153話 誘いと小悪党
東光は呆然としていた。目の前の光景は予想外であり、自分にとって極めてまずい結果だと、楽観的に考えても最悪だとわかるからだ。
「た、大変だ! 朱光家の次期当主を罠にかけた結果となってしまった! 転移罠なんか誰が仕掛けたんだ。最高峰の魔法で、今では古代遺跡でしか手に入らない貴重な魔道具なのに!」
愚かしく騒ぎ立てて、自分のセリフに、さらに馬鹿なことを口にしたと青褪める。
「どういうわけでしょうか? ラン、いえ、新さんにそのような罠を仕掛けたと言うのですか?」
新の恋人が東光へと詰め寄ってくる。その顔は怒りに染まっており、元々際立った美貌も相まって、睨まれるだけで怯んでしまう。
そりゃそうだ。希少な魔道具を使える人間など、ここにいるではないか。即ち、鎧塚家の次期当主である自分だ。そういえば、この道場、新築なのに誰もいない。そして誘ったのは自分で、道場内に魔法陣は仕掛けられていた。第三者が調査をするまでもない。真っ黒だ。
だが、それでも俺はやっていないのだ。
「こんなわかりやすい罠を仕掛けるわけないじゃないですか! 誰が見ても俺の仕業とわかるなんて。しかも相手は飛ぶ鳥を落とす勢いの朱光家ですよ? そういえば、なんで俺はくだらないことで決闘なんて言ったんだっけ?」
「誰が見ても、罠だとわかるからこそ、逆に犯人と思われないと考えてのことではないでしょうか? 鎧塚の力ならいくらでも揉み消すことができると考えたのでは?」
腰に手を当てて、チヒロは相手を責め立てていたが━━━。
(罠だとしてもランは死なないわよね? けろりとした顔で帰ってきそう)
根拠はないが、なんとなく直感が伝えてきたので、実はあまり怒っていない。
(それよりもこれを利用して、お金とかを引っ張れるだけ引っ張ってランにこれだけ分捕りましたと褒めてもらうチャンスよね)
怒ったふりで、鎧塚家から賠償金を貰おうと、内心で気合を入れるチヒロだった。
ぎゃいぎゃいと騒がしく話す二人を見て、東光の取り巻き三人組はその口元に薄笑みを浮かせていたが、東光もチヒロも話し合いに忙しく、まったく気づかなかったのである。
◇
闇が支配する世界。光は欠片も差し込まず、輝くのはライブラの身体のみと言う、なんだかライブラが無駄に神秘性を増しそうな表現を無駄に思い浮かべつつ、どこからか聞こえてくる声にランピーチは顔を顰めていた。
「俺をハーケーンで雇うと? それは予想外だし、大企業のヘッドハンティングは嬉しいけど、どういう意味を持つかわかっていってるのか?」
ヘッドハンティングとは少し嬉しいねと、前世ではそんなイベントとは無関係のランピーチは、口元を少しだけニヨニヨさせて尋ね返す。
「意味はわかっています。人間のハンターにして、不滅たる悪魔を倒せる能力を持つ存在。それだけ有能な方なら、ヘッドハンティングをするのは当然でしょう?」
悪の勢力にしては、納得の言葉である。敵にする前に、好条件で引き抜くのは、妥当な戦略だといえよう。
「やり方が現代すぎるな。で、契約条件はどんな感じ?」
『ちょっとソルジャー!? 条件なんか聞かなくて良いじゃん。なんで聞くのさ!』
そして、小悪党はどんな時でも裏切りを考えている男なのだ。ついつい聞いてしまうのは小悪党のサガである。そして、後から裏切られて死ぬ運命なのも小悪党である。
「それは簡単です。永遠なる命と、考えられる限りの冨貴栄華を与えましょう。具体的にはハーケーンの中核を成す会社の専務か常務。契約金及び雇用条件は少なくとも永遠に栄華を楽しめるレベルとなると思います」
「…………そこは、世界の半分をとか、あり得ない条件をつけるところじゃないか? そして世界の半分という名の小屋を与えられて闇落ちするホッカムリにブーメランパンツの変態勇者に堕ちるんだ。現実的すぎて、俺の心がぐらぐらと激しく揺れてるんだけど? 年俸制か? 外資系企業みたいにサクッと首にする契約じゃないよな?」
声の出す条件が魅力的かもと、裏切りを考えるランピーチだ。赤兎馬を渡されたらコロリと裏切る呂布よりも心が弱いかもしれない。
『だめだよソルジャー! ここまで強くなったのは私と『宇宙図書館』のおかげだよ?』
ランピーチの首を絞めながら、キシャーと暴れるライブラだ。
「安心してください。我が社は終身雇用制です。派遣社員もいますが、正社員の待遇は派遣社員と天国と地獄の違いがあると言えましょう。派遣社員にはない福利厚生、簡単に取得できる有給休暇、たとえ鬱病になっても派遣社員とは違い、治るまで長期病欠にします。育休制度もバッチリです」
遠回しに派遣社員は使い捨てだと教えてくれる声の主だ。派遣社員って本当に酷い制度だよなと、その言葉にドン引きしつつ考え込む。
「鋭意前向きに検討するとして、少しだけ質問良いか?」
「どうぞ。優れた人材を雇用するにはできるだけ話し合いが必要ですからね」
「それじゃ最初の質問は東光はこの罠に絡んでるのか? それともあの取り巻き三人組か?」
あいつが絡んでるとすれば、名優並だ。注意しないといけない相手に入れておかなければなるまい。
素直に答えるつもりはないだろうがと、期待を込めずに尋ねると、クスクスとからかうように笑い声として返ってきた。
「ふふふ、あの方たちは誰も罠について知りませんよ。ただの偶然です。貴方が片隅で疑っている恋人もなにも知りません」
チヒロも疑っていると告げる声の主。まぁ、裏切ってはいないだろうが、操られている可能性は考えていた。これでもチヒロのことは信用しているのだ。
「それじゃ、2つ目だ。俺に接触した意味に気づいているか? ハーケーン社が遥か昔に滅んだ企業ではなく、現在も存在していることを示したんだぜ? 警戒度マックスの内容だ」
これはただの勧誘ではない。あのナイトストーカーとかいう悪魔は古き時代から存在していたが、たまたま目覚めたやつだった。現在に食い込んでいるわけではない。
しかし、俺に接触したことにより、ハーケーンは裏で動いていると告げてきたのだ。これは極めて重要な………?
