【連載版始めました!】アラサーになってからゲーム世界に転生したと気付いたおっさんの、遅すぎない異世界デビュー ~魔王も討伐されてるし……俺、好きに生きていいよな?~
きっかけ……なんてものはなかった。
別に大怪我を負い九死に一生を得たわけでもなければ、高熱にうなされて生死をさまよったわけでもない。
ただいつものように護衛依頼を終え、朝まで飲み明かしてから宿で眠っていると……突如として脳内に、電流が走ったのだ。
「思い……出した!」
そして俺、Cランク冒険者のアルドは齢29にして前世の記憶を取り戻した。
この世界は俺がやりこんできたRPG、『マジカル・キーンシップ』の世界だ。
それに気付けたのは嬉しい、嬉しいんだが……
「記憶戻るの、遅ぇって……」
なんと恐ろしいことに……既にゲーム開始時点から、五年もの月日が流れてしまっていた。
それだけ時間が経っていれば当然ながら『マジカル・キーンシップ』の主人公である勇者ガイウスは魔王を倒しているし、世界は平和を取り戻している。
つまりここは既にゲームクリア後の、平和を取り戻した後の世界なのだ。
窓の外を見れば、小鳥はさえずり、市場は活気づき、今日も世界は平和に回っていた。
「とりあえず……寝るか」
前世の記憶を取り戻したものの、既にここまで進んでいるんだから今更慌てて動き出す必要も感じない。
というわけで俺は、護衛依頼の疲れを癒やすためぐっすりと眠るのだった――。
『マジカル・キーンシップ』――通称マジキンは一人向け冒険RPGである。
大ヒット……とまではいかないがスマッシュヒットくらいにはなった佳作で、知る人ぞ知る名作のうちの一つである。
珍しいことに、このゲームにはRPGにもかかわらずレベルの概念が存在しない。
そしてゲーム内で、強さが明確に数値という形では現れない。
精霊との親和性、持っている自律魔法の数、そして自身の血統や従えている魔獣の強さ……。
戦って上げることができるのは精霊との親和性くらいで、それすら本人の資質に拠る部分がかなり大きい。
そして残る強さも、ただ戦っているだけではほとんど上げることができない。
そのため主人公であるガイウスを除けば他キャラは強くなるために迂遠な方法を取る必要があり、強くするのに時間がかかる。
そのようなわかりづらさが要素が大ヒットにならなかった理由であり、同時に俺を含めた多数のコアファンを生み出した今作の魅力でもある。
戦えば戦うだけ強くなるという従来のゲーム価値観に囚われないこのゲームが、俺は大好きだった。
『マジカル・キーンシップ』で強くなるために必要なのは戦闘ではなく、貴族家とのコネ作りと魔法陣の開発力、そして魔獣を手懐ける方法論の確立だ。
俺はこのゲームをやりこんだ。
どれくらいやりこんだと言われると、後半でスカウトできる王国のモブ兵士でラスボスの魔王を倒せるくらいにはやりこんだ。
だからこの世界に転生したことはシンプルに嬉しい。
たとえ記憶が戻ったのが、クリア後世界であったとしても……。
現在の俺の職業は冒険者だ。
簡単に言うと、荒事を伴う何でも屋だな。
冒険者はF~SSという風にランクで分けられており、上になればなるほど危険度と稼ぎが上がっていく仕組みだ。
俺はCランク。
ぶっちゃけると大した才能もなかったので、多分このままだとランクは上がることはなく一生Cランク冒険者として生きることになっただろう。
CとBの間に広がっている壁は大きく、冒険者界隈ではここは『種族の壁』なんて呼ばれている。
Bランクより上の冒険者というのは、化け物揃いである。
巨人族や龍人族のような強力な種族特性を持っている奴らか、複数の自律魔法を持っている奴らがゴロゴロいるのだ。
純粋な人間種として生まれた時点で、複数の自律魔法でも手に入れない限りはランクがCで止まる。
