120話 プラントハザードと小悪党
植物園は大騒ぎとなっていた。バタバタと慌ただしく兵士が走り回り、研究者が慌てて逃げていた。
「いったいなにが起こったんだい? なんで、魔物があの円柱から飛び出してくるのか教えて欲しいんだけど、鎧塚家の嫡男の東光君?」
誰もいないはずだった奥地から、石茨を雷の魔法で破壊して、這這の体で現れたのは鎧塚東光だ。彼がなぜ奥地から現れたのか?
━━━そして、その後に追いかけてくるように現れた植物系の魔物の大群。だいたい予想はつくが、真奈ははっきりと言葉にしてもらおうと、東光を睨みつけていた。
「ぐっ、そ、それはだね、こちらも予想外でして………後は家門同士の話し合いにしないかい? 色々と条件があるだろう? ここで話し合っても損をすると思うよ?」
実に家門のエリートらしい答えをしてくる東光に苛立ちを覚えてため息を吐く。頭にくるが、確かに言うとおりだった。どうせ妨害工作をしようとして失敗したのだろうことは想像に難くない。
真奈は残った石茨を踏みつけて、続々と現れる魔物を観察し舌打ちするが、すぐに気を取り直す。
「慌てないで迎撃態勢をとるんだ。やってくる敵はブレードフラワーやクレイモアヒマワリ。他のも低レベルだから落ち着いて倒せばすぐに駆逐できる」
見知った魔物たちだ。根っこを足のように動かして、歩いてくる風車のような花を咲かせているブレードフラワー。同じく根っこを足のように動かしてやってくるひまわりの魔物のクレイモアヒマワリ。
花びらを刃として飛ばしたり、種をクレイモアのように散弾で撃ってくる魔物だが、前回のスタンピード事件の反省から、楯野家は凄腕を用意している。星1程度で倒せる魔物など相手にはならない。
真奈の言葉を聞いて、もしくは知識から同じ答えに至った兵士たちが落ち着きを取り戻し、陣形を整え始める。体勢を取り戻したら、すぐにあの程度の魔物は駆逐できるだろう。
戦闘終了後の鎧塚との交渉に真奈は意識を向け始めていたが━━━。
「だ、駄目だ! あいつら普通の魔物じゃないんだ! 見かけと違う戦闘力を持っているんだよ! 俺は命からがら逃げてきたんだ!」
東光が焦った様子で、脂汗をかいて震える指を魔物たちに向けて叫ぶ。
「なんだって? あいつらが普通じゃないというわけかい?」
聞き捨てならない言葉に反応し、真奈が再び魔物たちと立ち向かう兵士たちに目を向けると、陣形を整えた彼兵士たちは銃や杖を構えて迎撃態勢をとっていた。
「全員構え! 魔法使いが火球を撃ったあとに、燃え残った魔物を銃撃で駆逐する。なに、雑魚のモンスターだ、あまり気負うことはない」
余裕の笑みを浮かべて兵士長は手をあげる。
「一斉に火球放て! 少しは仕事をしていることを見せねばな!」
「ハッ、了解です!」
魔法使いたちが、のそのそと近づいてくる魔物たちへと杖をかざす。魔力が凝縮されていくと、魔法陣が描かれて、燃え盛る炎の球体が生み出された。術者は影響を受けないが熱気は空間を歪ませて、周りの魔法使いはじわりと汗をかく。
『火球』
『火球』
『火球』
一発でも、10人くらいは灰にする威力と範囲を持っている火球が複数放たれて、迫る魔物へと命中すると爆発炎上する。
轟音とともに重なり合う炎球により炎上し、炎の壁となり、魔物たちを覆い尽くした。魔法使いたちは楯野家の精鋭であり、放った火球は普通の魔法使いよりも遥かに威力がある。燃え盛る魔物たちを見て、魔法使いたちはお互いにハイタッチをすると、勝利を確信した笑顔となった。
「やったか?」
「当たり前だろ。灰も残らないさ」
「悪いな、銃士たちの出番がなくて」
いくら大量に現れても、所詮は低レベルの魔物たち。しかも、炎に弱い植物系統だ。漏れた敵もいまいと、銃士をからかい始める者もいたが━━━。
「お、おい、なにか変だぞ?」
一人の魔法使いが炎が吹き荒れる世界を指差して、怪訝な声をあげる。
「なにが変なんだ? ………なんだ、たしかに変だな」
その声に一人、また一人と魔法使いが炎の壁を見て、眉をしかめる。炎逆巻く世界にて、ブレードフラワーもクレイモアヒマワリも全て燃え尽き、倒れると灰になるはずであった。
しかし、炎の中で蠢く魔物たちは歩みを止めることなく近づいて来ているように見える。いや、炎に照らされる魔物たちの影は確実に歩みを進ませて、燃え盛る煉獄の世界から姿を見せた。火傷一つない姿にて。
「や、焼けていない、焼けていないぞ!?」
「焦げ一つない。どうなってるんだ?」
「そ、そんな馬鹿な!」
自分たちの魔法に絶対の自信を持っていた魔法使いたちは動揺を露わにし、騒然とし始める。
「怯むな、銃撃にて足を止めるんだ。砲弾にも等しい大火力にて粉々にしてやれ! 各個撃破せよ!」
だが、隊長は眼前の状況にすぐに冷静さを取り戻し、部下に指示を出す。練度の高い兵士は冷静さを失わない隊長を見て、自身もすぐに冷静になると銃を構えて発砲する。
魔法が通じなくても、銃がある。精鋭兵のために楯野家の用意した銃は高額で、探索者でも最高レベルでないと持てないものだ。その威力は途轍もないもので、数人が戦車に対して一斉に撃てば破壊も可能といわれるものだ。
「撃て〜っ!」
