144話 再度のチャレンジをする小悪党
埃一つ無い床に、神殿のように太い柱がずらりと聳え立つ広間。仄かな明かりが辛うじて暗闇を押し退けている静寂の空間に蒼い光が柱となって降り注ぐ。
辺りを照らす強烈な光がおさまった後には三人の男女が立っていた。
「戻ってきたぞ、双精霊の神殿に」
一人は小悪党スマイルがよく似合うランピーチ・コーザだ。剣聖の衣はそのままだが、銃を新型に変えている。背中に背負っており、2メートル近い長さの長方形の銃だ。
「ふ、パワーアップした私の力を見せるときだね」
銀髪をツインテールに纏めた巫女服を着た美少女ライブラ。
「ようやく推奨レベルに至ったからには、サクッとクリアして、私の財布をパンパンにしましょう。大黒字確定ですね」
最後は艷やかな黒髪を腰まで伸ばす、凛々しくも可愛らしい少女ミラだ。装甲を取り付けたぴったりの肌に張り付く強化服を着込んでおり、腰には刀を下げていた。
三人は前回撤退をした双精霊の神殿へとリベンジのために訪れたのである。
「今回はパーティーを組んでるし、パワーアップもしているからな。狂った精霊程度にはもう負けないぜ」
自信たっぷりのランピーチである。それだけレベルを上げて、装備も充実させてきた。もはや負けはない。フラグを立てても負けない自信があるのだ。
以前来た時のように、神殿もどきの広間を3人はてこてこと進む。と、やはり以前と同じく敵の気配が急速に近づいてきたのを感じて、立ち止まる。
「倒したはずなのにリポップしたのか」
「魔物はリポップするものです。しばらく放置していたから、全部元通りになっているはずですよ。リポップしていなかったら稼ぎが減るのでラッキーでしたね、プーさん。時給が悪かったら、用事を思い出して立ち去るところでした」
「ネトゲーであったトラウマを持ち出さないでくれ。中核のジョブを操るプレイヤーがその言葉を口にしてたよ」
やれやれと肩をすくめて、背負った銃を構える。コロニーで奮発した新型だ。
遠くから狂いしシルフが駆けてくる。まったく前と同じエンカウントで、やっぱりゲームの世界だなと苦笑してしまう。
「さてさて、それでは俺の新しい力を」
「ふ、待ってよソルジャー。私の力を見せる時。ライブラちゃんも強くなったところを見せないとと思うのさ! 最近影が薄い感じもするし!」
余裕の態度で大股でランピーチたちの前に出るライブラ。拳を前にだし拳法家のように構えると、遠目に見えたシルフへと目を向ける。
「私のスピードの前に沈んじゃえ! とぁたー!」
フッと、ライブラの姿が掻き消えると、次の瞬間にはシルフの前に姿を現す。ライブラだけの使えるスキル。幽体化しての転移による移動だ。
シルフも突如として現れたライブラを前に立ち止まり、対抗するべく構えを取ろうとするが遅すぎた。
「ほちゃー、ウルトライブラチョップ!」
久しぶりの特技を口にして、ライブラがチョップを振り下ろし━━━シルフの腕の一振りで発生した衝撃波によりバラバラになった。まるで紙のようである。
「あちゃー、ウルトライブラ展開すぎるな」
さすがはステータス3。赤ん坊でも勝てるだろう強さのライブラだった。哀れに思い、顔を手で押さえてしまう。弱すぎるだろ。もう少しなんとかならないのかね。
「くっ、やつは強いよソルジャー!」
パッと復活するライブラが、ヌヌヌと悔しがって背中にしがみつく。ラーメンよりも早い復活をする少女である。どこらへんに悔しがる要因があるのか教えてほしいところだけど?
「そりゃ、ライブラよりは強いだろうよ。というか、お前は死ぬ痛みとかないわけ? うさぎたちも不死なのに死ぬのは怖がるぞ?」
「それはうさぎたちは人間の感覚が残っているのと、私は痛覚を十分の一に抑えてるから、初期の条件が違うのさ」
3秒で復活するライブラの言である。こやつ、本当に純粋な人工精霊なのか。どうも他と違うのが引っかかるんだよなぁ。
「プーさん、接敵しますよ」
「了解だ。やってみますか!」
ミラのタイミングの悪い警告に気を取り直すとシルフへと銃口を向ける。
ライブラを倒したシルフがこちらへ飛ぶように数メートルの間合いを詰めて手をかざす。手のひらに暴風が集まっていき、以前と同じ膨大な魔力のこもった嵐が吹き荒れる。
『極大暴風』
人間ならば最高位の風魔法。しかもその威力は人間の魔法使いの数倍はある。
「初見殺しご苦労さん」
だが、以前は驚いたランピーチは今回は余裕の態度で銃口を向けていた。
『超感覚』
時の流れがゆっくりと変わり、迫る暴風はその風の向きさえも観察できる。ランピーチは暴風の中で、ほんの少し偏っている魔力の塊を見抜く。それは暴風の中にある小さな台風の目と言ってよい箇所だった。
「ヘイズの力、見せさせてもらおうか」
ランピーチは新型ロングライフル『ヘイズ』を構えて、引き金に指をかける。以前と違い、どこを狙えば良いか、『超感覚』が教えてくれて、求められる人を超えし技を銃術がフォローしてくれる。
引き金を引くと、ヘイズから水晶で形成された銃弾が発射された。空気を切り裂き、風圧を超えて嵐に向かう銃弾は、途中にて発光するとエネルギー弾へと変化をした。
「硫化エネルギー弾だぜ。たっぷりと味わってくれ」
