勝。氷漬けにする」
「奴らは『隠蔽』持ちだ。隠蔽モードだと回避能力が高く魔法が命中しない可能性が高い。さっさと使えドライ。奴らが来るぞ!」
「むぅ、ピーチお兄ちゃんは地味な魔法しか使わせてくれない、けど大人なドライがここは譲る」
『雪粉』
ドライは不満はあったが、今度は自分の命を顧みずに助けてくれたランピーチに対して素直に頷くと、手のひらを前方に翳し、指示された魔法を使用する。
魔法が発動し、手のひらから膨大な粉雪が噴き出して、辺りを白く染めていく。吹雪の如き勢いだが、数秒もすると魔法は終わり、ただ一センチ程度の積雪となっただけだ。たとえ子供に使っても、粉雪を見て興奮し、少しだけ服を濡らす程度の魔法。
だが、その範囲は広く20メートル程のコンクリート床に粉雪が積もり━━。
「チゥ!?」
『隠蔽』を使用中だった鼠男の姿も全て露わにした。
「レベルの低い『隠蔽』だとこんな程度でも見つかっちまうだろ! これでも喰らえ!」
ランピーチはここぞチャンスと、にやりと悪そうな笑みとなり、銃口を鼠男に向けると、その身体を視界に入れて引き金を引く。
「チゥチゥ!」
密かに接近していた鼠男たちが銃弾の雨に晒されて、その身体が蜂の巣となり倒れていく。
『粉雪』はレベル2の魔法だ。効果は単純で、低レベルの『隠蔽』を宙に舞う雪で発見する。強盗犯にぶつけるカラーボールのような役目を持つのである。
「チゥチチチ」
もはや隠れることができないと悟った鼠男たちが四方から襲いかかってくる。その数は二十匹はいるだろう。
「ドライ、『氷場』を俺の左右、2メートル間隔で作成しろ」
「わかった!」
『氷場』
最初に食いついてきた鼠男を引き剥がし、その牙に足を乗せて、ボキリと折りながら、次々にあらわれる鼠男たちへと銃撃をしながら告げる。
暗闇から群がるように現れる鼠男たちの群れを倒すことに集中し、ドライはランピーチの左右に氷の床を作り出す。前方へと銃撃を行うことに集中しているとみて、密かに横に回ってきた鼠男がビルの柱から飛び出してくるが、不安定な滑る氷の床に勢いをなくし、その歩みは遅くなる。
『テレキネシス』
その姿を俯瞰視点にて見ていたランピーチは、想定通りだと冷たき視線で超能力を発動させる。『テレキネシス』は自身の筋力分と同じ重量を持つことができ、折っておいた牙を浮かすと、よたよたと鈍足の歩みとなっている鼠男に放ち、その身体を貫くのであった。
「俺に死角はないんだ。ライブラ、他の敵を誘い出せ!」
『わかったよ、ソルジャー。私の活躍する時が来たんだ。秘密兵器の力を見せてあげるよ。それじゃ、ドカーン!』
実体化した巫女服姿の銀髪ツインテールの美少女が気合いのかけ声を上げて、鼠男の群れへと突撃していく。
活躍できることが嬉しいサポートキャラのライブラは頼り甲斐のありそうな心強い笑みで突撃し、突然現れたライブラに驚き戸惑う鼠男に拳を繰り出す。
『えーい! ウルトライブラパーンチ!』
ライブラのパンチは特別なものだ。なにしろステータスは全て1で、攻撃スキルも乗っていない。ヘロヘロペチンと言う音が聞こえてきそうなパンチを見せたライブラ。そのHPは3である。
『うぇぇぇ、大変、この鼠ヌメッとするよ。わぁ、後でお風呂に入らないとい』
文字取りドロネズミに直に触って、心底嫌そうな顔で振り向く脳天気なサポートキャラはあっと言う間に、まだ隠れていた鼠男たちに群がられてその姿を消す。
戦闘の役には立たないが、それでもライブラは頑張った。ダメージが許容量を超えてその姿を消すライブラに、鼠男たちは餌がなくなったと、不思議そうな顔で辺りを見渡して動きを止めてしまっていた。
それが鼠男の知能の限界であった。
「サンキュー、ライブラ。それじゃ後は引き金を引くだけだ!」
素早く弾倉を入れ替えると、膝立ちとなり、ランピーチは銃弾の嵐を鼠男の群れに降らせる。
「ヂヂュウ」
「ヂヂ」
「キイッ」
鼠男たちの断末魔の悲鳴が次々とあがる。気を取り直した何匹かの鼠男が襲いかかってくるが『銃術』レベル2のベテラン兵士は冷静に気を取り直して脅威度の高い奴から撃ち殺していく。
左右に回り込もうとしても氷の床が接近を阻み、久しぶりの餌だと喜び、退くことを知らない鼠男たちはその屍を積んでいき、ランピーチは銃を撃った振動が負傷した肩に響きながらも耐えて倒していく。カランカランと空になった弾倉が床に転がってゆく。
俯瞰視点を使えるランピーチは、どれだけ敵が大回りに来ようとも、死角を作ることなどなく、やがて全てを倒し尽くすのであった。
「やった、ピーチお兄ちゃん。全然魔力を使わずに勝った! 天才?」
『おめでとう、ソルジャー。こんなに大群を倒しちゃうなんてやるね〜、このこの』
「そりゃどうも」
予想外に多かったモンスターを倒したことに興奮し、喜びの笑顏を向けて、二人がそれぞれ称賛してくるのを苦笑で返す。そしてライブラは復活が早すぎる。
そして、ランピーチはこの予想外の戦闘がボス戦だったことを知る。
なぜならば、中空に黄金のボードが現れたからだ。
『チュートリアル:初めてのダンジョンをクリアしました。経験値5000取得』
「は、はは、チュートリアルかよ、これ……そうか、俺は主人公がくる前に死ぬはずだった探索者役だったんだな……」
力なく笑い、死にかける寸前までいった、明らかにチュートリアルでは高すぎるこの難易度の高かったクエストの裏に、嫌なことにランピーチは気づいてしまう。
地下室に住人が見に行ったが戻って来なかった。主人公に地下室に見に行ってもらえませんかと、よくあるクエストのパターン。そして、ランピーチは見に行って鼠男たちに食われてしまった住人役だ。
本来の主人公のクエストは、探索者が死ぬ前に何匹か倒しており、もっと数が少なく難易度も低かったに違いない。
「万能すぎだろ、やられ役ランピーチさんよぉ」
ドサリと床に座り込むと、深く悲しいため息を吐くランピーチであった。




