166話 パーティーと小悪党
「ふんふんふん〜、おしょろいおしょろい〜」
「ふんふんふん〜、お揃い、お揃い〜」
コウメとメイのご機嫌な幼女二人。魔法を駆使して、超一流デザイナーが三日という短期間で作り上げたお揃いの可愛らしいドレスを着て、サイドテールをやっぱりお揃いのリボンでまとめて、鼻歌を歌いながらおててを繋いで会場へと入る。
「ラン、私の装いは大丈夫でしょうか。変ではないですかね?」
「うん、可愛らしいよ。美しい意匠の着物を着てると、チヒロは一段と美しさが際立つな」
挙動不審となっているのはチヒロだ。来る途中からソワソワし始めて、自身の着物の裾を落ち着きなくいじっていたので、ランピーチは安心するように褒め称えていた。本当に可愛いし。
「ランも似合ってますよ。えぇと、サングラスをつけたら完璧かもしれません」
はにかみながらチヒロは微笑みランピーチを褒めてくれて、後ろで借金取りの黒服に見えますねとクフフとからかう少女の声はスルーしておく。
ボスの横に待機する量産型黒スーツが似合いすぎる男。それが小悪党ランピーチ・コーザなのだ。
七夕祭に参加を決めて訪れたのだ。チヒロとコウメとメイはランピーチの家族だよとのアピールをするため、4人での参加である。
他人のふりをして、後ろに続くライブラとミラはたまたまランピーチと共に入場しましたとの風を装って離れていく。この会場の警備をお願いしているのだが、本命のミラがテーブルに載っている料理を凝視してふらふらと歩いていくので心配だ………。
ドライは他の面子と共に既に潜入済みで、裏で警備中。後でご褒美をたくさんあげないとな。灯火とノノは俺の隣にいるとチヒロの影が薄くなるので、後から入場するつもりだ。
会場に入ると空気が一瞬ピリリとひりつき、様々な思惑のこもった視線が突き刺さる。予想通りなので、特に緊張はしないがサワーでも貰おうかな。え、レモンサワーないの? ワインとウィスキーオンリー? あ、清酒はあるのか。それをください。
入場して即座にウェイターから清酒をもらい、グビグビと飲む泰然不動の男ランピーチ。にやりと笑い、酒を飲む姿はどこからどう見ても、ただ酒だから飲んでやろうという小物のせこい男にしか見えない。
「あれが朱光家の長男か? あの小物っぽい男が?」
「そうだ。私は見たことがある。だが、身体から滲み出るような威厳はないな」
「与し易い男のようだな。隙だらけそうだぞ?」
「たまたま地下街区と縁を持てただけの幸運男のようだ」
七夕祭という大きな祭りで初めてランピーチを見た者たちが、侮りの表情を浮かべる。ギラギラと目が怪しく輝き、甘い汁を吸おうと口元が歪む。
ランピーチを知っている者たちはその様子を見て、骨までしゃぶられて破産すれば良いと嗤い、特に忠告するつもりはない。情報をしっかりと集めるのも、家門を率いる者の能力だ。
様々な思惑が交差する中で、ランピーチは素早く周囲を見渡し、その顔を確認する。
(俺を見ているやつは抜かしていいだろう。メイに視線を向けた奴は誰だ?)
今回、七夕祭に参加したのはランピーチの存在をアピールすることが目的の一つだが、それ以上にメイの存在を気にする奴がいないかだ。
メイの真の姿、幼女であることを知る者はハーケーンの人間もしくはハーケーンと繋がっている者だ。そいつと少しばかり友好的な会話をしたいと思います。
獲物を狙うハイエナのように鋭くかっこいい視線で、ランピーチは物色するように周りを見渡す。その姿が周りにどう見えるかはわかっていない。
そして、メイを見て何人かの様子が変わったことに気づく。メイとコウメを見て、ハァハァと興奮気味な顔になる怪しい目つきの紳士は除外しておきます。
(ふむ………予想通りの人間が反応したが………)
ちらりとライブラとミラを見ると、二人も確認をしたのか、小さく頷く。
『ソルジャー、このローストビーフ、すごい厚さだよ。レアで口の中でとろける柔らかさだよ。もう一枚食べても良いかなぁ?』
『持ち帰りの作戦を開始します。タッパー部隊を召喚しましょう。ノルマは最低タッパー3つ満タンです』
二人の意見を聞く必要はないようだ。
最後に頼りになるのは自分自身だと、遠い目をするランピーチです。
「ランピーチ殿、遅かったじゃないか。今日一番に注目されているのだぞ」
「初参加だから緊張していたんだよ。ほら、家族連れだしな」
ドスドスと足音をたてて、友好的な笑顔をするのはバッカスだ。本来は、目立たないように接触をするつもりだったが、だいぶ作戦内容が変わったので、気にすることなく俺も愛想よく笑い返す。
「家族を連れてきたのか。チヒロ嬢は美しい装いで結構、結構。儂も伝手を紹介した甲斐があったというものだ」
大声で笑うバッカス。その思惑はランピーチと友好的な関係を築いており、親交を持っているとのアピールだ。周りは耳をそばだてて、ランピーチとバッカスの会話を盗み聞きしているので、アピールは成功といえる。
「お久しぶりね、朱光新さん。まさか子供までいるとは思わなかったわ」
「どうも鎧塚アイギスさん。これほど大きな祭りだ。子どもを連れてきても変じゃないだろ? 後で短冊に願い事を書くつもりなんだ。楽しみだよな」
