118話 家と小悪党
「義兄さん、ここでたくさんの借りを返してよ? いいよね? イエスしか選択肢ないから。毎月毎月毎月、数万エレをたかりにきてたじゃないですか!」
「金額の桁が違わないか? 主に俺の方」
「わかってないわね、いいかな、義兄さん。たかりに来た頃は、たった数万エレでも、今の義兄さんの価値にすると数億エレはあったの。砂漠で手に入れた水が、街で買う水と同じ価値な訳ないでしょ!」
ランピーチの胸ぐらを掴んで、ガクガクと揺するノノ。その理論はなるほどと納得できるものだ。
「わかった! イエス・イエス?」
「あ〜、イエス?」
だが、この強引さは今までの仲間にはいなかったと、その迫力に負けてしまう。小悪党が押しに弱いだけなのかもしれない。
『おかしいと思ったんだよ! 筋肉を維持するのって結構大変なはずなのに、貧乏なランピーチはどうやってたのか。義妹にたかってたのか!』
スラム街は明日の食べ物も手に入れるのに苦労する世界だった。マッチョ体型は筋トレ以外にも食べ物にも気をつけないといけないのだ。ゲームの世界だからだろうと流していたら、現実がやってきた。裏設定がセコすぎる。さすがは小悪党ランピーチだ。
「良かった、助かったよ。それじゃ石茨を完全に除去した後に、立ち会いをよろしく頼む」
「任せてください。ほら、義兄さんも頭を下げて! 大金を支払ってくれるんだから!」
ランピーチの頭をぐいぐいと押して、真奈へと頭を下げさせるノノ。なんか義妹じゃなくて、オカンみたい。
「こちらこそよろしく頼むよ。予定では3日後には手をつけられる。それまでは待機でいいよ。其の分の日当も払うよ」
にこやかな笑顔で太っ腹なことをいう真奈に合わせて、ミラもにこやかな笑顔で言う。
『ビールを飲んで愚痴しか言わない働かないバイトはいらないと副音声つき』
わかってはいたよ。うん、邪魔しかしてないもんね、俺。気まずさマックスである。
『くっ、小悪党ムーブなんか楽しまなければ良かった』
『ソルジャーは悪ノリしすぎたんだよ。私はあれだけ真面目に働きなさいって言ってたでしょ』
『記憶領域をクラッキングでもされた?』
にこやかな笑顔のライブラに、ランピーチもにこやかな笑顔で返す。オチまで用意してくれるサポートキャラたちだ。
「さぁ、義兄さん。これまでのことを教えなさいよね! 逃さないわよ」
そして、ノノさんはランピーチを離さない模様。うぬぬと睨んできて、怒る準備完了といった感じです。
植物園にいる人々も、仕事をするふりをしながら、ランピーチたちをチラチラと見ている。
「地下街区とか言ってなかったか?」
「誰が地下街区と繋がっているんだ?」
「ハッタリに決まってんだろ。箔をつけるためとはいえ、楯野家も思いきった方法を取るな」
「あの顔を見ろよ、詐欺師にしか見えないだろ。きっと騙りだよ、騙り」
どうやら本気にしている者は多くないようだ。ランピーチの顔立ちがとてもではないが、アンタッチャブルである地下街区の者たちと関わり合いを持っている人間には思えないからだ。
小悪党スキルが初めて役に立った瞬間かもしれない。全然嬉しくないのは気のせいかな?
うさぎもふもふし隊は特段驚くことはなく、誇らしそうに仕事を続けている。均だけはオロオロとしているが。
「ほら、家に帰るからね。ちゃんと説明できるように━━━あ、こら!」
「俺は家出した身なんだ。今さらどんな顔して親に会えるってんだ。金はノノに振り込んでおいてくれ! じゃあな!」
ランピーチはドラマでお決まりの、家族に対して素直になれない家出して消息不明だった青年のふりをして、バタバタとその場を離脱するため、ダッシュで立ち去るのであった。
「待ちなさいよ、こら、逃げんな!」
ノノが怒り心頭で追いかけてくるが、ランピーチは小悪党固有スキル『黒い虫歩法』をカサカサと使って、追いつかれなかった。
記憶にない家族との会話など、すぐにボロが出るのだから、ノーサンキューなのである。
◇
ランピーチマンションに無事に帰ったランピーチは、ソファに凭れ掛かり、ふぃーと疲れて息を吐く。
「どうしたんですか、ラン?」
テーブルにコトリとお茶を置いてくれて、チヒロが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「つかれたの、パパしゃん? かたもみしゅるよ?」
ランピーチの膝の上に乗っかった良い子なコウメも心配そうにちっこいおててでペチペチ叩いてくる。
「きゅー、寝ると全部解決すると思ううさ」
コウメと同じようにランピーチの膝の上で、スンスンと鼻を鳴らして、ミミが顔を擦り付けてきて寝ちゃう。
家族が心配してくれて、こそばゆい気持ちが湧いて、少しだけ顔を緩めてしまう。
「大丈夫だ。バイトの内容が変わっただけだ。遺跡の稼働実験に立ち会うバイトに変更しただけだよ」
「へんこーしたのでしゅか。たいへんでしゅ」
「心配してくれてありがとうよ、うりうり〜」
「きゃぁ~、おひるねしちゃうね。ミミといっしょにおひるねしちゃうね」
コウメの頭を撫でて、ミミのもふもふの背中を撫でてあげる。コウメは撫でられて嬉しそうにミミを抱き枕にして寝始める。寂しかったのか、ランピーチの服を掴んでいるままだ。
「なにか難しそうな仕事になったんですね。身体には気をつけてください、ランが倒れたらこの地区はおしまいですし、私も心配です」
