132話 泥棒と小悪党
(これは幸運が舞い降りてきたか? この俺にも遂に華々しい世界が開き始めたんだろう)
鎧塚東光はほくそ笑みながら、通路を音を立てずに移動していた。最新の精霊鎧を着込み、家宝の『天狗の隠れ蓑』を使用して、東光と取り巻きの少女たちは植物園に侵入したのだ。狙いはこの騒ぎの発端となった魔物の種子。一粒でもオリジナルを回収すれば大金星であり、自身の失敗を返上できるチャンスであった。
勝算もあった。古代の遺物である『天狗の隠れ蓑』は現在のあらゆる探知機器の目を掻い潜れる性能を持っている。光学探知、熱探知、動作探知、魔力探知と、あらゆる実験で探知されなかった驚異の代物だ。これなら魔物の中を進んでも気づかれずに侵入できるのであった。
秘蔵の『天狗の隠れ蓑』を四枚も渡されたことで、東光への期待度はわかるというものだ。
そうして埋め尽くされていた魔物たちが駆逐されて、エレベーターシャフトへの道ができたところで、最大魔法で根っこを焼き尽くしながら、先日訪れた保管室までたどり着いたのだが予想外の光景を目にした。
保管室の中にもう一つ扉があり、そこから現れた兵士たちが魔物たちと戦闘を繰り広げていたのだ。
装備している武器は見たことがないものであり、地上街区の物とは比較にならない強力なものだった。
どこか禍々しさを感じる捻くれた異形の生き物を模したかのような漆黒の精霊鎧を着た兵士たちは、魔物のボスらしき巨大な種子が極大魔法を連続で放ち、触手にも似た根っこが槍衾のように攻撃を仕掛けてきても意にも介さずに、圧倒的な威力を持つ魔法や剣や銃を使い、危なげなく倒してしまったのだ。
倒し終わると、兵士たちは種子を分解し、見たこともないほどの純度を持つ精霊石を取り出すと、悠々とした足取りで元来た道を戻っていったのである。
東光としては、種子は全て焼き尽くされていることで、任務は失敗となる。しかし、種子の回収以上の功績が目の前にあると狂喜した。
彼らは地下街区の兵士たちだ。しかも外の連中と連携して行動しているようには、とてもではないが見えない。きっと派閥争いかなにかで別の軍隊が侵入したのだろうと、東光は地上街区の権力争いを背景に、そう予想した。
となれば、うまく行けば東光は地下街区と伝手を作ることができる。ランピーチ・コーザと名乗る朱光新などよりもうまく立ち回る自信があったため、兵士たちを密かに尾行していた。
「ねぇ、東光、本当に尾行して良いの?」
「そうよ、あいつら私たちよりも遥かに強いわよ?」
「うんうん、やめた方が良いと思うわ。一端退却して指示を仰がない?」
取り巻きの少女たちが不安そうに小声で止めようとしてくるので、鼻で笑ってしまう。
「馬鹿いえ、これはチャンスなんだぞ。地下街区の人間に会うのは武装家門でもほんの一握り。しかも一年に数回会えれば良い方なんだ。それが今俺たちは地下街区の大勢の兵士たちを目の当たりにしている。この意味がわかるか?」
東光も鎧塚家の嫡男だ。地下街区の噂は耳にしている。その内容はというと、決まった人間一人としか会えず、会談をしても短時間で終わり、しかもほとんどこちらの話は聞かないという屈辱的な内容だった。
きっと地下街区は楽園のような場所で、ダンジョンが自然発生し、魔物たちによるスタンピードの起こる危険な地上など、地下街区で暮らすことができなかった下等な者たちとでも蔑視しているのだろうと言われている。
