160話 怪しげな話と小悪党
「そもそも、このような地震が発生し始めたのはつい先日のことなのだ」
バッカスはソファから立つと、棚に置いてあるウイスキーに手を伸ばす。
「飲むか、ランピーチ殿」
高級そうなウイスキーだ。なにせクリスタルガラスの瓶に入っている。片手にウイスキー、もう片手に器用に二つのクリスタルグラスを手にしているのが、ダンディでよく似合うおっさんだ。
「それじゃあ、せっかくだし頂こうか」
なので、ランピーチもダンディサさでは負けないぞと、脚を組んでクールに笑う。小悪党がクールに笑う場合、裏切るんじゃねと、他者には思われる可能性があるが、それはきっと被害妄想に違いないと思います。
テーブルに置いたグラスにウイスキーをトクトクと注ぐバッカス。ランピーチは透き通るような茶色の液体を見ながら、ウイスキーって、常温で飲むんだと驚いていたりした。
だってウイスキー苦手なのだ。ビールやワイン、日本酒に焼酎も好きだが、どうもウイスキーだけは樽の匂いがきつくて、ハイボールも遠慮していたのだ。なので飲み方は詳しくない。
「この地震をどう思った?」
グラスを受けとり、やっぱりこの匂いが苦手だなと思いながらも、我慢して飲んでグラスを手元で揺らす。ウイスキーは苦手だけど、こーゆーシーンではかっこいいので、飲むしか選択肢はないのである。
「まぁ………あれだな。どう考えても、この死骸ウァプラが復活する前兆だろう」
ランピーチがきた途端に始まるイベント。ゲームっぽいなと、もう一口ウイスキーを飲む。せめて氷入れてくれないかな。冷たいウイスキーならまだ飲めると思うんだけど。
「だよなぁ…………儂もそれしかないと思っている。なにせこの建物以外は揺れていないからな」
バッカス自身も驚いてはおらず、落胆したように肩を落とす。
「皆も薄々気づいてるのだろう?」
「あぁ………。だが、なんとかなると考えているものが多い。念の為に財産を他に移動しているものもいるが、たとえ地上街区でも、高額の財産を移動させるのは危険が高いから、そこまで多くはないな」
一生を贅沢に暮らせる金を見て、命を賭ける者は多い。それは混乱の中では顕著だ。もしかしたら治安の良い地上街区でも、警察を出し抜いて上手くいくかもと、手に武器を持ち強盗に早変わりする者がいるのである。
「地上街区も一皮剥けばスラム街と変わらないな。で、心当たりはあるのだろう?」
口に入れるふりをして、ウイスキーを亜空間ポーチに流し込む。飲めないならやめておけば良いのにと思うのは二流。この場のクールな空気を壊すことはしないのがランピーチなのだ。
「このウァプラは、無限の鉱石を採掘できて、『精霊粉』の影響も受けない貴重な施設だ。儂ら小野寺家はウァプラという無限の資源を背景に、優れた技術を以てして、この地上街区ではトップに近い力をもっていた」
なぜかじろりと目を向けてくるバッカス。睨まれる理由がわからないな。
「だが、最近はどこかの奴が食べ物から始まり、治安維持の人工精霊を持ち出してきていてな。次にくるのは、兵器関連や日常製品ではないかと戦々恐々となっている」
睨まれる理由がわかっちゃったぜ。
「地下街区は武器までは手を出さないだろう。小野寺家が困ることはないと思うがね」
これは本当だ。なにせ武器関連は経験値を必要とする。誰が好き好んで、武器を売りに出すというのだ。その場合は俺の経験値が減っていくのだから。
グイグイとウイスキーを水みたいに飲みながら、バッカスは鋭い視線を向けて、本当なのかと確認してくるが、すぐに目つきを緩める。
「まぁ、そうだろうな。地下街区が自分たちの優位性を失うことはしないだろう。だが、万が一という可能性が頭によぎるのは仕方ないことだし、その可能性を恐れて行動する者はどこにでもいるのだ」
「ふっ、老人のジレンマというやつだな」
空になったグラスを掲げて、見事なグラスだねと観察するふりをしておかわりを注がれるのを防ごうとするランピーチだ。
『ソルジャー。それを言うなら囚人のジレンマだよ』
「老人になっても囚人は隣人を信用しないからな」
ライブラがこっそりと教えてくれるので、誤魔化そうとするランピーチ。かなりこじつけのように感じるが、バッカスはなるほどなと頷く。
「皮肉の効いた言葉だな、ランピーチ殿。だが、言い得て妙だ。どんなに歳をとっても、他人を信用する者はほとんどいないだろうな」
世間とはそんなもんだとバッカスは眦を顰める。
「そして、そんな奴らが今回の騒動の原因だ。奴らは未知の技術を求めて、ウァプラの奥にある侵入禁止の祭壇に向かった。そして、戻って来なかったのだ。その後にこの地震が発生し始めたのだ」
「侵入禁止の祭壇? なんだそれ?」
興味深いキーワードだ。侵入禁止とか絶対に入りたい。
「この死骸が生まれた1200年前に作られた施設だ。といっても儂らは入ったことがなかったために内部はわからない。外側の扉はどんな攻撃でも破壊はできなかったことだけだな」
壊そうとしていたらしい。そりゃ技術を求めるドワーフだ。我慢できるわけがない。
「入ろうとしてるじゃねーか。まぁ、そりゃそうか。オカルトかぶれの盲目的な人間でもなければ、内部に入ろうとするわな」
「先祖代々、扉を壊すことを目的としてきた。が、開いた際の責任は開いたものに帰属するものだ。欲しいが手に持つと途端にいらなくなるジョーカーのようなもんだ」
