169話 予知と小悪党
「お子様も騙されない方法だ。これで本当にだまされると思っていたのか?」
小馬鹿にしたように嗤うランピーチ。世界一煽る笑顔が似合う小悪党だ。アイギスの身体から出てきた女性は憎々しげに睨みながら、幽玄体を解除して実体へと姿を戻す。
黄金のような波打つ髪を背中まで伸ばしており、ホクロ一つない白いきめ細かい肌、切れ長の目にスラッとした鼻梁、小さな唇には真っ赤なルージュをつけており、背丈は一メートル八十センチほど。モデル立ちが似合う彫刻のような美女だ。豊満な体つきで、赤いドレスを着て、大粒の宝石の嵌まった指輪や宝石を連ねたネックレスを身に着けている。
ただ、その美貌も顔を歪めて睨んできているので、台無しにしていたが。
「単純な男だと考えておりましたが、どうも小知恵程度は働くようですわね」
「わかりやすい欺瞞だったからな。お前ら俺をバカにしすぎだろ」
睨み合いつつ、ランピーチは余裕を崩さない。まるで勝ちを確信して逆転され主人公にあっさりとやられる小悪党のように、ゲヘヘと嗤うその姿に女性は苛立ち、額に青筋を立てる。
「おばけしゃん! パパしゃん、コウメがおはらいしゅるね。はむー、みたらしだんご〜、どらやき〜」
「あたちも! あたちもそれ歌うでしゅよ。ハムーハム、お団子甘い〜」
「二人ともこちらに。パパの邪魔をしてはいけませんよ」
お手々を合わせて、たぶん般若心経を読んでいるコウメと、もはや原形のないお歌を歌う自由なるメイ。慌ててチヒロが二人を抱えて、ミミたちうさぎ隊のところまで下がる。今度和風菓子も作ろうかな。
「ランピーチ殿、これはどういうことだ? アイギス殿は操られておったのか?」
「そ、そうだ。母上はどうなったんだ? 大丈夫なのか?」
バッカスが素早く倒れているアイギスを抱き起こし、後ろに下がる。その顔は真剣そのものだが、アイギスに貸しを作るチャンスだとの思惑も透けて見えていた。抜け目のない男である。東光は混乱して、女性とアイギスを代わる代わる見ていた。
「最近、うちにちょっかいをかけてくる輩がいてな。それがちらちらと鎧塚家だとヒントを与えるやり方だったんだが、これがわかりやすかったんだよな。まさか、鎧塚家の当主に取り憑いていたせこい奴だとは思わなかったぜ」
どちらかといえば、俺がちょっかいを掛けているような気もするが、平然とした態度で真実として騙ります。あ、語りますだ。
「むぅ、ランピーチ殿にちょっかいを………なるほどな、どこの輩かはわからぬが、ともすればランピーチ殿と鎧塚家をぶつけて勢力を削ろうという謀略か」
「だな。どうやら怪しまれるタイミングに口を挟むことで、こちらをつついてきたようだ」
そもそもおかしかったのだ。━━正体を隠している敵が苗字は鎧塚って、ありえないんだよ! どこのどいつが引っかかるんだよ!
『変身しても正体が丸わかりの魔法少女みたいなものですよね。なんであれで正体がわからないのと』
『そうなんだよな。でも、現実なら変身した姿は本当に元の少女そのままの姿かということだ』
ミラの思念に同意する。俺なら正体は全然違う少女で、変身した姿はどこかで見た美少女とかにするぜ。それなら矛先は自分には向かない。
『ソルジャーなら、実は変身前の姿は全然違う人で、他の人の姿を借りてるように悪辣な考えをするよね』
『ライブラ、なにか俺に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか』
思念のやり取りをする中で、バッカスはナイフのように鋭い眼光を敵へと向ける。
「ここまでの事をするとは、どこの家門の者だ? この謀略は大問題だ。七夕祭でここまでやったのだ。武装家門全体でそなたのバックを調べることになるだろう。逃れられると思うな?」
「あ〜、面倒くさくなってきましたわ。だからこの作戦は嫌でしたのに………。これは能力に頼り切りの弊害でしたわね」
黄金の髪に手を突っ込むと、女性は荒々しく頭をかく。
予知ができることから、自分にとって最も良い未来を選んでいたのだろう。が、俺が絡むと未来が予想できないから困ってるんだろうな。
「仕方ありませんわね。色々とうるさいですし、貴方を殺してから考えましょう」
女性が軽く手を振る。振られた手から世界の色が変わっていく。会場の人工的な建物内がまるで魔法のようにコンクリートから草木へと入れ替わり、青々とした草原と木立が立っていて、透明な小川がせせらぎをサラサラと鳴らしている。
そして、ぽつんとランピーチと女性だけがその場にいた。なんか変なことをされた模様。
「なっ! なんだこれ? どこに転移させられたんだ? 転移された気配はなかったぞ?」
この間の空間の狭間とは違う。魔力の流れも感じなかったし、どうなってるの?
