158話 バッカスと小悪党
「すいーつばいきんぐ、すいーつばいきんぐ。楽しみでしゅ。早く来ないかなぁ。お昼寝すれば、すぐにぱーちーの日になるかも!」
もうすいーつばいきんぐが頭にいっぱいの幼女は、むふーと鼻を鳴らすとテテテとスキップしながら去っていく。そしてスキップは下手らしくポテンと転倒した。
「あう、転んじゃった。あたちのドーナツ………」
涙目となり、ドーナツを拾う幼女メイ。手伝いたいが、ここはぐっと我慢だ。たぶん今までで一番罪悪感を感じます。なるほど、幼女の姿は最強だな。恐るべし運命の悪魔メイ。
そうして、涙を拭いつつ幼女はポケットにドーナツをしまうと帰って行った。
ランピーチ的には最強格の幼女が去っていって一安心だ。でも、他の人にはできるエリート秘書に見えるんだろうな。不思議な感じだ。
『まずいぞ。あの幼女が黒幕だと勝てる気がしない。なんとかしなくちゃな』
最強は伊達ではないかもと、内心震えるランピーチ。社会的にもゲーム的にも、幼女を殺すのはアウトだ。
『黒幕幼女はメイじゃなくてアイですよ。それにしても永遠の幼女って、お菓子を皆から貰えそうでお得ですね。私も幼女固定にすればよかったです』
『幼女固定はやめてください。それだと幼女に頼る青年の図になるだろ。情けなくて涙が出るぞ』
相変わらず強欲なミラの言葉にため息をつきながら、あの娘の対応法を考えることにするが━━━。
『とりあえずは本命の方の相手をするか』
東光とメイとタイミングよく入れ替わりに、ドスドスと重々しい足音をたてて入ってくるビル樽のような短躯のおっさんを見て目を細める。
小野寺バッカス。武装家門の当主にして、ゲームの主人公の一人だ。
◇
タイミングを計っていたのは間違いあるまい。なにせ、東光たちが立ち去ったら、入れ替わりに現れたからだ。
縦よりも横に広い体躯。ビル樽なような身体つきだが、太っているのではなく、鍛えられた筋肉の塊だ。ドワーフという種族の特徴でもある酒好きな赤ら顔に、顔の半分は髭で覆われている。脳筋に見えるが、その節くれだった指からは想像できない器用さを見せるのはファンタジー世界と同じだ。
ライオンのような髪型と髭があわさり、その態度も余裕があり、強者としての貫禄を漂わせているのは、誰あろう武装家門の中でも製作において右に出るものがいない家門の当主にして、パウダーオブエレメントの主人公の一人、小野寺バッカスであった。
道場に入ると、忙しそうに働く人々の中を迷惑をかけることなど気にせずに、モーゼの海渡りのように人をどけてランピーチへと歩いてきた。
「ガハハハハ、これは不運な事故でしたな、ランピーチ殿! おっと、儂の自己紹介も必要かな? 一応自己紹介をしておこう。儂の名は小野寺バッカス。小野寺家でこき使われる当主という名のブラック管理職をやっている!」
親しげに背中をバンバン叩いてくる体育会系のノリのおっさんだ。いるんだよ、初対面なのにやたらと親しげにしてくる奴って。
ランピーチ的には苦手な相手となる。こーゆーノリの相手は人の話を聞かないし、強引に話を進める奴が多い。そして、自分の考えが一番との頑なに意思を変えないところも多いしな。
「ランピーチ・コーザだ。こちらの名前の方が名前は売れていると思うから、朱光ではなく、ランピーチでよろしく」
まぁ、これからの取引相手なのだから、子どもみたいに嫌な顔を見せるわけにもいかないので、ニコリと微笑み返す。自身では、人の警戒感をとく優しい笑みだと思っているので、もちろんバッカスは顔を引き攣らせて、一歩後ろに下がった。どうやら好感度はバッチリ上がったらしい。
「それにしても、もう事故扱いにするとは気が早くないか?」
メイの能力によるものだろうが、それでも早すぎだ。非難の目を向けるが、バッカスは肩に手を回してきて、親しげな様子を見せてくる。ますます苦手なタイプだ。
「あの秘書はやり手でな。下手につつくと係争だけで何ヶ月もかかる。そんな面倒くさいことは嫌だろう? そんなことに時間をかけるくらいなら、別のことに注力した方が良い。ここは鎧塚家に大きな貸し付けをして、将来ドコンと返してもらおうじゃないか」
事故にさせるもっともらしい理由を口にするバッカスだが、本当にそれが自分の意志なのかは疑問だ。『事故とする運命』にしている場合は、ランピーチたち以外は逃れられないかもしれないからな。とはいえ、ここで反論しても無駄だろう。
「その貸し付けの利息はどれぐらいだか教えて欲しいね。もちろん複利なんだろ?」
貸し付ける側にとって最高なのは複利であることだ。30万でも、複利で一年間放置すれば、かなり良い稼ぎになる。
うへへとほくそ笑むその姿は、さすがは小悪党である。
「利率については、ランピーチ殿の腕次第じゃないか? まぁ、さっきの話し合いでも、結構な金額を奪い取ったようだし、満足いく取り立てはできるんじゃないか?」
「俺の恋人は凄腕なんでね。鎧塚家にはたっぷりと利息を含めて取り立てるつもりだ」
それに金を分捕って来れたところを見ると、長く一緒にいるチヒロも運命の影響はあまり受けてなさそうだ。
『目の前の殺人すらも無罪にする』と噂の鎧塚メイを相手に短時間で賠償金をもぎ取ったと、その才能の高さをチヒロは周りに見せて一目おかれるのは少し後の話となる。
「で、小野寺家の当主がなんのようか教えてもらっても良いか? 特にアポイントはとってはいないと記憶しているが」
「そりゃもちろん、儂の土地で起きた揉め事だ。しかも相手は地下街区との取引を成功した朱光家の次期当主ときている。挨拶をして置かなければならないと思うだろう?」
「あぁ、そういうことか。たしかに俺も武装家門の当主たちに挨拶をしておきたいと思っていたから助かるよ」
本当は目立たないようにパーティーで接触する予定であったが、東光のせいで自然に会うことができたので断わる理由はない。誰が見ても、ランピーチの方が用事があるとは思わないだろう。
七夕祭りは普通に楽しめば良い。楽しめるかどうかはわからないけど。
「まぁ、時折会うこともあるだろうし、よろしく頼む。それじゃあ話も終わったことだし、帰るとするよ」
とりあえず、貴方なんか興味はないわと駆け引きをするべく、そっけないふりをして、肩に回された手を振り払う。これが女性が振り払ったら、イベント性のあるシーンだが、ランピーチがやったので、怪しげな商売をする小悪党にしか見えなかった。
(もちろん、引き止めるよな? 引き止めてくれよ?)