ただそもそもの話、貴族家で一子相伝として受け継がれている自律魔法を複数持てるのは貴族だけ。
貴族の奴らの中には自分達は平民とは違う貴種だというやつも多いから、そこの部分を皮肉って『種族の壁』なんて言い方をするわけだ。
だが自律魔法は、この世界ではあくまで秘匿されているだけ。
魔法陣の原典さえあれば、誰でも使うことが可能だ。
つまりマジキンをやりこんだ俺であれば……。
「……うん、とりあえずはこんなもんでいいか」
今、俺の前には大量の手ぬぐいが置かれていた。
そこにはびっしりと複雑な幾何学模様が描かれている。
これらは俺が前世の記憶を頼りにして生み出した自律魔法の魔法陣である。
手が覚えていたおかげで、すらすらと止まることもなく魔法陣を描く手は動いた。
ただ流石に疲れたので、次は実践に移ることにしよう。
用意した布のうち一つに触れ、魔力を流し込む。
「『魔力の矢』」
布に描かれた魔法が発動し、俺の目の前に真っ白な魔力の矢が形成される。
矢羽根の着いていない魔力の矢はそのまま直進し、用意しておいたクッションを貫通する。
威力はおよそぶん殴るのと変わらないくらい。
今回はお試しということもありシンプルに作ったからな。
まぁこんなもんだろう。
「そもそもこれ自体、魔法毒を入れて運用する前提の魔法だしな」
続いて試していく。
『茨の棘』、『五行相克毒』、『第三の手』……どれも問題なく一発で発動することができた。
俺がマジキンにハマった一番の理由――それはこのゲームは、魔法陣を描くことで自分だけの魔法を作ることができるところにあった。
同梱された専用の板タブレットと接続し魔法陣を描くことで、自在に魔法を生み出すことができるのだ。
ちなみに貴族家から自律魔法を教わる場合も、もらうのは魔法陣の写しであり、それを実際に使うためには自分で魔法陣を描く必要があるくらいには気合いが入っている(コピー&ペーストができないくせに微妙に線がズレただけで使えないから、個人的にはここだけはクソシステムだと思っている)。
この魔法陣構築こそが『マジカル・キーンシップ』の賛否両論のあるシステムの最たるものである。
このシステムのおかげで攻略サイトを序盤から見れば有志が開発した強力な魔法をいきなり使うことが可能であり、楽勝でクリアすることができてしまうのだ。
ちなみに俺は当然ながら、かなりやりこんで自分なりの魔法陣の描き方をマスターしてから攻略サイトを見始めた。
マジキンの魔法陣はかなり作り込みが深く、まったく異なった魔力回路を描いても同じ効果を発揮するようなことが多々ある。
明確なダメージ量や魔力消費量の測定も不可能なため、どれが最も優れているかは度々スレで議論されることも多かった。
一応マジキン内にはいくつもの流派があったのだが、俺は自分なりに学んでから、そこに有志が発見した魔力回路の短縮や新たな効果を持つ模様などを取り込んでいく形でやっていたため、かなり独学に近いやり方をしていた。
「とりあえずこれで十個ほど……思い出しながらだったから時間はかかったが、とりあえず使える大量の自律魔法が手に入ったぞ」
この世界には二種類の魔法が存在している。
精霊を操る精霊魔法と、世界を操る自律魔法だ。
同じ魔法というくくりであっても、両者の間には大きな違いがある。
精霊魔法は己の魔力を精霊に譲渡することで、魔法を発動させる。
困難な戦いに勝利する度に精霊との親和性が上がるため、精霊使いは戦えば戦うほど強くなる(もっとも、その上がり幅は個人の才覚に拠る部分がかなり大きいんだけど)。
対し自律魔法は魔法陣に魔力を流し込みことで、世界そのものを騙す魔法である。
