127話 交渉と小悪党
「………どうでしょう。ここは同じ地上街区を守る武装家門として、今回の事変を解決すると言うことにしない?」
ランピーチマンションの応接室。外の人間と重要な交渉をするために使われる部屋は、内装は立派なものだ。黒壇のテーブルに不思議な素材を使用した座りの良いソファ。調度品もそこそこ高価でエアコンも完備してあり小さな冷蔵庫も部屋の隅に置いてあるので、客を迎え入れるに相応しい。
しかし、内装は立派だが、部屋の隅には漫画本が積み重なっており、ボードゲームやトランプが散らばっており、お菓子の空袋も転がっている。
即ち重要な交渉をしに来る人がいないために、快適なお部屋でゴロゴロできるから、うさぎたちの溜り場となっているのであった。
そんな惨状を知らずに、外からの人間を招き入れた小悪党は、部屋の隅で身を寄せ合って、きゅーと鳴いて可哀想な鳴き声をあげるうさぎたちを羞恥に耐えながら、うぬぬと睨んでいた。
うさぎたちが時折顔をあげて、ランピーチの怒りが収まったかなと覗き込み、まだ怒ってるやと、顔を下げて小さく丸まって震えるのが、極めてあざとい。奴らは自分たちの可愛らしい姿を悪用している。たぶん全然反省してない。押しくらまんじゅうかなと、コウメがうさぎたちの中に、キャッキャッと混ざっているので、教育に極めて悪いかもしれない。
「もう一度言うわ。ここは同じ地上街区を守る武装家門として、今回の事変を解決すると言うことにしない?」
と、迎え入れた女性が再び繰り返していってくるので、相手に分かるようにわざとらしくため息を吐いて、ソファにもたれかかり、腕組みをして、偉そうにふんぞり返る。
「それは都合が良すぎじゃないか? 同じ武装家門として? 朱光家はだいぶ前に没落して、武装家門の集まりにも呼ばれていないはずだ」
一応、朱光家の内情をミラに教えてもらったランピーチは、さも恨みがあるように嘲笑う。記憶がないので、全然恨みなんかないし、暗殺とかされたならともかく、モンスタースタンピードやその後の事業の失敗、勢力争いでの敗北で没落したらしいから、気にもしていない。栄枯盛衰は生者の定め、永遠に続く繁栄などないのだから。
『かっこいいことを言ってますけど、難しい言葉を使えばカッコよく見られるのは、顔面偏差値が高い人たちだけです。偏差値が小悪党だと知ったかぶりをしているなと、笑われるだけですよ』
『偏差値って、数値じゃないの? なんで俺専用みたいに、小悪党っていう値になるのか教えて欲しいんだけど? あと、人の内心を読まないように』
『大丈夫だよ、ソルジャー。ソルジャーの内心は私もわかるもん。そろそろミラに対抗して、言葉では勝てない私がしがみついて、ノーブラの胸を押し付けてくれるところじゃないかなと考えている!』
『ノーコメント!』
ミラはランピーチをディスるし、ライブラは偽りの内心を本当のように語るから困ってしまうぜ。本当にそんなことは思ってないよ。でも、そろそろライブラ成分が足りなくなってくるから、しがみついてきて良いよ。今日は背後から胸を首に押し付けてくれないかなぁ。
アホなことを考えるランピーチと愉快なサポートキャラたちのコントは誰にもわからずに、相手はしなやかな長い脚を組んで、妖艶に微笑む。
「貴方の交渉は見事だったわ。現在、地下街区の兵器や人工精霊をこれだけ借り受けることのできた人間は他の武装家門にはいない。そもそもあの方たちは、塩対応でこちらの問いに対しても最低限の情報しか返してくれないしね。ガドクリー食品を配っていれば地上街区は絶滅しないと考えているようだから舐められているとも言うわね」
「それだけに俺の功績が光っていると。その功績で朱光家を武装家門に再度ご招待ってわけだ」
せせら笑い、馬鹿にするように上から目線をとる。普通のお偉いさんは、そこで小悪党スキルの効果もあって怒り狂ってくるはずだが、相手は笑みを崩さなかった。
「そのとおりよ。朱光家の悲願でもあるでしょう? なにせ、財産も力もないのに、パーティーなどに頻繁に顔を出すくらいに、家門の復興を望んでいたのだから」
相手は余裕だ。女性の名前は鎧塚アイギス。鎧塚の女当主であり、容赦のない行動と巧みな謀略が得意なやり手と言われる女性だ。30代であるはずなのに、若さを保ち20代と言われてもおかしくない女傑であった。
デモンシードの駆逐を失敗して四日目。自分たちでは駆逐は無理だと考えて、突如としてランピーチシティに訪れたアイギスが交渉を持ちかけてきたのである。
突然の訪問にランピーチは慌てて、応接室に招き入れた。まさか当主が来るとは思っていなかったので油断していた。きっと通信での交渉となり、危険なるスラム街などへは人間を送ってはくるまいと考えていたのだが甘かった。
アイギスは腰の重い女性ではなく、行動範囲は極めて広いフットワークの軽い女性らしい。さすがは女傑と言われるだけはある。
応接室にいるのは、ランピーチ、チヒロ、セイジ、ノノ。姿を消してライブラ。ミラはコロニーにて様子を覗いている。灯花と真奈は交渉には興味がなく、この場にはいない。
相手はアイギスと秘書、その後ろに立つ護衛たち。ランピーチにも護衛という名のサボリ魔が部屋の隅にいるが、怖がるのはやめて、人参スティックをコリコリと食べ始めているので、数には入れない。コウメも一緒になって食べているので、人参好きになりそうだ。
