136話 チェフェイと小悪党
ミチビキと名乗るランピーチは生物的な甲板の上に立ち、グニョグニョして気持ち悪いなぁと顔を顰めて、敵対する狐っぽい敵へと対峙した。
漆黒の毛皮を持つ狐人だが、胸などの急所部分には元精霊鎧だろう装甲がピンク色の筋肉組織と融合して張り付いており、もふもふな獣人というより、皮膚病にかかった危なそうな獣という感じが強い。正直触りたくない相手だ。
『こいつ、何者だ? どこから現れたの?』
明らかに地上人ではなさそうな相手だ。地下街区の人間だろうかと、ミラに思念を送る。ライブラがなんで私に聞かないのと不満そうに肩を叩くが、その理由を本当に聞きたいなら教えてあげても良い。
『あれは古代の企業ハーケーン社の社員の一人です。多分部長クラスだと思います』
『部長には見えないよ? 明らかに軍人に見えるよ?』
『ハーケーン社はコングロマリットだったんです。ハーケーングループを設立しており、鉛筆から世界征服まで、幅広く経営をしてました』
『世界征服が業務って、聞き違いかな? それとも言い間違いかな?』
普通の企業では聞いたことのない経営内容である。一縷の希望を持って尋ねるランピーチだが、ミラはまったく様子を変えない。
『事務から戦場まで幅広く人材派遣をしており、経済、武力で覇権を取ろうとしていたから、ハーケーンという会社名らしいですよ。未だに企業が残っていたとは驚きでした。マダイキノコッテタンデスネー』
けろりとした顔で、驚きましたと口だけは言うミラである。絶対に嘘だと思うが、今はツッコミをするところではないので、ジト目で返すのみに終えるランピーチだった。
なにせ、新規クエストが発行されたのだ。
『悪魔艦『フォルネウス』の浮上を止めよう。レベル7』
『ハーケーンの部隊を撃破しよう。レベル8』
『ボス戦:チェフェイを倒そう。レベル8』
『現在の損害:ガンラビィ3機3000、ミミ専用ガンラビィカスタム10000』
そして、意味不明のログもあります。なにこれ? 損害ってなぁに? 嫌な予感しかしないんだけど。不吉なる数字だよ?
「ミミ、これはなぁに?」
「きゅー、ミミはねぇ、頑張ったの。ミミは前借りして、戦ったけど負けちゃった」
ランピーチの頭に乗っかているミニウサギは、きゅーと鳴いてもふもふな毛皮を押し付けてきて、鼻をスリスリと擦り付けてくるので、ランピーチ的にこれ以上追求するのは無理となりました。こんなに可愛らしいミニウサギを虐めることは、きっと動物保護団体も許さないだろう。
チェフェイとやらへと視線を向けると、警戒しながらも楽しそうに間合いをとっている。戦闘大好き種族っぽい。
「ハンターギルドにまだ人間が残っていたとは驚きだ! 千二百年経過して、少しは強くなったのか?」
チェフェイが笑いながら、立ち止まる。
「どうだろうな。まぁ、ぼちぼちやってるよ。貧乏暇なしだからな」
勝手に人の経験値を前借りするうさぎもいるのだ。嘘しか言わないサポートキャラもいるしね。
「ミミは離れてろ。マァ、受けとめろ!」
「うさーっ! 受けとめるよー!」
「ないすきゃっちー」
頭に乗っかるミミを思い切り放り投げると、マァの操るガンラビィがタイミングよく飛んできて、ミミを受け止めてコックピットに仕舞い離脱する。
「親分、気を付けて〜。その人、妖狐のフリをしてるけど、他の悪魔だよぉ。影に気をつけてねぇ」
フリフリと手を振って、ミミがコックピットに潜り込む時に警告を口にする。どうやらいつも寝ている癖にミミは戦闘においては、他のうさぎたちよりも抜きん出ており、チェフェイとの戦闘で何かに気づいたんだろう。
(影に気をつけて? 意味深だな。だいたいそういうセリフの時は本体はその場にいないんだよなぁ。影のある敵を倒せば良いのかな?)
