159話 小野寺家と小悪党
車の高性能ぶりには驚いた。走っていても、まったく揺れることはないし、椅子はフカフカで沈み込む程に柔らかい。足を伸ばせて、眠ることもできそうで、車というよりホテルのようだ。
使われた技術は魔導の粋を集めたのだろう。いや、魔導技術だけではない。小野寺家の持つ車やソファなどの製造技術も使われているのだ。これは客を乗せて、丁重に扱い歓迎しているように見せかけての、小野寺家の力を見せる示威行為だ。
その目論見は今回も上手くいって、チヒロは落ち着かなくソワソワして、椅子を触ったり、ランピーチの裾を掴んだりと挙動不審となっている。
ランピーチはチーズケーキが空中に消えてなくなる不思議現象が起きたら都市伝説の一つだと言い張るために、新たなる都市伝説のストーリーを考えていたりするが。目に見えない幼女がいて、車の冷蔵庫にあるチーズケーキを時折食べちゃうとか、どうだろうか?
小野寺家の当主、小野寺バッカスとしては、チヒロではなく、ランピーチにこの車の凄さから聡く威圧されてくれれば良いと思っていたが、全然興味がなさそうなので、多少落胆しながら世間話を続けていた。
チヒロだけ驚くという、少し不平等なところがあるのに、チヒロは到着後にまた驚くことになる。
窓の外の景色が流れていくのを見ながら、チヒロが遠くに見える建物に目を疑う。
「あの………ラン、あれはなんですか?」
自分の目で見ても信じられないのだろう。それはそうだ。初見の人間が必ず驚く建物がチヒロの視線の先にはあったからだ。
「あぁ、あれは小野寺家の特徴というべき建物だな。ドワーフらしい住処と言えるだろうよ」
ランピーチは大したことのないように、肘掛けに肘をかけて教えてあげる。ランピーチは驚くことはない。なにせゲームで嫌と言うほど見たことがあるからだ。
「ガハハハハ、お嬢さんは驚いてくれたか。ランピーチ殿も驚くリアクションをしてくれると、儂も少しばかり楽しいのだが、やはり知っていたか」
「まぁ、小野寺家に一度でも来れば忘れないだろう建物だからな」
「そう言ってもらえると、ドワーフ冥利につきると言うものだ。そのとおり、我らはあのような建物を好むのだよ」
豪快に笑いながら、バッカスが外へと視線を向ける。皆の視線が向いた先━━━━。
そこには、岩でできている巨大な山があった。そして、その丘の壁面には無数の扉が備え付けられており、窓もついている。
「あれこそが儂らドワーフの住む居住区にして研究所にして工場にして鉱山でもある『聖山』だ」
得意げに語るバッカス。驚く者たちにこの山を見せるのは何度見ても楽しい。
聖山と言う割には、地肌は岩で覆われており殺風景である。高さは五百メートルほどで、幅も七、八キロはあり、小さな街くらいなら、すっぽり入るだろう。
「えぇ~っ! な、なんであれだけ巨大な山が遠くからは見えなかったのですか? 遠目にはまったく見えませんでしたよ?」
大口を開けて唖然とするチヒロ。普段は見知らぬ相手がいる場合は猫をにゃ~んとかぶって澄ましているのだから、それだけ驚いているのだろう。
不思議がるのも当然のことだ。だが、その理由をランピーチは知っている。
「あの巨大な岩山は古代に死んだ魔物の死骸なんだ。死しても遠くからは視認できない不可視の障壁を展開させている。まぁ、これくらいに近づけば視認できるので、たいしたことはないけどな」
「おいおい、そこは小野寺家の者に説明を譲ってくれ。驚く者たちに説明するのは、儂らにとっては楽しみの一つなのだからな」
「少し調べればわかる有名な話だろ? まぁ、気持ちはわかるからどうぞ譲るよ」
肩を竦めて軽く鼻を鳴らす。説明するのって、教えたがりには楽しいものだもんな。バッカスはランピーチが譲ってくれたことに肩をバンバンと叩いてくる。痛いから止めて欲しいんだけど。
「あの岩山は聖山などと呼ばれてはいるが、実のところ、ただのモンスターだ。元の名前はウァプラ。どれだけ巨大なモンスターだったのかはあの死骸でわかるだろ? その体は様々な鉱石で作られており、少しずつ再生もする。元はモンスターの死骸だから、他のモンスターが湧くこともない。そして物理的魔法的にも強力な耐性を持っている」
「はぁ………。モンスターの死骸にお住みになってるのですか」
「そうだ。ドワーフの本能とも言うのか、鉱石の取れる山に住むと心地よいのだ。なので、本家を含めて、小野寺家の皆はあの山に住んでいる」
「あの山に住むことがステータスとなっているんだ。あの山に住んでいないで、小野寺家の傍流を名乗ることは許されていない」
「おっ、ランピーチ殿は儂らのことをよく調べたのだな。そのとおり、あの山に居を構えるのは小野寺家では憧れなのだ、ガハハハハ」
なにが楽しいのか、バッカスは笑い続けて、ほぅほぅと梟のように頷くチヒロ。
まぁ、前世でのタワマンみたいなもんだ。バッカスをプレイした際に、その辺の設定は覚えている。
「ウァプラねぇ………」