だが、どうやってか、ランピーチ・コーザが地下街区とのコンタクトを取り、軍隊を借り受けることができたことで風向きは変わった。
なにが地下街区で起こったのかはわからないが、地上の人間の助けを必要としているのだ。現在はランピーチが独占しているが、他にも色々と伝手を作れるはずだった。
それが今目の前にある。うまく交渉すれば自身も広大なエリアを支配できるだろう可能性を秘めていた。
「俺はランピーチ・コーザとは前提も違う。鎧塚家の嫡男だぞ? 地下街区の助けになれる方法はいくらでもあるんだ。交渉の成功は間違いない。だからこそ、あいつらを尾行して、上役にたどり着いたら接触をする。その後の利益を思い浮かべろ。このエリアの頂点に立てる俺の寵愛を受けられるんだぞ?」
自信たっぷりに告げる東光の取り巻きたちは不安を和らげて力なく笑う。
「そ、そうよね。どう考えてもチャンスだもの」
「東光がいれば全て解決よね」
「この装備もあるし、いざとなったら逃げることもできるし」
東光は武装家門の嫡男であり、実力もある上に精霊と契約している。いざとなっても逃げるくらいはできるだろうとの計算からだ。
そうして、前方を歩く兵士たちは東光たちが尾行していることなどまるで気づかずに、親玉と思える巨大な種子から回収した精霊石を運んで、狭い通路を進む。通路は一人が通れる程度の狭い通路であり、隠し通路だとわかる。
なぜ隠し通路から現れたのか、まったく疑問に思わずに、東光たちは尾行を続けて、なだらかな坂道を降りていき、やがて広い空間に辿り着いた。
「ね、ねぇ、ここ………地下街区なのかしら? それにしては変じゃない?」
そこは金属の床や壁に覆われている広大な空間だった。数キロメートルはありそうだ。非常灯が星明かりのように暗闇の中で点灯しており全体像はわからない。
「まるで船のドックみたい………。いえ、ここはドックじゃない?」
「あぁ、きっと地下街区の秘密ドックだ。地上街区で地下街区のドックを見た者など聞いたことがない。これは大当たりだぞ!」
薄闇に目が慣れていくと、段々と空間の先が見えてきて、呟くように少女が言うと、興奮気味に東光は答える。
少女が指差す先には数十人の兵士たちが歩いており、中心には埠頭を模した施設があり、ザザムシのような不気味なシルエットの船が停泊していた。その中で、尾行してきた兵士たちは停泊している艦の側に立つ明らかに上位の佐官と思われる黒の制服を着て、軍帽を被る男へと近づくと敬礼をする。
「艦長、精霊晶石の確保に成功。予想通りの純度であります」
「よしよし、それなら問題ないな。積み込みを始めろ。エンジンを駆動開始、各自武装の再チェックをやっておけよ」
キビキビと働く兵士たちは、訓練された動きであり、指示がなくとも自分のやることを理解している様子だ。
風が洞穴を通り過ぎるような汽笛のような音が響くと、異形の艦に明かりが灯り、船体が振動を始める。
船に火が入ったのだろうと推測するが、そこで違和感を覚える。兵士たちが貨物を積み込み、慌ただしい様子なのだ。
(ここは地下街区の秘密ドックじゃないのか? まるでこれから発進するかのようじゃないか)
まるで夜逃げでもするかのような兵士たち。よくよく見れば秘密ドックも本来は非常灯ではなくて、普通に明かりが灯るはずなのだろうライトなどが壁に取り付けられているのが目に入る。おかしなことに彼らは節電しているのだ。
(ここは放棄するつもりなのか? 敵対派閥に見つからないように作られた秘密ドックだったのか?)