慌てるランピーチに、腕を組み女性は鼻で笑う。上から目線の傲慢な態度で、ちょっと眼福だけどそこは口にはしない。腕組みされるとある部分が目立つよな。
「人間にはわからないでしょう。ここはわたくしの創り上げた世界。この平和なる世界の王がわたくしなのです」
「平和ねぇ………生き物の姿が見えない死の世界にも見えるけどな。で、俺だけご招待というわけか?」
周りにいたはずの面々がどこにもいない。チヒロたちは置いてけぼりとなったらしい。
「ふふ、そのとおりです。ちまちまとメイを取り返す作戦などわたくしは嫌で嫌で仕方なかったのですわ。そもそもの元凶である貴方を殺せば全て解決するのに」
「殺せるなら殺してるだろ? なんでハーケーンの残党は攻撃してこないのか不思議で仕方ないんだが………さっきのテロリストの様子からわかる。お前らの戦力は弱いだろ? 目覚めている奴らは悪魔としての能力が低い。予想だが長く眠りにつかないと、悪魔としてレベルアップできないんだろ?」
この間、植物園で出会った悪魔と今日のバフォメットは力の差が大きかった。とすれば、それはなぜかと言うことだが、理由はわからないが寝ないとレベルアップできない。しかも数百年、数千年の単位だ。本来はあの敵もまだまだ寝ていたに違いない。
たぶんどこかの誰かが行動した影響を受けたのだろう。どこの小悪党かは知らないが酷い話だ。
その言葉は図星だったのか、女性の顔が苛立ちと驚きに染まる。
「そこまで推測できるなんて、侮れないというわけね。だからこそここで片付けておけば問題はないはずよ」
「命令を守れない奴は軍法会議で銃殺と決まってるぜ?」
「功績と相殺すれば良いわ」
ランピーチへと手のひらを向けて魔力を集め始める女性。
「わたくしの名前はボティス。ふふふふ、わたくしの能力を知ったとき、貴方は骸となるのですわ」
鋭く尖った二本の角が女性の頭に生えていき、傲慢なる嗤いにて名乗るボティス。高位悪魔だ。その身体から吹き出す魔力はバフォメットの比ではない。
「さぁ、死になさい!」
『溶けることのない氷』
詠唱を口にすると、氷柱が何本も生み出されて飛んでくる。その見た目は下級氷魔法に見えるが、ランピーチの目には内包する魔力が最高氷魔法よりも上回っていることが見えた。
通り過ぎる草原が氷の彫像へと変わり、空気が極低温により薄っすらと霧が生まれていく。
「切り裂いてもいいんだが………嫌な予感がするな」
氷柱の軌道を読んで、回避するべく地を蹴る。今の身体能力でも十分に躱せるタイミングであったが………。
「なぬっ」
念の為にと、十分に距離をとったはずなのに、氷柱は正確にランピーチの避けた方向へと軌道を変えて追いついてくる。操作しているにしては早すぎる軌道の変化。あらかじめランピーチが逃げる場所がわかっていたのだろう。
ドドドとランピーチに氷柱が命中すると、氷の柱が生み出されて、春の陽気の草原に極寒の地が発現される。
「うふふふふ、あーはっはっ。倒したわ。その氷は死んでも溶けない氷。もはや貴方は生きていても抜け出すことはできない」
高笑いをして、ボティスへなぜここまで慎重に行動をしていたのかと、自身の判断はあっていたと確信するが━━━。
「笑うのはまだまだ早いんじゃないか? 死体を見てから笑えよ、ボティス」
低温で生み出された霧の中から、ランピーチの声が聞こえてきて、ピタリと笑いを止める。
「手応えはあったはずですわ」
「たしかに一人犠牲になったな」
氷の岩山が作られた陰からランピーチが現れる。まったく傷を負っていない。
そして、氷の中には巫女服の少女がいた。仁王立ちをしてランピーチを守るようにカチンコチンに凍りついている。
「??? この世界に人が入り込めた? ですが、少女を犠牲にするなんて悪党ですわね」
「そうだな。俺は小悪党だから。でも、俺を守ってくれた少女は幸せだったろうぜ」
「えーっ! 最近扱いが酷いから幸せじゃないかもよ!」
遠い目をする小悪党に、凍りついたはずの少女が横に現れてブーブーと文句を口にする。
「はぁ? 今!凍りついたはず………いない? どうやって脱出したのですか!?」
自身の氷魔法は封印も兼ねている。抜け出すにしても、かなりの魔力と高位の解除魔法が必要なのに、そんな形跡はなかった。
そのことが信じられないし、理解できない。ボティスが少女へと叫ぶように問うと、フフンと胸を張って少女は笑う。
「人工精霊ライブラちゃんはソルジャーのパートナーにして、護り手。ウルトライブラシールドで防いだだけさ」
喜んで盾になったライブラちゃんだ。なにせ3秒で復活できるので、死ぬことも気にしない。そして、彼女はどこにランピーチがいても、すぐにそばに来れる能力を持っているのだ。
「人工精霊といえど、あの姿は確実に倒していたはず。復活するにしても、時間が短すぎる。どうなっているんですの………」
人工精霊は所詮は使い捨てだ。本来のメモリーは『図書館』に保管されており、肉体が破壊されても、復活は可能である。
━━━しかし、肉体の再構成、メモリーの移し替えを行うため、どれほど短縮しても24時間は時間が必要なことをボティスは知っていた。それにしたって、復活には膨大な資源も必要なのだ。あんなに簡単に復活できるわけがない。
あの人工精霊は異常だ。見たことも聞いたこともない新型だ。
「貴方だけではなく、警戒するべき対象は他にもいたというわけですわね」
警戒し、深刻な表情と変わるボティス。本気になったのか、雰囲気が殺意に満ち溢れる。
「そうなのか? だが、お前は気にしなくても良い。なぜならばここで死ぬからな」
『神霊融合』
軽く笑うとランピーチはライブラと融合し、銀髪の精霊戦士へと姿を変えて、手招きするように手を振るのであった。




