116話 義妹と小悪党
朱光ノノ。没落した朱光家の長女だ。以前は武装家門として地上街区を支配するトップ家門の一つであった。
これが没落したのが百年前とかならば、諦めもつき、貧乏に慣れることもできただろう。しかし没落したのは僅か30年前。朱光家が管理する地上街区にダンジョンが発生し、モンスタースタンピードを防ぐことができずに壊滅的な被害を起こしたからであった。その後、投資や事業がことごとくうまくいかずに、貧乏家門となったのだった。
親も祖父も栄光の時代を知っている世代だからこそ、たちが悪かった。金に困らない、金とは使っても減らないものと考えていた者たちにとっては屈辱以外の何者でもなかった。
そのため、口を開けば家門の栄光を取り戻せと、祖父母や父は押し付けるように威圧するように言ってくる。
さらにたちの悪いことに、祖父母も両親もそれ以外は優しかったのだ。愛情を向けてくるだけに、反発することが難しかった、これが家門のためだと本人の意志を無視して言ってくるのであれば、両親たちを軽蔑し、相手にすることなどしないこともできた。だが、彼らはノノのためだと、本心から言ってきていた。
その言葉はナイフよりも鋭く、どんな毒よりも精神を蝕む。そして、魔力が無く、後妻である母の連れ子よりも才能がない長男にとっては、その言葉に耐えられなく、5年前に家出をしたのだった。
それが、ランピーチ・コーザと名乗る男。義兄である本名、朱光新だ。
◇
「はぁ~、なんだかなぁ~……」
「およ、ため息をつくなんて元気ないじゃん。どしたん? 昨日は稼げたんでしょ?」
「ユイか。たしかに昨日は稼げたよ。久しぶりにガドクリー弁当じゃなかったし」
友人が戯けたように声をかけてくるので、苦笑混じりに答える。
昨日の植物園事件が終わり、ノノは教室で昨日のことを思い出していた。最近金をたかりに来ない義兄を少しばかり心配してたのだ。だが、久しぶりに会った義兄はとんでもなく変わっていた。
「ノノって、ご飯に困るほど貧乏じゃないのに大変だねぇ」
「うちは無駄に大きな屋敷を維持しないといけないから………。十万エレ程度じゃ、焼け石に霧よ。もう焼け石に触れたかどうかもわからないレベル」
両手をあげて、フラフラと泳ぐように振ると、再びノノは机に突っ伏す。屋敷の維持以外にも、体面を考えなくてはと、両親はパーティーに出かけたりもしているので、お金がいくらあっても足りないのだ。父は星4の探索者並みの力を持っているので、ノノよりも稼ぐがドレス一着で金は消えるし、全然儲からない赤字を垂れ流すだけの事業もあるのだから、貧乏生活から抜け出すことはできなかった。
地上街区の金持ちとは数億エレ程度の人間のことを言うのではない。最低数十億エレの稼ぎは必要だった。なのに、金持ちのフリをするのだから………。
「ねぇねぇ、昨日の助けてくれた人って、お義兄さんじゃない? だいぶ様子は変わってたけどさ」
「幼馴染には気づかれたかぁ。そうよ、あの人は義兄さんね。筋肉をつけることは止めたみたい」
義兄が次期当主として頑張ろうと熱意を持っていた頃。あまりにも足りない魔力を補うためと、筋肉トレーニングをいつもしていたものだ。ムキムキマッチョとなり正直ノノはむさ苦しいから止めてほしかったが、義兄さんの心情を考えると、口にはできなかった。
義兄さんよりも遥かに魔力を持っている自分が言っても嫌味にしかならないことを理解していたからだ。
優しかった義兄さんは、絶対的な魔力の壁に絶望し、魔導学園を中退し家出をした。その後は風の噂でスラム街で半端者を率いてチームを作ったと聞いていた。金が無いと無心に来る時にそのことを問い正したが、かつての優しさをなくした義兄さんは鼻で嗤っていたものだ。