なぜだか、クスクス笑いは続いており━━━。
「私たちが生きていることをハンターギルドは知っています。未だに教えられていないことに驚きです。水面下で戦争を繰り広げているのですよ?」
ギギッと錆びたブリキ小悪党のように、ライブラへとジト目を向けるランピーチ。まじかよ、なんで教えてくれていないわけ?
『だって、今教えても仕方のないことでしょ? ソルジャーになにができるというわけじゃないし。ほら、ソルジャーには私がついてるし。というか憑いてるし? 許してくれるよね? むぎゅ~』
『そうだな、ライブラの言うとおりだ。教えてもらっても気にしないだろうしな』
今日の接触は肌面積が大きいねと、胸間を大きめにさらけ出し、顔に押し付けてくれるので、柔らかればなんでも良いと思います。
「ふふふ、貴方の立場はおわかりになったと思います。ハンターギルドは貴方をぞんざいにあつかっており、きっと売上のほとんども中抜きされているはずです! このままでは中年まで懸命に働いていても、あっさりとクビを切られるのは間違いなし。ここでスキルアップとしてハンターギルドは踏み台にして、新たなる会社の正社員として未来を掴みましょう。派遣社員は自由度があり、いくらでも好きな仕事につけるという言葉はまやかしです。40歳を超えると一気に仕事がなくなりますよ!」
ものすごい説得力のある言葉だ。正直、ハーケーン社の方が正しく思ってきた。たしかに異世界ファンタジーの冒険者たちも冒険者ギルドにとっては使い捨ての便利な働き手だ。現代のハンターギルドも同様の感じがする。
ハーケーン社に鞍替えしようかなと、ふらふらと揺れる小悪党。ライブラの温かさと柔らかさがなければ裏切っていた可能性が高い。ライブラの温かさとかは心のことだよ? 物理的なことじゃないよ?
なんとか踏みとどまり、浅く深呼吸をすると、気を取り直す。
「それじゃ、最後の質問だ。この空間はなんなんだ? 亜空間ポーチも使えないし、通信も不可能だ。空間的に断絶しているように思えるんだが? なぜ無防備な時を狙ったんだ?」
さっきから亜空間ポーチから装備を出そうとしているのに、亜空間ポーチが開かないし、ミラに連絡をしようとしていても、まったく通信が返ってこない。
「クスクスクス。それはもちろん、断られた時のことを考えたからです。ヘッドハンティングが失敗した場合のハーケーンのとる次の戦略というやつです」
あくまでも笑いをやめない相手にため息をつく。なるほど?
「この空間は、『刹那』の狭間。次元の間隙。あらゆるサポートは届きません。断ったらどうなるかおわかりになると嬉しいのですが」
「ふむ………ここで断るとこの空間に置き去りにされるとか?」
「もっと直接的な行動もとります」
その声とともに、周りからざわりと嫌な感じをする気配が生まれる。
「さぁ、ここで契約をしましょう。貴方の名前と魂を賭けていただければ絶対の契約となります。どういたしますか?」
ただの契約ではない模様。そりゃそうか。きっと悪魔の契約書というやつだろ。
「それじゃ、俺の答えは家に持ち帰って前向きに検討します、だ。契約書ってのはよく読まないとどこに穴があるか分からないからな。特に今回のように魂を縛られるような相手とはな!」
「わかりました。当然の答えかと思います。では、契約を交わすまでは貴方はハンターであり、敵であるということになりますので━━」
パチリと指を鳴らす音がする。
「それまでは私たちも貴方の命を狙いましょう。これは当然の流れなのですから、恨まないでくださいね?」
「あぁ、俺も恨みはしないよ。だが、ここを破壊しても、後で修理費用などを請求しないでくれよ?」
「ふふふ、なにも装備がない状況で貴方の気がいつ変わるか見ものですね。頑張ってください、ハンター」
声の主の気配は消え去り、ランピーチの周囲には危険な気配が集まってくる。
「ヘッドハンティングをする時には相手を名前で呼ぶのは常套手段、好感度を上げる良い方法なんだけどな」
相手の内心を読みつつ、ランピーチは敵へと構えを取り不敵に笑うのだった。




