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第3話 まさかとは、思いますが

「まあ、あんたが脱税でもしてようと、違法に違法を重ねた調査逃れの対策をしてようと、こちとらちっともかまわない」


 いまはな、と彼はつけ加えた。


「どうやら〈アリス〉の主治医であることは認めてもらったようだが」


「医者でもなければ、専属でもありませんよ。以前から彼女のメンテナンスをしていたクリエイターが長期休暇中だったため、私が代理として、たまたま」


「何だ、そうなのか」


 少し拍子抜けしたように、スタイコフは言った。


「でもまあ、かかりつけ(・・・・・)じゃなくてもかまわないんだ」


 彼はすぐに、にやりとした笑みを取り戻した。


「ちょっとこれを見てくれ」


 スタイコフは掌サイズの携帯端末を取り出すと、ヴァーチャル・ディスプレイを開いて店主に示した。


「これは、〈ミスティック・パラドクス〉の記事ですか?――『殺人か、自殺か……ジャンク街の怪事件』」


 淡々と、店主は読んだ。


「ほう、ロイドが高所から落下して、ばらばらに。変わった出来事もあったものですね。それとも、ジャンク街と呼ばれる場所に相応しいのでしょうか」


「言うねえ、マスター」


 スタイコフは少し笑いながら、ディスプレイをしまった。


「それで、このロイドは、その後?」


 実に白々しく、彼は尋ねた。


「さてね、さっぱりだよ」


 スタイコフは肩をすくめた。


「普通に考えれば、売れるパーツは売り払われて、残りはゴミ捨て場だろうけどな」


「もったいないことだ。落として、壊してしまうなんて」


 顔をしかめて、店主は首を振った。


「クリエイターの努力を無にする行為ですね」


「まあまあ、あんたのロイドという訳でもなし、怒らんでくれよ」


「――まさかとは、思いますが」


 そこで店主は顔を曇らせた。


「そのロイドが〈アリス〉だと言うのではないでしょうね?」


 見ていたトールは、マスターは役者になっても食べていけるのではないかと、少し思った。


「ああ、違う違う、そうじゃない」


 スタイコフは手を振った。


「そうですか。それはよかっ」


「この記事のロイドは、な」


 店主の台詞の語尾にかぶせて、スタイコフは言った。


「これは三ヶ月も前の記事だ。そうじゃなくて、十日くらい前だったかな?……〈アリス〉が同じ目に遭ったんだ」


「なっ」


 思わず声を出したのはトールだった。


「何ですって?」


 丁寧に、店主は尋ね返した。


「アリスが?――高所から落ちて、ばらばらのパーツに?」


「あー、いや、ばらばらのパーツが見つかったというだけで、落ちたという訳じゃなさそうだ。落下で壊れたと言うほど細かいものはないようだし、どっちかって言うと今回こそ、『ニューエイジロイド・バラバラ連続殺人』に似てるような」


「二年前の、全国のクリエイターやオーナーを恐怖に陥れた事件ですね」


「そろそろ三年かな」


 スタイコフは訂正した。


 記者の話によれば、それは八日前。


 ネタがないときにジャンク街で「犯罪っぽい臭いのする怪しい何か」を探してくるのはスタイコフのやり方のひとつだった。


 珍しいが結局はただの事故としか思えない三ヶ月前の「バラバラ事件」を書いたのも彼だったが、見出しが読者を引きつけたと見え、少しばかり反響が――ただの事故をセンセーショナルにするな、という「お叱り」も含めて――あった。続報を求めるには時間が経ちすぎていたが、何の気なしに彼は先日の目撃者のところへ行き、また起きたと聞いたのだ。


「またしても、オセロ街と呼ばれるあの界隈で、ロイドのパーツが散乱してた。今度は所有者らしき人間もおらず、パーツは拾い放題だった。そいつはそんなふうに言ってたよ」


 前回の「若者」にはどこか異様な雰囲気があって、誰も近づかなかったらしい、などとスタイコフは語り、店の主人と助手は黙って聞いていた。


「時を同じくして、『オセロ街の歌姫』ことアリスがいなくなった。アリスの信奉者……つまりあんたやほかのクリエイターをメンテに呼ぶ奴らだな、あいつらは慌てて彼女を探し、哀れ、ゴミ捨て場やパーツ屋でその一部を発見」


 芝居がかってスタイコフは天に祈るようなモーションをした。


「一時的、あの辺はとんでもない騒ぎになったそうだよ。アリスを『殺した』のは誰だ、とね」


「ロイドバラバラ『殺人』再び、ですか」


「驚かないな、マスター」


「驚いていますよ。いや、事実なら、哀しみすら覚えます」


「へえ、さっきは俺を警戒してるみたいなこと言ってたのに、俺の前でそんなうかつなこと言っちゃうのか」


 スタイコフはにやりとした。店主は首を振った。


「クリエイターがロイドを子供のように思う。それはロイドを『診療する』などと言うよりも、一般的な感覚として知られているでしょうね」


「だが、〈アリス〉はあんたの『子供』じゃない」


「自分の子供でなければ、死んでも無感動ですか? 名前も顔も知らないどこかの子供であればともかく、私はアリスを知っていた」


 店主が顔を伏せた様子は、黙祷するかのようだった。


「しかし、ミスタ」


 彼は顔を上げた。


「それは、本当に、アリスだったのでしょうか。パーツだけで、失礼ながら素人の彼らに、判断が可能だったと?」


「そこだ」


 ぱちん、と彼は指を鳴らした。


「いくらか前置きが長くなったが、俺があんたをアリスの医者として探し、〈クレイフィザ〉という店名を知って、この移転先にまで追いかけてきた理由のひとつはまさしく、それを確認してもらいたいからなんだよ」


「では、問題のパーツをお持ちで?」


「今日は持ってきてないがね」


「おや。そうですか」


「当然だろ。証拠を隠滅されちゃかなわないからな」


 にやりとしてスタイコフは言った。店主はしばし、沈黙した。


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