銃弾は小さくとも、威力は砲弾並みといわれる高額の魔法銀の弾丸を躊躇うことなく撃ち始める。風の壁を打ち破り、高速で飛んでいく。
ヒタリヒタリと歩いており、攻撃可能距離まで近づく魔物へと、凶悪なエネルギーを内包する銃弾は外れることなく、正確に命中した。
━━━ように見えた。
実際は命中する寸前で、空中にてなにかに阻まれて、弾けてしまった。跳弾が床に跳ね返り火花を散らすだけとなったことに、兵士たちは再度の恐怖に見舞われる。
「な!? こいつら精霊障壁を展開しているぞ!」
なぜ弾かれたのかは歴戦の兵士たちはすぐに理解した。紙一枚の薄さで魔物たちが最小限の精霊障壁を張っていたのだ。それは信じたくない結果であった。
精霊障壁とは装甲のようなものだ。自身の動作を阻害することから、精霊障壁は自身の身体からある程度離して展開する。優れた者ほど、身体に近いところに展開し、魔力を節約するものだが、手足を動かしても邪魔にならないようにすると、関節部分などに柔軟性をもたせる必要がある。制御が不完全で広範囲が柔らかくなっては装甲としては役に立たないため、装備に頼らずそれほどの精霊障壁を張ることのできる者は地上街区でも一握りだった。
それが低レベルと思っていた魔物たちが展開していることから、否が応でもその力の大きさを認識することになってしまった。
「ぜ、全員抜剣せよ。白兵戦にて直接精霊障壁を破壊するしかない!」
隊長自身も剣を鞘から引き抜き、最終手段へと移行させようとする。これほどの精霊障壁を遠距離攻撃で破壊するのは不可能であり、近接にて叩き切るしかないと判断したからだ。
敵の動きは緩慢であり、高速にて動く自分たちを認識し反撃をするのは不可能だろうと考えて、脚に魔力を込めて筋力を向上させる。
『風歩法』
足元が突風で弾かれたように浮くと、隊長たちは風の如き速さで魔物たちへと強襲をかける。まだまだ間合いは遠いが、それでも今の強化した隊長たちなら僅かな時間で接敵できる。そう考えていたのだが━━━。
一歩二歩と歩幅は人間を超えて、数十メートルを跳ねるように突き進むが、途上で隊長の身体がぐらりと傾ぐ。
「隊長!? どうしたので、ヒッ!」
倒れ伏した隊長へ、後ろに続いていた部下が声をかけようとして、喉を引き攣らせる。
━━━隊長の頭が切断されて、身体の横にゴロリと転がったのだ。そして、その横を視認も難しい速さで刃と化した花びらがひらりと通り過ぎていった。
「まずいっ! 敵の攻撃も強力だ。全員停止して防御盾を展開させろ!」
間合いを詰めるのをやめて立ち止まると、片手を魔物へと向けて、魔法を発動させる。
『防御盾』
精霊障壁は自動展開される防壁であり、その分魔力が尽きないように節約されているため防御力には限界がある。しかし手動にて発動した防御盾は自身の意思で注ぎ込む魔力量も変えられて、遥かに硬い。
兵士たちの前面に魔法陣が刻まれた緑色の防壁が展開され、飛来してきたブレードフラワーの花びらを受け止める。
ガツンと強い衝撃が防壁に加わるが、防げたことに安堵する兵士たち。しかし安堵するのは早かった。命を賭けていると判断するのは遅かった。
「お、おい、ヤバいぞ!」
兵士の一人が恐慌したように前方を見て叫ぶ。なぜ叫んだのかは他の兵士たちは言葉にしなくても理解していた。理解したくはないが理解してしまった。
『花吹雪』
花びらが空間を埋め尽くすかのように舞っていた。その幻想的な光景は美しくも残酷なものだった。
二発目で防壁にヒビが入り、三発目で破壊された。
「な、なんだこいつら、普通の魔物じゃねぇのか」
舞い散る死の花びらを呆然と見て、兵士たちは死ぬことを悟る。この花吹雪の前ではもはや精霊障壁は意味をなすことはなく、皆は切り刻まれて肉片となるだろう。
諦めと共に、花吹雪から逃げることもせずに眺めていて、眼前に花びらが迫り━━━。
その花びらは横合いに飛び込んできた巨大な装甲車が吹き散らしていった。
「な、なんだ?」
死ぬだろうと覚悟していた兵士たちは突如として目の前に現れた装甲車にしては巨大すぎる車両を見て、口を開けて啞然とする。どうやら植物園の壁を破壊してきたようで、ポッカリと壁に大穴が開いていた。
助かったという安堵の気持ちと共に、どこの家門のものかを問い質そうとすると、パカリと装甲車の屋根の一部が開き━━━。
「うっさー、花びらは焼却うさー!」
「燃えちゃえ〜!」
「あっつー、うさに向けちゃダメうさよ」
なんと小さなうさぎたちが飛び出してくると、重装甲の精霊鎧を着込み、火炎放射器らしきものを振りかざし、花吹雪目掛けて容赦なく打ち込んだ。
炎の蛇のように銃口から火炎が放射されて、花吹雪の全てはあっさりと燃えていく。火炎から免れた花びらの一部がうさぎたちめがけて襲いかかるが、うさぎたちの周囲に精霊障壁が展開されると、カンコンと乾いた音を立てて弾き返していき、何枚もの花びらの刃が打ち込まれても、揺らぐことなく、展開されていた。
「今日は除草屋のハンターランピーチだ。避難するなら、護衛料を頂きたいがどうするね?」
そして、装甲車から極めて怪しい小悪党が出てくるとニヤリと嗤うのであった。