ゲームでは無限に採取できる鉱山の裏設定なだけだった。特に問題はなかったのだが━━━。
「なんとなく嫌な予感がするぜ」
ポツリと呟いて、ランピーチは近づく聖山を眺めるのであった。
◇
「ようこそ、小野寺家の総本山であるウァプラに! 歓迎するぞ、ランピーチ殿」
岩山に住んでいるといっても、原始人のように洞穴を掘って住んでいるわけではない。計画を立てて綿密なる計算をして、中に居住空間を作り、住居を作る。
なので、見上げるほどに大きな岩山に、現代的な綺麗な研究所のような外壁で補修してあり、正面玄関には自動扉が備え付けられている。
車を降りると、すぐに自動扉を潜り抜ける。初夏の中で空気が暑くなり段々と外に出るのがきつくなる季節。内部はクーラーがよく効いており、暑さの中でホッと安堵する。
「内部は普通なんですね。研究所みたいです」
涼しい風が頬を撫でて髪をまとめながらチヒロが周りをみて感心する。内部は外側の無骨な岩山からは想像できない内装だった。
なにせ壁はクリーム色で汚れはなく、薄型テレビが取り付けられていて、正面受付にはパソコンを備え付けたカウンターに受付嬢がニコニコと笑顔を絶やさずに座っていた。
内部に進むにはセキュリティのためなのか、電車の改札口のようなゲートもある。
「ガハハハハ、そりゃそうだ。洞穴を掘るだけで住めるほど、儂らも無神経ではないのだからな」
内部にはスーツや白衣を着込んだ多くの人々が忙しなく行き交い、仕事をしていた。人々といっても、ほとんどがドワーフのため、かなり珍しい光景だ。
チヒロは物珍しげに周りを見ており、周りのドワーフたちも、小野寺バッカスが連れてきた客人をチラチラと見ている。
「あれは誰だ? 当主様が直々に案内しているぞ?」
「知らん顔だ。武装家門のお偉いさんなのだろうが」
「少女が客人で、あの隣にいる男はガードマンとかじゃないのか?」
「小悪党に見えるもんな。何人か人を殺していてもおかしくない」
小悪党スキル発動。皆の第一印象を下げるパッシブ効果である。
「なにか見られてますよ、ラン」
ちこんと裾を握ってきて不安そうなチヒロの頭をポンポンと撫でる。なんと小悪党はなでぽを会得しようとしている模様。
「そりゃ小野寺家の当主様のご案内だからな。まぁ、誰も絡んではこないだろ、気にすんな」
「それもそうですね。それよりも小野寺家の当主がなんで私たちを連れてきたのか気になります」
ランの言うことならと、素直に頷き頬を安堵に変えるチヒロ。
そうして足取りも軽くなり、バッカスについていく。岩山の中なのに息苦しさは感じず、閉塞感もないのは、全てがゆったりとした余裕を持って作られているからだろう。通路もしかり、4人がすれ違っても余裕の道幅だ。
「初期に建てる際に、綿密な計画で建てたんだな」
「今も昔もドワーフは腕を見せたがるし、何かを作ることも大好きだからだ! これは儂たちの本能ゆえに常に完璧を求めてしまう。よしついたぞ」
機嫌良さそうにバッカスが魔木で作られた大扉の前に立ち止まる。どうやらようやく話し合いができるらしい。
◇
応接室も内装は豪華でありながらもセンスよく纏められている。家具の一つ一つに精緻な意匠が彫り込まれていたり、職人のこだわりを感じさせる見事なものだ。
小野寺家の召使いが丁寧な所作で人数分のコーヒーをおいていくと、バッカスはソファに持たれかる。
「さて、挨拶は良いだろう。早速デザイナーを呼ぶので、お嬢さんはドレス室に移動してくれるかな? 何着でも作ってくれて構わない。宝石商も呼んでおくので、ランピーチ殿へと美しく着飾った姿を見せてやるんだな」
その物言いでチヒロはバッカスが自分を眼中にないと気付いた。そもそもチヒロのことを名前を呼ばずにお嬢さん呼びだ。ランのアクセサリー程度の存在だと認識しているに違いない。
(不満だけど仕方ないわね。今はランの名前を売り出しているところだし、私はいてもいなくても気にもしない小石のようなものね)
チヒロは不満であるが、いずれはランの隣にふさわしい立場になると強く思いながらランを見る。
ランピーチもそのことには気づいていたが、口にはしない。バッカスはどうやら俺に用事があるようだし人払いをするということは他人に聞かれたくない内容なのだろう。
チヒロや召使いたちが部屋を出ていくのを確認すると、バッカスは防諜のためフィールドを張る。
そして、先程までの豪放磊落な姿は鳴りを潜めて、深刻な顔となる。
「今回、ランピーチ殿をお呼びだてしたのはほかでもない。この地上街区では有数の戦力を持っているからだ」
「? 俺の戦力が必要で呼んだと? 小野田家にある戦力じゃ不安なのか?」
予想外の言葉に面食らうランピーチ。
「あぁ、実のところ危険な」
最後まで言う前に、足元が揺れる。カタカタと小さな震動が発生して、すぐにおさまった。
「これなのだ。最近地震が多い。調査をお願いできないだろうか?」
バッカスの苦虫を噛み潰したような表情を見て新たなるクエストかなと、ランピーチは目を細めるのであった。