植物園と秘密ドック。繫がりは隠し通路があることからあるだろうが、今更放棄する理由がわからない。
(いや、きっと地上街区の人間に見つかる可能性を考えて撤収するつもりなんだ。彼らは自分たちの優位を脅かされないように技術を渡さないからな)
よくよく考えれば辻褄の合わない推測だが、東光は目の前にある功績に目が眩み、敢えて見て見ぬふりをした。
そして、艦長のそばに歩み寄ると、驚かそうと声を掛ける。
「あー、お忙しいところ申し訳ない。話をする時間を頂けますか」
なにもない空間から突如として声が掛けられる。相手にとっては驚愕だろう。東光からしてみれば、驚かすことで、地上街区の隠蔽能力を含む魔導技術が地下街区に負けていないことを示す一手であった。
━━━予想していたのは、目を剥いて驚き動揺を露わにするか、それでも平然とした顔を取り繕おうとするかの二択だった。
『天狗の隠れ蓑』を停止させ、悠然と姿を現して、東光は笑い━━━そして、顔を硬直させる。
なぜならば艦長たちは驚くこともせずにつまらなそうな目で東光を見てきたからだ。
「なんだ? いつまで隠れているのかと思ったらなんのつもりだ?」
隠れていることがバレている言動に、反対に東光が動揺して口元を引き攣らせるが、それでも冷静さを保ち、腕を胸に添えて美しい礼をする。
「申し訳ない。私の名前は東光。鎧塚東光と申します。突然のコンタクトに、改めてお詫びをいたします」
腕の良いフィクサーのように、軍隊の只中に突如として姿を表し、貴族のような上品な礼を見せる。シチュエーションとしては完璧な黒幕ムーブと言えるだろう。
バレていなければだが。
内心の動揺をおし隠しつつ、東光はにこやかな笑顔で艦長へと話を続ける。
「私は地上街区のトップ、鎧塚家の嫡男です。お手伝いできることがあるのではと、隠れながらで申し訳ありませんが、こちらへと訪れた次第でして。隠れたのは悪意からではなく、魔物がそこら中にいるからとお伝えしておきます」
「………鎧塚?」
「はい。地上街区で絶対の力を持つ家門です。もちろんご存知とは思いますが……?」
もしも知らないと答えられたらどうしようかと、若干不安に思う東光に艦長はキョトンとした顔で、周りの部下に顔を巡らせると、すぐにニコリと破顔し笑顔となった。
「鎧塚家の嫡男か! そりゃ申し訳ない。俺の名前はチェフェイ。ハーケーンのチェフェイ少佐だ。この艦の船長兼戦士をやらしてもらってる。ハーケーンの名前は知ってるか?」
馴れ馴れしく肩に手を回してきて笑いかけてくるチェフェイに、東光はなんとなく不良のカツアゲに似た思いをして、愛想笑いで返す。
「申し訳ない。私は地下街区の家門に詳しくなくて。ですが、この艦が立派なことはわかります」
「そうかそうか、で、手伝ってくれるって?」
細目となり、鋭い眼光を見せるチェフェイ。
「はい、なんでも仰ってください。人員から物資までなんでも揃えてみましょう」
(やった! これで俺が地上街区でもトップの人間になれるぞ。鎧塚家の当主になるのは間違いないな)
どこか怪しげなその視線に気づかない東光は、自身の幸運に狂喜して、コクコクと頷く。チェフェイは東光の肩を軽く叩きつつ、願いを告げる。
「それじゃ、上空の戦艦に退避するようにお願いしてもらえないか?」
「は? 上空のですか?」
「そう、おっと、これだ」
チェフェイが肩を竦めると、同時にドックに警報音が鳴り響き、可愛らしい声が響く。
『こちらはハンターギルドのテテ艦長。貴君たちに命ずるうさ。すぐに武装解除し、稼働させている艦のエンジンを停止せよ! その艦は違法である! 繰り返す違法うさ!』
「ほらな? 困っちゃうよな、本当に。こっちのちょっとした船にも難癖つけてくるんだからな。でも、鎧塚家なら簡単だろ? なぁ、東光君?」
チェフェイの笑みはどこか不気味で怖気をもたらし、東光は口元を引き攣らせ、嫌な予感を覚えるのであった。