と、ランピーチはパチンコで当たれ当たれと、激熱リーチがかかって画面を凝視するおっさんのように祈りながらも、立ち去ろうとする。もちろん引き止めてくれなかったら、ムーンウォークをして、バッカスの周りを彷徨く所存。
ランピーチの祈りはパチンコでは通じなかったが、今回は通じた。
「まぁまぁ、そうつれないことを言うなよ。せっかくの出会いは大切にしないといけないぞ? ランピーチ殿は、恋人のドレスを買いに来たのだろう? なら、家に来い。家門には腕の良いデザイナーがいるからな。そいつらを使ってくれ。なぁに、ドレス代はうちが持つ。ドレスだけじゃない。アクセサリーや靴も用意するぞ?」
「行きましょう、ラン! 結局のところ、決闘をしたせいで、なにもなっていませんし、小野寺ブランドなら、一着数千万エレはするはずです。アクセサリーとかを合わせたら億に届くかもしれないのがタダです」
太っ腹なことを言うバッカスに目を輝かせるチヒロ。タダという言葉に弱いのはどの世界でも同じ模様。
決闘で有耶無耶になったさっきのブティックには悪いが、得てして予想外の大きな取り引きとはそういうものである。
ランピーチの腕はチヒロにしっかりと掴まれており、ぎゅうぎゅうと強い圧力をかけてくる。ここで首を横に振ると、チヒロの好感度が減少するのは確実だ。
それに、バッカスと話し合いをしたいのは俺の方だ。これはチャンスである。
「そうだな、タダなら少しばかり交流しても良いか」
やれやれ恋人に付き合うのも大変だぜと、肩を竦めて、頭をふる小芝居をするランピーチ。だが、一応その演技は通じたようで、ランピーチの言葉を聞いて、バッカスは破顔する。
「よっしゃ、それじゃあ、ランピーチ殿を我が家に招待しよう。外で車を待たせているんだ。ここで交友を深めるのは難しいだろうからな」
バッカスだって、思惑はある。単に善意からランピーチに挨拶に来たわけじゃない。お互いに、悪巧みをしており、結果がウィンウィンなわけなのだ。
◇
小野寺家の車に乗って移動。さすがは地上街区では有数の金持ちの小野寺家だ。車もリムジンのように車体は長く、それでいて軍用装甲車のように縦にも長い。しかも車内は椅子席の間も広くゆったりとしている。
もちろん、小さい冷蔵庫も完備しており、ワインなどが入っている。
「すごいですね、ラン。世の中にはこんな車が存在しているとは」
恐縮仕切りで、体を縮こませてチヒロはランピーチの耳元で小声で囁く。なんとなく恋人っぽいねと顔を緩ませて頷くランピーチだ。
『すごいですね、プーさん。ケーキが入ってますよ。チーズケーキを用意している車なんてあるんですね。ライブラ、アニメティは持って帰っていいんですよ』
『4つあるから2つずつ食べられるよ』
まったく遠慮のないミラとライブラが冷蔵庫を覗き込みながら告げて来る。サポートキャラって、こんなんだっけと遠い目をするランピーチだ。そして、チーズケーキはアニメティに入らないとも思う。あれ、アニメティじゃなくて、アメニティじゃないっけ?
「ガハハハハ。このリムジンは最新型の車だからな。気に入って貰えたならプレゼントするぞ?」
「え、いえ、そこまではもらえません。お気持ちだけいただいておきますね」
数十億エレはするだろう車はさすがに断わるチヒロ。
「そうか、そうか。だが車に驚いてくれて、使った甲斐もあるもんだ。だが驚くのはまだ早い。小野寺家の本家屋敷を見てくれ」
そうして、窓の外へと顔を向けるバッカスに釣られてランピーチもチヒロも目を向けると━━━。
「わぁ、これが御屋敷ですか!?」
森の向こうに薄っすらと見えてきた屋敷を見て、チヒロは大いに驚くのであった。




