167話 テロリストと小悪党
なんというか、予想外の作戦だ。
「我々は真の自由のため、金満政治を行う貴様らに正義の鉄槌を与えんとする民主主義解放戦線である。床に伏せて、抵抗を試みないことを忠告しよう!」
特殊部隊がかぶるような目元しか出ない覆面をかぶり、装飾のない実用的な面を特化しただろう身体に装着するパワードスーツのような精霊鎧を着込んでいる。手には突撃銃を持っており、腰には片手剣をさげていた。
数は30人はいるだろう。現代の貴族と呼んで良い名門の人々が大勢いる中で、突如として現れたのはいかにもなテロリストだった。
そして、ツッコミだらけの連中だった。
『民主主義を解放すると、民主主義がなくなるんじゃね? それに名門の人々は腕が立つ。あっという間に鎮圧されるだろ。だから、テーブルを蹴っ飛ばされても、料理が宙を泳いでも、ミラは手を出さないように』
『わかりました。その前に片付けることができるということですね。信じてますよ、プーさん』
思念でミラへと素早く注意だ。なぜならばテロリストたちは今にもテーブルを蹴っ飛ばそうしているし、蹴っ飛ばした途端にテロリストが蹴っ飛ばされるだろう。料理はバラバラになり、テロリストもバラバラになることは間違いない。
「おいおい、君たちはここがどこかわかっているのか? ここは君たちのような下賤の者が立ち入っていい場所じゃない。サッサと去り給え」
ほろ酔い加減のデブったおっさんがヒックとしゃっくりをしながら、赤ら顔でテロリストに話しかける。わかりやすいパターンだ。ここでテロリストにバキューンと撃たれて殺されるまでがテンプレだろう。
しかしながら、ここは剣と魔法とディストピアの世界だ。銃口を向けられても、赤ら顔のおっさんは余裕の笑みだった。
「警告したぞ、このブルジョアが!」
テロリストが真剣な声で突撃銃の引き金を引く。タララと乾いた音が響き、赤ら顔のおっさんに銃弾が向かう。死の鉄槌がくだされようとしていたが、誰も悲鳴をあげることも、恐怖で顔を引き攣らせることもない。
なぜならば、銃弾は赤ら顔のおっさんの手前で停止していたからだ。精霊障壁が生まれて、ただの銃弾はあっさりと防がれていた。
「ん〜、今なにかをしたのかね? 少しうるさい羽虫が飛んできたようだが」
余裕の態度で薄ら笑いをするおっさんが軽く手を振ると、空中で停止していた銃弾がパラパラと地面に落ちていく。
そう、余裕なのは当たり前なのである。なぜならば、ここにいる者たちはスーツ、もしくはドレスの下にインナースーツ型の精霊鎧を着込んでいるからだ。これだけの規模の祭りだ。暗殺を恐れて、基本的に着るものは全て複合型精霊鎧です。
そのために、チヒロやコウメやメイの服も数億エレを軽く超えます。もちろんアクセサリーも様々な防衛魔法が付与されています。
そして名門の人々は腕の立つ魔法使いでもあるのだ。テロリストに負ける道理がない。
この場はもはやおっさんの独壇場だ。名前の知らないおっさんは軽く肩を竦めると、やれやれとテロリストたちに白けた視線を向ける。
ありがとうおっさん。あんたがこの場の主人公だ。このまま終わらせてくれ。
「さて、警備はなにをしているのかわからんが、儂が貴様らを制圧してやるとするか」
名も無いおっさんに合わせて他の出席者の中でも功績を求める人々がテロリストへとじりっと近づく。
「くっ、ブルジョア階級が! その強力な魔力により人びとを苦しめる世界の癌め。これで終わりだと思っていたか?」
テロリストは手に小さな水晶を取り出すと、爆弾のスイッチのように突き出す。
「ん? なにを━━━」
「ブルジョアに死を!」
おっさんの訝しげな声に叫び声をかぶせると、テロリストの手の中の水晶が黒く禍々しい光を発生させる。他のテロリストたちも同様に水晶を取り出して、その力を解放する。
皆がその閃光に目を細めて防ごうとする中で、それは起きた。
テロリストたちの肉体が漆黒の魔力に覆われたかと思うと、その肉体が変容していた。
精霊鎧が歪んだ造形の醜悪な形へと変わり、テロリストの服が弾けて紫色の硬質の肌を見せて、頭には角が生え、背中から蝙蝠の翼が出てくる。顔は覆面が取れて、瞳孔が爬虫類のように縦に開き、顎が突き出すと口からは牙を生やして、その顔立ちは獰猛な羊のものとなった。
悪魔だ。テロリストたちは悪魔と変わっていた。
『ライブラあーちっ』
熱々のフカヒレスープを飲んでいたライブラが解析を行おうとして、舌を火傷する。フカヒレスープを飲みながら叫ぶからだ。その間抜けなところも可愛いけど。
『バフォメット:レベル6』
どうやらレベル6の悪魔らしい。ハーケーンの手の者に違いない。
突然、悪魔化したテロリストを前に動揺するおっさん。
「な、なんだその姿は? 魔物に変化する魔道具だと!?」
「今度も笑えるか試してみろ、ブルジョアめ!」
手の中に炎の玉を作り出すと、バフォメットはおっさんに軽い挙動で放る。軽く放っただけなのに、炎の玉は銃弾のようにおっさんに飛んでいき、動揺するおっさんに命中した。
「ぐわぁぁぁっ、なぜ精霊障壁が発動せん!」