もう一人、声をかけてくる女性が近寄ってくる。美しい顔立ちに凛々しさと狡猾さを見せる女性、鎧塚アイギスだ。着物姿がよく似合っている。
その視線が鋭くメイとコウメに向かう。お子様二人はテーブルに載っているゼリーを取ろうと背伸びをしていた。
「そういえば七夕祭って、願い事を短冊に書くものだったわね。そんなことすっかり忘れていたわ。なにせつまらない会話をしなくちゃいけなかったし。偉くなるというのは、つまらなくなるのと同義なのかもしれないわ」
「ガハハハ、アイギス殿が言うと重みがあるな。たしかにつまらん会話をすることが多くなった。儂としては必要最低限の会話でも良いと思うのだがな」
皮肉げにスパイスを込めたアイギスの言葉に、バッカスは大笑いをする。
「まだ、俺はそこまでの境地に至っていないから怖いものがある」
肩を竦めて、対等な立場ということを口調で表す。既に神経戦は始まっていた。
なぜならば、バッカスは俺のことをランピーチと呼び、アイギスは朱光新と呼ぶ。ランピーチ・コーザという立場を認める小野寺家と、朱光家という武装家門としての一員として扱う鎧塚家と、既にその時点で勢力争いは始まっている。
「まぁ、これから多くの人々と交渉すれば嫌でも身につくスキルだ。儂も若い頃はこれだけの家門と付き合っていかなきゃならんのかと考えて、夜も眠れないほどに緊張していたこともある」
「あら、そんな殊勝な時代が貴方にもあったなんて驚きだわ」
ホホホと笑うアイギスの様子には変なところはなさそうだが━━━。
「ところで━━━子どもが一人いるのは知っていましたけど、もう一人いるのは知らなかったわ。紹介していただけるかしら?」
「もちろんだ。コウメ、ミコト。ミコトはこの間、俺の子供になった」
視線をメイたちに向けるアイギスへと返答すると、会話が耳に入ったメイが口を生クリーム塗れにして、ポテポテとやってくる。コウメも釣られてポテポテと続く。
ぱっちりおめめをきらりんと輝かして、ちょこんと頭を下げてのご挨拶だ。
「あたちはめ、ミコトでしゅ。お父さまの子供でしゅよ。よろしくしゅるでしゅでしゅ」
「コウメです。5しゃいです。おじさん、おばしゃんよろちくね!」
しっかりとしたご挨拶だ。ランピーチはよく挨拶ができましたと、二人の頭を撫でてあげる親バカな男である。キャッキャッと二人の幼女は喜んで、嬉しそうに頭を突き出して、もっと撫でてとおねだりだ。
「パパしゃん、このしょーとけーきおいちいよ。たべてたべて!」
「抱っこして、良い子だねって抱っこして!」
食べかけのしょーとけーきを勧めてくるコウメ。すっかり抱っこがお気に入りとなったメイはランピーチの腕を掴んで、よじよじと登ろうとする。ちなみにミコトはメイの偽名だ。
「あらあら、仲の良い親子ですね。この年では子育ても大変でしょう? 後継者として教育を始めてるかしら? 良かったら、腕の良い家庭教師を紹介してあげるわよ。東光も教わった教え方の上手い家庭教師なの」
「後継者になるかはまだまだわからないが、生活に困らないようにはするつもりです。それに、今は子供らしくたくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん寝て、すくすくと育って欲しいから、家庭教師は遠慮しますよ」
「ランピーチ殿の気持ちもわかるな。偉くなっても良いことなどないし、まだまだ5歳だ。少しずつ勉強はしていけば良いだろう。家の子供も5歳の時は勉強などせんかった。いつも家庭教師から逃げてたぞ」
ほのぼの子育て談義をする3人。その裏では鎧塚家の紐付き家庭教師などいらないと言う副音声付きだ。
「チヒロさんもその歳で子育ては大変じゃない? 良いベビーシッターを紹介するわよ?」
「お気持ちはありがとうございます。ですが、コウメたちはとても良い子ですし、ランの子供なら育てる苦労などありませんので、遠慮いたしますね」
今度はチヒロに矛先を変えて攻めてくるが、チヒロも慣れたもので、ニコリと愛らしい笑顔でお断りを口にする。
傍目からは、友好的な会話に聞こえて、その空気が柔らかいために、他の家門の人々もランピーチとの縁を作ろうと集まってくる。
そうして、世間話に似せた取引を勧められて、言質を取られないようにのらりくらりとかわしていく。朱光家の両親はランピーチのアピールの場だと気づいており邪魔をしないように近寄ってこない。
メイはコウメと共にまた料理を食べに行き、騒々しいが、まだ平和的なパーティーとなる。
遠目に灯火がノノと共に同世代の男女に囲まれているのが見える。鶴木村正が槍田の当主のおじいさんと話しており、皿を空にすることに使命感を持っている少女はスルー。
(意外と平和だな。メイに絡むやつもいないし、拍子抜けだけど、搦手から攻めてくるつもりか?)
少し緊張を緩めて、清酒をゴクリと飲む。そろそろ俺も料理を食べたいんだけど、おしゃべりタイムはいつまで続くの?
ひとしきり話をし終えて、タイミングを計っていた村正が槍田家のおじいさんとこちらに向かおうとして━━━。
「全員動くな! この会場は民主主義解放戦線が占拠した!」
どこからか怒声が会場に響いてくるのであった。




