119話 種と小悪党
━━━ランピーチが任務を受ける前、時間は数時間巻き戻る。
植物園の奥地は石茨が繁茂し、多くの魔物が潜み、侵入が不可能な状態であった。しかし、それは昨日までのことだ。現在、石茨は残ってはいるが魔物は駆逐されており、石茨も重機は入り込むことはできないが、人が無理をすれば通り抜けることができる隙間程度はあった。
楯野真奈率いる研究者たちは、調査を行う必要もあり、いたずらに危険に手を出すつもりもないので、その程度の隙間が存在していても、気にすることはなかった。
だが、裏で動く者たちにとっては好都合であった。
灰色の茨が風もないのに微かに揺れる。一般人では気にもとめない微かな足音が響き、風景が蜃気楼のように歪む。
達人であれば気づいただろう。人の気配は十人近く、周りを気にする様子もなく、奥に進み円柱形のエレベーターへと辿り着いた。
「ここのシステムは………ここらへんに端末があると書かれている」
野太い男の声が聞こえて、円柱の壁面の一部がずれる。そうして、タッチパネル式のモニターが覗く。そこで、空間が歪むとマントを着込む男たちの姿が現れる。
「このソケットにこの端子を挿し込むと、バッテリーが充電されるはずだ」
懐からバッテリーを取り出して、挿し込むとモニターが明滅して、少しすると正常な画面が映し出された。
「エレベーターを稼働。ドアをオープン」
ピピッと電子音が聞こえると、円柱の壁が二つに割れて、エレベーターが姿を見せた。
「ひゅー、なんだよ、調べる必要なんかないじゃないか。楯野家へとこの資料を渡す代わりに、この植物園に関わり合いを持つ取り引きをすることは可能なんじゃないか?」
十人の男たちは一人を除いて、いかつい中年の男だ。その一人はまだ若く学生に見える子供だ。その笑いは軽薄そうで、軽い男に見える。
口を噤み、真剣な顔にすると、軽薄さが消えて爽やかそうな二枚目に見える男、名前を鎧塚東光という。鎧塚の嫡男だ。
一般人の前では人の良さそうな顔をして、善良そうな男を演じているが、素は軽薄で腹黒であった。そうで無かったら、女子たちを不満なく侍らせることなどできないので当たり前かもしれないが。現実では朴訥な人の良い性格で何人もの女性を侍らせれば、すぐに人間関係で崩壊する。
「駄目ですよ、坊っちゃん。資料を渡すだけでは強くは出られません。あちらは天才と噂の高い楯野真奈がいます。時間をかければ、解析はできるでしょうし、そうでなくても不可能な話となりました」
彼らはこの植物園の内部資料を持っていた。それは植物園のマップから、システムの操作方法まで多岐に渡る。
エレベーターに入り込み、地下へのボタンを押下する。ガコンとエレベーターが揺れると扉が閉まり動き出す。この資料があれば、稼働も簡単にできるだろう。
「不可能な話ってなんだよ? だから危険を犯して、俺も合流させて来たのかよ?」
不思議そうな顔の東光へと苦々しい顔を向ける。
「地下街区のネゴシエーターが楯野へと合流しました。モンスターピードも防がれて、調査にも参加するとなれば、もはや時間はありません。上は一刻も猶予はないと判断しました」
ランピーチ・コーザと名乗る男。ランピーチシティを支配し、地上街区への編入を求めても拒絶して自治区となろうとする地域のボスだ。
その装備と人工精霊は地上街区のレベルを遥かに超えており、警戒を強めねばならない相手だが、危機管理のデータベースはクラッキングされており、他愛ない雑魚の小悪党とされているために少しでも目を離すと忘れそうな危険すぎる相手であった。
地下街区は電子を支配すれば問題ないと考えているのが唯一の救いだ。人海戦術というものを意識していないのだろう。
「あ〜、あのいかにも小悪党の男が地下街区のネゴシエーターねぇ。嘘やハッタリじゃねえのか?」
「いえ、奴が地下街区の後ろ盾を持っているのは間違いありません。ハッタリでは地域の一つを支配することはできません」
それに加えて、ランピーチの容姿が問題だ。どう見ても小悪党に見えるために、東光のように信じられない者が多い。上のほとんども注意を払わないのが、その証拠だ。現実にランピーチシティに行った人間でなければ、脅威には思わない。それこそが地下街区の目的なのだろう。
これこそが一番困ったことだ。楯野真奈がランピーチを雇おうと騒いでいなかったら、彼らも注意はしなかったのは間違いない。
「到着しました。さて、では問題の植物保管庫に向かいましょう」
エレベーターの扉が開き、薄暗い通路が姿を見せる。埃が舞い上がり、不気味な怪物が口を開いているような感じがして、背筋がゾッとする。
「空気が悪いな。ここ大丈夫なのか?」
「毒などはないはずです。ダンジョンではないので、罠などもないはず………」
「そこで口篭ると不安なんだけどなぁ。大丈夫って太鼓判を押してくれない?」
「それが各ブロック事に滅却システムが備えられているのです。バイオハザードが発生した場合に焼却できるようにとのことなのでしょうが、植物園にそんな危険なシステムがあるのが不思議でして」
「そりゃ、あれだろ。魔物が発生した場合とかじゃないのか? 植物園は表向きで秘密裏にウィルスとかを開発していたわけじゃないんだろ?」
「そのような記載はありませんね。………たしかに魔物が発生した場合というのは考えられます。今は精霊粉の汚染度も低いので問題はない、ですか」
