161話 起きる幼女と小悪党
鎧塚メイは鎧塚家の分家だ。本家の当主を補佐する秘書を代々しているらしく、弁護士や会計士を兼任しているので、本家を支える重要な家門である。
その中でも鎧塚メイは今までで一番の腕を持っていると言われている。目の前で殺人を犯しても無罪にする恐ろしい弁護士であり、契約では骨までむしり取るエグい契約内容にすると言われており、実際にそのとおりだ。
その凄腕の鎧塚メイの正体はといえば幼女だ。うつらうつらとしていた意識が段々と覚醒し始めて、メイはゆっくりとおめめを開く。
少し硬いマットレスに身体がこわばっている。目の前には半透明のガラスがあり、メイの覚醒に合わせて、空気が抜ける音を立てて、ゆっくりと開き始める。
「ふわぁ〜、おはよ~ございましゅ」
ちっこいおててを縁にかけて、んしょと起き上がると、ぺたりと床に足を下ろす。ひんやりとした床がちべたくて、うひゃぁと小柄な身体を震わせちゃう。
ねむねむとおめめをこすりながら欠伸をする。殺風景な床も壁も天井も真っ白な部屋だ。メイが寝ていた時間停止カプセルしか、その部屋には存在しない。
壁にはガラスがはめられており、壁向こうにいた白衣の人たちがぽかんと口を開けて呆然とすると、次の瞬間には驚愕の顔へと変わり、慌てて部屋へと通じるドアのロックを解除する。
ピピッと電子音が響くと、ドアが開き慌てた様子で白衣の人たちが入ってくる。
「メイ様!? なぜ起きたのですか? 予定にはなかったと思いますが!? ルン様からはなにも聞いていませんが?」
驚くのは当たり前だ。メイはこの1200年間で、運命の分岐点でしか起きていない。だいたい10日間ほどとなる。百年に一日起きる程度だ。
なぜかこの半年間は起きることが多いが、それでもその総計時間は1ヶ月にも満たない。それに起きる時間はお母さまに厳密に決められているのだ。
「えへん、お母さまにはナイショでしゅが、なにかうんめーの分岐点を感じたのでしゅ」
「運命の分岐点ですと! それはいったいどのような内容なのでしょうか?」
皆が深刻な顔となる。きっとお母さまに聞いていない運命の分岐点だからだろう。
そう、この運命の分岐点はメイにとって重要なのだ。
なぜならば、すいーつばいきんぐに行けるかどうかの分岐点なのだから!
「それはでしゅね………え~い!」
『誰もメイが起きたことに気づかない運命』
テイッと空中にある無数の運命の糸から、一本を掴み取る。糸を手にした瞬間、風鈴が鳴るような音がして世界がブレる。
「あぁ、なんだっけ? そうそう、今度のゴルフコンペの話だっけ?」
「アベレージ80を切ったって本当かよ、ハンデ無しで?」
白衣の人たちはその音色を聴いた途端に顔が虚ろとなり、よろよろと歩くと部屋を出ていき、部屋の様子を確認するモニターの前に座ると何事もないかのように振る舞い始めるのだった。
その様子をふんふんと見て、うふふも口元に手を添えて笑うメイ。うまくいったみたいなのでしゅ。
「お母さまにはナイショなのでしゅでしゅ。これはあたちの大事な用事なのでしゅから」
起きるのは運命の分岐点のときだけ。なので、確実に運命の糸を掴みたい時に起こされるのだ。お母さまはよくやりましたねと頭を撫でてくれるので、とっても嬉しい。
でも、ご飯が軍用レーションなのは不満なメイだ。なぜ味を気にしないのかというと、今起きている悪魔たちは意図的に力を制限しているので、ご飯の味がわからないからだ。でも、制限されていないメイは味のないカロリーだけの軍用レーションだけでは不満だった。
なので、今回はお母さまに内緒なのだ。
「メイの内緒のお弁当なのでしゅ! それじゃあしゅっぱーつ」
フンスと鼻を鳴らし、部屋着を着替えると、テテテと脱出する幼女だった。たぶんオペレーションとお弁当を間違っているが、幼女は気づかなかったし、気にしないのだ。
強固なセキリュティもメイには通じない。どんなに難しいロックもメイにとっては、開いたドアも同然だ。ペチペチと叩くと全部偶然解除しちゃうのだ。
「見つからないように。見つからないよーに」
通路の影からこっそりと先を覗くと、捻じくれた黒い鎧を着た多くの悪魔兵たちが通路を巡回している。なので内緒のお弁当中の幼女は、こっそりと後ろを通り過ぎる。
ていやと背を屈めて、隠れちゃうのだ。
「ん? メイ様? なぜ………。いや、気の所為か」
こっそりと歩くのに、なぜか毎回気づかれちゃうので、運命の糸を使って対応する。毎回なぜか気づかれるので、不思議に思いながら、外に出るエレベーターに進む。
そして、エレベーターが見えてきた時に━━━。
「あれぇ? メイ様じゃないっすか? 何をしているんですか?」
聞き覚えのある元気な声音にぎくりと身体を強張らせる。ギギッと振り向くと、三人の少女たちが立っていた。クーコ、シス、アトだ。訓練でもしていたのか、ラフな格好だ。
「ピーピーでしゅでしゅ。メイって誰のことでしゅか? あたちはメイじゃないでしゅよ」
口笛は吹けないので、ヒューヒューと風を吹くメイだ。とぼける演技で誤魔化そうと、くるくるとバレェのように回転もしちゃう。
「メイ様の姿はいつ見ても可愛らしっすね!」
「本当に。写真に取りますので、いえ、ここは動画を撮りますので少しお待ちを。あぁ、最高のカメラを用意しておくんでしたっ!」
