138話 燃える地下基地と小悪党
ハーケーンの地下基地はフォルネウスの撃墜により、魔力がオーバーロードを起こし、爆発的なエネルギーが蹂躙し、何もかも消滅をしていた。
本来ならば地上街区で貴重なる技術だと高値で買い取られるはずの端末も、既存の武器を玩具にしてしまうレベルの高威力の武器も、人間を超えた身体能力を持つ兵士たちの死骸も、なにもかもが、エネルギーの津波に呑み込まれて消えていった。
そうして、暫く経過して、空に夜の帳が下りる。まだ残り火が基地の各所で爆発しており、ライオンラビットが去り、国軍が遠巻きにしている中で、黒焦げの基地内で動きがあった。
星空の明かりのもとに、少女のシルエットのような透明な空間のゆらぎがポツンと生まれる。
「敗れてしまいしたか」
幽霊であろうか、そのゆらぎの下で、人影が伸びていき、影が声を発する。
「この結果は予想されたもの」
もう一人、人影が伸びていく。やはり生まれた影は声を発した。
「しかし、問題がある」
またも、もう一人。人影が伸びて、計3人が声を発した。
3人共に女性の声で、超然とした響きだ。その声を聞いたものは、どこか陶然として、なにか危機感を感じてしまうだろう。
「本来ならば転生者が倒す運命であった」
「本来ならば転生者が倒れる運命であった」
「どちらにしても、我らの手から逃れられぬ運命であった」
3人の懸念の声が揃う。
「おかしい………転生者の記憶を奪い取ったことから運命が変わったか?」
「然り。しかしながら、変わった運命でも転生者が相手であった」
「我らの編む運命が大きく変わっている。我らの読む運命は先程の男が相手となった瞬間に変わった」
「読めなくなった。いや、新たなる運命が示された」
「然り、然り。我らは新たなる運命にて勝利を目指せば良いが……」
3人がその声音を懸念から不審へと変えていく。それは絶対に自信を持っていた確信とも言うべき感情が崩された動揺を見せていた。
「チェフェイの運命がもはや無い」
「生き残る未来がない」
「途切れている。生も死も、チェフェイからは運命がない。不滅のはずの悪魔であるはずなのに、滅している」
「あの者に負けた瞬間に、運命が消えた」
「どうやら………地球図書館を出し抜いたと考えていたが、出し抜かれていたのは我らだったようだ」
「………然り。しかしながら、我らの手元には勝利への新たなる運命がある。この道筋を編むのみ」
影の3人は納得したかのように頷き合うと、手を翳す。
「あの者に殺されなければ、運命の糸は消えないようだ。予定通り、再び傀儡を生かそう」
人影の一人がなにかを紡ぐように手を動かす。
「生の運命を紡ぎましょう。もう一つの糸を紡ぎましょう」
人影が厳かな声で手を挙げると、影から一本の黄金の糸が生まれて、宙を漂う。
「死たる運命の糸を切りましょう。その運命を切りましょう」
人影の一人が手を挙げると、その手にハサミを持ち、何かを切る仕草をする。ショキンと軽やかな金属音が響くと、腐ってボロボロの糸が空中に現れて、漂って消えていく。
「繋げましょう。生の運命の糸を新たに編みましょう」
最後の一人がなにかを編むように手を動かす。と、宙を漂っていた黄金の糸が地面から生えてきた黄金の糸とくっつき、編まれて一本の糸へと変わる。
その瞬間に光が糸から漏れ出す。眩しい程に輝く光が壊れた基地内を光で覆うが、運の良いことにその輝きを見たものは誰もいなかった。
3人の人影以外は。
そして、光がおさまると、一人の少年が倒れていた。それは少し前に殺された鎧塚東光であった。たしかにチェフェイに殺されたはずなのに、その体には傷一つなく、精霊鎧も破壊されていない。肌は血色がよく、呼吸も平常で寝息を立てている。
「蘇ったか」
「その表現はおかしい。彼は死ななかった」
「然り。彼は生き残る運命だった」
3人の影は復活した東光を見て満足げに嗤う。影であれど、その嗤う姿は不気味で怖気を感じさせる。
そこで、言葉を発せずに立っていた透明なる少女から声が発せられる。
「わたくしに力を戻すためにも、権能を使い、いち早く精霊力を集めてください。そのためにこそ、貴女たちがいるのですから」
「お任せください、姫よ」
「運命を消す相手であっても、それは毛玉の中のたった一本を切るだけのこと」
「我らに負けはありませぬ」
恭しい態度で3人が頭を下げると、影から少女の手が這い出てくる。ついで頭、胴体、足と、人間の少女たちが姿を現す。
それは東光の取り巻きの3人だった。チェフェイに灰にされたはずなのに、その体には焦げ跡一つない。
「任せましたよ。わたくしの方も転生者の記憶を再度洗ってみます。今回の相手は、対悪魔用に創られた強化精霊戦士ではない様子。この危機を越えてこそ、父の復活が叶うというものですから」
優しい労る声に3人の少女が深々と頭を下げると、満足げに頷いて少女のシルエットをした透明ななにかは消えていくのだった。
そして、その後には寝息を立てる東光と3人の少女だけが残ったのである。
◇
「起きてよ、東光! おーい、起きろー!」
ゆさゆさと揺さぶられて、東光は段々と意識を覚醒させる。早く起きないと、揺さぶられすぎて気持ち悪くなる勢いだ。
「あー、うっせぇな。気持ち悪くなるだろ!」
肩を掴んで容赦なく揺さぶるので、荒々しく振り払い、少し怒りの目で睨む。視界にはいつもの取り巻きの少女たちの姿があった。