男は少しだけ不安に思う。このようなシステムが用意されていることに対して、本当に魔物が発生した場合への対処なのだろうかと。だが、どちらにしてもこの植物園が停止して、かなりの時間が経過している。問題はないだろう。
全てのシステムが停止して、永久光の魔法が付与されている非常灯の薄暗い灯りだけが頼りの通路で、カツンカツンと乾いた足音が響く。生気は感じられず、死んだ世界となっている通路を言葉を発することもなく暫く進む。
そうして暫く進むと、分厚い金属扉の前で立ち止まる。
『植物種保管庫:危険なため完全装備での入室を行うこと』
不吉なるプレートの注意書きに、東光は口元を引き攣らせ、周りの男たちに不安を口にする。
「完全装備ってなんだ? 不吉じゃねぇか?」
「恐らくは種を守るために必要な防護服かと。保管庫が無菌室であれば、わかる話です」
「あぁ、そうか。そういう話か。たしかにな、少しビビりすぎたか」
「では、開けます。予想ならゴールドラッシュに捨てられていた槍田家の家宝『キーハッカー』を使えば開けられるはずです」
先日潰れたカジノ『ゴールドラッシュ』の開けられた金庫前に捨てられていた万能キー。それを男たちの仲間は回収していた。
「完全修復は無理でしたが、一度くらいは使用可能のはずです」
名付けてマジックキー。もったいないが、古代遺跡の扉を開ける時など滅多にないことであるし、使用を許可された。
万能キーとの名前だけに、扉に鍵を触れさせると、堅固なセキュリティのかかっているはずの扉は開き、マジックキーはサラサラと砂のように崩れさるのであった。
ガコンと分厚い金属扉が開き、中の様子が目に入る。
「なんだ、かなり広いな。これが保管庫か? 実験室の間違いじゃないか?」
保管庫という名だけあって、予想していたのは狭い部屋だと思っていたが、そのようなことはなく、広々とした部屋でサッカーでもできそうだ。
ただ、金属柱がずらりと並んでおり、円柱にはそれぞれプレートが貼ってある。円柱の中身は種なのだろう。
「ここに保管されている種子を回収します。こそ泥が入り込んだように荒らしもします。それにより、学園内の古代遺跡を管理するに不安があると、楯野家を糾弾し、他の家門が手を出す余地を作るわけです」
「せこいねぇ。名門鎧塚家のやることとは思えないよ」
「それだけこの植物園は重要なのですよ、坊っちゃん。作物が自由に作れるシステムは世界に革命を起こします。食料を支配するものは世界を支配すると言っても過言ではありませんからね」
そんなもんかねと、東光が肩をすくめて、なにか面白いものがないかと奥へと進み、声をあげる。
「おい、これ見ろよ! ブハッ、こんなに大きな種があるんだな」
それは部屋の一角に備え付けられており、壁を保護用に使われているほどに巨大なものだった。
保管壁には細くスリットがあり、東光が覗くと、戦艦のように巨大な細長い種が見えたことに、感心の声をあげる。
「それはさすがに盗むのは無理ですね。破壊しても良いですが、取り敢えずは他の円柱に保管されている中身を回収しましょう」
「隊長、保管室のバッテリー供給を終えました。稼働させます」
壁の隅にて作業をしていた部下が報告してくると、隊長と呼ばれた男は頷く。
「よし、稼働させろ」
「了解です」
部下が頷くと、小さく唸り声のような音がすると、天井の明かりがつき、薄暗い部屋が一気に明るくなる。東光たちは突然明るくなったために目を細めて、光を防ぐようにまばたきを繰り返す。
そして、円柱が上にスライドすると、保管されていた中身が姿を見せる。多様な種が置かれており、朝顔の種のように小さな種が大量に置かれているものから、握りこぶしくらいに大きな種と大きさも様々だ。
「これだけの種があると、壮観だねぇ。これを全て回収するのかい?」
「全部ではありませんが、回収します。回収しきれない種は燃やして灰にする予定です」
予想よりも遥かに多い種の数にうんざりしつつも、男たちはリュックを置いて回収を始める。一粒でも大きな価値があるだろう古代の種だ。少しでも多く回収したい。
そうして暫く黙々と回収していき━━━。
「隊長、もう発芽している、いえ、花を咲かせている植物があります」
「なんだと? そんなはずは……なんだこれは? 『ブレードフラワー』か?」
部下の焦った声に振り向くと、たしかに円柱に置かれていた種が発芽しており、それどころか茎を伸ばし、花まで咲かせていた。
風車のような花だ。ゆらゆらと花弁を揺らしており、根っこが僅かにうごめいている。周りの円柱からほぼ同様に花を咲かせており、風もないのに花びらを揺らしている。
ダンジョンでは有名な花びらを刃として飛ばす低レベルの魔物だ。
「ちっ、魔物の種もあったのか。だが、これは予想外だな。普通の魔物は成長した状態で発生するからな」
「隊長どうしますか? 攻撃態勢に入っている様子です」
舌打ちする隊長に部下が声をかけてくるが、その焦りように鼻で笑う。
「安心しろ、この精霊鎧は優秀だ。ブレードフラワーの花びらなど通じない」
その自信たっぷりの言葉に合わせたように、ブレードフラワーの花びらが離れて、刃の輝きを照らす。
そして、花びらが隊長たちに放たれて━━━男たちの絶叫が響くのであった。