「うーんと、義兄さんを見てどう思った? 植物園でふざけた仕事しかしていなかったから、クズにしか見えなかったんだけど」
「あぁ、なんだかんだ言って覗いてたんだ。たしかにここ最近そそくさと早く帰ってたもんねぇ」
意味有りげにニマニマと笑うユイに、微かに頰を赤らめて消しゴムを投げるふりをする。家出する前までは優しかった義兄さんなのだ。最近会ってなかったし、心配するのは家族として当然だと思う。
どうやら星1以下の半端者の探索者のボスになっているようだとため息を吐いていたのだが、助けてくれたあの動きは━━。
「物凄く強かったよね、新さん。魔力の流れとかまったく感じなかったのに、まさかあのアホを圧倒しちゃうとはねぇ」
「でしょ? 義兄さんはあんなに強くなかった。でも、あの時はあたしでも見極めることができない体術の達人だった」
短剣を受け止める際、義兄さんは人差し指だけを使っていたが、正面から受けていたわけではない。見かけは正面から受け止めていたが、実際はほんの少しだけ人差し指をずらして、短剣の横腹を叩いていたのだ。
精霊鎧にて強化された身体能力に加えて、風の魔法で加速した攻撃に、絶妙なタイミングでパリィするなど父でも無理だ。だが義兄さんはやすやすと行い、その動きは当然のように得意げな顔をするでもなかった。
「うーんと、凄い修行したんじゃない?」
「数年程度修行しても、あれだけの体術は身につかないわ。あれは百年修行してようやく達成できるか否かの境地だと思うの」
困ったようにかぶりをふるノノに、フムと顎に手を添えて友人は提案を口にする。
「それなら本人に聞けば早いんじゃない? まだまだ植物園のバイトは続くんでしょ?」
「それしかないかぁ。あたしに正直に答えてくれるかなぁ」
一番手っ取り早い方法だが………昨日の義兄さんの驚いていた態度がどうにも不審なのだ。それに久しぶりに会った時もまるでノノに気づいていない様子だった。わざと知らないフリをしているのかと思っていたのだが━━━。
「まぁ、それしかないか。それじゃ、話しかけてみるかな」
嘆息すると、教科書を取り出す。それはそれ、これはこれと、高い授業料を払っているのだからと、授業に向けて気を取り直すのだった。
◇
昨日の被害はどこへやら。結局のところ、植物園の外には魔物は脱出することもなく、行く手を阻んでいた石茨がかなりの範囲で伐採されたので、楯野家は多くの人員を送り込み、本格的な調査に移ろうとしていた。
「わぁ、人人人だね」
「昨日のことがあるから、警備も強化したみたい」
どうも兵士の数が多いし、昨日の警備よりも質の良い精霊鎧を着こんできてるように見える。練度も高そうで、恐らくは楯野家の精鋭を連れてきたに違いない。
だが、清掃をするバイトたちは荒くれ者の探索者のようで面子は変わっていなさそうだ。とすると、義兄さんもいるだろう。
「奥にいるのかな? 行ってみる、ノノ?」
「うん。すいません、中に入れてもらって良いですか?」
ユイへと頷くと、入口を警備している兵士に声を掛ける。兵士たちはノノたちを見ると、困った顔になり、拒否の言葉を口にする。
「生徒さんかい? 駄目だよ、ここは今は立入禁止なんだ」
「えっと、あたしの義兄さんが中にいるんですけど、用があるんです。呼んでもらっても良いですか?」
昨日の騒ぎで警戒しているのだろう。だが、ノノは中に入ることが目的ではなくて、義兄さんに会うのが目的なのだ。
「なんだ、そういうことか。それくらいならお安い御用だ。名前はなんて言うんだい?」
「朱光新です。バイトとして入っていると思うんですけど」
「朱光新、朱光新………」
