133話 悪魔と小悪党
「は? えぇと、どうやれば?」
東光は口元を引き攣らせながらも、チェフェイへと問いかける。通信システムからの通信ではない。ドックの中に音声は響いてくるのだ。返答方法がわからない。
「こっちへと短距離エネルギー転移システムを利用して、音声を飛ばしてきてるんだ。音声くらいならフィールドに阻まれないからな。こっちも同じ方法を取るから、このマイクで答えてくれれば良い」
タバコの箱程度の大きさの通信機をポイと投げてくるので、慌てて受け止める。見たこともない機械で黒いモノリスのようだ。声を吹きかければ良いのだろうかと、東光は恐る恐る口を開く。
「あ、わ、わかりました。それでは、えぇと、こちらは鎧塚東光です。聞こえてますか?」
「うん? 鎧塚? どこの……あぁ、武装家門の鎧塚うさね」
テテ艦長が誰かに話を聞いて、すぐに返してくれる。鎧塚の名を知っていることに安堵して、東光は自信を取り戻すと、ゆっくりとした口調へと変える。鎧塚家の力を知っているなら相手も譲歩するだろうとの計算もある。このような交渉は何回もやったことがある。
「そのとおりです。その嫡男の東光です。現在、こちらは撤収作業中なので、申し訳ありませんが、空中の船を少し移動させて頂いてよろしいでしょうか? もちろん、お詫びとして相応しい物を後ほどお贈りしましょう」
「……………」
どこか上から目線の東光の答えに、相手は無言となった。
(そうだろう、そうだろう。鎧塚家の嫡男の言葉を無視することなんてできないもんな。船の一隻程度見逃してくれるだろう)
そして、この貸しを利用して地下街区に食い込む。東光は栄光の光に満ちた将来を思い浮かべて、ニヤニヤと笑う。
━━━だが、答えは想定されていたものではなかった。
『よくわからないけど、どうでもいいうさね。忠告しておくけど、その場からさっさと逃げた方が良いうさよ。そこのハーケーンの兵士たち、その悪魔艦は違法うさ! さっさと降伏するうさよ! ハンターギルドは容赦無いのは知ってるうさよね?』
まったく話にならない返答であった。東光など、まったく相手にしていない、眼中にないとわかる。
焦る東光にチェフェイは冷たい視線を向けてきていた。
「なんだ、だめじゃないか。残念だよ東光君?」
「あ、いや、これはなにかの間違いで。すぐに鎧塚の当主に連絡をして、然るべきルートでの抗議を」
「くくくく、杓子定規のハンターギルドが話を聞くわけ無いだろ? 奴らは公正を謳いながら、俺たちを倒そうとする腐った組織だからな」
人差し指を立てると、チェフェイは東光へと向けて嗤う。
「失敗した人間の最後は知ってるだろ?」
「ま、待て」
『魔に染まりし狐火』
チェフェイの人差し指から見たこともないほどの魔力が吹き出して、火炎を生み出す。ただの火炎ではない。漆黒の闇が纏わりつき、まるで津波のように膨れ上がり、東光と取り巻きたちを覆い隠す。
「悪魔力の入った魔法の感想はどうだ、東光君? 悪魔の願いは強力なんだ。そのものに概念を付与するからな」
炎は数億度などの超高熱というわけではなかった。よくて数千度というところだろう、だが、その炎は『燃やす』という概念を魔法的に付与されたものであり、触れた相手を硬度に関係なく焼き尽くす。
火炎の津波が消えた跡には、大きく抉れた地面以外なにもなかった。東光の取り巻きの少女たちは跡形もなく燃えてしまい、灰すら残らなかった。
━━━だが、東光は回避していた。
「この野郎! いきなり殺しにかかるなんてふざけんなよっ!」
背中から雷の翼をはためかせて、東光は鳥人へと変化していた。自身が契約している雷の精霊サンダーバードと『精霊融合』を炎を喰らう前にしたのである。
「悪魔力に対抗するだけの精霊力を持っているのか。『精霊融合』ができるとはおみそれしたよ、ただのアホじゃなかったんだな」
からかうように言ってくるチェフェイに憤怒で顔を真っ赤にして、魔力を体内から呼び起こして全力となる。身体が放電して青いプラズマがバチバチと空気を焼く。
「よくも俺の女を殺したな! 鎧塚家の天才と言われる俺の力を思い知れ!」
怒りに燃えて、プラズマの翼を大きく広げると、魔法陣を空中に描く。
「俺の最強の魔法を喰らえっ!」
『極大雷神槌』
魔法陣からプラズマが生み出される。先程の狐火よりも遥かに高熱であり、触れたものを瞬時に灰へと変える威力がある。
空間が放電により支配されて、雷の柱がチェフェイや他の部下を巻き込んで墜ちる。ニヤニヤと嗤うチェフェイたちはプラズマに呑み込まれ、爆発するプラズマのドームが発生し突風が巻き起こる。停泊している艦がギィギィと揺れて、爆風がドックを吹き荒れるのであった。
「ふんっ、雷神と呼ばれる俺を甘く見た罰………!?」
チェフェイたちを殺したと確信していた東光は息を呑み、地上を凝視する。
「なんだ、この程度なのか? 子供だとは思っていたが、魔法も赤ん坊並みらしいな」
━━━━そこには黒いドームに守られているチェフェイたちの姿があった。誰一人傷一つなく、平然とした表情で立っている。
「まぁ、今のは部下にならダメージを与えられたかもな。もしかしたら殺せたかもしれない。だが、佐官には通じない。俺の悪魔障壁の前にはな」
チェフェイが手を挙げると、チェフェイたちを包みこんでいた黒いドームがその手に集まって吸い込まれて消えていった。
その様子を愕然とした顔で眺めて悟る。
(か、敵わない! 地下街区とはこれだけの力を持っていたのか? に、逃げなくては!)