呆れた視線を向けるが、鉄仮面レベルの分厚い面の皮をしているバッカスはケロリとしている。
「ひどい話だ。で、話は続くんだろ? 扉奥に向かった奴らが戻ってこないからと、手をこまねいているわけがないよな」
「破壊したなら誉れとなるが、そいつらはどこからか扉を開けるキーカードを手に入れたようでな。普通に開いて中に入った。無論、追撃部隊として、完全装備の精鋭を送り込んだのだが、帰ってこんかった」
「話が繋がったな、ここで俺に調査を依頼したいと言うわけか」
「うむ。儂らも愚かではない。精鋭が逃げることも許されなかった危険な場所に追加で部隊を送る愚を犯すわけにはいかん。ここはランピーチ殿と合同で調査隊を送ろうと考えていたところ、決闘の話が耳に入ったというわけだ」
「合同?」
「そう、合同だ。ランピーチ殿も地下街区の操り人形で終わるつもりはあるまい? それなら取れる手段は取っておいたほうがよいぞ? 小野寺家との技術提携は必ずランピーチ殿の力となるだろうからな」
「呆れるね。もしもウァプラが復活すれば、小野寺家はおしまいだぜ?」
「だからこそだ。どうせウァプラが復活でもしたら、儂ら小野寺家はおしまいだ。それならば復活を阻止、もしくは他の原因を取り払うことに成功した際に、最大限に利益が出るように動いてもおかしくない話だろ?」
「仰るとおりで」
ガハハハハと笑うバッカス。没落をする可能性があっても取り乱さずに合理的に動けるのは感心だ。しっかりしすぎてはいるが、それが武装家門の当主ということなのだろう。俺が同じ立場なら、持てるだけの財産を持って、さっさと逃げるかもしれない。
『ライブラ。このウァプラを解析できるか?』
だが、それもウァプラが復活すればの話だ。顔には出さずに思念を送ると、ウイスキーって、よく飲めるなぁと、人差し指をグラスにつけて舐めては顔を顰めていたライブラがニパッと笑顔となる。
『任せてよ。このライブラちゃんの能力の有り難さを魅せるときさ!』
最近は単なるアホな娘と化していたライブラは空中でトビウオのように飛び跳ねると、身体を回転させて、手をかざす。
『ライブラあ~い! ピピリピ。見えてきた、見えてきたよ!』
擬音まで口にして、むふふと指を突きつけてくるアホかわいい巫女に合わせて、空中にログが表示された。
『死せしウァプラ:復活までのエネルギー28%充電中』
なにこれ? エネルギー充電中? いつもと違う表示じゃないかとライブラに尋ねようとしたが、コテリと首を傾げているので止めておく。たぶん『宇宙図書館』のやったことなのだろう。
『死せしウァプラの復活を止めよう! 敵レベルはエネルギー充電率により変動。現在はレベル3』
そして、新たなるクエストもログに追加された。この間の空間の狭間事件は『宇宙図書館』とのネットワーク接続が切れていたため、クエストは発行されなかったので悔しい思いをしていたが、今回は大丈夫の模様。
(エネルギー充電率によって変動するクエストかよ。ということは放置すればするほど、敵は強くなるといったところなんだろうな)
今はレベル3。今気づかなかったら大変なことになったのは火を見るよりも明らかだ。
『これは成長タイプのクエストです。ウァプラはエネルギー吸収タイプの悪魔でしたからね』
そして、ミラのホログラムがふわりと舞い降りる。クエストと聞いて、すぐにやってきた模様。
『これを見つけなかったから、悪魔が復活して大惨事だったんだね! ラッキーだよ、ソルジャー。ここで倒しちゃおう』
シャドーボクシングをしながら、ふんふんと張り切るライブラ。たしかにレベル3ならあっさりと倒せるだろう。俺たちは幸運だった。
ライブラの言うとおりだ。ゲームでもあったのだ。放置するとどんどん強くなる敵。山手線ボスとか、そんな感じだった。時間経過により、敵のボスの強さが次元が変わるのだ。
『敵のエネルギーは10%を超える毎にレベルが上がっていきます。90%を超えると、レベル9になって、最強のボスへと変わるでしょう』
ミラが深刻な顔で頷く。その態度から敵の強さがわかるというものだ。
『なるほどな………。それは危険だな』
『よーし、それじゃあ、ソルジャーと私の合体の出番だね! さぁ、さっさと倒しに行こう』
張り切るライブラを見る。そしてミラを見る。
『敵のエネルギーは10%を超える毎にレベルが上がっていきます。90%を超えると、レベル9になって、最強のボスへと変わるでしょう。大体一ヶ月くらいだと予測します』
そう、幸運だった。
「わかった、バッカスさんの言う通りに共同で調査を開始しよう。だが、こちらも用意しなくちゃならないからな。そうだな、一ヶ月くらい先にしようじゃないか」
ランピーチはニコリと微笑み、その小悪党スマイルをバッカスに向けるのであった。
『えええええぇぇぇ、なんでさ!』
『経験値とドロップアイテムを最高レベルで手に入れるために決まってるだろ』
『経験値とドロップアイテムを最高レベルで手に入れるために決まってるからですよ』
そして、叫ぶライブラへと、ケロリとした顔で二人の返答がかぶるのであったりした。
大丈夫、大丈夫。被害が出ないように保険もかけて万全の準備をしておくからさ。