自律魔法には属性は存在せず、更に言えば精霊を媒介することもないため基本的に魔法陣から発される効果そのままの威力となる。
今世の俺は、主人公であるガイウスとは違い精霊魔法の才能がほとんどない。
そのため俺が強くなろうとするのなら、大量の自律魔法を使ってゴリ押しするしか方法はないのだ。
魔法陣が描かれた手ぬぐいを、ポケットに入れていく。
どれがどれなのかわかりづらいので裁縫をしてポケットを十個ほど取り付け、番号をつけて一つ一つ入れていく。
これで魔力を注入すれば、いつでも発動できるように……
「ん……? ちょっと待てよ」
ふと、とあるアイデアが頭に浮かんだ。
この世界はマジキンの世界そのものだが、当然ながら何もかもがマジキンそのものってわけじゃない。
たとえばマジキンでは一度開発した魔法陣はその後無限に使うことができるが、この世界ではそうではない。
自律魔法を使うためには、魔法陣を書いた紙や布などを身に付けてそこに魔力を流し込む必要があるのだ(そのためこの世界では、大抵の使い手は魔導書と呼ばれる自律魔法の魔法陣の描かれた本を持っていることが多い)。
俺は脳裏に魔法陣を思い浮かべる。
マジキンの総プレイ時間が9999:99:99でカンストした俺であれば、脳裏に直接魔法陣を思い浮かべることも容易だ。
頭に浮かべるのは、とりあえずオプション等をつけない単純な『魔力の矢』。
脳裏に魔法陣を思い浮かべながら、そのまま魔力を使用する。
……失敗だな。魔力がそのまま霧散してしまった。
それなら……と、次は脳内に大きな丸を描き、その中に自分で魔法陣を描き込んでいく。
数十秒ほどじっくりと時間をかけて魔法陣を描ききり、再度魔力を流し込む。
すると――飛び出した魔力の矢が、見事にクッションを貫通していった。
「……こいつはすごい発見だぞ」
魔法陣を持ち運ばずに使える……というだけではない。
通常自律魔法は魔法陣に描かれている効果しか出すことができない。
そのため基本的に威力や出力の調整ができなかった。
だがこの技術を使えば……自由にオプションを付け替えることができるようになる。
この技術が使えるのは、魔法陣を描きに描きまくった俺くらいなものだろう。
そもそもこの世界じゃ魔法陣は親から受け継ぐもので、自分で開発するものじゃないからな。
魔法陣を作成するための魔法陣学自体が、既に失伝してしまっているくらいだし。
これで俺が脳内にしっかりと魔法陣を浮かべることさえできれば、手札の数を気にせずに戦えるようになった。
今後のことを考えたら、しっかり戦闘中に脳裏で魔法陣を描けるようになっておきたいところだ。
ある程度戦えるようになったら、どこまでやれるか、一度確かめておいた方がいいかもしれないな。
別に急いで強くならなくたって世界は平和を保っている。
ただそれでも強くなりたいと思う気持ちはあった。
何せ俺はこの世界で長いことくすぶってきた。
失った者も沢山ある。
自分が非力なせいで、手に入れられなかったものもたくさんあった。
だからさ……
「俺、好きに生きていいよな?」
原作チートをするのは、魔王が討伐されたあとの世界でも、きっと遅くはないはずだ。
俺はこの世界を、自由気ままに生きていくと決めた――。
「新しい宿を探さないと……」
前世の記憶が戻ってハイになりすぎた俺は、ついつい魔法の練習に没頭しすぎてしまった。
そしてそのせいで宿の壁に穴を空けてしまったのだ。
修復費用を払わされ、宿屋も追い出されたてふんだりけったりである。
……いや、まぁ完全に俺が悪いんだけどさ。
このままだとすかんぴん一直線だ。
金稼ぎがてら、自律魔法を試したいが……それよりまずは宿の確保からだな。
「師匠、おはよっす!」
「ん、リエルか……師匠呼びはやめろっていつも言ってるだろ。お前に教えたのいつだと思ってるんだよ」
