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クレイフィザ・スタイル ―フランソワ―  作者: 一枝 唯


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第29話 言ってやりたいだけ

「何が可笑しいんです、マスター・リンツ」


「いいえ。あなたは、何か売れるもののあろうかとゴミ捨て場をうろつくことなんてありませんでしょうし、思いつきもしないでしょうね」


「あのときは売れるものを探してた訳じゃない。ただ、アリスを探したんだ」


 手首を見つけた男は言った。


「本当のオーナーがいるんじゃ、仕方ない。返せとは言えないし、言わないさ。だがせめてもう一度だけでいい、アリスにオセロ街で歌ってもらえないかと、俺はそういうことを」


「ですから、無理ですと申し上げています」


 カインは首を振った。


「アリスはもういない。フランソワなんです」


「それは聞いたと――」


「ミスタ・オレンジ」


 店主はオレンジを制するように片手を上げた。


「ミスタ・カインの言葉の意味をご説明しよう。彼は何も『あなた方にフランソワを二度と見せたくない』と言っているのではない」


 少なくともいまはね、と間に挟まれた。


「もはやアリスのデータは存在せず。十ヶ月前に取られた〈フランソワ〉のバックアップデータによって、そのリンツェロイドは動いている。――つまり、外見だけがアリスでも、そこにいるのはあなた方の知るアリスじゃない」


「……何だって。それじゃ、俺たちのことは」


「データにありません。『記憶』にありません、と申し上げた方がよいですか」


「何だって」


「アリスのデータは上書きされた。〈フランソワ〉は〈アリス〉だった間のことを『覚えて』いません」


 ゆっくりと店主はカインを見た。


「そうですね?」


「ええ、そういうことです」


 カインはうなずいた。オレンジはその意味を理解すると、肩を落とした。


「そう、か。アリスは、もう……」


「ですから、最初からそう言っています」


 カインは息を吐いた。


「有難うございます、マスター・リンツ。いつまで押し問答になるかと」


「あなたを助けた訳じゃありませんよ」


 淡々と店主は言った。


「アリスの『殺害犯』たるファーザー殿」


「殺害だなんて」


 カインは眉をひそめた。


「彼らが勘違いをしただけでしょう」


「何もばらばらにしなくても、あなたのやったことは『アリスの殺害』ですよ。彼らにしてみれば」


「データの上書きを言っているのですか? ですが、〈フランソワ〉に戻す以上は当然のことです」


「何故です?」


 店主は尋ねた。カインは目をしばたたいた。


「何故って、ユーザーたるミズ・バックスが目覚め……」


ユーザー(・・・・)


 カインの言を遮るように、店主は繰り返した。


「では、そうなのか。〈フランソワ〉はミズ・バックスのものではない。所有者(オーナー)は」


「僕です」


 こくりと彼はうなずいた。


「何だって」


 繰り返してオレンジは呆然とした。


「じゃあ……あんたが、正当なる、アリスの持ち主」


「あまり言いたくはありませんでしたが、仕方ありません」


 カインは息を吐いた。


「そう。〈フランソワ〉は僕所有のリンツェロイドです。ジャンク街で歌っていたフランソワをそのまま引き上げてもよかったんですが、当時、ミズ・バックスに〈フランソワ〉は不要でした。それならば一時的に、彼らの『天使』にしてもかまわないだろうと」


「――最初から! 全部知っていて!」


「ミスタ・オレンジ、落ち着いて」


 静かに店主はオレンジを再び制し、カインを見た。


「ロイド・セラピーの一環、ですか」


 それとも、と彼は口の端を上げた。


「実験」


「実験だなんて」


 カインは不服そうな顔をした。


「彼らは〈フランソワ〉をアリスと呼んで、癒しを得ていた。それはまさしく、僕の求めるものでもありました。実際、〈フランソワ〉のデータは事故によって損傷していましたので、一時的に〈アリス〉というデータを与え……」


「成程、実験と言うよりは」


 店主は首を振った。


「観察ですね。いいデータは取れましたか」


「……だったら、どうなのです」


 カインは顔をしかめた。


「〈フランソワ〉は僕のリンツェロイドですよ、マスター・リンツ。僕が僕のリンツェロイドをどうしようと、あなたに口を出す権利なんてない」


 きっぱりとカインは言った。オレンジが何か言おうとするのを店主は三度(みたび)遮った。


「私はあなたの依頼で、〈アリス〉のメンテナンスを行いました」


「メンテナンスに必要な情報は全て、お渡ししていたはずです」


「確かに。個体識別番号や所有者を知らなくても、メンテナンスは可能ですね」


 店主はうなずいた。


「ええ、確かに。仰る通りです。私に口出しする権利はない。ただ」


 彼は眼鏡の位置を直した。


「言ってやりたいだけだ」


 わずかに低くなった声に、カインは少し怯んだ。


「〈アリス〉のナンバーは薄れていた。事故のためか、廃棄した人物が発覚を怖れて削ったのか、それは判りません。だが、事故による接触でも投棄犯でも、できないことがある」


 ゆっくりと彼は、エイドリアン・カインに目を合わせた。


「たとえデータが完全に壊れても番号が判明するよう、正規のリンツェロイドの内部に組み込まれる物理IDプレート。これを取り除くことができるのは、正しい知識を持った技術士だ」


「それは……」


「あなたですね。違うはずがない。何のためにそのようなことをしたか。ジャンク街の彼らは、ロイドの内部を開けてナンバーを確認するなんてことはしない。できない。となればもちろん」


 彼は片手の拳を握った。


「臨時のメンテナンス依頼をする私に対して、〈アリス〉の正体を隠蔽するためだ!」


 〈クレイフィザ〉のロイドたちが聞けば、驚いただろう。滅多に声を荒らげることのしない彼らのマスターが、怒りの込められた大声を出したことに。


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