地上街区では逆立ちしても作れないコロニーの技術で作られた『硫化エネルギー弾』は、途上でエネルギーへと変化して敵の迎撃を不可能とする。その内包したエネルギーは物理弾を超える貫通力と爆発力を伴い、小さな衝撃波を巻き起こす。
小さな衝撃波は、されど嵐の中の目を通り過ぎると、影響を伝播させて暴風をそよ風に変えてしまい、嵐を打ち消しシルフへと向かう。
魔法構造の一番弱いところを狙ったのだ。激しい暴風の中で、秒毎に変わる嵐の目を正確に見抜き、ランピーチは狙い撃った。
打ち消されたシルフは戦闘パターンにない状況だったのか躊躇いを見せるが、床を蹴り回避行動に移ろうとした。これが人間ならば動揺しただろう、しかして感情のない精霊だからこその行動だ。
だが、シルフは転んだ。高速でのステップによる回避行動を取ろうとした分、反発は大きく床に身体を勢いよくぶつけて倒れてしまう。
なにが起こったのかシルフは自身の足元を見ると、影が幼女の形をして蹴りを放った姿勢でいた。
敵によるものだと理解したシルフだが、もはや回避することは不可能で、エネルギー弾に貫かれて四散するのであった。
「『影従者』はなかなか使い勝手の良いスキルのようです。手に入れることができて良かったです」
むふんと平坦なる胸を張り、ワヒャアと後ろに倒れそうになるミラである。
「おっと、ライブラディフェンス!」
そして、クッションのあるライブラが後ろで支えてくれる新展開に、ミラはムゥと少しだけ自分の胸を見るのでした。もちろんランピーチは無言の行をこなしてます。
「『ヘイズ』はどうやらスペックどおりの威力のようだな。さすがは経験値二万をぶっこんだだけはある。可愛いよヘイズ。君こそBDの後継機として、俺が選んだだけはある」
そしてランピーチはニヤケ顔で銃に頬擦りして、とても気持ち悪かった。銃全体はオリハルコンを骨組みとして、精霊石を使用した銃身で覆っている。SF映画チックな未来的なフォルムを持ち、硫化エネルギー弾を使用する強力な銃だ。
コロニーでランピーチが買った銃であり、お値段は経験値二万也。
なんとその威力は800。インフレここに極まりない。
「最初からこの銃を買ってりゃ良かったんだよ。そうすれば戦闘も楽になったのに。ゲームだと最高攻撃力250だったのにな!」
「ですが、その銃は人間では精霊鎧を着ても、反動を抑えられませんよ。プーさんも射撃中、ぷるぷる震えてましたよね? 推奨レベルは8の武器ですし」
「よく見てるなぁ。たしかにこれは戦艦砲を撃ってるようなもんだ。体術レベル7と銃術レベル6でも抑えきれなかったし、レベル制限のある武器なのな」
人外に達したスキルと身体能力でもギリギリだったのだ。ランピーチが射撃をしていた地面は擦れて煙がプスプスと出ている。正直言うと、銃が跳ねないように抑えるのが大変だった。
超越したバランス能力、世界を把握できる超感覚、手に持つ銃を操れる腕前が無いといけないピーキーな銃。それが『ヘイズ』だ。たしかに前回これを持っていても引き金を引いた瞬間に、ヘイズを持ったまま吹き飛んでしまう可能性が高かった。
「戦艦砲並のビームだけで良かったんだが、これもペナルティと思えば納得できる。そして、これからはこれをフルに使うつもりだ」
ドスドスと重量感のある音が新たに響き、ランピーチは余裕のある表情で銃を構え直す。
「シルフでもノームでも、もう俺の相手じゃない。なにせ頼りになる仲間が二人もいるんだからな」
『ピアッサー』
『銃弾高速化』
引き金を引き、スキルを乗せて銃弾を放つ。エネルギー弾は一筋の矢となって、薄暗い空間を照らしながら進み、ようやく光の当たる間合いに入ったノームの頭をあっさりと土塊のように貫く。
後ろに仰向けで倒れて、その石の体をバラバラにしてノームがただの土塊と変わった。
あれほど苦戦していた相手であるのに、あまりにもあっさりと敵を倒すランピーチ。以前とはまるで違う戦闘力を見せるのであった。
「とやー、ウルトライブラ回転、アテ」
右側にライブラが飛んでいき、風を纏って飛んできたシルフを迎え撃つ。とりあえず努力だけは認めたい。結果は見なくても分かるだろう。
だが、間合いを詰めたのはライブラだけではない。シルフがライブラを倒すべく腕をふるった瞬間に、ライブラとは対面にミラが姿を現し、シルフへと鋭い一撃を見舞う。
シルフが風の壁を作り出そうと片手を振り上げて、その腕は肘からポロリと切り落とされて、無防備となった頭から縦にミラは切り裂くのであった。
シルフが腕を切られた理由は、その足元にシルフの影の腕を切り落とすもう一つの影があったからだ。
「合わせてください」
ミラが両手に精霊力を集めて魔法陣を発動させる。それぞれの手のひらから高位魔法を発動させて、暗闇へと撃つミラ。
『ツインウィンドストーム』
二つの暴風が重なり合い、空間を嵐が吹き荒れる中で、ランピーチは楽しげに小悪党スマイルを向ける。
「あいよ」
『レインスナイプ』
銃口から放たれた硫化エネルギー弾はエネルギーへと変換されて、無数の細い糸に変わると、暴風へと入り込み、嵐の中で雨のように同化して、奥へと飛んでいき━━━。
連続した爆発が起こり、広間をその激しい威力で地震のように揺らすのだった。