アニメや小説で、同じような遣り取りを見てきたランピーチは、ミミのセリフを大体予想してしまうのだった。
『むむむ、ライブラアーイ!』
先手はライブラの解析だ。こんな時にしか戦闘において出番のないライブラは張り切ってチェフェイを解析する。
『チェフェイ:悪魔種族不明。レベル8』
『ガーン! 私の解析が弾かれちゃった。悪魔の種類がわからないから気を付けて!』
だが、その結果は役に立たないものでした。
『悪魔はそれぞれ権能を使えます。油断禁物です』
「オーケーだ。それじゃやってみよう!」
ショックを受けるライブラと、珍しく真面目なミラの忠告に頷くと、ランピーチはBDを構えて、チェフェイとの戦闘を開始するのだった。
◇
周囲ではガンラビィとハーケーン兵が空を飛び、激しい戦闘を繰り広げている中で、ランピーチはBDの銃口をチェフェイに向けると、躊躇なく引き金を引く。
銃術レベル6の人を超えた達人のフルオート射撃だ。
弾速はスキルのおかげで限界を超えて、ランピーチの銃術レベルに依存しているため、大幅に速度を上げている。
チェフェイはすぐに甲板を蹴って、せり上がっているエンジン部分の後ろに隠れる。類稀なる射撃でもかすっただけだが、数発は命中した。命中したが、あっさりと弾かれたけど。
「豆鉄砲か? 弾速に比べて弱すぎる銃だな」
『魔に汚染されし狐火』
せせら笑いをして、隠れながら指を突き出すチェフェイ。闇の炎が津波のように生み出されて甲板を舐めていく。
ランピーチもでこぼこだらけの甲板を駆けて、スライディングにて壁の後ろへと飛び込み、炎をやり過ごしながら銃撃をするが━━━豆鉄砲とは言ったもので、チェフェイの悪魔障壁にぶつかると、弾かれるどころか消滅しちゃうのだった。
「大変だぞ、ライブラ。銃を買うのを忘れてた!」
『攻撃力52だもんねぇ〜。ちなみにさっきミミが使っていたキャロットバスターは攻撃力650だよ』
「インフレ禁止! ふざけんなよ、こんな店売りの武器で倒せるわけ無いだろ! チキショー! ついこの間買ったばかりで、まったく使ってないのに!」
戦闘に行き詰まるまで装備を変えないゲーマーと化したランピーチである。いくらなんでも銃が弱すぎる。これだと、零距離射撃でもダメージは入らない予感。
もはや屑鉄と同じ扱いのBDを亜空間ポーチに仕舞って━━━。
なにもない空間を蹴り上げる。
「ウグッ!?」
今の今まで誰もいなかったはずの空間にチェフェイが現れており、顎に蹴りが入り、よろけさせる。
「よく気づけたな!」
驚きを見せながらも、チェフェイが反撃のミドルキックをランピーチの脇腹に打ち込もうとしてきて、手のひらで円を描くようにランピーチは受け流す。
「慣れてるもんでね」
たしかに誰もいなかった。チェフェイは反対側の離れた場所に隠れており、未だにその気配はある。しかし、チェフェイは転移でもしたのか、いきなり現れたのだ。
「影に気を付けてと言われてたからな。無駄に全周囲を警戒していたのさ」
気配を察知したのは『超感覚』のお陰だ。どうやらこのスキルは次元の歪みとかも感知できるようで、いきなり気配が生み出されたので、理由もわからずとりあえず攻撃をしたのである。
「油断ならない奴だ! 人間というだけで特殊ではある」
「褒めていただき、恐悦至極」
左拳でのジャブを繰り出すチェフェイに、ランピーチは合わせて、スクリュー気味に拳を放ち続けて、チェフェイの拳を横から擦るように跳ねさせて受け流す。
「くっ!」
だが、本来ならば相手の腕を弾く巧緻の攻撃であったが、自身の腕にも衝撃が走り、痛みで顔を顰めてしまう。弾いていく毎に衝撃は腕に蓄積されていく。
「このままだとジリ貧だな」
理由は明らかだ。相手の腕に纏う魔力が強すぎて触れるだけでこちらの肉体を破壊していく。もっと強ければ耐えられるだろうが、今のランピーチの身体能力では耐えきれないのだ。
チェフェイもその事を理解しており、ランピーチへとダメージを蓄積させようとジャブのみで攻撃をしてきていた。