クーコとシスがあたちを見て、うるうるとかんどーのおめめを向けてきて、少し恥ずかしくって、照れちゃう。もう少しバレェを見せても良いよと、もっと回転しちゃう。それを見て、やんややんやと二人は拍手をしてくれるが、コホンと咳払いをして、アトが終わらない幼女ダンスを止める。
「どうしたのですか、メイ様。ルン様からはなにも聞いてはおりません。今日は起きる日ではありませんでしたよね?」
その生真面目な表情に、ううっと怯んじゃう。他の人たちとは違って、この3人はメイの眷属なので運命の糸の影響を受けないのだ。
なので、ゴクリと唾を呑み込むと、きりりと真面目な顔をする。おめめをうるうるさせて、断られたら泣いちゃうからねと幼女のお願いだ。
「実はすいーつばいきんぐに行くところなのでしゅ! 夢のようなぱーちーなのでしゅでしゅよ!」
正直に答えると、3人娘は顔を見合わせて、どうしようかと迷う。
「ウ~ン、すいーつばいきんぐですか。メイ様もお年頃ですね。甘いのは私も好きですよ」
「ぱーちーなのが良いのでしょう」
「そうだな。今までのメイ様の暮らしを考えると問題はあるまい」
3人共に肯定的な言葉をあげるので、パアッと花咲く笑顔に変わるメイ。その眩しい笑顔に、3人娘は顔を緩ませて、癒されると悟りを得たような笑顔となる。
「やったぁ。それじゃあ行ってきまーしゅ!」
喜色満面の笑顔となり、ぴょんこと飛び跳ねる幼女は走り出そうとして、首元を掴まれちゃう。後ろを振り向くと、アトが苦笑をしていた。
「我らがお供します、メイ様」
「うん。ありあと〜」
「お任せください!」
「絶対に守る………」
思いがけずに3人と一緒に行けることになって、とっても嬉しい。ふんふんと鼻歌を歌いながら、エレベータへの乗ると上に上がる。
「すいーつばいきんぐって、ケーキとか出るらしいでしゅよ! ほっぺたが落ちないように気をつけなきゃ!」
「おー、それは大変っすね! それじゃあ、ほっぺたを押さえながらケーキを食べると良いっすよ」
「ふむふむ、ためになりましゅましゅ。それならいくらでも食べられるもんね!」
クーコの忠告をメモしなくちゃと、ふんふんと頷く。
「ですが、どこのすいーつばいきんぐですか? 鎧塚家のホテルでしょうか?」
「む、そういえばそうだな。せっかくメイ様が食べに行くのだから、美味しいすいーつばいきんぐを選ばないといけないだろう。メイ様、どこのすいーつばいきんぐに行くおつもりでしょうか」
「それはねぇ〜、うふふ、どうしよっかな〜。教えてあげようかなぁ〜」
くねくねと身体をさせて、むふふと笑うメイだ。秘密を内緒にしたいお年頃なのだ。
「えー、教えてくださいよ〜」
チンとエレベーターが停止して、外に出ながら楽しそうにお喋りをするが━━━。
「あら、これはこれはメイ様ではないですか?」
大人の女性の不思議そうな声に、慌てて見ると、豊満な体つきで美しい顔立ちの妖艶な空気を醸し出す女性が3人、前方から歩いてきていた。この3人も見知っている相手だ。
3人共にパーティーに出るかのように豪華なドレスを着込んでおり、宝石を身に着けて着飾っている。
「ピーピー、あたちはメイじゃないでしゅよ? なんの話か分からないでしゅ」
この3人の女性はお母さまの眷属なので、やはり運命の糸が通じない。なので、頑張って誤魔化すしかないのだ。
だが、3人の女性はあらあらと上品に頰に手を添えると冷たい目を向けてくる。
「その様子を見るに勝手に起きたのですね。あらあら、駄目ですよ、メイ様。メイ様はルン様の命じた時にしか起きてはいけないのです。それ以外は起きていてはいけません。さぁ、ベッドまでご案内します」
「す、すいーつばいきんぐ………」
その強い言葉に怯み、もじもじと指を絡めて、ちっちゃな声でおねだりするが━━━。
「駄目です。来たる悪魔の世界になれば全て自由となるのです。それまではお母さまの言う通りにしておくのです」
その声音からはお願いは聞いてくれそうにないとしょんぼりしちゃう。運命が通じない相手にはメイはひ弱な幼女でしかないのだ。
今日のお出かけは失敗だなと、涙目になる。だが、そんなメイの前に3人が守るように出てくる。
「いやいや、たまにはお出かけもいーんじゃないっすかね?」
「たまの息抜きは必要」
「そのとおりだ。それにメイ様を威圧するなど何様のつもりだ。不敬だぞ」
クーコたちが指を鳴らして、好戦的な笑みを向けると、相手の女性たちは腕を組んで、睥睨してくる。
「あらあら、ここで力の差をみたいと言うことなのかしら?」
「仕方ないわね。泣いて土下座する姿を見るとしましょうか」
「ふふふ、手足を引きちぎってあげるわ」
対して相手も好戦的な笑みで、内包する魔力を解放していく。お互いの魔力が通路を埋めていき、バチバチと空気が揺らぐ。
「さぁ、私たちがこの3人をボコボコにしていくっすから、今のうちに行ってきてくださいっす」
「すいーつばいきんぐ楽しんできてください」
「さぁ、お早く」
クーコたちの笑顔に押されて、メイは強く頷く。
「わかりまちた! それじゃあ行ってきまーしゅ!」
メイはみんなの応援を受けて、てってと駆け出す。
目指す目的地。すいーつばいきんぐへと!