「クーコかよ。お前はもう少し落ち着いてください」
3人の少女、元気いっぱいのクーコ、もの静かなシス、いつも冷静なアトだ。
東光が深々とため息をついて、ジト目となると、心外だとばかりにクーコは頬を膨れっ面にして、腰に手を当てると、プンスコと怒る。
「だってー、東光は私たちを守ってから気絶しちゃったんだよ? 心配したんだからね!」
「守った? えぇと……あぁ、そうでしたか」
クーコの言葉に東光は記憶を取り戻し、周りを見渡して口元を引き攣らせる。
「あー、俺はよく頑張りました。これだけの被害の中で精霊障壁を全開にしても、よく生き残れたものだ」
原型を保っていない機器ばかりなのだ。塊が残っていてもスライムを固めたように、グズグズの塊となっており、まだ結構な熱も感じられる。
記憶にあるのは地下街区の兵士と遭遇して戦闘している最中に、上空から新たなる軍勢が現れて三つ巴となり、東光は持ち前の優れた知恵と判断で、敵をぶつからせて、上手く逃げたのである。
しかし敵艦が撃墜されたことにより、炎が基地を襲い、皆を守るために全魔力を使って精霊障壁を張って、生き残ったのだった。全魔力を使ったために少し気絶をしたみたいだが、死ぬよりは遥かにマシだと嘆息するのであった。
「でも、本当に不死身の東光と呼ばれるだけはあるよね。嫡男なのに、危険をおかして最前線で活躍するだけはあるよ!」
「そうそう。普通の人間なら、もう何回も死んでる」
「ですね。あの植物園なんか、よく脱出できたものです。普通なら植物の肥料になっていてもおかしくないのに」
クスクスと笑う3人。その口元には僅かに蔑みも混じっているが、東光は気づかずに褒め言葉を単純に受けて、照れ笑いを見せる。
そうなのだ。地上街区でもトップの武装家門の嫡男にもかかわらず、東光は常に危険な任務を引き受けていた。自身では自覚もなく、知らない間に危険な任務に向かうのだが、常に生き残ってきた。その功績は確実に東光を次期当主へと向かわせる地盤となっている。
二つ名は『不死身なる雷神』だ。
「まぁ、俺は強いからね。君たちを守るためにも、ここで死ぬ理由にはいかないと思ってたし」
「ひゃー! さすがは東光。そーゆーことを言われると、ますます好きになっちゃう」
感極まって抱きついてくるクーコに、頭をポンポンと撫でて、ニヤけた顔となる。
「駄目だよ、東光は私のもの」
「仕方のない二人ですね。東光は私の大切なパートナーとなるんです」
シスとアトも負けじと抱きついてきて、体を押し付けてくるが、精霊鎧がゴツゴツして少し痛い。
(へへへ、俺ってもてて仕方ないよな。今度ベッドに誘うか。………この3人、こんなにアピールしてくるくせに身持ちは固いが、今度こそ3人のうち一人くらいとはいけるはず!)
鼻の下を伸ばして、ニヤけた顔となる東光が抱きついてくる3人を抱きしめ返してやろうと、その手は意図的に胸や尻を狙うが━━━タイミング悪く、3人はサッと離れてしまう。
いつもこうなんだよなと、俺はタイミングが本当に悪いと舌打ちしつつ、気を取り直す。こんなことをしている場合ではない。
溶けた隔壁から覗く空はすっかり夜だ。ここに突入した際には、昼だったから、かなりの時間が経過している。
「な、なぁ、君たちは生存報告をしてくれたかい?」
ここまで破壊された基地だ。自分たちが死んだと思われるのではと、不安に思うが━━。
「ううん、連絡なんかしてないよ。だって東光を放置するわけにはいかないでしょ?」
脳天気な答えが予想通りに返ってきて、蒼白となる。
「なにやってるんだよ。気絶した俺を運んでくれれば良かっただろ? 皆、心配してますよ!?」
「だって、アトが連絡するのは止めようって止めたんだよ?」
「へ? いつも冷静沈着な君がどうしたんだアト?」
怒る東光に、クーコが気まずそうに指を絡めて、上目遣いとなる。それを見て、アトへと顔を向けると、冷静なる目で、当然の判断だとアトは言い返す。
「ピンピンとした東光が貴重なるアイテムを持って帰還するのと、気絶していて、介抱されたふりをして、アイテムを奪われる運命。貴方はどちらを選びたかったの?」
「そりゃ前者だけどさ。貴重なるアイテムって……」
なにもないだろと答える前に、シスがベチンと顔になにかを張り付ける。なんだと戸惑い剥がすと何枚かの金属で作られたカードだった。
「これは………?」
「忘れたの? 他の古代遺跡に入ることのできるセキュリティカードキーじゃん。ここに来る前に見つけたでしょ?」
3人が東光を覗き込んできて、その目がまるで硝子玉のように、人ではないような感じがして、かぶりを振る。たまにこの3人はこんな気持ち悪い顔をする。
「そ、そうだった。うん。と、なると大きな功績ですね。これで俺の立場もまた強くなる」
「うんうん、それでこそ東光だよ」
「次の古代遺跡に期待ね」
「歴史の偉人となるかもですよ、東光」
どことなく不審な感じが頭の片隅でするが、そんなことは目の前にある古代遺跡のセキュリティカードキーの前に霧散した。
「ですね! それじゃここを脱出するとしますか!」
そうして東光は走り出し、3人もついていく。どことなく口調が変わり、少しだけ性格も変わっていたが東光は気付かない。
継ぎ接ぎだらけの記憶や性格を繋ぎ合わせたかのように歪さを見せるが、取り巻きの3人は笑みを浮かべて、その事を気にすることはなかった。