宿をたたき出すように追い出された俺がふらふらと歩いていると、親を見つけた雛のように一心にこちらに駆けてくる女の子の姿があった。
赤みのある金髪を後ろで一つにまとめたこいつはリエル。
現在Dランクの冒険者をしている、俺がかつて教導をしてやった相手である。
「そんなこと言っても、師匠は師匠っすから!」
「……はぁ、勝手にしろ」
「それなら勝手にさせてもらうっす!」
冒険者はごろつきも同然なヤクザの世界だ。
そのため古くさい仁義や礼儀なんてものが多数残っている。
教導依頼もその一つだ。
これは簡単に言うと、新人冒険者が死なないよう、ギルドからの依頼という形で先輩冒険者が後輩を仕込んでやるというもの。
一応ギルドが依頼という形で出しはするんだが、こいつがとにかく人気がない。
依頼自体ほとんど金にならないし(ギルドは基本的にはケチだ)、むしろ下手に育ててしまえば自分と食い扶持を奪い合うこともあるかもしれないと、誰もやりたがらない屈指の不人気依頼となっている。
俺はこの教導を積極的に行う、奇特な人間の一人だった。
……別に大した理由があるわけじゃない。
俺が新人の時は誰も教えてくれないせいで、死ぬような思いをすることも多かったからな。
後輩にあんな思いをさせるのも……ほら、あれだろ。
「師匠は基本的にお人好しっすからね!」
「人の心を読むでない」
ちなみに最初の頃俺が仕込んだやつの中には、既に俺を飛び越してBランクになったやつもいる。
そういやぁフェイト、最近二つ名持ちになったんだったよなぁ。
あいつ、今も元気にしてるだろうか。
「そういえば師匠、どうしたんすか? そんな大荷物で」
「……宿屋追い出されたんだよ」
「マジっすか……それならうちの『黄昏亭』に来ると良いっすよ! 今ならうちの隣の部屋も空いてるっす!」
宿屋に穴を空けたと聞いて爆笑するリエルの頭を軽く小突きながら、彼女の勧めに従い『黄昏亭』に向かうことにした。
荷物をさっさと置いて一週間分の宿泊代を払ったら、そのまま一緒にギルドに向かう。
俺達が暮らしているルテキの街は、ほどよく魔物が出現してほどよく稼げる辺境だ。
選り好みしないのなら、依頼はいくらでもある。
「久しぶりに一緒に依頼でも受けるっすか?」
「いや……俺はこいつにする」
そう言って俺は、依頼の掲示板から一枚の紙をめくった。
「なんて書いてあるんすか、それ?」
「おお、そういえばお前文字読めないんだったな。俺が受けるのは――飛竜の巣の調査依頼だよ」
この世界で強くなる、最も手っ取り早い方法。
それは強力な魔獣のテイムすることである。
生まれは変えられないし、自律魔法はそう易々と覚えられるものじゃない。そして精霊魔法は本人の資質が大きく関わってくる。
それ故にこの世界の住民は、魔物を飼い慣らして戦力にする者が多い。
例えば北の寒冷地帯にはシロクマの魔物を馴致する方法が確立されており、南部の砂漠地帯では砂豹などの魔物を従えている部族が存在していたはずだ。
強力な手段故にその飼い慣らし方は当然ながら秘匿されているが……マジキンガチ勢であった俺には当然そちらの知識もある。
俺が狙うことにしたのは飛竜である。
飛竜は飛行ユニットであり、テイムすることができれば移動範囲を大幅に広げることができるからな。
飛竜の胃袋は底なしだが、そのあたりの問題はアイテムボックス的な形で使うことができる『悪魔の箱』を使えばなんとかできるしな。
ただ飛竜の面倒なところは、親と子供が完全に魔力のラインで繋がっているところにある。
親の飛竜の番を己の単独の力で屈服させ、もらった卵に己の魔力を流し込みながら孵化させる。
それがシンプル故に難しい飛竜の飼い慣らし方だ。