先ほどのように精霊障壁により防がれることもなく、おっさんは炎に包まれるとゴロゴロと地面を転がって苦悶の声をあげる。
名もなきおっさん退場の模様。ありがとうおっさん、さようならおっさん。あんたは蝋燭の火のように輝いていたよ。
「精霊障壁は発動していたぞ? ただ私の炎の威力に耐えきれずに泡のように弾けただけだ」
バフォメットは上から目線の傲慢な口調へと変わり炎に包まれるおっさんに嘲笑を返す。
その様子を見て、このテロリストたちは自分たちを傷つけることのできる存在だと理解して、出席者たちは顔を真剣なものに変える。悲鳴を上げたり、混乱する者たちが誰一人いないのは、この物騒な世界で支配者層であるという証だ。
空気が戦場のものへと変わり、ひりつくような世界に変わる。
「動くなと言ったのに、貴様らは動くんだな! なら、我らの力を思い知れ!」
『サモンレッサーデーモン』
バフォメットが人差し指を床に向けると、漆黒の魔法陣が展開されて会場全体へと広がる。そして、まるで湧き出すように魔法陣から次々とコウモリのおばけのような人型の悪魔たちが這い出てくる。
『レッサーデーモン:レベル4』
地上街区の面々にはきついレベルの悪魔たちだ。
「こ、こいつら、レベル80超えだ。この召喚された魔物もレベル60を超えてるぞ!」
出席者たちの一人が敵の強さを鑑定できるのだろう眼鏡を向けて、驚きの声を上げる。そういや、俺とは違う仕様だったか。だいぶレベルに差があるな。
「逃げられないように、ブルジョア階級の足をもぎ取っておけ!」
バフォメットの声が戦闘の合図だった。お互いに魔法を放ち、剣や槍を取り出すと斬り合いを始める。怒号が響き渡り、剣戟の音がそこかしこから聞こえてくる。
爆発音が響き、爆煙が会場を覆い、煙の影でどこかの少女がせっせと料理をしまっていった。本当にタッパー持ってきていたのね。
「なんじゃ、この茶番は? どこの家門の商品紹介じゃ?」
呆れた声でアイテムボックスから斧を取り出すバッカス。煙の中から襲いかかってきたレッサーデーモンを頭からかち割った。達人の動きで、その強力な一撃はレッサーデーモンを縦に分断したにもかかわらず、床は砕けていない。床に触れる瞬間にピタリと止めたのだ。
「まぁ、茶番でしょうね。民主主義解放戦線なんて初めて聞きましたし、警備が誰一人気づかないなんてあり得ませんわ」
新たに現れるレッサーデーモンへ片手に纏った炎を向けて、アイギスが一瞬で燃やし尽くして、疲れたように嘆息する。
さすがは当主たちだ。動揺の欠片も見せない。バフォメットあたりなら苦戦するだろうが、量産型レッサーデーモンあたりでは相手にならない。
そして茶番だとも理解していると。かなりの戦闘力を持っている悪魔たちを売り出す宣伝だとでも思っているのだろう。
だが違う。これは宣伝のためではないことを知っている。
「きしゃぁぁ!」
ゾロリと生えた牙を剥きだしに、レッサーデーモンがランピーチにも向かってくる。
その突撃を前にランピーチは軽く手を突き出すと、レッサーデーモンの額に添える。軽く触れただけではあるが、体に巡らせた超力を使い、自身の高レベルの体術を駆使したものだ。
触れられたレッサーデーモンは手足があらぬ方向にねじ曲がると、ついにはバラバラとなり空中を飛んでいき床に落ちていった。
『豪空投げ』
敵の力を利用して投げ飛ばす空気投げを超えた技。自身の力も使い、敵の身体にダメージを与える。弱い敵なら、肉体は千切れてバラバラとなります。
つまらなそうにフンと鼻を鳴らすランピーチをバッカスとアイギスが横目で観察して、その力に偽りなしと理解して舌を巻く。
「さて、この場合、俺はどうすれば良いと思う?」
「ふむ………あの羊頭は儂らが手伝わないと倒せんじゃろう」
ランピーチの問いに、バッカスがバフォメットを見て唸る。確かにバフォメットは人間には厳しい相手だ。
「避難をしたほうが良いわ。あれは軍に任せて、私たちはこの会場から脱出しましょう。どんな罠が仕掛けてあるかもわからないわ」
アイギスは反対に脱出することを提案する。たしかに危険な相手であるし、切り札を隠し持っていてもおかしくないが━━━。
「母上、ここは脱出を! 俺が女子供は保護します!」
予想通りというか、必死な顔で東光が駆けて来る。後ろには戦闘力を持たないゲストとして出席した裕福な一般人たちが続いている。
あからさまに会場を覆う煙が不自然だと思っていたんだよ。戦闘にしても、この煙は多すぎる。
「そこの幼女は保護するわ!」
東光の取り巻きの少女がドーナツを手にしてぼんやりと立っているメイを抱え持とうと手を伸ばす。
コウメとチヒロはガン無視で分かり易い。
「あぁ、その子は俺が抱っこしていくから大丈夫」
トンと軽く床を蹴ると、少女の頭を掴んで地面に叩きつける。
「な、何をするんだ? 味方だぞ」
「少し力を入れすぎたか、すまないね。でも、この子たちは俺が安全に連れて行くから安心してくれ」
怒鳴る東光へと笑い返し、コウメとメイは抱っこしてチヒロはおんぶだ。
だってこいつらに任せたらメイは行方不明となるからな!