慎重にして、遠回しの戦法だが、お互いに激しい打ち合いをしており、他者からはなにをしているかもわからないだろう高速戦闘。迂遠なる攻撃に見えるが、実際は数十秒で終わりを迎えるだろう戦闘時間だ。
(こいつ、手加減をしてやがるな。先制攻撃が効いたか)
チェフェイは手加減しているとランピーチは敵がジャブのみで攻撃をしていることから気づくが、それは手抜きではないことも悟る。恐らくは姿を突然現した際にランピーチが先制攻撃をしたことに警戒しているのだ。切り札を持っているはずと、こちらを観察して慎重に徹している。
『とすると、手加減されている間に、致命傷を与える!』
『パリィ』
受け流しにスキルを使い、今度は完全に受け流すと、ランピーチは強く前へと踏み出す。完全なる受け流しで、ほんの僅かだけ体勢を崩したが、その隙を狙われまいとチェフェイは再度のジャブを放つが、ダメージ覚悟で一気に間合いを詰めると肩からチェフェイに突進した。
「くうっ!? なにか魔法を隠してやがったか?」
ショルダータックルを受けて後ろに下がるチェフェイ。追撃の裏拳をランピーチはチェフェイの横面に入れて頭を揺らすと、左足を真下から振り上げて、チェフェイの顎に叩き込む━━━━はずであった。
「惜しかったな!」
左足をチェフェイの顎に叩き込む寸前で、手のひらに受け止められていた。本来ならば、人間の手のひらで、力を乗せた足蹴りを防ぐことなど力の差があって不可能だ。
だが、チェフェイはあっさりと受け止めていた。それはランピーチとチェフェイの身体能力の差を如実に表しており、ランピーチが舌打ちして下がろうとしても、手放すことなく、引き抜くように勢いよく持ち上げてくる。
「くくっ、どうやらそこまでの敵ではないようだ! 警戒しすぎたか」
軽々とランピーチを持ち上げると、まるで軽い人形でも掴んでいるかのように振り回す。対抗しようと力を入れるランピーチだが、いくら力を入れても抵抗できずにチェフェイに振り回されてしまう。
「おらぁぁ! 残念だったな、ハンター!」
片手だけで相手の足を持つジャイアントスイングをして、チェフェイはランピーチを投げ飛ばす。生き物めいた甲板にランピーチ激しい勢いで叩きつけられて、勢い余って跳ねながら転がると壁に激突してへこみを作り、めり込んでしまうのだった。
「グホッ、いてぇ………」
強い衝撃で体内に大きなダメージが入り、口から鮮血が漏れる。
(くそ、こっちはステータスを上げて、さらに身体強化も使ってるのに、全然敵わないのかよ!)
強すぎる敵だ。悪魔という名は伊達ではないらしい。この間の狂った精霊よりも遥かに上の力を持ってやがる。
「さて、人間のハンターと聞いて警戒をしてたが、なるほど、生身の人間でそれだけの力を持っているのは感心の一言だ。だが、それだけだ。悪魔となれる俺たちには通用しない。ククッ、過去と同じ展開というやつだな」
指から鎌のような爪を生やすと、チェフェイは余裕の足取りで近づいてくる。もはや警戒心は薄れて、ランピーチよりも、周囲の戦闘を気にし始めていた。
「ば、ばかにするのは……少しだけ早いんじゃないか?」
口元の血を拭いながら、ランピーチはめり込んだ壁から無理矢理這い出ると、チェフェイへと嗤う。
「………まだ立ち上がる気力があるのか? 切り札を未だに隠し持っている?」
怪訝なる表情のチェフェイに挑発するように、口元を歪めて、ボソリと呟く。
「そのとおりだ。もう少し力の差を縮めないとな。さぁ、御覧じろ」
『神霊融合』
カッと閃光が奔り、周囲を照らし、ランピーチの姿が光の中に消える。
「なんだ? ……この精霊力は!?」
「あぁ、感じ取れるのか。そりゃ結構。それでは今度は俺のセリフを言おうか。神霊と融合できる俺には悪魔など通用しない、とな」
閃光がおさまった後に融合を遂げたランピーチが銀髪を靡かせて、涼しい顔で立っているのであった。