意外と親切なようで、手元にある書類をめくって確認をしてくれるが、全ての書類を確認すると顔をあげて困惑した顔を見せてくる。
「悪いね、生徒さん。朱光新という名前はバイトにはいないよ。なにかの勘違いじゃないのかい?」
「そんなことないですよ、だって昨日、私を助けてくれたんです。だからいないわけないです」
「そんなことを言われてもなぁ………困ったなぁ」
どうも面倒くさい流れになっていると、ノノは顔を顰めてしまうが━━━。
「なら、中に入ってもらおうよ。自分で探してもらったほうが早いと思うよ」
ノノの肩がポンと叩かれて、誰かが脇を通り過ぎる。白衣を着た少女であり、その顔には見覚えがあった。
「真奈さん!?」
「やぁ、久しぶりだね。この間会ったのは武装家門の新年会だっけ?」
軽く手を挙げての挨拶にノノは幾分気落ちして答える。ドレスやらスーツやらアクセサリーやら、かなりのお金がかかったのだ。全部で数百万エレは使った覚えがある。
「ですね。あれに出席した為に一ヶ月ガドクリーラーメンで過ごしましたよ。ローンを払い終わったのは先月の話です」
「ははっ、それはごくろうさま。そろそろお金の使い方を検討した方が良いと思うな」
ケラケラと笑いながら白衣を靡かせるのは、楯野真奈。楯野家の魔導学における若き天才だった。最年少で魔導学園どころか大学まで卒業してしまった少女だ。
「君に兄さんがいるなんて初耳だね。まぁ、それなら知り合いだし、中に入って探してもいいよ。私も用事があったし、一緒に中に入るよ」
「ありがとうございます。それじゃお言葉に甘えるね」
知った仲なので、遠慮はない。小さな子供の頃から知り合いなのだ。友人というにはビミョーな関係かもしれないが、敬語を使うほどではない。
その道の人ならば敬い、丁寧な会話を心掛けるだろうが、ノノは学者の道を選ぶつもりはないし、なんといっても同年代でもある。
「あ~! 私帰るね! 夕方のみ販売する期間限定適当クレープが今日までだったんだ!」
「あ~了解。またねユイ」
「うん、それじゃまた明日!」
一緒にきた友人が素っ頓狂な声をあげて帰っていくのを見送り、真奈と一緒に植物園に足を踏み入れる。
「うわぁ、随分片付いたね」
昨日はドームを石茨が埋め尽くしていたのに、今はガランとしているので、少し驚いてしまう。
「あぁ、そのとおりさ。見てご覧、中央塔への道が拓けている。これならあと少しで管理室まで辿り着けると思うよ」
真奈の指差す先には、かなり遠くだが、円柱があり、エレベーターのマークが彫られている。
「へぇ〜、なにか良いことでもあるの?」
「それは後でのお楽しみさ。それよりも兄はいたかい?」
「え~と………あ、あれかな?」
すごし歩いていくと、集団の中で、約1名が目立っていた。義兄さんだ。
「もう飽きたよ、お前らこの残骸は片付けておけ。俺はここで監督をしているからな」
「へい、ボス」
早速サボっていたので、義妹としてはとても恥ずかしい。部下を扱き使う小悪党みたいだ。
真奈も軽蔑するだろうと、気まずげにチラリと様子を窺うと、さっきまでとは違う真剣な顔をしていた。
「あの男が兄なのかい? 本当に?」
「あ〜、不肖の義兄でごめん」
もう少し働いてと、内心で羞恥で悶えるが、真奈の反応は予想外にも、ニマニマとした楽しそうな笑顔を見せていた。
「そうか。そうなんだ。たしかにへんてこな名前だとは思っていたけど……武装家門だから地下街区と繋がりを持てたのか……」
「どうしたの?」
「いやいや、それじゃ話しに行こうじゃないか。もちろん私も紹介してくれるよね?」
「え? え? どうしたの?」
なぜか背中をぐいぐいと押されて、ノノは義兄さんのところに行くのであった。