圧倒的な力を持つチェフェイに、恐怖に体を震わすと翼をはためかせて、身体を翻す。幸い、雷の精霊を使う東光は速度には自信がある。逃げ足ならば誰にも負けない。
『雷神翼』
自身を雷へと変えて、即座にこの場所から離れようとするが━━━。
ガクンと身体が傾げて、地上へと勢いよく叩きつけられてしまう。
「が、ガハッ、い、いったいなにが?」
衝撃が体に奔り、東光はふらつきながら体を確認して、顔を歪める。足に鎖のような物が絡みついており、それが東光の逃走を阻害したのだ。
「逃げるなんてつれないことをいうなよ。もう少し鎧塚? とかいうご立派な家門の力を見せてくれないか? 精霊人なんだからさ」
チェフェイが鎖の端を持ちながら笑ってくるが、その嗜虐的な性格を隠そうともしていない。
「俺を捕虜にすれば、身代金が手に入る。いや、入ります。捕虜にしてはどうでしょうか?」
微かな希望を持って戦意をなくした東光は命乞いをするが、答えはかぶりを振られるチェフェイの姿だった。
「わかってるんだろ? 捕虜など取る気はないってことを。這いつくばったまま死ぬ最期で良いのか?」
「く、くそっ、俺は鎧塚家の嫡男のはずなのに。どうしてこんなことに!」
近づいてくるチェフェイに、素早く立ち上がり、手に収束したプラズマブレードを振りかざす。
「ぬぉぉ!」
『雷神剣』
プラズマの剣は神速の速さでチェフェイを頭から唐竹割りとした。━━━が、分断されたチェフェイが煙のように消えていく。
「今のは良かった。俺の障壁を破る事が出来たかもな。精霊人ってのはやはり油断ならない。決死の一撃は力差を覆す」
『魔なる尖剣』
背後から声が聞こえてきて、東光の胸に衝撃が奔る。胸を見るとポッカリと大きな穴が開いており、自身の障壁は意味を成さずに、致命的な一撃を受けたことを理解した。
よろけて、東光の体が粒子に変わっていく。だが、東光はこのあとにこそ、逃亡のチャンスがあると思っていた。精霊融合が解けた後に、自身の本当の体が現れる。だが、それはここではなく、安全と思われる場所だ。
このドックにはコンテナやクレーンなどがある。薄暗い場所だ、充分に逃走のチャンスはある。
予想通り、視界が真っ暗となり、次に目覚めたのはコンテナの影だった。チェフェイたちからはかなり離れており、周りに人気もない。
(ここで、息を潜めていれば………生き残れる。見てろよ、あいつら。鎧塚家をコケにしてくれたお返しは)
「逃げ切れると思うところが精霊人らしい。お前らはいつも虫のように石の影に隠れてコソコソしてるものな」
チェフェイの声が背後から聞こえてきて、ギクリと身体をこわばらせる。コンテナの影から覗いた先にはチェフェイが部下へと指示を出している姿があった。なのに、なぜ、背後からチェフェイの声が聞こえて来るのだろうか?
「俺じゃなかったら逃げられたかもな。お前は本当に運がない」
その言葉と同時に、またもや胸に衝撃が奔る。顔を恐怖でこわばらせて、今度は胸へと視線を向けなかった。見なくてもわかる。これは今度こそは致命傷だと。
「こんな、こと、になる、はずじゃ………」
そうして最後の言葉を口にして、膝から崩れ落ち、東光は息絶えるのであった。
背後に立っていたチェフェイは煙のように消えていき、そこには野心に燃えた若い男の死体が残るだけとなった。
◇
『こちらはハンターギルド。すぐにその悪魔艦を止めろって言ってるうさよ! うさの言う事を聞くうさ!』
さっきから繰り返されるがなり声に、チェフェイは楽しそうに暗い笑みを浮かべて嗤う。
「俺たちが眠って何年経っているんだ?」
「えっーっと、測定機だと千二百年は経過しているようです。少佐」
部下の答えに、ますます笑ってしまう。
「それじゃあいつらは1000年以上経っていても同じことを口にしてるのか? まったく代わり映えのしない奴らだな」
「ですね。まぁ、亡霊たちは自我を持たないコンピューターのようなものですから」
「そのとおりだ。やはりあいつらにはこの世界を統べる資格はない」
ひとしきり笑い、チェフェイは顔を真剣に変える。
「それでは各員、久しぶりの戦場だ。隔壁全て開放、悪魔艦フォルネウスの離陸準備! 目的地はルナティックライブラリだ!」
ゴウンゴウンと音がすると、天井が開いていく。何重にもあった分厚い隔壁が次々と開いていき、なにかの残骸がパラパラと降ってくる。
そして、最後の隔壁が開き、太陽の光が差し込み、人影が同時に飛び込んできた。
「少佐、ハンターギルドのガンラビィが侵入してきました!」
「よろしい。千年ぶりに亡霊に俺たちの力を見せつけてやろうじゃないか。お前たち、ついてこい!」
そうして、口が裂けるかのような笑みを見せて、チェフェイは地を蹴り飛翔するのであった。




