145話 神殿と小悪党
エネルギー弾が雨粒の代わりとなり、嵐は神殿内を駆け巡り、その全てを暴虐の牙と化した暴風により噛み砕いていった。
それは二重に『極大暴風』を使ったミラと、それに合わせて銃技を使ったランピーチの融合技だ。
ただでさえ強力な魔法は、ランピーチの銃技により風属性ではなくなり、無属性と変わったために、等しく敵へと致命的なダメージを与えたのである。
風の余波がランピーチたちの髪を靡かせる中で、神殿内に存在していた無数の精霊たちの気配が消えていくのを感じた。どうやらうまくいったらしい。
「だいぶ敵を倒せたか?」
「遠い場所にいた敵は危険を察知して防御をしたようですが、敵の損害は70%を超えました。後は一旦帰ってリポップしてからまた来れば良いと思います」
「経験値稼ぎに来たパーティーじゃないからね? それに範囲攻撃で荒稼ぎすると魔法をナーフされちゃうから駄目だ」
ネトゲーはそーゆー荒稼ぎは運営が許さないんだよと、ゲームの世界と現実をごっちゃにするランピーチである。それにここの精霊たちを倒しても経験値は微々たるものだしね。え~と、今ので経験値366手に入れたようだ。
「ピキーン。ライブラセンサーに反応ありさ。来るよソルジャー」
ピピピとアホ毛を揺らしてライブラが忠告してくる。その顔は真剣だけど、君はアホ毛を生やしていなかったように思えるよ? アホ毛キャラは好きだけど時代遅れだよ?
アホなことを考えるランピーチ、それだけ余裕があるという証左ではあるのだが、ライブラの言う通り音速で飛来してくる敵を感知して、ヘイズのマガジンを素早く入れ換える。
「この速さなら風の精霊………だけじゃないのか」
暗闇からソニックブームを巻き起こし飛んでくる精霊が目に入り舌を巻く。
なぜならば、ゴーレムのようなノームをシルフが抱えて飛んできたからだ。どうやら素早さの遅いノームを運んてきた模様。頭良すぎである。
しかも他の生き残りの精霊たちと歩調を合わせてやってきた。
「キュピィ!」
『風岩弾』
シルフがハーピィのような鳴き声をあげると、目を疑うことに、ノームをミサイルのように放り投げた。ノームは手足を丸めて砲丸のようにしており、音速の砲弾が飛んでくる。
「仲間を武器にするとか酷すぎるぞ!」
「ノームの頑丈さから自身のダメージは軽微だと考えたのでしょう」
「なら、全て撃ち落とす!」
フルオートへと切り替えると、ヘイズの引き金を引き、硫化エネルギー弾を撃ってゆく。
『銃弾高速化』
その弾速は音速の砲弾よりも速く、卓越した銃の腕前は『超感覚』のもとで、敵を確実にロックオンしており、正確に胴体の真ん中を貫いていく。
弾丸が外れない驚異の命中精度を誇り、ノームたちは虚しく空中で爆発四散していき、岩の欠片がパラパラと地面に落ちていった。
「キュピー!」
『風刃』
形勢が悪いと気づき、シルフたちが糸のように細く、金剛石のように頑丈で、鋼鉄の塊をバターのようにやすやすと切り裂く風の刃を飛ばしてくる。
「こちらは私が防ぎましょう。団扇を扇いで作った風など敵ではありません」
鞘に入れた刀に軽く手を添えて、居合の構えでミラが前に出る。その顔は普通であり、特に戦闘時の空気を醸し出してはいない。
ひゅうと軽く息を吸うと、摺り足で前に出て━━━。
『風刃短冊切り』
ミラの腕が霞み、空間が無数の剣閃で埋まる。その剣閃は短冊切りのように迫る風の刃を全て切り裂き霧散させて、あまつさえシルフたちをも切り裂いていった。
対空ミサイルに撃墜されたかのように倒される仲間を見て、空中戦では勝算がないと判断し、残りのシルフやノームたちは慌てて旋回し地上へと降りてゆく。
「ふ、見ましたか。プーさんの奢りで買った経験値50000の刀『ドロップ率アップの刀』を」
ドヤ顔のミラがむふんと刀を自慢して、ランピーチは悪魔に取り憑かれたかのように首をギュルンと回転させて、信じられない形相を向ける。
「ツッコミところがありすぎるんだけど? 経験値50000はどこから出たの? まさか前借りじゃないよな? それに刀の名前はそれじゃないよね? それは刀の持つ付与された効果だよね?」
「経験値はプーさん貯金から出しました。ほら、子供からお年玉を預かる親のように貯めていた経験値がちょっぴりだけあるんです。なので、私の装備代はそこから経費として出されるので安心してください」
「全然安心できないセリフッ!」
「この刀は値段の割に威力は絶望的に弱いんですが、効果が最高なんです」
しかも弱いらしい。
「くっ、否定できない! 俺も売ってたら多分それを選ぶ!」
悔しいがミラの言うとおりだ。ドロップ率アップとか、神武器である。たとえ最強の刀を手に入れても、ドロップ率アップの刀を使い続ける自信があります。
親に預けたお年玉くらいに信用できない貯金はない。そして、ちょっぴりだけという経験値もかなり疑わしい。
━━━もしかして、俺のクエスト報酬は中抜きされているんではなかろうか? そういや、コロニーの解放とかかなり安いよな? これはプレイヤーが負担する分だけで本当は……!?