「明後日からの立ち会いはそう難しそうなものじゃない。話に聞くにただの植物園みたいだしな」
真奈からの説明だと古代遺跡の植物園システムを稼働させるだけだと聞いている。
「植物園って、たくさんの植物を育てて鑑賞するだけですよね? 地上街区の人たちって、そんなことに大金を注ぎ込むなんて変わってますよね、私なら他のことにお金を使いますけど」
「たしかになぁ、腹が膨れる機械でも作れば良いのに」
合成コーヒーでも、なかなかうまいねと飲みつつ、ランピーチも同意する。金の使い方が一般人とは違うのだろう。
「まぁ、明後日まではここでのんびりとしているよ。バイトは忙しかったしな」
バイトではダラダラとビールを飲んでいただけに思えるが、そんなことはおくびにも出さずに、ランピーチはコーヒーカップを持ち上げる。
「なによ、だらけていただけじゃん!」
「ブホッ、な、ノノ!?」
だが、どこかで聞いた少女の声に、コーヒーを吹き出してしまう。ドアへと顔を向けると腕組みをするノノが立っていた。振り切ったはずなのになんでここがわかったんだ? いや、調べれば家はわかるだろうけど、ここまで簡単には入れないはず。
「な、なんでここに!?」
「ピーチお兄ちゃんの妹だって言ってきたから、ドライは同じ妹として、家に案内することにした」
「宇宙人の親戚だって、偽りの記憶を植え付けられているかもしれないから連れてきたんだよ」
「あ、そう………」
後ろから、ドライと灯花が顔を出す。どうやら学園に通っている二人にアプローチをした模様。
「その二人が俺の関係者だって、よくわかったな?」
「灯花ちゃんが、宇宙人と遂に出会えたって、食堂で踊ってたから」
ろくなことをしない少女である。
「単に踊っていたわけじゃないよ、新魔法を作れば、授業の単位をくれるって先生がいうから、一番自信のある魔法を見せてたんだよ!」
「灯花は追試に落ちた。だから、先生が苦肉の策で追試回避のための手段を考えた」
焦る灯花に、ドライが呆れた目を向ける。
「灯花、先生の思いやりを踏みにじるなよ。もう少しマシな魔法を作れよ」
「でも、宇宙人に改造されたノノちゃんが召喚されたから、宇宙人召喚の魔法は半分は成功したんだよ。先生も合格にしてくれるって言ってたし」
「死んだ目をして、食堂から帰って行ったけど」
聞く限りに酷い話だった。灯花はよく魔導学園に入学できたね。
「灯花ちゃんは気にしないでいいです。それよりも義兄さん、こんな立派な建物の主になったんですか!? まるで高級ホテルみたい!」
「兄さん? ランは妹がいたんですか?」
ステレオで言ってくると、チヒロが目を剥いて詰問してくる。今まで家族のことを話したことがないランピーチに家族がいるとは思ってもいなかったのだ。
「あぁ、実はいたんだ。この子は義妹の朱光ノノ」
「えっと、そうだったですか。私はランの恋人のチヒロです。よろしくお願いしますね」
すぐに気を取り直して、チヒロがニコリと微笑みノノに挨拶をする。混乱した状況だが立て直す早さはさすがとしか言いようがない。
灯花とドライは別枠だ。彼女たちは普通の人間とは違う精神性をしているからな。
「こ、恋人!? はぁ、え、あたしは朱光ノノ。義兄さんとは血の繋がりがないわ。あっと別に変な意味じゃないよ。この人は家族として愛情は持っているけど、異性としてはまったく趣味じゃないから。目を離すとろくなことをしない人だし」
『ありゃ、ここは恋人と義妹のバチバチと火花散る出会いじゃなかったみたいだね。残念だったね、ソルジャー』
『そんな火花はいらねーよ。まぁ、平和に終わって良かった良かった』
ホッと安堵して胸を撫で下ろす。ライブラの言う通りに、もしかして修羅場が始まるかと思ってたんだ。
『普通に考えて、義妹に金をせびりにくる相手に愛情は持ちませんよね。家族愛があるだけマシです。あの人は列聖されても良いと思います』
説得力がありすぎるミラの言葉である。
『俺を助けるだけで聖人として列聖されるなら、誰でも聖人になれちゃうだろ』
しかし、そこで終わらないのが、小悪党ランピーチ補正だ。
「コウメはパパしゃんのむすめです! よろちくね、ノノおねーちゃん!」
「えぇ~! え、は? 恋人がいるのはそんなに驚かなかったけど、娘までいたの? お父さんたちはこの話を知ってるわけ?」
爆弾が投下されました。パパしゃんの娘だよねと、目をキラキラさせるコウメに対して、違うんだとは口が裂けても言えない。
「チヒロちゃんとの子供なわけ? 両親に挨拶にいきなさいよ、この小悪党!」
「小悪党を語尾に使うなよ。これには深い理由があるんだ。後で説明するから、後でな」
両親との会話など冗談ではない。絶対にバレる。
どう誤魔化そうと焦るランピーチだが━━。
『悪魔の種が芽を出した。すぐに除草しよう
レベル7』
ピコンとクエストが目の前に映し出されてつんのめってしまう。
『これはなんだ?』
『おかしいですね。植物園に眠る種は厳重な金庫に保管されているはずなのに、どうやって開けたんでしょう?』
『クエストの発生だよ、ソルジャー!』
植物園から離れた途端に、なにか事件が発生したらしい。
「悪いな、仕事が入った!」
「義兄さん!?」
この場を離れるいい理由ができたと、ランピーチはマンションからも逃げ出すのだった。