飛竜は魔物では上から数えた方が早いくらいの強さがあるが、今の俺なら問題なく倒すことができる……はずだ。
当然俺は一人で行くつもりだったんだが……
「なんでついてきたんだよ……」
「いいじゃないっすか、たまには一緒に依頼受けたかったんすよ」
飛竜の巣の調査依頼に、なぜかリエルがくっついてきた。
一人の方がやりやすいんだが、ついてくるといって聞かなかったのだ。
ちなみにこの調査依頼は、この飛竜に持ち去られてしまったという家宝の宝剣を取り返してほしいというさる貴族から出されている。
その難度から長年誰もこなしていない、いわゆる塩漬け依頼というやつだった。
「今日の師匠……なんか変っす! だから絶対うちもついていくっす!」
いつもおちゃらけている様子はなりを潜め、ひどく真剣な表情をするリエル。
もしかすると何かを感じ取られたのかもしれない。
同行を強く断ることもできたはずだが、なぜか俺はそうはしなかった。
……いや、その理由はわかっている。
多分だけど俺は――誰かに見ていてほしかったのだ。
自分が生まれ変わるところを。
崖っぷちCランク冒険者のアルドの人生が、ここから動き出すところを。
飛竜の巣は街を出て一週間ほど歩いた先にある山の頂にあるようだ。
俺は自重することなく魔力を持つ生物の反応をレーダーポイントのように探知することのできる自律魔法の『光点探査』を使い、敵を避けながら頂上へ上っていく。
「お前はここで待ってろ」
「ちょ、ししょ、待っ――」
リエルの制止を無視して、一人山を登る。
するとそこには――
「「GYAAAAAAAAAOO!!」」
俺の接近に気付き咆哮を上げる、番の飛竜の姿があった。
飛竜は単体でBランクの強さを持つ魔物である。
それが番となればその依頼の難易度はAランクに届くことだろう。
だが不思議と、負ける気がしなかった。
自分がマジキンの世界に転生できて、ハイになってるのかもしれない。
さぁ、今の俺の実力を……試させてくれ。
「『魔力の矢』」
内側に縫った二つのポケットに魔力を流し込む。
最もシンプルで構築速度の速い自律魔法、『魔力の矢』。
オプションをつけることで威力と貫通力の底上げはしているが、飛竜の鱗を剥ぐのが精一杯だろう。
だがそれで問題はない。
『魔力の矢』を打ち出すと、その攻撃力の低さを感じた飛竜はそれを正面から受けてみせる。
魔力によって生み出された白色の矢は鱗を剥ぎ、飛竜の腿のあたりにわずかな傷をつける……が、それだけだった。
自律魔法の威力は、熟練の使い手が使う精霊魔法とは比べものにならない。
けれど自律魔法の真の強みは純粋な威力ではない。
自律魔法はな……重ね掛けができるのさ。
「GU、GAAA……」
俺の一撃を食らった飛竜がぶくぶくと口から泡を出しながら地面に倒れる。
――『五行相克毒』」。
それが俺が使った、毒を付与する自律魔法の名だ。
魔法毒、と呼ばれる特殊な毒がある。
これは魔物などの一部が使うことのできる、解毒が極めて難しい魔法効果によって生じる毒のことだ。
『五行相克毒』は、魔力の波長を定期的に変えることで五つの毒性を行き来し、解毒がほぼ不可能な魔法毒である。
毒の効果を発生させるために常に魔力を使い続けなければならないという欠点はあるが、魔物の狩りにこれ以上便利なものはない。
大してブラッシュアップしていない今の毒では飛竜を殺しきることは不可能だが、それでも気絶させ動きを止めるくらいならお手の物だ。
「GYAAAAA!!」
それを見て何をされたか察したもう一方の飛竜が、こちらを睨み付けながら大きく息を吸う。
喉の辺りについている火炎袋が大きく膨らむと、一気に視界が明るくなるほどの火炎が噴き出してきた。
飛竜のブレス攻撃だ。
だがそれも問題ない。
「『対価の鎧』」