ようやく真実に辿り着きそうになる詐欺師に騙されていた小悪党だが━━━。
「ほら、ソルジャー。敵へと集中しないと!」
むぎゅうと顔に胸を押し付けてくれるライブラの言葉に気を取り直す。そして、今思った考えは『プニプニして柔らかい』という思考に埋め尽くされて、綺麗さっぱり消えちゃうのだった。実にランピーチらしいハニートラップに弱すぎな小悪党であった。
ノームは既に地に手を当てて魔力を練っている。魔力の大きさから極大魔法を使うつもりだ。
「ガァァッ!」
『極大大地裂』
咆哮すると、手のひらから波紋のように魔力が広がっていき、ランピーチたちの足元にも辿り着く。
「残念だな。その技はもう通用しないんだ」
『発勁脚』
ランピーチが足を振り上げると、クレーターでも作る勢いで振り下ろす。踏み込まれた地面は空気を弾き、地面にエネルギー波が広がっていった。
ランピーチのストンプから広がる気と、ノームの放った魔力はぶつかりあい、一瞬放電をすると相殺されて霧散するのであった。
感情のない、機械のような精霊だが、目の前で行われた神業に驚いたように身体を硬直させる。そして、股間から頭までを刀が下から飛び出して真っ二つに切り落とす。
『影転移』
「大技の反動も打ち消さないと小技の前に倒されてしまいますよ」
ノームの足元にある影から刀を振り上げて飛び出したミラがくるりと一回転して地面に降りると、パチンと鞘におさめる。
「きゅいっ!?」
突然転移してきたミラを見て、他の精霊たちが飛び退り距離を取ろうとするが、その横面にエネルギー弾が命中し、頭を吹き飛ばされていき、倒れていくのであった。
「ふ、敵への対応が単純すぎるのさ!」
次々と倒れていく仲間を見て、ランピーチとミラのどちらに集中すればよいのか判断を迷う精霊たちに、ライブラが転移で間合いを詰めると、身体を回転させて、手刀を繰り出す。
『ウルトライブラサークル』
手刀がぺちんぺちんと精霊たちに当たって、ライブラはフフッと強者の笑みを魅せる。
「手が痛いや」
そして手を押さえて顔を顰めると、精霊たちのタコ殴りで消滅しちゃうのでした。硬い精霊を殴って痛かったらしい。多分ライブラのステータスだと豆腐を叩いても痛がるかもしれない。
「パートナーの敵討ち一号!」
『サイキックブレード』
ランピーチが砲弾のように突撃し、敵の間を駆け巡る。
「パートナー二号も敵討ちをします」
『影従者』
ミラも影の戦士を生み出して、敵の間を駆け巡る。ランピーチとミラが交差して、敵の間を鋭い剣閃のように通り過ぎるたびに、新たなる死体が増えていき、ろくな抵抗も許さずに全滅させるのであった。
「ふふっ、私たち三人の息のあった戦いを前にしては、狂った精霊なんか相手にならなかったね」
ふわりと空から降り立ったライブラが胸の前で腕組みをして、薄っすらと笑う。しかし、よくよく見ると眦の端に涙が浮かんでおり、口元はヒクヒクと引き攣っていた。
「そ、そうだな。え~と、俺は精霊晶石を回収しないといけないや。わ、わぁ、精霊晶石がこんなに! 嬉しいなぁ」
「これは落穂拾いのようで楽しいです。横領しないでちゃんと拾ってくださいね?」
目を泳がせてライブラを見ないようにして、気まずげに腰を落として、そこら中に落ちている精霊晶石を拾うランピーチと、ライブラの様子なんかさっぱり気にせずに精霊晶石をポケットに入れていくミラ。
「う、うわ~ん! ひどくない? 私にも活躍の場面を! ねぇねぇ、ソルジャー、そろそろ合体しよう? なんで私だけギャグ要員なの!? 二人ばっかりずるいよ!」
遂に堰が切れたかのように滂沱の涙を流してランピーチにしがみつくライブラだった。胸をはだけて、ランピーチの頭を抱えこむ姿は計算されているようにも見えたりする。とっても嬉しいランピーチだが、それでも豆腐を上回る意志の強さを見せて押し退ける。
「あー、基礎の力を把握しないと強くなれないだろ? それに体の使い方もインストールされたデータよりも上手く使えるようにしないとな」
「そんなの必要ないよ。ソルジャーのカラカラ鳴る脳みそじゃ無理だって! それよりも私と合体しよう! 常にフルパワーで戦おうよ」
「俺だって少しはパワーアップできる戦法とか作れるっての! 無駄じゃない、無駄じゃないぞ〜!」
「無駄無駄無駄無駄ぁ〜。ソルジャー如きの知能では『宇宙図書館』の知識の結晶に勝てるはずないじゃん。私も活躍したいよ〜」
仲が良いのか、悪いのか、醜い争いを繰り広げる二人である。
「さっさと先に行きますよ。神殿内の敵を殲滅したので、ここからは一直線にボス部屋に行けるはずですし」
最後に拾った精霊晶石を袋に入れると紐で縛って腰に下げるミラ。嘆息混じりに先に進んでいくので、ランピーチとライブラも顔を見合わせて、赤面して後に続くのであった。
「なぁ、ミラ? お前、亜空間ポーチにも精霊晶石をしまってなかった?」
「乙女の行動を見るなんてストーカーですか? プーさんは怪しい怪しいと思ってましたが、実は私のストーカーですね」
「誤魔化されねーよ! それも含めてきっちり精算するからな!」
「あー、ソルジャー。ストーカーするなら私にしときなよ。お風呂に入る時間を教えてあげるから。どこでも覗けるドアを使えばいつでもお風呂シーンを覗けるよ」
「あのドアを貶めるんじゃない!」
敵の気配が無くなった神殿内を三人はぎゃあぎゃあと騒ぎながら進み━━━。
精緻な意匠が彫られた黄金で作られた巨大な扉の前に辿り着くのであった。