「これは貴方の両親からの通信よ」
アイギスが慣れている様子で、片手をあげると、秘書がモニターをテーブルに置く。すぐ通信が繋がると、エネルギッシュな中年の男女が映し出される。たぶん、ランピーチの両親なのだろう。
『新、新か! おぉ、随分と立派になって!』
『本当ね、無駄に筋肉をつけていた頃よりも見違えたわ』
第一声がランピーチを褒め称えるセリフだった。興奮してモニターに貼り付けるように顔を近づける両親の姿に鼻白む。記憶がないから、全然感慨がわかない。
『鎧塚当主から話は聞いたぞ。あれから家門の復興を目指して活動していたとか。心配していたが、まさか地下街区との伝手を作るとはな、父さん驚きだ!』
『貴方はやればできる子だって思っていたけど、やっぱり凄い事をしてくれたわね。お母さんも嬉しいわ』
『そりゃどーも』
涙ぐみ感動する二人の様子に小さく舌打ちする。なぜならば極めて厄介な相手だとわかったからだ。これは演技ではない。演技のほうが遥かにマシだった。
(こういうのは、捨てた子供が成り上がったから、甘い汁を吸おうとたかりにくるコバエのような頭の悪い小悪党な両親というのがパターンじゃないか? でもこの人たち、本当に心配していたし、ランピーチが成り上がったことを喜んでいるぞ)
『超感覚』でわかる。朱光新の両親は善い人たちだと。
(子供たちを大切にする両親が、復興を目指して行動し、子供たちを困らせるのは両立するんです。彼らは彼らの考えで行動しており、家門の復興は子供たちのためにもなると考えているようですね)
(嫌なことをいうな。だから、ノノも両親を恨んでいるような影のある顔はしていなかったのか。普通は復興を押し付けられて、その期待に押し潰されて、憎むか、家を出るか……。あぁ、それが俺なのね。それと内心にも入り込んでこないでくれる?)
(大丈夫です。18禁の思考は、というか妄想は私と共有化されないように制限されていますので)
(助けて、ライブラ! この子は人の思考を覗くよ!)
(大丈夫だよ、ソルジャー。18禁の思考は私もチラ見しかしていないから。でも、あんまり私で変な妄想はしてほしくないかも)
(ぬぉぉ! 『宇宙図書館』よ、こいつらとの思考共有化を解除してくれ)
思念通信を超える思考の共有化をするミラとライブラに文句を言うランピーチです。男なんだから妄想の一つや二つはするぞ!
『どうやら学園に発生したモンスタースタンピードを解決するように提案されているようじゃないか。武装家門として堂々たる態度で引き受けると良い』
『そうね。新にはそれだけの力があると言う話じゃないの。力ある者の義務を遂行して、次の武装家門の会議に次期当主として出席するのよ。お母さん嬉しいわ』
押し付けがましい科白である。アイギスへと視線を向けると、小さく笑みを見せてコーヒーを飲む。その余裕の態度から、どんなふうに両親に説明したのか想像できそうなものだ。
「どうかしら? これからの地上街区の舵取りに加わるのは悪い条件ではないわ。人は1人では生きられないし、街は一つでは開発できない。ランピーチシティに頻繁に妨害者が現れても困るでしょう? それに武装家門に再度編入すれば、有形無形で人材や金も動き、経済の発展にも続くわ」
「わかりやすい飴と鞭だな…………」
「わかりやすいほど、相手に効果がある。こういうのは遠回しに便宜を図っても駄目なのよね」
トントンと指で腕を叩きつつ、チヒロを見る。チヒロは石化したように動かすにカチンコチンに固まっていた。武装家門の当主だとアイギスが自己紹介したところからのようだ。雲の上の人を前にして、緊張が天元突破したみたい。
セイジを見ると、困り顔で話に加わってこない。これは武装家門内の話であり、自分が口を挟む領分とは考えていないのだろう。
『プーさん、交渉条件を提示します』
『ソルジャー、私の生写真を提示します』
ピコンとホログラムが宙に映し出される。ふむふむ、なるほどね。なかなか的確な情報だ。あと、無駄にミラに対抗しようとするライブラさんや、その生写真は俺のスマホに格納しておいてね。
「それじゃ追加の提案だ。スタンピード範囲は一ヶ月俺たち以外は侵入禁止とする。それとランピーチシティから南部は全て俺のものとする。最後にランピーチシティは自治区として、地上街区の法律は遵守する形とし、絶対とはしない」
「それは━━━税金は払ってもらうわよ? それとその条件は色々と難しいから前向きに善処するという答えになるわ」
実質的に独立国家となる大胆すぎる提案にアイギスは顔を顰めて肩を竦める。もちろんこの提案を素直に了承されるとはランピーチだって考えていない。
「時間もないことだし、それで良いだろう。それじゃこちらは仕事に移らせてもらう」
「提案したことを既成事実として進めるつもりなのね。腹黒い相手には困るけど、今更の話ね。わかったわ、それじゃ、お願いするわね」
アイギスはランピーチの考えを見抜いて、わずかに目を細め眼光鋭く握手を求めてくる。ランピーチは握手をして、にやりと笑う。
そのとおりだ、どうせランピーチシティは力押しできる。大義名分があればよいだろう。その程度の考えだ。
「あの義兄さん。うちの屋敷もギリギリモンスタースタンピードで破壊されたそうで、引っ越ししたいと父さんたちが言ってきます」
「前向きに善処すると答えておくよ」
俺の記憶がないことがバレるから難しいなぁ。