己への一切のダメージを受けなくする代わり、これ以外の魔法が使えなくなる『対価の鎧』を使って攻撃を耐えきると同時に解除。
今度は速度特化に調整した『魔力の矢』の魔法陣を脳内に描き、放った。
しかしかなり警戒されてしまったようで、相手は攻撃を右に動いて避けてみせる。
だが残念、それも織り込み済みだ。
「『第三の手』」
直線な軌道を描いていた魔力の矢がぐるんと反転し、そのまま無防備な飛竜の右目に突き立つ。
自律魔法、『第三の手』。
自分が見える範囲に動かせる透明な手を生み出す魔法だ。
『五行相克毒』の餌食になり、倒れ伏す二体の飛竜に向けて歩いていく。
そしてそのままポケットの五番に魔力を流し込んだ。
「『茨の棘』」
地面から生み出される茨の棘が、気絶していた飛竜達の身体に巻き付いていく。
自重で棘が深く食い込んだことで、二体が意識を取り戻した。
ただ毒が効いているため、動くことはできない。
俺は飛竜の巣の中にあった宝剣を腰に提げてから、空いた手で飛竜の卵を一つ持ち出す。
倒れている飛竜の見える位置まで歩いていき、睨み付けながら茨で更にキツく縛り上げる。
あちらが口を開こうとする度に茨を食い込ませ、魔力の矢を打ち込んでダメージを蓄積させていった。
そして五分ほど格闘すると……ようやく向こうがこちらに屈服した。
彼らの魔力が飛竜の卵に流れていくのを確認する。
これで孵化させれば、問題なくテイムが可能になるはずだ。
飛竜の卵に軽く魔力を流しておく。
こうして魔力を流しておけば、そのうち孵化してくれるはずだ。
くるりと振り返ると、そこには顎が外れるほど口を大きく開いているリエルの姿があった。
「し、師匠……うちはもしかして、夢でも見てるっすか……?」
「安心しろ、目で見た全ては真実だ」
飛竜達の目から抵抗の意思が完全に消えたことを確認してから、『茨の棘』を解除する。
……あ、そうだ。せっかくなら昨日作ったアレの効果を確かめてみるか。
ポシェットに入れていた薬を、起き上がろうとしている飛竜の右目にかけてやる。
するとまるで逆再生のビデオを見ているかのように、傷が癒えていった。
「し、師匠、もしかしてそれって……?」
「これは……そうだな、劣化エリクサーってところか。現状採れる素材だとこれを作るのが俺の精一杯でな。いやぁ、効いてよかったよかった」
「いやいやいや、部位欠損を治すとかあり得ないですって! しかもエ……エリクサーッ!?」
マジキンには回復魔法も存在しているが、残念なことに分類としては精霊魔法だ。
ただ素材のレアリティや作成した薬品の完成度を上げる自律魔法は存在しているため、俺が今できるギリギリの素材と自律魔法で作ったのが、この劣化エリクサーだ。
しっかり効果が出るか不安だったが、どうやら部位欠損を治せるくらいの逸品には仕上がったらしい。
「飛竜の卵のついでに宝剣もしっかり手に入れたし……帰るぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっす師匠! 怒濤の情報量に、リエルの頭はもう爆発寸前っす!」
俺は騒いでいるリエルの方は振り返らず、そのまま歩き出すことにした。
――今のにやついている自分の顔を、あんまり見られたくはないからな。
なんにせよどうやら俺のマジキン知識は、この世界でもきちんと通用するようで一安心だ。
さて、これから何をしよう。
成り上がり……というほど大それたことを目指す気はないけれど。
大好きだったマジキンの世界に来れたんだ。
やりたいことを好きなだけやってやろうと思う。
きっとこの世界を楽しむのは、今からでも遅くはないはずだから――。
好評につき、今作の連載版を始めました!
↓のリンクから飛べますので、引き続き応援よろしくお願いします!